03/03
開店二日目が終了。
本日はシチュー定食が百四十出てくたくたになった。新人堀江も含めみんな頑張ってくれたと思う。
シチューに関しては初日の大ヒットから予め生産量を増やしておいたのだが結局十食分程余ってしまった。気力が残っていればねじ込みにかかったのだがさすがにきつかった。余らせるのを覚悟の上で平常運転してしまった。しかし別にこれは悪い事とは思わない。一日の最大販売数的なものが分かったし、ちょっと面白そうな事を思いついたからだ。
ちなみにギネさんにもクッキーを渡しておいた。二十袋作っておいたにもかかわらず、結局ギネさんが全部買って行った。一体誰に配るんだろう。
さて、面白そうな事。それは昨日の出来事がきっかけだった。
俺たちは昨日、堀江が気を失っている間にある相談をしていた。それはズバリ!
「給料……。どうする?」
俺は働いた三馬鹿に尋ねた。そりゃあくせくと働いた対価だ。欲しいに決まっているだろう。俺が聞きたいのは「いくら欲しいのか?」という事だったのだが予想外の返答だった。
「私はいらない」
は!? クリュス何なの? めっちゃ働いてたじゃん。全く似合わないけど三人の中で一番働いてたじゃん。魔王なのにめっちゃ動き回ってたじゃん。
「私は金に困っている訳ではないし、既に『まかない』という対価をもらっている。それだけで十分だ。むしろ逆に美味いまかないに対価を支払いたいくらいだ。それにただ椅子に座ってぼんやりしている時よりも、今はよっぽど充実している」
うわぁ……。理解出来ねえ。仕事に対価があるのは当たり前で、もらえる給料が同じならどうやって手を抜こうかと考えるのが普通のはずなのに。
「あ、良いこと言うね、氷の君。僕も同じような考えなんだけど、給金がもらえるならちょっとはもらっとくよ」
まあ、それが普通の考えだよな。クリュスが特殊なんだよな。
「毎月金貨ニ十枚。それを借金の返済に充てて十ヶ月払いで終了。後はいらなーい」
お前もか。
こいつらは元々金持ってるタイプだから何となく分かる。だけどタダ働きさせると何か不安になるんだよ。
「ユウリ……」
「はい、旦那様」
「お前は違うよな? 金欲しいよな? 借金返済しないといけないもんな!?」
「ウッ……。ウウ……。エ……。エック……エック……。エエエー……」
ん? 何故泣くの?
「わ……私も、本当は、お二人のように……。『金などいらない』と言ってみたいのです」
言わないで良いよー。欲望に忠実に動けば良いと思うよー。
「私は旦那様にご寵愛を受け、養って頂いている身。そんな身分の私が『給金を下さい』などと、どうして言えましょう!?」
良いよー。言っちゃって良いよー。むしろ不安になるから言ってー。
「ですが、ですが! 私の背には私の人生を邪魔しようとする輩から押し付けられた、金貨二千枚などという莫大で法外な借金がのしかかっているのでございます!」
そう思ってるのお前だけだからね。お前が普通に建物爆破して作った借金だからね。こっそり法外って言ったけど、被害受けた学園側は相当量の譲歩を行ってるからね。
「だから旦那様に嫌われる覚悟で言います! 『私にお給料を下さい』と!」
嫌わないよー。むしろ清清しいくらいだよ。って言うか普通だよね。普通に言ってね。
「そうか、ユウリは金が欲しいか」
「旦那様、ユウリのわがままをお許し下さい」
「いや、欲しいって言うのが普通だからね」
「月金貨二十枚。これで良い?」
アズマの給料と並べてみたのだが、金額的には多過ぎるくらいだ。でも金を独り占めしても正直使い途がない。それなら給与増額など組員の福利厚生に充てておくべきだろう。
「多過ぎます!」
「ほう」
「私はギルドと同額の月金貨十枚で問題ありません」
ふーん。金にはうるさい方だと思っていたけどなかなかどうして。全く逆じゃないか。
「そしてその十枚を全て借金返済に充てます! そうすればギルド時代の半分の期間で借金が返済できますから!」
あ、こいつぶっ壊れてるじゃん。借金の量が桁違いで精神的にヤバくなってるわ。ちょっと離して飼おう。
「ならばユウリよ! このプランを聞いてみろ!」
「ぷらん? でありますか!?」
