幽霊の女の子と一緒に廃墟のメリーゴーラウンドに乗ってしまいました
私は待つのが苦手です。
そうなったきっかけは、私が高校二年の夏休みにあった肝試しでした。
私の通っていたのは私立高校の進学コースで、夏休みには勉強合宿というのがありました。
県内の研修施設に缶詰にされて三日間ずっと授業を受けるという、地獄の合宿です。
しかし夕方以降は自由に時間が使えるので、クラス委員が自主的にイベントを企画するのが恒例になっていました。
そこで夏休み前のとある休み時間に、クラス会議が開かれました。
私のクラスの企画は、多数決で肝試しに決まりました。
委員長 「では、お化け役をやりたい人は手を挙げて下さい!」
すると私と仲良しのグループで、リーダー格のミヤビが、カナとリホ、そして私に声をかけてきました。
ミヤビ「ねぇ、私はお化け役がやりたいなー。カナ、リホ、あとキョウコも、一緒にやんない?」
カナ「いいねー!」
リホ「私は別にどっちでも」
私「いいと思う」
ミヤビ「じゃあ決定ね!」
最終的に、私たちを含めて八人がお化け役に任命されました。
放課後、早速お化け役が集まって打ち合わせをしました。
委員長「どこでやるのがいいかな?」
ミヤビ「あそこの近くに閉園になった遊園地があるんだけど、そこでいいんじゃない?」
男子A「それいいねー!賛成!」
委員長「じゃあ、あとは持ち場を決めないとね」
カナ「知ってる? あそこのメリーゴーラウンドって、マジで出るらしいよ、ユーレイ」
男子B「見た人がいるの?」
カナ「聞いた話だと、白いワンピースに赤いリボンの女の子のユーレイが出てきて、『一緒にメリーゴーラウンド乗ろう?』って言うらしいよ。でも乗ったら永遠に降りられないんだって」
リホ「そういやそんな話もあったね。逃げる時に振り返ったら連れて行かれちゃうんだっけ?」
カナ「そうそう。めっちゃ怖いよねー! メリーゴーラウンドの担当だけは、絶対にイヤ」
男子C「じゃあ俺たちがやろうか?」
ミヤビ「いいよ、適役がいるから。ね、キョウコ?」
リホ「確かにキョウコなら大丈夫じゃない? こないだ霊感ないって言ってたし」
私「別に私は構わないよ」
私はユーレイがいるなんてこれっぽっちも信じていない人間なので、どこが担当でも大した違いではありませんでした。
ミヤビ「じゃあメリーゴーラウンドはキョウコが担当ね!」
他の人の担当場所も、すぐに決まっていきました。
委員長「それぞれの担当場所も決まったから、今日は解散。あとは当日までに、各自で小道具を準備しておいてね」
私は何を準備しようか悩みましたが、シンプルに白いスカートと赤いリボンを持っていくことにしました。
荷物がかさばらないし、上は制服の白のブラウスを着ればユーレイっぽく見えるはずです。
肝試し当日。授業が終わり自由時間になったので、お化け役が先に集合しました。
ミヤビ「キョウコの服装、割とヤバくね?」
カナ「これで出て来られたら、私はマジで泣くかも」
どうやら私の仮装の評判は上々のようでした。
委員長「全員揃ったね。では打ち合わせ通りに。回ってくるペアは全部で十五組だから、終わったらここに集合してね。では健闘を祈ります」
委員長の解散の声で、仮装に身を包んだみんなは持ち場へ散っていきました。
私もメリーゴーラウンドへ向かって、真っ暗な廃墟の中を急ぎます。
街灯は点いていないので、懐中電灯の明かりだけが頼りです。
メリーゴーラウンドの周りは、草が人の背丈くらいまで生えていました。
見通しが悪く、まるで怪異の世界への入り口のようにも感じられました。
伸びた草の間の道らしきところを進んでいくと、ライトに照らされて錆びたメリーゴーラウンドが姿を現しました。
電飾はいくつか割れていて、木馬の塗装も剥げています。
かぼちゃの馬車に至っては、天井に穴が空いてしまっています。
本来は廻る遊具のはずですが、長い年月の間、動くことなく風雨にさらされたことで、古い洋館のような雰囲気が出ていました。
近付いてみると、床が腐ってところどころ抜けています。
足元に気を付けながら進み、手頃な木馬に腰掛けることにしました。
あとは来たペアに向かって「一緒に乗ろう?」と声をかければいいのです。
こうして座っているだけの楽な仕事なら、待つことが苦手になることもなかったでしょう。
一時間くらい経ったでしょうか。
これまでに、いくつものペアが私の姿に悲鳴を上げて逃げていきました。
申し訳ない気持ちもあるのですが、ちょっとした罪悪感がくせになりそうでした。
どうやら私はお化けに適性があるようです。
今度の進路希望調査では、第一志望を「ユーレイ」にした方がいいかもしれません。
しかしあまりに楽しかったので、うっかり来たペアの数を忘れてしまいました。
もう終わりかな、と思っていると、ガサガサと誰かが来る音がしました。
徐々にライトの光も近付いてきます。
私はタイミングを見計らって私の顔にライトを当て、闇夜に浮かび上がらせました。
そしてお決まりのセリフ。
「一緒に乗ろう?」
しかし今回は悲鳴が聞こえません。
おかしいな、と思っていると、その人物は私をライトで照らしながら近付いてきました。
私もライトで照らし返してみますが、逆光になって誰なのかよく分かりません。
もしかして先生が怒りに来たのだろうか、とも思いましたが、なんとなく背丈は小さいように見えます。
高校生よりも小さいかも?
