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魔王軍と勇者で始める異世界定食屋共同戦線  作者: 奥田 舎人
- 衛生管理は大事ですね -
21/26

01/03

 出し惜しみをやめるとユウリに誓った俺はうっすらと雪化粧を施された辺境領にいた。

 花房はしばらくユウリに任せて屋台は一旦停止。客が離れるかもしれんが問題はないだろう。せっかくなので辺境領主であるアズマを連れてこようかとも思ったが、さすがにユウリ、クリュス、ユーイチの三人では店が回り切らないだろう。ついでにあしらいが面倒臭いので置いてきた。

 この俺がなぜ辺境領に来たのかというと--。

「よお」

「せ、セト様? どうなさったんですか、こんな所まで!?」

 俺の姿を見つけるやいなやほぼほぼ全力疾走してきた男、レスタ。この牧場の元の持ち主だ。前に見た時よりもずいぶん顔色が良くなっている。牧場経営は順調と言う事だろう。

「視察だ」

 --レスタに任せた牧場の視察を兼ねた新素材の開発だ。そして果実に混ぜるなら、やはり「ヨーグルト」が一番だ! そう思ったのだ。

「は、はあ……」

「お前に任せてはいるがここの所有権は俺にあるからな。きちんと働いているか見に来たんだよ」

 何やらパッとしない顔をしているレスタにそう言うと、彼の顔が一気に青冷めた。真面目に働いていようが、いまいが自身の中に思うところはあるのだろう。視察と聞くとみんなこんな顔をする。中には「どうぞどうぞ--」と、言いながら不正を暴かれて泣き叫ぶ奴もいるがこの顔ならさして悪いこともしていまい。

「現在の状況はどうだ? 問題はあるか?」

「は、はい--」

 現在レスタの牧場には牛が五頭飼育されている。全て妊娠中の雌牛で、春には出産を控えているそうだ。

 搾乳し、花房に納め、余剰分の乳で乳製加工品を作らせているが、この辺はまだまだ時間がかかりそうだ。それらは問題ないのだがこの牧場は牛乳目当ての為に羊から牛に切り替えたものだ。辺境領での風当たりはその点まだまだ強いらしい。魔物対策の為、昼間しか牛を放牧していないのも気に入らないらしい。

「セト様の指示で、夜間牛が全部収納できるように大規模な家畜小屋を建てたんですが、他のところの家畜の魔物被害が増えたらしくて風当たりが強くなってますね」

「仕方ないな。他と違うことをやって成功すれば筋違い嫉妬を持たれる事もある。こっちは一度羊を全滅させられてるんだ。いち早く魔物対策をしたと言うだけの話だ」

「確かにその通りなんですけどね」

 レスタの態度に少し煮え切らない部分はあるが今日はその対応をしに来た訳ではない。

「奥さんと娘は?」

「ええ、ロッカは無事に回復しました。もう数日寝かしておけば大丈夫との事です。娘は家の事をやってくれてますよ。何分働くのが好きらしくて」

「ふむ……」

 なるほど。家族の問題は解決されたようだ。これなら問題なく牧場の仕事に集中出来るな。

「牛乳……。売れてるか?」

「いえ、全く。花房に送る分以外は売れませんね。あ、そういえば無事に開店したそうでおめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

 牛乳は売れんか。まあ、仕方ないな。

「チーズやバターといった加工品は?」

「仕込みは終わりましたが、まだ形にはなっていませんね。時間がかかるものだとは聞いておりましたが……」

 まあ、仕方ない。予想通りの回答だ。しばらくは今まで同様、別から買い付けるか。しかし完成が楽しみだ。早く自家製チーズ系の料理を楽しみたいものだ。

 ピザ、チーズドリア、チーズフォンデュ、思い出しただけでも口の中に唾が溢れてくる。

「頑張れよ。乳製品は全部ここから買い付けようと思ってるからな」

「は、はい。ありがとうございます」

 複数の業者から買い付けていると、都度微妙に味が変わってきて気に入らない。それに販売価格の上がり下がりも厄介だ。安定した味、出費を考えるなら取引先は少ないに限る。しかもここは俺の息のかかった牧場だ。どうとでもなる。