「そうだ! プランというのはだな--」
『まずペルーナを湯がきます。
次に残ったシチューから野菜を取り出し全部潰します。
次にシプリをみじん切りにしてフライパンで炒めます。
火が通ってきたら小麦粉をダマにならないように注意しながら入れてしっかりと炒めましょう。
次に潰した野菜をシチューに戻してそれを少しずつフライパンに投入し馴染ませます。
さて、よく馴染んだら一旦火を止め粗熱を取ってから粗熱が取れたら冷蔵庫へ。
次にミンチ肉を炒めます。塩胡椒と少量の砂糖醤油を加え色が変わるまで煮詰めます。
次に湯がき終わったペルーナとミンチ肉をボウルに移して潰します。
次にまだ温かいペルーナを平らに、冷えたシチューだったものを俵型に固めます。
これはどちらがどちらだったかを区別する為なので形はお好みで構いません。
ハートとか星とかも面白いですね。
さあ、後は小麦粉、卵、パン粉の順に表面を装って--』
「油で揚げたらクリームコロッケと普通のコロッケの出来上がりだ」
「「「こ、コロッケ!?」」」
ハッハッハッ--。はしゃぐでない、はしゃぐでない。
「こっちはシチューの残りで、こっちはペルーナを揚げた食べ物だ」
「ペルーナ?」
「ペルーナか」
「ペルーナ……ですか」
何故がっかりしているのか。
「セト君、ペルーナも牛乳と一緒でね。量はあるのに人気のない野菜なんだよ」
ああ、何だ。そういう事か。
「まあ、期待はしておくよ」
「セトの作るものだ。美味いのだろうがペルーナではな……」
「旦那様の料理ですから……」
みんなそれぞれのリアクションをとった後に一口。
「「「うっま!!」」
「味がある。ペルーナなのに味がある! これ美味しい!」
アズマ、やっぱりペルーナは薄味だったか。肉じゃが風にして良かった。
「ホクホクする! こえ美味しすぎう!」
クリュス、舌っ足らずめ。キャラ変わってるから食いながら話すな。
「ウエエエエエエェェ--」
ユウリよ。いつもいつも何故お前は泣くのか。
「おい、お前ら。これを付けてみろ」
「う、何だいその黒いのは?」
アズマがあからさまに嫌そうな顔をした。
気持ちは分かる。確かに色がな。でもまあ、一応言っておくか。
「これはソースだ」
実は昨日からこっそり作っておいた。俺は目玉焼きにはソース派だから。
「あー……。ソースか。じゃ、色は仕方ないね。少しもらうよ--。ンンンン!!」
「何こえ? このソース美味し過ぎう! 酸っぱくて、塩っぱくて、何か訳わかんないけど美味しいの!」
「ウエエエエエエエエン。美味しいよー。幸せだよー」
「おい、クリームコロッケも試食しろ」
--ひと騒動だった。
「これを明後日からユウリが作って売るんだ」
「ヒッ!」
「どうした?」
「そ、そんな、私が……。お、恐れ多い……」
まあ、そんなリアクションになるよな。でもこの三馬鹿の中で一番料理ができそうなのって実はユウリなんだよね。細かい作業が出来るし、結構神経質だし。
ならば奥の手だ。
「売上の半分は歩合として懐に入れて良し」
「畏まりました、旦那様。このユウリ、命を賭けてコロッケを売りましょう」
よし、乗っかった。
「じゃあ、練習だな」
「え? 何のです?」
「決まってるだろう? コロッケを揚げるんだ」
「え? えええ!? 旦那様が揚げたものを売るんじゃないんですか!?」
「ユウリ、ユウリ、ユウリ、ユウリよ。冷めた揚げ物が美味しいとでも思ってるのか? やはり揚げ物は揚げたてが美味いというものだろう。冷めてしまったらどんなに美味いものでも味半減だと思わないか?」
「は……はい。善処します」
それはまるで独り言のようにかすかな声だった。
--開店二日目の夜、俺は明日のユウリデビューの為に、普通のコロッケとクリームコロッケを三十個ずつ作った。といっても揚げる手前のものだ。やはりこういうものは客の目の前で揚げてやった方が受けが良いだろう。
ユウリはというとなかなか飲み込みが良かった。二、三個揚げると要領を得たのか、焦がさずに揚げられるようになった。これなら問題なさそうだな。ちなみに出来上がったコロッケは残りの馬鹿二人が全部平らげやがった。昨日までペルーナ馬鹿にしてたくせに。ペルーナさんに謝れ!




