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俺たち一行は魔王の食事会の席にいた。
大人気なくブチ切れてしまった俺は戦意を喪失しその場に座した。そんな俺の事を哀れに思ったのか、魔王は冷たい目をこちらに向け「食事を用意しよう」と言った。もちろん他のメンバーは猛反対したのだが「この男ならともかく、貴様ら程度なら瞬き一つでこの世界から消す事も出来るのだぞ?」という発言んで完全に沈黙した。勇者一行完全敗北です。子どもの頃一度だけ友人の家で見たゲームで誰かが言ってたのを思い出した。「魔王からは逃げられない」と。
「セトとやら」
魔王が威厳のある口調で声をかけてきた。子どものくせに偉そうに。
「メシが不味いと言っていたが意味が分からん。食事など食べて腹が膨らめばそれで良いではないか?」
うるせえ。そのメシが不味いってんだよ。この世界で生きてるだけでイライラしてんのに、毎日毎日同じような味のくそ不味いメシ食わされてりゃ切れるっつうの。だったら言い返してやるよ。
「貴様は食えれば良いというがそれなら食材をそのまま食べれば良いではないか? 食材を調理して、料理にして、それを食べる。ならば不味い料理よりも美味い料理の方が良いはずでは?」
当たり前だ。せっかく調理するんだ。美味い方が良いに決まっている。
「ふむ……。一理あるな」
よし、俺の勝ちだ。
「魔族の料理を食べさせてやろうと思ったが考えが変わった。ならばセトよ。美味い料理とやらを作ってくれぬか?」
は!?
「私は美味い料理とやらを食べた事がない。だが、貴様がそこまで言い張るのならそれはきっと存在するのだろう。是非とも私に食べさせて欲しい」
しまった。墓穴を掘った。これは食事会じゃない。ここは俺を公開処刑する為の処刑場だ。
「出来んとは言わさんぞ? あれだけの啖呵を切ったのだ。覚悟も決まっておるはず」
俺は自分の料理を他人に食べさせた事がない。怒理喑組の若頭という立場。組員の手前。他の組に知られない為。理由は多々あった。だが、しかし……。
「やってやろうじゃないか」
ここは異世界。料理を封印していた理由は全て消し飛んだ。何よりも偉そうなガキンチョを大人様の圧倒的な力で叩き潰す機会を公式に得たのだ。やるしかない。
「いや、やめておいた方が……」
「そうですよ。料理なんて……」
「食べられれば何でも--」
「ざっけんな! らぁ! 料理なんてのは美味いのが当たり前なんだ! お前らにも食わせてやるからちょっと待ってろ!」
三馬鹿絶対に話聞いてなかった。俺がどれだけストレス溜めてたか理解すらしてないに違いない。俺は怒りに任せ、大きな足音を立てながら厨房へと向かった。
厨房の扉を乱暴に開くとそこには二人の魔族らしい男が作業をしていた。その男たちに向かって俺は「今日の料理は俺が作りまーす。文句があるなら魔王様に言ってくださーい」と伝えると、一人の男が俺の肩に手を置いてやれやれといった表情を浮かべた。
「あのね、料理は一朝一夕で成り立つものじゃ--」
腹パン一発黙らせる。男が崩れ落ちるともう一人が怯えるようにこっちを見ていた。
「俺が作るけど良いかな?」
我ながらドスの効いた良い声が出たと思う。男は頭をブンブンと上下に振ると倒れた相方を引きずって部屋の隅に行ってしまった。それでも警戒しているのだろう。こちらにチラチラと視線を送ってくる。
俺はその視線を完全に無視して手元にあった料理を口に運んだ。
「まっず!」
それはパスタらしき麺料理だったが、ボソボソで、油まみれで、味がしない。
こんなものを俺に食わせるつもりだったのか。腹が立って来たので起きてる方の男を軽く小突いてやった。何か涙目でこっち見てるけど知らん。無視する。
さて、気分を切り替えて何を作るか。
食材は色々ある。調味料もある事はある。器具も充実している。何故これらを駆使してまともな料理が出来ないのか不思議でならない。
「よし! あれにするか!」
まずパンを火のついたオーブンに放り込む。この世界のパンは硬い。石ころでも齧ってるのかという程に硬い。それでもパンには違いないのでパン粉を作る。
