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アズラザオルは言った。「次はどんな面白い事を見せてくれるんだ?」と。
一家心中寸前だった家族は俺の全面支援によって一旦は持ち直した。借金は全額返済し、土地、家屋も取り戻した。妻の病気は領主御用達の魔道士の薬で何とかなるだろう。今後は牛中心の牧畜と、ジャガイモの生産を主な仕事として、大いに俺の役に立ってくれるだろう。
「ところで何故あんな貧乏人に情を注いだんだ? そこそこ金を持っているやつに任せた方が楽だったんじゃないか?」
あーね。その辺はどこの世界でも一緒なんだな。
「まあ、あれだな」
俺は実経験から知っている。人は裏切る生き物だと。
借金の取り立てが良い例だ。金を借りる時は「ありがとう」と頭をを下げ、いざ回収となると「払えません」「警察呼びます」とのたまう。そんな輩にはそれなりの対応をするのだが、そのおかげで随分と厄介ごとに巻き込まれた。
とにかく、まずは弱味を握り、優しい言葉をかけて信用させる。相手がこちらの事を信用しきったら無理難題をふっかけてみる。出来れば良し。出来なければ弱味を使う。それだけの事だ。
「裏切らないからさ」
いちいち説明するのは面倒臭い。俺は一言で答えておいた。
「ところで……」
俺はアズラザオルをじっと見つめた。
「何だい? 僕の格好が何か変かな?」
見た感じは青年。中性的な顔立ちはむしろ少年のイメージが近いかもしれない。
魔族の殆どは百年程度で寿命を終える。人族が五十年前後と考えると随分と長生きだ。しかし魔族の中でも高位の者になると話が変わる。彼らは数百年の時を生きる場合があるのだ。実際目の前のアズラザオルは二百年。氷の君と呼ばれる魔王に至っては千年近く生きているらしい。そんな君たちは肉体の生長が途中で止まるという。タイミングには個人差があり、少年期であったり初老期であったりもするらしい。そして不便は全くないという。
「変装なのか?」
「役人のね。どう? 似合ってるかな?」
確かに役人の格好をしている。だが違う。俺はもっと別の物を期待していた。
「霧の君は変幻自在と聞いていたから少し拍子抜けした」
そう。俺は変幻自在の変装ではなく、変幻自在の変身が見たかったのだ。身長、体重、性別までもを凌駕するまさに変身を!
「あーね。まあ、領内だしこのくらいで大丈夫さ」
つまんねー。
「それは良いがーー」
自身をアズラザオルと名乗るのはいかがなものだろうか。それも自身の領内でだ。
「ふむ! それは気付かなかった。名前か。今の名前は「アズマ」でどうだい? 何だかしっくり来た」
自分の名前を忘れていたという話だったが心のどこかに引っかかっていたのかもしれない。しかしアズマが名前なのか、それとも苗字なのか。一体どっちだろう。でも聞いても分からないだろうな。
「『面白い事』だったな。次は魔導ギルドだ」
「魔導ギルド? 料理とは関係ないんじゃないか?」
「そうでもないさ」
俺はそう言って魔道士達が集まる建物を親指で差した。
女魔導学者「ユウリ」は頭を抱えていた。
魔導学者は便宜上魔導を研究する者と、魔導器を開発する者に大分される。そこから更に無数に枝分かれするように専門が分かれているのだが、彼女の専門はその中でも最も人気の無い家庭用魔導器の製作だった。
いわゆる「落ちこぼれ」を仕方なく置いておく分野なのだが、数年ぶりにそこに配置されたのが魔導学者ユウリだったのだ。
「まあ、がっかりしなさんな。良い魔導器を作れば別の部署から声がかかるさ」
上司の「ヤツキ」はそう言っていたが「今までに別の部署から声がかかった人はいるんですか?」と言う問いには、何も言わずただ笑顔だけで答えた。要するにそんなやつはいない。これは慰めで言っているだけという事だ。
魔導学校でのユウリの成績は中の上。ごく普通の部署に配属されるのが当然の成績だった。しかしこんな部署に放り込まれたのには理由があった。
「絶対あれだ。あれ以外に原因が考えられない……」
大量の魔力を溜め込む事が出来る「黒石」という素材がある。その名の通り色は闇のような黒で、一般的には魔法攻撃を防ぐお守り等に使われるような素材だ。しかし素材自体が貴重な為、お守りに加工されるのはごく少量で、魔法防御も一度か二度で壊れてしまうような不安定な代物だった。
ユウリはその黒石のしかも拳大の原石を発見してしまったのだ。
本来は即学校や役所に届けを出し、しかるべき対処が必要な物だったのだが彼女はそれをしなかった。しかもあろう事か自身の研究実験に使用してしまったのだった。
結果、学校は半壊。ユウリは莫大な修理費用を満額支払い続ける事となった。
せめてもの救いは無事学校を卒業出来た事。そしてそのまま魔導ギルドに就職出来た事だった。無論、給金の大半は借金の返済に充てられる訳だがーー。
「ユウリはいるか!」
その声は魔導ギルドのフロア一帯に響き渡った。セトだ。彼は誰が相手でも容赦が無い。しかし同時に「ユウリ?」「あの子?」「また何かやったの?」とため息混じりの呟きが聞こえた。
「噂は本当みたいだね。魔導学校始まって以来の問題児」