その瞬間、その人物が口を開きました。
「私と一緒にメリーゴーラウンド乗ってくれるの?」
ようやく慣れてきた目に映ったのは、白いワンピースを着て赤いリボンを髪に付けた幼女でした。
今の時代には珍しいおかっぱ頭をしていて、その丸い目はまばたきせずに私をじっと見ています。
こういう時、人間というのは不思議なもので、私はパニックになるどころか、冷静に頭の中で「あっ、ヤベッ、ユーレイだ。どうしよう」とか考えていました。
以前聞いていた話からすれば、振り返らずに逃げればいいはずです。
私は木馬から地面に飛び降り、そのまま草むらの間の道を猛ダッシュしようとしました。
が、しかし日頃の運動不足がたたりました。
地面に着地して走り出すまではなんとかなったのですが、草むらの間を少し走ったところで足が滑って転んでしまったのです。
とはいえ、何も気にせずに立ち上がってまた走り出せば問題はないはずでした。
しかし私もうっかりしていました。
「大丈夫ですか?」
その優しい声とともに差し出された手を、つい掴んでしまったのです。
次の瞬間、女の子は子どもの力とは思えないくらい強い力で、私の手を握り返してきました。
しまった、と思った時には時すでに遅し。
幼女「お姉ちゃん、一緒にメリーゴーラウンド乗ろうって言ったよね?」
無表情な女の子の顔が、私の目の前まで迫ってきました。
もはや逃れようがありません。
女の子に引きずられるようにして、草むらの間を連れ戻されてしまいました。
草むらを抜けると、そこには先程とはまるで違う光景が広がっていました。
金や銀に輝く装飾が施されたメリーゴーラウンドが、まさに営業していた当時のようにピカピカと輝いていたのです。
まるで地球上にある宝石を全て集めたみたいでした。
木馬は、まるで中世の騎士が乗る駿馬のような立派な風格を漂わせていました。
そこには錆びも無ければ、抜け落ちた床もありません。
なんでこんなものがあるのか見当もつきませんが、金ピカのメリーゴーラウンドは確かに目の前にあるのでした。
私「電気はどこからきているの?」
幼女「うーんとね。頭でこすったしたじきから?」
女の子は一点の曇もない笑みを浮かべていました。
その笑顔は、メリーゴーラウンドよりもまぶしかったと言っても過言ではありませんでした。
幼女「じゃあこのお馬さんに乗ろうよ」
女の子は二人がけの木馬を指差しました。
私に拒否権はありませんから、言われるがまま、そこにまたがります。
私の前のスペースに、女の子が座りました。
幼女「私、ここに二人で座るのが夢だったんだ」
女の子がしみじみと言うと、メリーゴーラウンドは音楽とともに回り始めました。
同時に木馬が上下に動き出します。
虹色の光が乱反射して、まるで万華鏡のような世界が目の前に広がりました。
本当に馬の背中に乗って、おとぎ話の世界を走り抜けているかのようです。
その光景にすっかり見惚れてしまった私は、うっかりバランスを崩して落ちそうになるほどでした。
一方、女の子は楽しくて仕方がないようで、木馬の上でずっとキャッキャと笑っています。
するとまだメリーゴーラウンドが回っている間に、女の子が振り返って私に声をかけてきました。
幼女「お姉ちゃん、ありがとう」
私「どうしたの、急に?」
幼女「私ね、もう一度、誰かと一緒にこのメリーゴーラウンドに乗りたかったの。だからずっと待ってたの。でもみんな逃げちゃうの。だからお姉ちゃんが一緒に乗ってくれて嬉しいの。こんなにメリーゴーラウンドが楽しいの、初めて」
そんな風に言われてしまうと、相手がユーレイだとしても、なんだか照れ臭くなってしまいます。
