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俺は瀬戸花房。元暴力団幹部で、現在勇者。そしてこれからは定食屋の主人を始める事になった。それも魔王軍の強力なプッシュがあってだ。
まあ、別にやりたくない訳ではないのでそこんところは問題ない。
問題は今の状態だ。
「氷の君クリューセル・エトアスです。魔王をやってました。見知らぬ誰かとの出会いが自分を変えると思っています。様々な人と出会い、自身も成長できたら良いと思ってます」
--魔王が面接に来た。
花房のオープンを一週間後に控え、料理人はともかく、ウェイターだけでも揃えておこうと思った俺は魔王にアルバイトの募集を依頼した。
そしたらこの結果だよ。魔王のやつアルバイトの募集を握り潰しやがった。
「ああ、はい。結果は追ってご案内します。では--」
魔王はペコリと頭を下げるとガッツポーズしながら事務所を出て行った。
駄目だろ。
見た目中学生じゃん。見た目中学生の癖に威圧感すげえわ。逆圧迫面接じゃねえか。
そもそも何あれ。俺以上に客商売向いてない人じゃん。俺らがコンビ組んじまったら開店する前におしまいじゃね?
「不採用、と」
俺は魔王の履歴書に「不採用」のハンコを押した。
「次の方ー」
「やあ!」
「よお」
「採用?」
「せめて自己アピールしろよ」
「あ、真面目に面接するんだ? 友人枠とかコネの扱いにならないの?」
「友人枠? 何時、誰と友人になったって?」
「相変わらずだなー」
相変わらずの軽い口調に、軽い態度。これが魔王軍の五大幹部の一人とはにわかに信じられない。そもそも自分のとこの領地はどうすんだ?
「まあ、良いや。霧の君アズラザオルです。最近はアズマって名乗ったりもするのでこっちの方で呼んでもらった方が助かるかな。後は、志望動機? かな? 料理屋だからまかないが出るでしょ? 僕はここの料理の大ファンだからね。毎日食べたいと思ってさー」
「不採用」
俺が履歴書にハンコを押そうと手を持ち上げたらその動きがアズマに止められた。ぴくりとも動かない。こいつ意外と力がありやがる。
「聞き間違えちゃったかな? 『採用』でしょ?」
「まだ利益も出てないのに無駄飯食らいなんぞ雇えるか。そもそもお前は辺境領主様だろうが。自分の領地が心配じゃないのか? おらあああ--」
「自分を過小評価しすぎだと思うね。莫大な利益が得られるはずさ。領地は部下に任せて来たよ。そんなに仕事もないからね。適度に戻れば問題ないさ。ぐぬぬぬ--」
こいつ本気だ。本気でうちに居つく気だ。それはさせん。絶対にさせんぞ!
「お前、食う以外に何が出来んだよ? メシ運ぶだけならさっきの魔王の方がまだましだぞ!」
「この幼女趣味め。そんなに幼女が好きなら僕だってデザインくらい変えられるぞ。霧の君を舐めるなよ!」
「誰が幼女趣味だ! 巨乳が好きに決まってるだろう! どれだけ俺がこの世界に絶望したか分かってるのか!?」
その瞬間ハンコはアズマに奪い取られてしまった。
こいつ。とうとう俺の本気を引き出しやがったな。粉々にしてやる。
「まあ、待ちたまえよ。そんなに怒らないでくれたまえ。君が幼女趣味ではなく、巨乳が好きなのはよく分かった。ならばこんなデザインでどうかな?」
アズマの姿が光に包まれた。そして光が消えると--。
「うおー! すげー! お前マジですごいな!」
そこには俺好みのムチムチ美女が立っていた。
「『採用』だろ? セ・ト・君」
「却下だ」
「な……。何だって?」
確かにアズマは俺好みの美女に姿を変えた。しかし違う。これは違うのだ。
「お前男じゃん!」
「何か問題が?」
「問題大有りだろうが。中身が伴ってないんだよ! どうせ見た目だけしか変わってねえんだろ?」
「甘いな。今の僕は身体的には完全な女だ。子どもも作れるぞ?」
「採用」
素晴らしい。なんと素晴らしい事か。やっと理想的なヒロインに出会う事が出来たような気がする。さようなら絶壁。こんにちは谷間。
「おっと」
変身が解けた。
いやいや、俺の前ではずっとさっきの美女の姿で--。
「やっぱり性別変更は難しいね。五分が限界だ」
は!?
「ついでに一日一回が限度かな。性別を伴わない変身は持続できるんだけどねー」
っざけんな! 俺のヒロイン返せよ!
「採用だと!? 採用の場合はその場で伝えられるのか!?」
魔王、事務所に突入。外で聞き耳立ててたな。
「そうみたいだよ」
アズマ、余計な事言うな。話がややこしくなる。
「き、貴様……。世界最古の神獣と恐れられた氷の君の力を、その身体に刻み込みたいようだな!」
うわぁ……。面倒臭せえ。
--結局二人とも採用した。
オープンまで一週間。すでに混乱の極みだが果たして上手くいくのかどうか……。
「ユウリさーん。配達です」
「はいはーい」
私は天才魔導学者ユウリ。と、いっても前科があるのと、しょっぱい職場に追いやられているので誰も私の事を褒めてくれない。すごく悲しい。借金さえどうにかなればこんな職場こっちから出て行ってやるのに。
でもセトさんは私の事褒めてくれたなー。いいえ、セトさんだけが私を褒めてくれたのよ。さすが大人の男は違うわ。見る目もあるし、私程じゃないけど頭も良いし、顔の傷とかすっごくセクシーだったし。もう、ダメダメ。私ったら何考えてるのよ。きっとセトさんにも好きな娘くらいいるわ。嗚呼、憎らしい。そんな娘、爆破されてしまえば良いのに。
そうそう、手紙、手紙。
「セトさんからか」
借金の督促状以外の手紙なんてずいぶん久しぶりだわ。しかもセトさんからって……。も、もしかしてラブレターってやつ? キャー、キャー!
ああ、すごいドキドキする。開けて中身を読むだけなのに。どうしよう、卒倒しそう。どうしよう、どうしよう--。
『採用だ
すぐ来い』
嗚呼……。嬉しい。求められる事がこんなにも嬉しい事だなんて。直ぐ行きます。仕事辞めて直ぐ行きますわ。待ってて下さいね。「あ・な・た」。