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序章 劣化した魂の思考

車に轢かれて死ぬ。とても平凡な死因とは思えない。

僕は幼い頃から、死後に恐怖を抱いていた。この魂は、この意識は、果たして死後、何処へ行くのだろう。現行の記憶を喪失し、別の生命あるいは人間に転生するのか、あるいは無限の無に捨て置かれるのか。どちらにせよ、【いつか自分が自分でなくなる事実】に怯えながら、死ぬまで生きてきた。

車に潰されて分かったのは、激痛に気をとられて死後の事なんて全く考えられないというある種の救済であった。…激痛の中、僕は気を失い、恐らく死んだのだろう。

思えば、あっけない人生であった。



気が付けばそこは真っ白な空間である。

壁も床も天井も無い。ただ存在するのは、目前の獣のみ。狼のような、竜のような、上手く言葉では表現できないような姿をしている。少なくとも、四足歩行の生物である事と体毛が生えている事は言及できる。

その獣は、ただ僕を見ていた。

その瞳には、何の感情も宿っていない。

『汝、潰える事を望むか?灯を吹き消し自らの生命を終焉とす事を望むか』

反響するような声が、何処からか聞こえる。目前の獣は口を動かしていない。…恐らく、テレパス的な能力で、僕の脳内とか魂とかに話しかけているのだろう。目前の獣の声だとすれば成程、外見に似合わず良い声をしている。

『此の場は不安定故、考える事が全て現実となる。その思考を自身が自覚しようとなかろうと、この場は無残にも無慈悲に全て現実へと反映するだろう』

…つまり、この場所では思った事が全て現実となるのだろう。

説明がつかない場所である事は理解できた。…自分の思考を目前の獣に飛ばすイメージで、脳内に文字を思い浮かべてみる。そして、浮かんだ文字を目前の獣へと飛ばす…イメージをしてみる。

「貴方は誰だ」

僕の声が届いたのか、目前の獣のものと思しき声が帰って来る。

『ある次元では終末の獣、ある次元では創造の種、ある次元では生命の源、ある次元では文明食らい、ある次元では暴食の獣、ある次元では破壊神、ある次元では…【神】と呼称されるものだ』

…僕が知る神の像とは、髭面の老人とか、聖キリストの十字架のアレとか、四文字だったり、もしくは姿にしてはならない存在だったりするのだが、まさか神が獣の姿をとるとは思っていなかった。…が、冷静に考えればその通りであった。元来神とは理解の及ばぬ領域。ある時は国を作り、或る時は天空を乱し、或る時は生命を造った想像外の存在。ただ人間が【理解しやすいように】擬人化しているだけであって、国生みだの生命創造だのが出来る存在が人型な訳が無い。

「どうして僕がここに」

僕は神に問うた。こうしてみれば、僕は一対一で、それも対面(!)で神とお喋りをしている事になる。…少なくとも、イスラームの方々にはこの事実を知られてはならないだろう。

『汝は選ばれた。非業の死を遂げし魂を召し上げ、こうして問答を重ね、汝の資格を測る』

「資格…それは、何の」

『輪廻する魂を他の円環へと移す。そも生命の魂とは同じ輪廻を永劫巡り続ける存在である。が、想像するがいい。長年世話もされず、何度も列車に上を走られる線路はどうなる。錆び、朽ち、いずれ崩壊するであろう?これは魂においても同様である』

つまり、いわば、この永劫たる円環の浄化作用であり、基底円環の魂を他の円環の輪廻に組み込み、交換として異なる円環の魂を引き込んで走らせ、基底円環の世話とする。…あいにくと僕はそこまで頭が良くないので、この認識で正しいのかは不明だ。

神は此処まで語ると目を閉じ、再度開く。

『劣化は円環だけに訪れるものではない。巡り続ける魂もまた同様である。【神】がこの作業を怠れば、最終的には一つの円環とその上を走る数多の魂の喪失に繋がる』

…つまり、僕の魂は劣化していたという事になるのか。

『選ぶがいい。そして答えよ。汝、このまま生命の灯火を吹き消す事を望むか?それとも…』

突然、目前の神は吐血する。

神の喉元には、大きな刃物がぐっさりと突き刺さっていた。

――まぁ、確かに、こんな考えを抱く程度には、僕の魂は劣化していたのだろう。

『何をする。我は神で…』

「…この場は、その者の思考が現実に反映される…だったよね。だったら、僕が【神殺し】を思った瞬間から、こうなる運命だったんだろう。それに、たとえ相手が神だとしても、思考が現実となる環境において相手は神でもなんでもない…ただの登場人物だ」

僕は知らずのうちに、神の喉元に刃物を突き立てていたのだ。どこから用意したのかも知れない、表面に幾何学模様が刻まれた黒曜石の刃物を。

口も開かずに直立しこちらを見つめていた神も、戸惑いと痛覚からか足をよろめかせ、しまいには倒れ込んでしまう。…喉からは大量の血が、とめどなく流れている。

『汝、そこまで救いようのない…』

「僕だって知らなかった。知らずの間に、僕は【神殺し】と思い付き、知らずのうちに実行した事になる。僕がこんなに穢れて…劣化して、かな?とにかく、こんなになって歪んでいるなんて知らなかった。確かに、このシステムは必要と見える」

横倒れた神は、憎悪を込めた瞳で僕を睨みつける。

意識をすれば、現実となる。

突如神の両目に釘が突き立った。神は激痛と憎悪の咆哮を放つ。

「問一、神が死んでしまうと、僕はこの場から脱出できない。…この事実から導き出される結末は?」

『………呪いあれ』

僕は横倒しになった神の腹部に噛みつく。

噛み千切る。咀嚼する。飲み込む。取り込む。噛み千切る。噛み砕く。噛む。噛む。咀嚼する。咀嚼する。咀嚼咀嚼咀嚼咀嚼咀嚼咀嚼。咬合。咬合千切り噛み付き咀嚼して飲み込み呑み込み呑み込み呑み飲み飲み飲み呑み呑み飲み呑み呑み呑み咀嚼噛み砕き骨を砕き肉を啜り髄を啜り血を脳を啜り。咬合交合収束展開解放咀嚼捕食食事行為この行為は正当な行為である総てを粗食し咀嚼し噛み噛み噛み神神神神噛み噛み噛み噛み臓物牙気管肝臓胃腸排泄物体毛表皮筋肉魂知識神力咀嚼飲料咀嚼粗食噛み千切り咀嚼し呑み込み取り込み消化し再構築し咀嚼し噛み砕き飲み込み咬合取り込み神食らい――聖餐。

気付けば神は消えていた。

存在したであろう痕跡はあるが、もう無くなっていた。

自分の体が自分のものではないような感覚。

「美味しかったよ。…じゃあ、リセットの後、やり直そう」

まずは輪廻を思い浮かべる。

そうして僕は、次の僕へと意識を飛ばす。

「僕…いや、私は神との対話を遂げ、食らい、聖餐としたことで、尋常ならざる力を得たのだろう」


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