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「実は、もう一品ございます」
その瞬間、魔王の目が輝いた。三馬鹿も同じ反応だった。
俺が手を叩くと再び扉が開いた。そこには先程俺が小突いた男が立っていた。名前を「ヨハンソン」と言う。特に使い物にはならないが搬入くらいは出来るだろう。そう思って予め頼んで置いた。
「ヨハンソン君お皿をテーブルに」
「畏まりました」
素晴らしい。三回小突いた甲斐があったというものだ。まあ、少し震えているのが気になるが及第点を与えてやろう。便所掃除からなら使ってやっても構わんぞ。
「お、おい。セトよ。これは、この料理は何だ!?」
これぞ芸術。そしてお子様どもの第二の絶対正義! 数が揃わず一人二個ずつになってしまったが仕方がない。
「唐揚げでございます」
「からあげ!」
それはもう子どものまんまの反応だった。さっきまで威厳に満ち溢れ「出来んとは言わせんぞ」なんて言ってたのに見る影もない。
「食べて良いのか? 良いな? 良いよな?」
テーブルクロスで隠れてるけど足バタバタしてるのが動きで分かる。何か可愛くなって来た。
「そうですね。どうぞお召し上がり下さい」
「うむ!」
さすがに揚げ物だ。少し熱かったのだろう。一口付けてすぐに口を離すと魔王はその可愛らしい唇でふうふうを始めた。そしてしばらく続けた後、そっと一口唐揚げを齧り取った。
「んーーーー!」
勝ったな。その反応だけで俺は確信した。
「何こえ? 何よこえ? 外はカリカリ中はジュワー。何なのよこえ?」
あ、口の中に物入ったまま喋るから何かキャラ変わってる。誰かに似てるけどまあ良いや。
唐揚げに関してはハンバーグのソースにニンニクとタマネギとリンゴをすりおろして入れて煮込んでみた。後はそこに鶏肉を入れて付け置きするのだが、ヨハンソンに鶏肉の事を尋ねるとあからさまに嫌な顔をされた。
どうやらこの世界でのニワトリは、卵生産が本来の仕事で食肉に使われるのは卵を産まなくなった廃鶏、もしくはやせ細った雄鶏ということらしい。つまり食肉には向いていないとの事だった。
まあ、元の世界でも少し昔はそんな感じだった。さっきの牛っぽい肉も元が何の肉かは分からない。ただ赤身だったので使って見たというだけの話だ。食べられれば良いとはよく言ったものだ。素材が満足に揃わないこの世界ではその言葉に少しだけ救われる。
「これは鶏肉を油で揚げた料理です」
その瞬間、全員の動きが止まった。
「え? セトさん、今何って?」
「鶏肉って……あれよね? 筋張った味のしないやつ」
「そうそう。足ならともかくこれって……?」
「胸肉だな。たまたまあったからな」
途端に驚嘆の声が上がった。
「これが胸肉? いや、全然違う。安いから食べてたけど」
「金のある時は足食べるもんね。安いから食べてたけど」
「そうですよ。普通は足ですよね。安いから食べてましたけど」
貧乏人どもめ! まあ、おれも胸肉ばっかり買ってたわ。安かったし。
「ふむ……」
ん? どうしたガキンチョ? 難しい顔してトイレでも行きたくなったのか?
「認めよう。これが『美味い』という事なのだな」
ハーハッハッハッハッ。やっと理解したかクソガキめ。お前食ってる間キャラ変わってたもんな。しかしここで更なる
追加攻撃だ!
「ではもう一個は皿の脇に置いてあるシトルーナ(レモン)の汁をかけてからお召し上がり下さい」
「シトルーナだと?」
魔王はあからさまに嫌そうな顔をした。
「シトルーナはお嫌いですか?」
「酸っぱいだけだからな。私は要らん」
仕方がないので勝手にかけてみた。好き嫌いは許しません。
「あー……。か、からあげが……」
俺はニコリと微笑みながら「どうぞ」と口を動かした。すると覚悟を決めたのだろう。魔王は渋々レモン汁のかかった唐揚げを一口。
「ん? んー?」
来たな。
「酸っぱいけど……。酸っぱいけど……。美味しい!!」
フフフ。ついに「美味い」と言わせてやった。どうだ。理解したか。料理は美味くなくてはならないのだ。
魔王は唐揚げをを一気に口に放り込むとにこにこ笑いながら口を動かした。そして幸せそうに飲み込むとふぅっと幸せのため息を漏らした。
「しかし……セトよ。貴様は一体何者なのだ?」
ん!?
「先の戦いぶりもそうだが、料理が不味いというあの発言もそうだ。そして極め付けはこの料理。貴様はこの世界の理から逸脱し過ぎている」
逸脱ね。まあ、俺この世界の人げじゃないからな。
「この世界にいる人間なら料理が不味い事に気付きもしなかっただろう。それはこの世界にはこんな美味い料理を食べる機会が存在していないからだ。それ故、気付かん。いや、気付こうとしても気付けないというべきか」
「ん? どういう事だ?」
言ってる事が難しい。世界の理とか何の事だ?
「人類数千年の歴史の流れの中で様々な分野が研究されているはずだ。それは様々な利益、利便をこの世界に作り出した。少しずつではあるが生活は良くなってきた。しかしその間も料理は不味かった。不味い事が当たり前だったのだ。その当たり前を貴様は破壊した。この世界の理の一部を破壊したのだ。そして同時に貴様は料理は美味いという理を生み出した。それはこの世界に生きる者には不可能なのだ。だから私は問おう。貴様は別の世界からやってきた来訪者ではないのか? と」
「そうだが?」
「あっさり言うのだな」
「隠す必要もないからな」
「大問題だな」
え? 何か悪かったのか?
「誰の力でこの世界に来訪する事になったのかは知らぬ。だが君はこの世界に来て、この世界の理を見事に破壊した。それどころか新しい理まで生み出した。そんな君は今まで何をしていたのだ?」
貴様から君に昇格したのか。良い心がけだぞ、クソガキ。その心がけに免じて答えてやるか。
「えーっと、魔王討伐の為に冒険を……」
「時間の無駄遣いだな」
「何だと?」
ビビらせたろか、このクソガキが!
「私が言いたいのは『その時間の全てを料理に注ぎ込んでいればどうだっただろうか?』という事だ。もっと新しいものを作る事が出来ていたのではないか?」
そうだ。はっとした。まさにその通りなのだ。
酵母。試行錯誤で一月かかった。
醤油。これも何度もやり直して半年かかった。
味噌も作りたい。煮干しや鰹節も欲しい。きちんとしたヨーグルトやチーズ、バターも手に入れたい。
「魔王よ……」
どうしても聞きたくなった。聞かなければならないと思った。
「俺はどうすれば良いんだ?」