第1話
ここから本編の始まりです。
S県S市にある市立潤成高校、そこの2年C組に彼は居た。
「ハァァ、ったく。クソ眠いな」
着席しHRが始まるのを待ちながら欠伸をし、大きく伸びをする少年。
彼の名は日村錬、外見に関しては、少し目付きが悪い所以外は、とりわけ目立った要素の無い平凡な少年である。
「また夜更かし?体に良くないよ、錬」
そこに隣の席から、心配そうに声を掛けるのは、明るい栗色のショートボブに、年齢平均よりもやや背丈の高い少女。錬の幼少期から付き合いのある、所謂幼馴染の長井春香。
「あぁ、昨日ちょっと面白い動画見付けてな。それ見てたら、だいぶ寝るの遅くなっちまってよ」
「もう、気を付けなよ。授業中に居眠りばっかりしてると先生達に目付けられるよ」
たしなめる様に言った後春香は、 本来の用件を思いだし錬に訪ねる。
「ねぇ?錬はDドラッグって知ってる?」
「Dドラッグ?なんだよ、ソレ?」
「最近そういう物騒な物が流行ってるらしいって聞いたから、錬なら知ってるかなと思ったの。ほら、新聞部だし」
「知らねぇ、初耳だぞ。そんな聞くからにヤバそうな物が流行ってるのか?」
「それを知りたくた錬に聞いてみたの。見事に空振りだったけど…」
はぁ…とため息をつきながら落胆する春香に対して、呆れる錬。
「あのな、新聞部だからって何でもかんでも知ってる訳じゃねぇんだよ。そもそも、何でそんな事が知りたいんだよ、お前は」
「それは…今は言えない…」
歯切れの悪い答えを返す春香に、語気を強めて問いただす。
「なんだよ、それ。まさかお前、手出したのか?」
「違うよ!ただ、どうしても気になる事があって。でも…その…」
どうやら、元気ハツラツで基本的にサバサバした性格の春香にしては、珍しく言い淀んでいる姿に錬は、そう簡単には話せる事では無いのだろうと結論を出し、ここは彼女を信じる事にした。
「はぁ…今はって事は、その内ちゃんと話してくれるんだろうな?」
「…うん、それは約束する。だから待ってて、まだ私の中でもどうすればいいのか悩んでるの。」
「わかったよ。ただし、絶対に危険な事には足を踏み込むなよ。何かあれば俺や大樹にでも言えよな」
「錬だけには言われたくないんだけどな…。でも、ありがとう心配してくれて」
「まあ、腐れ縁だしな」
ニコっと明るい彼女の笑顔に、思春期特有の照れからか、ついぶっきらぼうに答えてしまう。
「あーあ、ホント錬って素直じゃないよね」
「うるせぇ」
朝の他愛無い会話を続けてる内に、担任教師の山田がHRを始める為にやってくる。
そして出欠を取り、連絡事項を伝えられてHRが終わる。
(町外れの廃工場が不良達の溜まり場になってるから行くな、か。 春香が言ってた事も有るし、本当になんだか最近物騒になってきてやがるな)
放課後の部活で先輩にでも話を聞いてみるか、という思いを残し錬は机に伏せ眠りに落ちた。
昼休憩の時間。
「馬鹿だな、錬は。1限から速攻寝るなんて」
「だよね!私の有難い忠告聞いてなかったの?」
「うるせぇよ大樹に、春香。仕方ないねぇだろ、眠いもんは眠いんだから」
志島大樹。坊主に丸めた頭に、黒く健康的に焼けた肌、大きな体格、いかにもスポーツマンといった風貌の、錬や春香の幼馴染。
ただ、大樹との出会いは春香と違い、小学校に上がってからである。
「別に後で苦労するのは、お前だからいいが。言っておくがノートは貸さないからな」
今、錬達は机を寄せ合いながら各自が持参した弁当を食べている。
錬は、購買部で買ってきたおにぎりやパン。春香は、今朝自分で作ってきた弁当。大樹は、大きな弁当箱を2つ。
「なっ!?悪かった、すまねぇ。ノート貸して下さい」
手を合わせ謝罪しながら大樹に改めてお願いをする、授業中の居眠りが多い錬にとって友人達からのノートは必需品。
