本当は怖い異世界転移
「ここはどこだ?」
気がつくと、見たこともない街にいた。
中世ヨーロッパのような街並みだ。
──おかしい。
俺はさっきまで、自分の部屋で寝っ転がりながらラノベを読んでいたはずなのに。
それがなぜ見知らぬ街にいるのか。
まさかこれは……。
まず普通の人間なら突然のこの状況に、パニック状態に陥るだろう。
──だが、俺は違う。
ここはどこだか俺には分かる。
ラノベを読みまくっている俺には分からないはずがなかった。
「間違いない。ここは異世界だ!」
気がつくと、知らない街にいるなんてことは現実にはない。
ということは、夢でなければ異世界としか考えられない。
やったぞ! 遂に俺は念願の異世界転移を果たしたのだ。
そうと分かればあそこを探さねば。
そう、異世界に来たならば、必ず行かねばならぬ場所がある。
「まずはギルドだな」
異世界といえばギルドだ。
俺はまず、ギルドを探すことにした。
目当てのギルドはすぐに見つかった。
大通りの突き当たり、比較的大きな建物なのですぐに分かった。
街の人に聞いた通りだ。
「さて、入りますかね」
俺はギルドの扉を開けた。
ギルドの中は結構広かった。
ダンスパーティーでも出来そうな広さだ。
所々に机と椅子があり、冒険者らしき人たちが談笑していた。
ざっと見たところ、十数人といったところか。
俺はギルドの中を見回す。
奥の方にカウンターが見える。
おそらくあそこが受付だろう。
俺は登録すべく、受付に向かう。
「いらっしゃい。何かご用ですか?」
受付には銀色の髪をした女の子がいた。
クールな雰囲気を醸し出す、綺麗な女の子だ。
「登録をしたいんですが」
「あ、冒険者登録ですね。それではこの板に手をつけて下さい」
俺の目の前に、A4サイズくらいの金色の板が置かれる。
俺は言われた通りに手を置く。
すると空いているスペースに、象形文字のようなものが浮かび上がった。
「名牢 主様ですね」
浮かび上がった文字を見て、女の子が俺の名を言う。
どうやら俺のデータが色々分かるらしい。
「しばらくお待ち下さい」
女の子はそう言うと、板をいじり始めた。
その間、俺は暇なのでギルドの中を見回す。
壁際の一角に、人だかりが出来ている。
よく見ると掲示板のようなものがあり、紙が貼ってある。
おそらく依頼書みたいなものだろう。
登録が終わったら、あそこで仕事を探してみることにしよう。
「お待たせしました」
そんなことを考えていると、受付の女の子から声がかかる。
どうやら手続きが終わったらしい。
「これをどうぞ。大切なものなので無くさないようにして下さい」
そう言って受付の女の子は鉄製のカードを渡してくれた。
これがギルドカードという奴だな。
これで依頼が受けられるな。
「それでは簡単に説明させて頂きます。ギルドランクというものがありまして、F〜Sまであります。名牢 主様は新人なのでFランクからになります」
ほう、この俺がFランクね。
まあいいだろう。
「おいおい新人。何か不満でもあるのか」
不満が顔に出ていたのだろうか。横から不意に声をかけられた。
見ると細身のノッポと小太りの男が、ニヤニヤしながら立っていた。
何か俺を馬鹿にしているような雰囲気を感じる。
やれやれ、これが先輩冒険者の嫌がらせというやつか。
お約束だな。
「何か用ですか」
そう言って俺は二人を見る。
すると二人は後ずさりした。
「お、お前……」
あれ? 二人ともどうやら俺に怯えているようだ。
特に小太りの方は、うつ向いて肩を大きく上下に震わせるほどビビっている。
やれやれ、神様経由じゃないから少し不安だったが、どうやら俺はスキルを与えられていたらしい。
相手を睨んだだけで怯えさせる【威圧】だろうか。
そうと分かればとりあえず、この雑魚どもを追い払うか。
「何か用でしょうか」
俺はそう言うと、目に力を込める。
「ヒィ、ヒィッ──!」
二人組は悲鳴をあげて逃げ出してしまった。
まあ、こんなもんだろう。
「お前、何者だ」
後ろから声が聞こえる。