「視察は以上だ。本題に入ろう。乳酸菌って知ってるか?」

「何です?」

「作るぞ」

「は? はあ……」

「家畜の餌用に米があったと思うが?」

「はい、ありますよ」

「脱穀は?」

「大半は脱穀済みです」

 それは良い答えだ。脱穀作業は面倒臭い上に時間がかかる。既に終わっているのなら作業行程の三分の一は省略出来たと言っても過言ではない。まあ、残りの三分の二は耐久レースだがな。

「素晴らしいな」

「はい、シェリーが『暇だから』と」

 何だ。お前がやったんじゃないのか。まあ、そんな指示は出してなかったから問題にはしないが。それにしてもシェリー。暇だから脱穀作業って他にする事なかったのか。そんなに仕事ばっかりしなくても良いんだぞ? 大体十四、五と言えば色恋沙汰の一つや二つ出て来るだろうに。そんなにモテないのか。不憫なやつだ。

 まあ、良い。

「それを大量に用意してくれ」

「分かりました!」

「作業場所はどうするかな……」

「家畜小屋では?」

「駄目だ。なるべく綺麗な場所が良い。というかお前チーズやバターを家畜小屋で作ってるのか?」

「はい。もちろん」

 何その満面な笑み。引っ叩きたくなってくるよ。

「全部破棄しろ。金は出すから新しく乳製品生産用の小屋を作れ」

「ええ!?」

 何驚いてるの? 言ったよね。綺麗な場所で作りなさいって俺言ったよね?

「命令だ。明日から業者を入れるぞ」

「は、はい……」

 何残念がってるの? 全部自業自得だからね。自分が悪いんだからね。

 なるべく綺麗な場所を使用する。という事でシェリーの部屋が選ばれた。他意はない。普段から掃除が行き届いているのだろう。塵どころか埃っぽさすら無いこの部屋なら全く問題ない。素晴らしい事だ。そしてさすがにロッカの寝ている部屋を使うのは鬼の所業だ。俺はそんな人間ではない。

 シェリーが文句を言いたそうにしていたが、すぐに諦めやがった。骨のないやつめ。

 泣きながら出て行くかと思ったら作業に参加するらしい。前言撤回、なかなか骨のあるやつのようだ。

 それにしてもシェリー。前に会った時はガリガリの骨と皮しかないような風体だったのに、なかなか良い加減に体型を戻したじゃないか。俺は十代などには興味がないがこいつは化けるかもしれん。チェックだけはしておこう。

「よし、ガンガン湯を沸かせ!」

 この世界に消毒薬が無いのは知っている。ならば、原始的だが煮沸殺菌という手段を取る。使う容器を湯の中に放り込む殺菌方法だ。高温に当て菌を殺すのだが、湯から出す時にレスタのやつが汚い雑巾で容器を触ったのでやり直させた。残念な事に、こいつは殺菌、消毒の意味が分かってないらしい。

「玄米を軽く洗え。力を込めるなよ。汚れが取れれば良いだけだからな」

「はい!」

 シェリーが飛び出して行った。なるほど働くのが好きというよりもなかなか気が利くようだ。動きも早い。こいつなら今後の牧場経営を任せても問題なさそうだ。

「沸かした湯を冷ましておけ」

「はい」

 レスタのやつお湯の中に雪入れやがった。だから意味がないだろうがって! 小突こうかと思ったが言っても分かりそうもないし、娘の手前だからやめておいた。どうせまだ衛生の概念が無いだろうからな。やるだけ無駄だ。

「玄米をボウルの中に入れて、冷ました水を注ぐ。浮いてる玄米は全部回収だ」

 ……だから指でやるんじゃねえよ! てめえの指先は雑菌だらけだっつうの! 指先! 爪! 雑菌は目に見えないの! でも存在するの! もう、お願いだから出てって! 何この子使えない!

 俺はレスタを部屋から追い出して、代わりにシェリーを助手に置いた。

「後は中が見えるガラス蓋を置いて、ここからは発芽まで耐久レースだからな」

「分かりました!」

 うん。なかなか良い返事だ。すっとぼけた親父とは違うな。こいつ母親似か?

 まあ、良い。ここからは本当に耐久レースだ。米もある事だ。ちょっと食べれるものでも作ってみるか。俺はちょっとだけワクワクしながら台所へと向かった。

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