アズマがため息を漏らした。
噂が噂を呼んでユウリの評価は最悪なものだった。その上莫大な借金まで抱えているのだから救いようがない。そんな彼女に一体何をやらせようと言うのか。
「あ、あの……。私がユウリです」
まだ若い女だった。化粧っ気はなく、メガネをかけた地味そうな見た目に、やはりというか案の定というか、体型は素晴らしくスレンダーだった。俺はもっとムチムチしたのがみたいのに……。
「アズマ君」
「何だい、セト君?」
「私の知り合う女性はことごとく貧乳スレンダーなのだが、この世界に巨乳は存在しないのかね?」
「何だ、君は大きい方が好きなのか? ならば鬼族を探せば良い。背丈は君よりも一回り大きく胸も当然大きい。なかなか美人が揃っているという噂だよ」
「なるほど。悲しいな」
二メートル越えの巨女か。ハハッ--。いろんな種族がいるんだな。
「あ、あの……」
「あ、忘れてた」
「ひどい!」
正直このユウリという女。影が薄くて気配に気付かない。しかしそんな存在感のないやつが学園爆破などを行うのだから世も末だな。
「じゃあ、アズマ君よろしく」
「うむ、頼まれた。魔導学者のユウリ。冬の第一月からここに勤務。給金は金貨十枚。ただし諸費用と借金返済の為に手取りは金貨四枚のみ。合ってるかな?」
ユウリはシュンとしながら「はい」と答えた。情報通りだな。
「借金は金貨二千枚。毎月五枚ずつ返しても四百ヶ月。三十三年と四ヶ月かかる計算だな。なかなか困ったものだな」
ユウリは更にシュンとしながら「はい」と答えた。もう、その程度の言葉しか思い付かなかったんだろう。顔色真っ青だ。
「さて、セト君。今回はどうするのかな?」
「何か面白がってるな」
今回魔導ギルドに来た理由は調理用火器の生産だ。いちいち薪を燃やして火力を作るのは手間がかかる。便利な器具があるなら多少金がかかっても欲しいものだ。しかし調理用の道具の研究はあまり進んでいないと聞いていた。まあ、駄目元というやつだ。
「まあ、そんなことはどうでも良い。あんたに作って貰いたいものがある」
「はあ、私にですか? 私なんかに作れるのは爆弾くらいのもんですけどね……。ハハッ。ハハハ……」
うわぁ……。目が混沌としてる。アズマの突っ込みに耐え切れなかったのか。可哀想なやつだな。
「いや、そんな事はないぞ。お前には爆弾以外も作れるはずだ」
「そんな……。どうだか……」
あ、落ち切ってる。こういうのを相手にするのは面倒臭いな。なら方向を変えて。
「金貨二千枚」
お、ユウリの顔が引きつった。やはりここだな。
「返済大変だよな。二千枚ったらすごい時間かかるよな」
「はい……」
うん、予定通り落ちてきた。
「三十年?」
「三十四年だな」
「三十四年経ったらもう婆さんだよな。青春時代全部が借金と隣り合わせか。辛いよな。泣きたくもなるよな」
あ、泣き始めた。すっごい声押し殺してる。
「だけど安心しろよ。返済が楽になる良い話があるんだ」
「え!? そんなのがあるんですか?」
まあ、話を聞いてみなければ分からんけどな。
まず調理用の魔導器具を生産する。
火力を調整出来るコンロのようなものと、同じく火力を調整出来るオーブンのようなものだ。正直形はどうでも良い。火が出れば良いし、食材を高熱で包み込めれば良い。そんな代物だ。
「作れるか?」
「まず火の魔法プログラムを魔石に封じ込めてセットすれば可能です。燃料は魔力ですから毎日補充してください。火力の調整に関しては、火口部分に魔力を弾くミスリル銀で作った調節弁を装着すれば問題ありません」
「素晴らしい!」
あえて大げさに褒めた。ここからはユウリを褒めちぎって調子に乗せる。
「そ、そんなこと、ありませんよ。へへへ……」
乗ってきた。
「じゃあ、オーブンは?」
「ミスリル銀製の箱の中に同じく魔石を上下に配置します。これでいかがでしょう?」
ふむふむ。まあ、料理をした事がない人間の意見だな。
「外部に空気を流す為に、箱はほんの少し隙間を空けて欲しい。後、ミスリルの影響で魔力自体は問題なさそうだが熱は伝導してしまう。耐熱材で周りを囲むのもお願いしたい」
「なるほど! 魔力自体は押さえられても、結果として生まれた熱エネルギーは膨張して外に逃げ出そうとしてしまう。それは失念しておりました」
なるほど。研究熱心な事だ。ならついでに。
「あ、ついでに冷蔵庫……。って分かるか?」
「何ですか?」
「食材を低温保管する道具だ」
「それならオーブンの応用でいけますね。魔石の魔法プログラムを氷にすれば良いだけです」
それは冷凍庫だな。まあ、それも頼むか。
「凍らせちゃダメなんだ。その辺の調整はどうだ?」
「可能です。魔石の数を減らしましょう」
「なかなか良いな。じゃあ、今言ったのを全部作ってくれ。大きさは後で話そう」
「え? ああ、はい、分かりました」
話が順調に進んでいるところに「そんなの作ってどうするんだい?」とアズマが質問してきた。丁度良い。今考えてた俺のやりたい事を教えてやろう。
「俺、定食屋やろうと思ってな」
アズマは無言無表情のまま何度かうんうんと頷いていたが「良いんじゃない?」と微笑んだ。よし、じゃあ次は店舗選びだな。
俺は久しぶりにやる気になった。