振り返ると、いつの間にか受付嬢の隣に、厳ついハゲ頭の男が立っていた。
「あなたは?」
「俺はここのギルドマスターだ。今、お前が追い払った二人組は、Bランク冒険者だぞ。それを一睨みで退けるなんて、お前……ただ者じゃないだろう」
へえー、あれでBランクか。
大したことないな。
「いえ、俺はただの新人冒険者ですよ」
余裕の笑みを浮かべて、俺はギルドマスターに答える。
そんなを俺をギルドマスターは無言で見つめ、それから職員に指示を出す。
「おい、あの剣を持ってこい」
「お、おい。まさかあの剣を新人に渡すのか」
「でもあの剣は、ちょっとやそっとの奴じゃ扱えないぜ」
ギルドマスターの言葉に、ギルド内がざわつく。
しばらくすると、一本の剣を二人がかりで持ってきた。
かなり重いのだろうか。
「この剣は扱う人間を選ぶが、お前なら使えるかもしれん。よかったら貰ってくれ」
ギルドマスターはそう言うと、剣を俺の前に置くように指示を出した。
一メートルくらいの綺麗な剣だった。
思わず手に取ってみる。
「軽いな」
二人がかりで持っていたけど、俺には重さを感じないくらい軽い。
片手で剣を振り回す。
「お、おい。マジかよ……」
「あの剣を軽々と……」
ギルド内に驚きの声があがる。
ギルドマスターも満足そうに頷いている。
どうやら【怪力】のスキルも手に入れていたようだ。
「お前にならあの仕事もこなせるかもな」
ギルドマスターがポツリと呟く。
なんだろう、あの仕事って。
「お、おいギルドマスター。いくらなんでも無茶だぜ」
「そうだ。新人にゃ荷が重いぜ」
おいおい、なんだその仕事って。
そんなに大変なのか。俄然、興味が湧いてきたぞ。
「その仕事というのは」
ギルドマスターに尋ねる。
「実はな……」
そう言ってギルドマスターは、奥から十五、六歳くらいの若い女の子を呼ぶ。
服装から冒険者ではなく、いいとこのお嬢様に見える。
「この子は?」
「とある貴族の令嬢だ。実はこの子は……とある魔物の生け贄になる運命にある」
そこまで言われて俺は、心の中で頷いた。
はああん、なるほどね。そういうルートですか。
これは俺が魔物を退治して、この子が惚れてしまうパターンですね。
いわゆるハーレム一号さんか。
「なるほど、俺にその魔物を退治してほしいのですね」
「いや、話が早くて助かる。その通りだ。どうかやってもらえないか」
ギルドマスターが、必死な眼差しで俺を見る。
やれやれ、仕方ない。俺がやるしかないか。
「いいでしょう。お請けしましょう」
「おお、やってくれるか」
色好い返事をもらえて、ギルドマスターは安堵のため息を洩らす。
「さっそくですまないが、場所はこの先の森だ。その奥に退治してもらいたい魔物がいる」
ふうっー、さっそくかよ。しょうがない。
その時ふと、受付嬢ちゃんが目に入る。
受付嬢ちゃんは冒険者に報酬を払っているのか、ゆっくりと一枚づつコインを数えていた。
やれやれ、さりげなくアドバイスを送るか。
「指を折りながら数えると数えやすいですよ」
俺がそう言うと、ギルド内が静まりかえった。
受付嬢ちゃんは驚いたように、大きく目を見開いている。
それから我に返った受付嬢ちゃんは、俺の言った通りに数え始めた。
「1、2、3、4、5……ホントだ、数えやすい」
受付嬢ちゃんは羨望の眼差しで俺を見る。
周りからは「天才か」という声が上がった。
やれやれ、異世界に新しい風を吹かせてしまったか。
「まいったな。大したことじゃないんだけどな」
俺はそっと呟く。
さて、異世界に革命を起こしたことですし、そろそろ魔物を退治しに行きますか。
「それでは、行ってきます」
俺は皆にそう告げると、ギルドを出た。
──ギルドの中
「おい、行ったか?」
ドアの隙間から外を覗いている小太りに、ノッポが声をかける。
「ああ、行ったみたいだ」
小太りの言葉に、ギルド内の緊張が和らぐ。
「でも、無事にたどり着けるかな」
「大丈夫だろ。森の主のせいで魔物はおろか、野盗さえもいないからな」
「それもそうか」
冒険者が口々に語り合う。