「そうだな。なら、町乃屋の串カツ10本で手を打ってもいいぞ」
「ぐっ…分かった。それで頼む…」
町乃屋とは、潤清高校の近くにある惣菜屋。学生をターゲットにしてる為か値段価格はリーズナブルだが、それでもお小遣い制の錬にとって串カツ10本は手痛い出費だった。
「バーカ、完全に自業自得じゃん」
「ちくしょう、返す言葉もねぇ…」
春香の追い打ちで、更に落ち込む錬を他所に春香は、大樹に話しかける。
「そういえば大樹、ますます調子良いんだってね」
「おう、自分でも驚くほどだ」
「さすが野球部期待のエース、今年は甲子園出場も目じゃないって噂だよ」
「ハハ、よしてくれ。俺だけの力じゃないさ、皆かなり気合入れて練習してるからな、その賜物だ」
スポーツマンらしく爽やかに答える。
「大樹の爪の垢を煎じて飲んだ方がいいんじゃない?錬」
「るっせ、どうせ俺はコイツほど向上心高くねぇよ」
「何?拗ねてるの?」
「拗ねてねぇよ!ホントお前って野郎は」
「野郎じゃないでーす、乙女でーす」
そんな錬と春香のやり取りを、眩しそうに、目を細めて見つめる大樹からポツリと小さく呟かれた。
「…さえ…ば…」
「どうした?大樹。腹でも痛いのか?」
誰にも聞こえてはいなかった、その呟かれた小さな呪詛は。
「いや。それより相変わらず仲がよろしい様で、お二人さん」
「腐れ縁だよ、腐れ縁」
「うんうん、ちっちゃな頃から遊んでるしね私達」
「そうな事言ったら、大樹もだな」
「そう…だな」
キーンコーンカーンコーン。
そして、休憩時間の終了を告げるチャイムの音が校内中に響く。
「さーて、残りのお勤めも頑張りますか。寝ちゃ駄目だからね錬」
「分かってるって」
席を元の配置に直し、各自の席に戻っていく。
時折、憎悪や殺意を込めた視線で錬を見ていた大樹に、2人は気付かぬまま。
放課後。
潤清高校新聞部とプレートの掲げられた部室で、今後の部活動に関する需要な会議が開かれていた。
「では、栄えある新聞部の諸君。我々が、次に狙うスクープのネタを発表したいと思う」
部室内で、声を高らかに、そう宣言する新聞部部長の海原竜二。
整った顔立ちに、眼鏡を掛け。いかにも聡明そうな男だが、物事に熱中するあまり、よく我を忘れて暴走しまう。
そのせいか彼は校内で、奇人や変人扱いされている。
「どうした?日村。そんなにゲンナリとして」
「いやいや、栄えあるって。人数ギリギリの弱小部、しかも、残りの2人が絶賛サボタージュ中で、なに言ってんすか部長」
潤清高校新聞部、市が開催したコンクールでの入賞実績があり、部員も十分な人数が居たが、それも過去の話。
去年、錬が入部するまで、部員数はたったの2人。(ちなみに、潤清高校では部員数が4人以下の場合は、同好会扱いである。)
そんな弱小ながらも、海原の強引すぎる勧誘に押し負け錬が加入した。
その後も長い期間、部員数が集まらず同好会として活動してきたが、ついに今年の新入生を1人捕まえ、なんとか部活動としての復活を遂げた。
「残りの2人には、あとで俺から伝えとく。とりあえず今は、この場にいるお前にだけでも話をしとこうと思ってな」
錬の指摘を、涼しい顔で流す海原。
「はぁ…まあ、いいんすけど。それで、何をネタにするんすか?」
「よくぞ聞いてくれた!」
(相変わらず、テンションたっけぇな。この人は)
「10年前に、この街で起きた事件。それが、我々新聞部の次なる記事だ!」
「そんな事件ありましたっけ?記憶に無いっすよ、俺」
生まれも育ちもS県S市の錬だが、10年前に怪奇事件が、この街で起きていた覚えなど無かった。
「それがあったんだよ、あまり有名では無いがな」
「へぇー、どんな事件なんすか?」
「薬物中毒者の増加。それも若者を中心としたな」
「は?」
海原の言葉に、春香とのやり取りを思い出す。
(ねぇ?錬はDドラッグって知ってる?)