次に野菜を微塵切りにする。この世界の野菜は形や大きさ、呼び方が違うだけで元の世界のものと結構似ている。さっき実際に齧ってみたから問題ない。早速ニンジンっぽいものとタマネギっぽいものを刻んでみた。
オーブンからパンを取り出すと結構焦げ付いていた。火力の調節が難しい。今度色々と実験してみよう。俺はそんな事を思いながらパンの焦げた部分を削り取ると綺麗な部分だけをを削ってパン粉を作った。
さて、肉は……。
ミンチ肉などという便利な物は無かった。仕方なくブロック肉を刻む。これならステーキでも良かったような気がするが、それではあの魔王に料理の手間暇というものが伝わらないかもしれない。やはり料理は一工夫が必要だ。順調順調。
魔王城のある部屋では沈黙が支配していた。
誰もが一切の音を出す事はなくただただ黙り込んでいた。聞こえてくるのは微かな呼吸音。そして服の衣摺れ。ごく稀に汗の滴る音。辺りは緊張に包まれていた。
というのも理由は先の魔王と勇者の挑発合戦である。怒りに任せて飛び出して行った勇者セトに対して、その場に残ったアルーシャ、フォトン、イーズ、そして魔王。魔王は時折グラスを傾けワインを口に含んだりしているが他の三人は生きた心地がしなかった。
魔王は百数十年もの間この国「ネウ・カムリア」を占拠し続ける魔族の王だ。その間人族も手をこまねいていたわけではないが、その人族の攻撃を全て受け切った結果がこの街の今の繁栄なのだ。そして先の「瞬き一つで〜」という発言だ。戦うにしても生半可な攻撃は通じないと思って正解だろう。
そんな強大な敵と同席しているという現実。勇者一行とは言え、彼らはその現実の恐怖に押し潰されそうになっていた。彼らは心の中で祈っていた。「セトさん(様)、早く、早く帰って来てください」と。
祈りが通じたのだろうか。不意に部屋の扉が開いた。
「セト様!?」
祈りは通じた。開いた扉の先には勇者セトの姿があった。
「待たせたな」
「ほう、逃げずに戻って来るとは流石だな」
クソガキめ。
「この屋敷には料理を装る容器が皿しか無いのが気に入らないが、熱い内に食べられるようには努力したつもりだ。さあ、食べてみろ」
俺は料理の乗った皿を各自の席に置いて行った。
「何だこれは?」
ガキが不満そうな顔でこっちを見る。どうせ赤や黄色のキラキラした料理を期待したんだろうが、それは子どもの発想だ。それが普通の美味い料理だからさっさと食え。
「肉か? 丸く切ったステーキか? つまらん。そんなものはいつも食っておる」
悪態ついた瞬間ガキの表情が変わった。それはステーキではない。ナイフがすんなり通る程の柔らかさに、切った瞬間から流れ出す肉汁。そして俺特製のついつい後を引く甘辛ソースをトッピングしたその名は……。
「せ……セトよ。こ……この料理は。この料理の名は!?」
フッフッフッ。はしゃぎやがって。やはり子どもか。ならば今こそ明かそう。この料理の名を!
「この料理はハンバーグ!」
「はん? はんばあぐ? 何だそれは? ステーキでは無いのか? いや、ステーキならこんな柔らかくなど……。それよりもこの上にかかっている紫色のものは何だ? 甘くて、辛くて……。こんなもの、見たことも食べた事もないぞ!?」
周りを見ると勇者一行の三馬鹿もハフハフとハンバーグを貪り食っていた。呼吸はきちんとしているか? 魔王討伐に来たのに無呼吸でメシ食って倒れるのは後世に名を伝える事になるぞ。
俺は取り敢えずハンバーグの上にかかっているものを「ソース」だと説明した。どうやって作ったかは説明しなかった。どうせ理解できないだろうし。だが作り方は意外と簡単だ。
手間暇かけて作り上げた醤油、バルサミコ酢、ハチミツ、塩少々。これをトロトロになるまで煮詰めていく。本当はミリンも欲しかったが贅沢は言えない。そしてバルサミコ酢は火を入れると酸味が薄れ甘味が増す。ここの料理人はそれを知らず扱い辛い酸っぱいものと認識していたようだ。勿体無い。
それにしても、フッフッフッ。ハーッハッハッハッハッ。
勝った。堕ちたぞこのガキ。やはりお子様。お子様どもの絶対正義ハンバーグ。
材料が足りなさ過ぎて貴重な自家製醤油を使う羽目になってしまったがどうだ。これが「美味い」という事だ。理解できたかね、魔王様? そしてこれでトドメだ!