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「よくぞ戻ったな、セトよ」
魔王が言った。何やら勇者をむかえる王様みたいで気に入らない。
「やあ、僕もいるよ」
「そなたはどうでも良い」
「あちゃー……。久しぶりに出会ったのに寂しいな」
俺はネウ・カムリアの魔都に戻って来た。早速魔王に謁見に行こうとしたのだが、アズマも付いてきた。領主の癖に自分の領地はどうするのか。
「まあ、良い。霧の君よ、そなたの呪いは?」
「食事の件ならもう済ませたよ。呪いは既に解かれている」
「ふむ……」
美味の理解出来ない呪いか。なかなか不憫だな。
「ならば問題ない。で、これからどうするのだ?」
「そうだな」
俺は定食屋をやる事を魔王に告げた。久しぶりにやる気になったのだ。やる気になったままで事業を進めていきたい。
「事業と言った方が良いかも知れない。俺は生産、加工、販売という流れを一手に引き受けようと思っている」
「ふむ……」
さしづめこれはプレゼンという事だ。理解してもらえれば良いのだが。
「例を挙げると牛乳だ。この世界では人気が無い食材だと聞いている」
「牛の乳か。獣の乳を食すなど考えられんわ」
なるほど、そういう理由もあるのか。これならあの一家が他に引き抜かれたりする心配もなさそうだな。
「牛乳や野菜、食肉を生産し、それをシチューに加工し、定食屋で販売する。ここまでが一つの流れだ。使う道具は今手配しているが、それによっては大量生産も可能になる」
まあ、食材を鍋で煮込むだけだからな。前日にきちんと下拵えを済ませておけばまだ楽に料理できる方だからな。
「俺はそれをパン、サラダ、シチューのセットで販売しようと思ってる」
ゆくゆくはメインの品を変えて別のメニューも販売しようと思っているがそれはまた先の話だ。まずは目玉となるメニューを確立しておきたい。しかし、ということは定食屋と言っても洋風レストランのようなものになるのだろうか。いや、定食屋だ。これは定食屋なのだ。
「それで? いくらで販売するのだ?」
「ん?」
「料理屋なのだろう? シチューとやらはいくらで販売するのだ?」
しまった。全く考えてなかった。
この世界の貨幣は純金貨、金貨、銀貨、銅貨、鉄貨の五種類だ。どれも五百円玉くらいの大きさで、それぞれに細かな装飾が刻まれている。この中でも純金貨だけはあまり世間に出回らず、その扱いは他の貨幣と一線を画す。
俺が何となく自分の中で設定しているのは、鉄貨が十円、銅貨が百円、銀貨が千円、金貨が一万円、純金貨は十万円といったところだが、そこにコレクション的な価値が付与されるため、この金額とは言い切れない部分がある。つまりは一般的な貨幣ではないという事だな。
まあ、薬草が鉄貨三枚で買えたり、宿屋の一泊が金貨一枚かかったりする世界だ。貨幣価値は日本のそれとはまるで違う。
さて、それは置いておいていくらで出すべきだろう。
「銀貨……。一枚でどうだろう?」
記憶が曖昧だが、酒場で料理を頼んだらそのくらいかかった気がする。
「安くないか?」
魔王はそう言った。魔王とは言っても意外と世間の価値観に近いようだ。だが、確かに安いのかも知れない。酒場は一品で銀貨一枚だったのだ。パンとサラダとシチューの三品で銀貨一枚は確かに破格だったのかも知れない。
「じゃあ、二枚」
「いや、私の言ってるのは貴様の料理の価値だ。他の料理人の作る豚のエサとは比べものにならんのだぞ? 霧の君よ、そなたはこの者の料理を食べたか?」
「ああ、食べたよ。今話題に挙がってるシチューってやつをね」
「く……。羨まし--。いや、そうではない。料理を食べてどう思った? いくらの対価を支払えば良いと思った? 私はそう聞いているのだ」
「あーね。銀貨一枚や二枚じゃ安過ぎるって言いたいんだね?」
「そうだ」
「僕はシチューを食べて金貨二百枚をぽーんと渡したよ。彼の料理、美味という概念にはそれだけの価値がある。だけど氷の君よ、それで良いのだろうか?」
「どういう事だ?」
「銀貨二枚。普通の食事処なら無難な金額だ。誰でも気軽に入れる金額だよ」
「ふむ……」
「でも、むしろそれが良いんじゃないか? 貴族や王族だけが美味を楽しむのではなく、誰でも気軽に美味を楽しめる店。条件はそこに行き金を払えば良いだけ。彼の金額設定にはそんな考えがあると思うんだ」
俺は黙って聞いていたが、何やらあらぬ方向に話が向かっているような気がした。
やめてくれ。貨幣価値が分からないだけなんだ。そんな高尚な考えがあるわけではないんだ。
「そんな話なら仕方がないな……。まあ良い。セトの店だ。好きにするが良い。ところで霧の君よ、さっき金貨二百枚がどうとか言っておったな?」
「ああ、ある時払いで二百枚貸したよ」
「ふむ……。それならば私は魔都に店を手配しよう。希望があれば申せ。金は気にするな」
物件か。定食屋をやるなら確かに必要だ。ここは魔王に甘えておくか。
「あ、ずるいな。セト君の料理を魔都で独占する気かい?」
「そ、そんな事は無ないぞ。毎日食べに行こうなんて思ってないからな!」
「はいはい、魔都は人も多いからね。美味を世間に広めるのにはうってつけの場所だよね。まあ、僕らはもう少し出払っちゃうけどね」
「ん? また出かけるのか?」
ここでの作業は一旦終わった。元々物件探しついでの魔王への謁見だった。それを魔王が引き受けてくれるというのならそれで構わない。
「まあ、ちょこちょこ帰ってくるからよろしくな」
俺は魔王の元を後にした。