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ユウリ開発のコロッケパンとペルーナチップは爆発的に売れた。
しかも忙しくてまともな食事にありつけない客にはコロッケパンを。小腹が空いたが食事までは、という客にはペルーナチップをと、ニーズ通りに提供されていた。無論コロッケ単品、クリームコロッケ単品も売れに売れている。そしてそれらを販売しているユウリ。彼女も食事の間が取れないほどに忙しく、結局自分用のコロッケパンとペルーナチップを暇を見ながら齧っていた。
それにしても忙しい。水分補給もままならないくらいだ。ユウリはコロッケパンを齧りながらながらふと思った。「美味しい飲み物が欲しい! 」と。
「飲み物ぉ!?」
セトは驚いていた。
昨日と言い、今日と言い、ユウリがグイグイと新しいアイディアを持って来るのだ。良い傾向ではあるが何やら末恐ろしい。ちなみの残りの二馬鹿と新しい馬鹿は動き回るので手一杯だ。仕事の効率化は計れるものの新しいアイディアには程遠い状況だ。
落ち着いたら適度に休ませるかな。やつらが「うん」と答えるかどうかは別として……。
「はい。飲み物です」
花房では冷えた水を提供している。冷えている時点でその価値は高いのだが、それを無料で提供するのはセトの「水はタダで当たり前だろう」という考えからである。それを外に持ち出すのは問題ないが、同時に水を冷やす為の冷蔵庫を持ち出さなくてはならないのでは悪循環になる。
「何かアイディアはあるのか?」
「冷蔵庫は小型の物を作りますから問題ないんですが、折角なので花房本店の水とは違って、販売できるものにしたいんです。でもまだ考えがまとまらないんですよね。先日旦那様がユーイチに『考えろよ』って言ってましたよね? だから私も自分なりに考えてみてるんですが……」
元々魔導学者であり、技術者でもあったユウリの事だ。冷蔵庫は問題ないだろう。
「ユーイチ、そこに正座」
「了解です、兄ぃ」
セトの指示通りにユーイチは足を組み座り込んだ。その一連の動作には何一つ迷いがなかった。
「ユーイチ。何故座らせられているか分かるか?」
「ユウリ姐さんを見習え……と言う事では?」
「良く分かってるじゃないか。立ち上がってよろしい」
「ありがとうございます、兄ぃ」
ユーイチは立ち上がると両手を後ろに組んだ。どうやらここはここで上下関係がきちんと成り立っているようだ。
ユーイチこと堀江悠一は事務所で寝泊まりし、朝は誰よりも早く起き、事務所や店内、そして店外の掃除をし、夜は遅くまでセトの手伝いに勤しむ生活を行なっている。その分自分の事を考える時間が少なくなってはいるが彼は今はやむを得ないと考えていた。
「果実を使った飲み物などはいかがでしょう? 少し砂糖などを加えてみるとか」
「ふむ……」
どうやらユウリは自分の力で正解へと突き進む事が可能なようだ。
「あっ!」
ユウリがハッとしたような声を上げた。
「ん?」
「牛乳を使ってはいけませんか?」
「なっ!?」
こいつ。天才か!?
セトの顔はあからさまな驚きのそれに変わった。
こいつは面白い。魔導学者からウェイトレスに。そこから更に料理人へと化けた。まるでスポンジのように、水を吸い込むように知識を吸収し、そこから絞り出すように新しいアイディアを生み出した。
「素晴らしい!」
セトの言葉は素直な賞賛だった。
「なら俺も出し惜しみをやめよう」
これも素直な意見だった。
「だが、少々時間がかかる。今しばらく待て」
「は、はい!」
その日からセトは店に現れなくなった。理由は不明だが辺境領の牧場に行ったらしい。
その間、セトの代わりにユウリが何とか定食屋を仕切り、販売数を縮小して営業を続ける一方、屋台販売は一時停止となっていた。そして数日後、戻って来たセトは開口一番「ヨーグルトだ!」と叫んだ。
『まず果実と砂糖を混ぜ合わせて
フルーツソースを作ります
今回はヴィーニリーパリート
(ブドウ)を使ってみましょう
砂糖の代わりにハチミツを使って
も良いですね
次にソースを冷やします
最後にソースを同じく冷やして
おいた牛乳とヨーグルト、細
かく砕いた氷に混ぜ合わせます
後はシェイク!!』
「ほら、ヴィーニリーパリートを使ったヨーグルトシェイクの完成だ」
「しぇいく? ですか?」
「まあ、飲んでみろ。結構手間がかかったんだぞ」
ヨーグルト自体は作るのにそんなに手間暇はかからない。牛乳と混ぜ合わせておけばある程度形になるからだ。問題はその牛乳と混ぜ合わせるスターター(種菌)にある。これはパンに使われている酵母同様なかなかデリケートな代物だがここでの解説はまたの機会に。
「つめたーい! こんなの飲んだ事ありません。それにこの管みたいなの何ですか? すごく好奇心がくすぐられます!」
「お前は今グラスを傾けてシェイクを飲んだが、中身が半固形状態だと思うように飲む事が出来ない。それを解決するのがその管、ストローというものだ。先から中の液体を吸うことができる便利な道具だぞ」
「ストロー。ストローと言うんですね! 確かに便利です。これなら中身がトロトロでも楽に飲めます」
二人は意気投合してシェイクの大量生産を始めた。しかし彼らはアイディア重視で物事を進め過ぎて大切な事を忘れていた。今この世界は真冬であると言う事実を--。
シェイクはあまり売れなかった。しかし保存が効くので量産を辞め、在庫の殆どを花房本店に置き、数人分程度を屋台持ち出して販売する事で落ち着いた。しかし時期的に全部を捌くのは難しそうだ。結局は賄いの一部として従業員たちの腹の中に収まることになるだろう。
早く夏になれば良いのに。セトとユウリは自分たちの失敗を心の中で悔やんだ。