私「あなたに喜んでもらえたなら、私も嬉しいよ」
その時、私は思いました。
ずっとこのメリーゴーラウンドに乗っていられるなら、どんなに幸せなことでしょう。
気が付くと、私は暗闇の中で木馬の上で眠っていました。
落ちていたライトを拾い、辺りを照らしてみます。
目の前にあったのは、七色の光できらめくメリーゴーラウンドではなく、あの廃墟と化したメリーゴーラウンドでした。
放心状態の私は、このことを誰かに伝えなければという使命感に駆られて、集合場所へとフラフラと歩いていきました。
私の姿に初めに気付いたのはカナでした。
カナ「キョウコ、遅いじゃない。あとちょっとで置いてくとこだったんだから」
私「私、乗っちゃった」
リホ「乗っちゃったって、何に?」
私「メリーゴーラウンドに、赤いリボンの女の子と」
何かあったのかと集まってきたみんなは、私の言葉を聞くと、すっかり笑い転げてしまいました。
男子A「プハハハハハハッ!! 何言ってんだよ、バッカじゃねぇの!?」
リホ「赤いリボンの女の子と一緒に乗ったら死んじゃうんだよ? そしたらアンタ、ユーレイってことじゃん!」
私「いや、本当なんだって。メリーゴーラウンドがキラキラ光ってて、夢の国に行ったみたいだったんだよ」
その時、ミヤビが鋭い目つきで私をにらみつけました。
ミヤビ「……アンタさぁ、本気で言ってんの?」
私「信じられないかもしれないけど、ホントなんだって」
ミヤビ「あのさぁ、アンタのその目立ちたがりなところ、マジで目障りなんだよね」
私「……」
ミヤビ「もういいよ。行こう、みんな。キョウコは赤いリボンの女の子と遊ぶんだってさ」
みんなは私が嘘を言っているのだと信じて疑わず、バカにするように笑いながら私を置いて帰ってしまいました。
それ以来、私に対するみんなの態度はイジリではなく、完全なイジメとなりました。
上履きにがびょうを入れられる。教科書を捨てられる。トイレの個室の中で水をかけられる。
まるでやることリストを順調に消化していくかのように、よく知られているイジメの多くを経験することになりました。
そのたびに私は、あの女の子とメリーゴーラウンドに乗っていたあの幸せな時間を思い出すのでした。
そうすれば、どんな辛いことでも乗り切れる気がしたのです。
それは今も変わりません。
もう一度、あの子と一緒にメリーゴーラウンドに乗れる日が来ることを、私はずっと待っているのです。
でもあれ以来、廃墟のメリーゴーラウンドで赤いリボンの女の子を見たという人は、すっかりいなくなってしまいました。
きっとあの子は、私とメリーゴーラウンドに乗ることで成仏してしまったんだと思います。
あの女の子と一緒に乗る夢は叶いそうにありません。
せめて他の誰かと一緒に乗れたらいいな、と思うのですが、あいにく友達はいなくなってしまいました。
私なりに頑張ってはいるのですが、なかなか新しい友達もできません。
まるでメリーゴーラウンドみたいに、同じところをぐるぐる廻っているみたいです。
あの子との思い出にあと少しで手の届きそうなのに達成できないから、モヤモヤが溜まる一方です。
これだから待つのは苦手なのです。
あの子と永遠に一緒にいられると思って、せっかくこのメリーゴーラウンドで自殺したというのに。
お読み頂きありがとうございました。
作者はホラーは苦手です。
だって怖いじゃないですか。
誰も得しないですよ。
ホラーなんて書く人の気がしれませんね。
……めっちゃ楽しかったのは内緒。
葦沢
2017/07/23 初稿