「それって、Dドラッグってやつすか?」
「あぁ、そうだ。なんだ知ってたんじゃないか」
「違いますよ。今朝、最近そのドラッグが流行ってるらしい、って話を聞いたんす」
聞いていた話では、最近になってから流行っているらしい。だが、10年前にも同じドラッグでの中毒事件が起きていたとは。
また、中毒事件にも関わらず、有名では無い事も不可解であった。
そんな錬の疑問に答えるかの様に、海原は答える。
「当時の事件は厳しい情報制限で、この事件に関する情報がほとんど出回らなかったんだ。そのせいで今は、インターネットのアナグラサイトで、よくある都市伝説の1つ位にしか扱われてないほどにな」
「そうだったんすね。でも、なんでそんな物騒な事件をわざわざネタにするんすか?ましてや、今も、また流行り出したらしい薬物って完全にヤバイやつでしょ!?」
とても学生の身分で、扱える事件などでは断じて無い。
今に始まった事では無いが、たびたび海原は暴走し周りを困惑させていた。だが、それでもこの様な自分たちの手に余る物を、記事にしようとした事は一度も無かった。
「兄さんが、この事件に巻き込まれたんだ」
「部長のお兄さんが?」
海原は、そうだ、と頷き話を続ける。
そうして語り始める、実の兄に起きた悲劇を。
10年前、海原には8つ年の離れた兄が居た。
腕っぷしが強く、正義感に溢れ、強きをくじき弱きを助ける。そんな兄が幼少の海原にとって、まさに正義のスーパーヒーローだった。
だが、兄の身に突然の不幸が降り注いだ。
「街に怪しい薬を、バラ撒いている不良グループが居るんだ。そいつらを、まとめてぶっ飛ばさないとな」
そう言って、遠ざかっていく大きな背中に、羨望の眼差しを向ける幼い海原。
それが兄の、最後の言葉であるとは知らずに。
「兄さんの無惨な遺体が見つかったのは、それからから1週間ほどあった頃だった。」
「そんな…事が…」
海原が打ち明けた話に衝撃を受ける錬。
「警察は?」
「何度だって掛け合った!それでも警察は、動かなかった」
「んなバカな!だって、薬物や人殺しまで起きてるんすよ」
「俺だって、ずっと不思議だったさ!。何故警察は動かないのか?何故兄さんは殺されなくてはならなかったのか?そもそも、あいつ等が、バラ撒いていた薬物とは何なのか?」
悲痛な叫びが、部屋に木霊する。
「散々自力で調べた結果、分かった事はたった1つだけ」
Dドラッグ。
「それが10年前の事件、そして今、この街に流れてるかも知れない薬の名前なんすね」
「あぁ、まさか。またこの名前を聞くとは、思ってもみなかった。」
深々と頭を下げる海原。
「頼む!俺は、真実が知りたいんだ。兄さんが殺された理由も、Dドラッグとは何なのかも。たかが学生如きでは、どれほど無謀な事なのかも、分かっている。だが、この機を逃してしまったら、きっとまた情報が制限されてしまう。そんな事になれば、もう真実は明らかに出来ない…頼む…俺は…」
「正直に言えば、滅茶苦茶ビビってます」
力強く握り締めた拳を、海原の前に突き出す。
「だけど、そんな話を聞かされて、黙って見てるだけなんて我慢ならねぇ。それに俺、この街が好きなんすよ。だから、手伝わせて下さいよ部長」
「ありがとう、日村」
ゴツっと、拳と拳が、ぶつかり合う音が響く。
少し照れた表情を浮かべならが、錬はある事を思い出す。
「そういえば、俺は賛成すけど。他の2人はどうやって説得するんすか?」
「それが…俺達の、最初の課題だ」
「さっき、俺に任せとけって言ってたじゃないすか部長」
2人の笑い声が重なり合う。
灯も無く、薄暗い道を、志島大樹は歩いていた。
「クソが!クソが!クソが!」
普段の彼からは、想像もつかない形相で、悪態を吐いていた。
「なんで俺に振り向いてくれないんだ春香!どうして!」
イライラを解消すべく、周りの壁を殴りつける。
「アイツが居るからか!あのクソヤロウが隣に居るからなのか!」
彼の手には赤黒いタブレットケースが握り締められていた。
そこから、錠剤を1錠取り出し飲み込む。飲み込んだ瞬間、わずかの間だが、彼の身体から黒い陽炎の様なものが浮かび上がる。
「春香…春香…」
今、彼の瞳に映るのは、そこに居ないはずの想い人の影。
彼女を自分の物にしたい、その為には、邪魔者を消さなければならない。
邪魔者って誰だ?アイツさ、頭の中でナニモノかの声がする。
自分の声であり、自分では無い声。
アイツを殺せば万事解決さ。
「そうだ、殺す…殺す…」
そうそう、そうすれば彼女は、君の物。
「殺してる…殺してるやるぞ錬」
殺意を込め呟いた、親友であるはずの、幼馴染の名を。
この調子で、1〜2週間に1話のペースで頑張っていきたいと思います。