「いやあ、それにしても凄い奴が来たな」
半笑いの顔で、ギルドマスターがポツリと呟く。
「クックックッ。本当だぜ、俺なんか睨まれてビビっちまったもん」
ニヤニヤ笑いながら小太りが言う。
それを聞いたノッポが、小太りに突っ込む。
「お前、すぐ下向いて笑ってただろ。すげえ肩震えてたぞ」
「えっ、分かった? だってすげえ睨むんだもん……つぶらな瞳で」
そう言うと小太りは、こらえきれないように笑いだす。
「バッカ、焦っただろ。バレるかと思って」
「いや、スマン、スマン。でもなんとか我慢しただろ。でもあの言葉を言われてたら、俺も危なかったな」
その時、他の冒険者からおどけたような声があがる。
「すてーたすおーぷん!」
それを聞いた小太りが笑い転げる。
ギルド内にも笑い声が溢れる。
「アッ──ハッハッハッ! そ、そうそう、それ! いやー、それを言われてたら、さすがの俺も危なかったぜ」
「なんか向こうの世界の人たちって、いっつもそう言うよね。何かの呪文なのかな。あと『目立ちたくないんだけどな』もね。最初、そっとして欲しいのかと思って放っておいたら、いじけたり機嫌が悪くなっちゃたりしたのよね。構って欲しかったら、構って欲しいって言えばいいのに」
頬づえをついてる受付嬢が愚痴る。
「まあまあ、向こうの世界ではそれが挨拶代わりかもしれないだろ」
冒険者の一人が、転移者のフォローする。
「まあ、それにしても単純だよな。ちょっとおだてるとすぐ調子に乗って。まあそういう奴を召喚したんだけどよ」
呆れたようにギルドマスターが言う。
「ホントよね。あの根拠の無い自信はどこから来るのかしら」
受付嬢がため息混じりに呟く。
「そういえば自慢気に剣を振り回していたな」
「ああ、『軽いな』ってこれ見よがしに」
「実は本当に軽いんだけどね」
受付嬢が先ほどと同じ剣を、片手で軽々と振り回す。
「まあそれは俺たちの演技が良かったんだな」
剣を持ってきた二人組が胸を張る。
「いやいや、それにしても信じ過ぎだろ。まあこちらにとっては好都合だけどな」
ノッポが突っ込むと、他の冒険者たちも笑いながら頷く。
それから小太りが、何かを思い出したように半笑いを浮かべ、指を折りながら数を数え始める。
「1、2、3、4、5……」
それを見てギルド内は、笑いの渦に包まれる。
「アッハハハッ! あったなそれ!」
「思わずギルド内が凍りついたな、あの時」
「私、びっくりしたよ。馬鹿にされてるんじゃないかって」
受付嬢が頬を膨らませる。
「でも「本当だ。数えやすい」とか言ってたじゃん」
冒険者の一人が突っ込む。
それに対し受付嬢は、心外だとばかりに反論する。
「だってあの人たち、褒めないといじけるか不機嫌になるんだもん」
受付嬢が、突っ込んだ冒険者を睨む。
「ああ、そうだよな。どんな単純なことでも褒めないといけないからつれーよな。なんたって森の主の所まで、気分良く行ってもらわなきゃいけないからよ」
睨まれた冒険者が、慌ててフォローする。
二人の会話を聞いていたノッポが、急に吹き出す。
「ププッ、でもあれはねーよな。あの自信満々な顔で「大したことないんだけどな」って。クックックッ……ほ・ん・と・に、大したことないんですけど。アーッハッハッハッ!」
ノッポは堪えきれないように、笑いながら机をバンバン叩く。
小太りも、息も絶え絶えに続ける。
「フウッ、フウッ──ねえ、俺たち馬鹿なの、そんなに馬鹿だと思われてるの。ヒャーハッハッハッ!」
小太りは笑い過ぎて酸欠状態なのか、口をパクパクさせる。
ギルド内も爆笑。笑い声が絶えない。
「おいおい、そんなに笑っちゃかわいそうだろ」
ギルドマスターが、笑い過ぎて溢れた涙を拭いながら、冒険者たちを嗜める。
「ああ、まあそうだな。誰も敵わない魔物の所に行ってくれるんだからな。なんの疑いもせずに」
笑いの収まったノッポが、頷きながら言う。
そのノッポの言葉を聞き、受付嬢もスッと、真顔になる。
「そうね。この世界の人間の代わりに、『討伐者』という名の生け贄になってくれるんだしね」