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裏通りを二人のチンピラが歩いていた。背の高い方が「ジンキー」。小太りな方が「コロリー」という。彼らはどこのグループにも属さないいわゆる半端者という扱いだった。
「おい、知ってるか? 新しいメシ屋が出来たんだってよ」
「それってこの辺りっすか? だったらアレっすね。小遣い稼ぎに行かないと」
「おうよ。『てめえ、誰に断って--』ってな」
「兄貴かっこいいっすねー」
「ほら、あの店だ。今ちょうど飯時だ。客も多いし良い宣伝になるぜ。ハハッ--」
「兄貴優しいなー」
「オラオラ! てめえら、誰に--」
ネウ・カムリア魔都の中心街。大通りの角物件という最高の立地条件に建てられた洋風定食屋「花房」。
建物の側面の壁を地面に降ろし、その上にテーブルを並べ、まるでオープンカフェのような装いを表現したその店は、まだ昼過ぎだというのに満員御礼大盛況状態だった。
普通ならば大混乱が起こりそうなものだが、予め挨拶回りに行っておいたおかげか、警備部の方から無償で二人の人間を回してもらえた。無論、その一人がギネである事は言うまでもない。
「何だ? チンピラ共」
ギネが二人を睨みつける。
「い、いや……。その……。何だ?」
「食事に来たのなら早く入れ。邪魔をしに来たのならわしが容赦せんぞ?」
鬼のような形相のギネに更に睨みをきかされたジンキーとコロリーは、しどろもどろになりながらも「そうだ。そうだよ。俺らメシ食いに来たんだ。な?」「そうそう。ちょっと興味あったんすよねー」と、店に入って行った。
そんな彼らの背中を見つめながらギネは「これで五件目か……」と呟いた。
ここは元々強請りたかりの類は少なくない街だ。新しい店がオープンすると、決まってそう言う輩が湧いてくる。かといって最初から警備部が当たるのは稀な状況だった。
前日--。
ギネは魔王と謁見した。瞬き一つで人体を容易く破壊出来るという逸話を持つ最古の神獣。その逸話が是か非かは関係ながない。目の前にある暴力的なまでの圧迫感は、それが是である事を無言のまま物語っていた。
「面を上げよ」
その耳に飛び込んで来たのは凛とした透き通るような声。その目に映り込んで来たのは美しい白銀の少女の姿。そしてその姿をほんの少し垣間見ただけで魂すらも持って行かれそうな妖婉ささえもが漂っていた。
そんな魔王に召喚されるなど滅多な事ではない。ギネは絞首台に登る死刑囚のように過去の全てを懺悔しながらこの場に立っていた。そんなこの世の終わりを見るような顔つきのギネに魔王はこう言った。
「仕事を任せる」
仕事の内容を聞かぬまま、ただ言われたままに「畏まりました」と答えそうになるところを必死で押さえ込みながらギネは魔王の次の言葉を待った。数瞬、数秒、たかがその程度の待ち時間。しかし彼にとってのそれは今まで生きて来た百数十年よりもよっぽど長く感じられた。
「明日オープンする花房の警護だ。構わんな?」
魔王の命令に肩透かしを食ったような気がした。てっきりとんでもない命令を下されるものと思っていたが、それは例のセトという男の店ではないか。警護も何も丁度顔を出そうと思っていたところだ。
「か……。畏まりました」
「うむ……」
「そ、それでは私は--」
「待て」
心臓が止まるかと思った。形式然とした謁見の儀ならば後は振り返らずそのまま立ち去れば良いだけだ。それを止められる事があろうとは--。
「その場で聞け」
「は、はい」
「貴様、やつの料理を食べたか?」
やつ--。それは例のセトという男の事だろう。
料理--。まさかあの菓子を作ったのはあの男だったという事か。
「どうした? 言わぬのか?」
「クッキー!!」
自分の何処からこんな声が出たのか分からない。ギネは素っ頓狂な声に続けて震えながら「食べました」と答えた。
「ほぉ!」
それは感嘆の声だった。魔王は嬉しげに笑っていた。しかし後ろを振り返る事を許されていないギネにとってそれがどういう意味を持つのか分からなかった。
「よく聞けギネよ。そして一度でもセトの料理を食べた者なら理解出来よう。くだらぬ事でやつの手を煩わせる事は許さんぞ。ただしやつへの依頼は許す。明日の仕事に貴様の生命をかけよ。分ったなら進め。分からぬなら振り返れ。貴様の身体をこの世界から消してくれようぞ。ハッハッハッハッ--」
やっとの思いで自宅に転がり込み、大酒を煽ってやっと寝付く事が出来た。それでも恐怖でずっと布団の中でガタガタ震えていたというのに--。
何故ここに魔王様がいる!?
「いらっしゃいませー。シチュー定食でよろしいですか?」
しかも髪の毛黒いし花房の制服だし。
「あ、君すごく可愛いね。うん、シチュー定食下さい」
「やだー。可愛いなんて、そんな--」
え!? 本物!? 本当に本物なの!? 一体どうなってるの!?
「ギネさん、少し休んで下さい」
客が引き始めた頃、例のセトという男に声をかけられた。
「いや、わしはまだ仕事の途中なので--」
真面目にやらんとこの世界から消されてしまうかもしれんのだ。休むような素振りすら見せられん。
「ああ、クリュスに酷い事言われたんでしょ? 客も引き始めましたし、俺からも言っときますからどうぞそこに座って下さい」
やめてー。消されるからー。あの人本気でやれる人だからー。
「おーい、クリュス。ギネさんにシチュー定食」
「はーい」
「い、いや、わしは今日財布を置いて来たので--」
もう、お願いだから。そっとして置いてあげて。
「ああ、良いですよ。料金はサービスしときますから次もまた食べに来て下さいよ」
何この人優しい。顔怖いくせにこの人優しい。
でも小さな親切大きなお節介! でも、でも……。わし、わし……。
「座れ」
「畏まりました」
魔王様の優しい声怖ええ。情景反射したわ。しかも近いし、めっちゃ見てるし。
「今日は大儀であった」
ん!?
「貴様も疲れておろう。私は見て見ぬ振りをする故もう一人と交代で休みを取れ」
「ま……魔王さ--」
「はい、クリュスです。間違えないでね、おじいちゃん」
「し、失礼しました」
感激でございます。
魔王様から直々に「おじいちゃん」などと。勿体ない限りでございます。
私は今のお言葉を耳に、脳内に刻み込み、この老体が朽ち果てるまで忠誠を誓う次第でございます。
シチューは美味かった。獣の乳がここまで変化するとは料理とはなかなか奥が深いものだな。
帰り際、セト君にクッキーの事を話したら今はないから作っておくと言ってもらえた。金を払うと言うと、まだ価格が決まって無いから良いと言われた。
だがやはりそういう訳にはいかない。わしが無理矢理セト君のの手に金貨を握らせると、彼はじっと金貨を見つめながら「今価格を決めました。銀貨一枚にしましょう。だから一旦これはお返しします」と返された。正直足りないかと思っていたので内心ビクビクしていたが銀貨一枚か。
「なら十袋頼む。だからこれは受け取ってほしい」
「わかりました。それなら受け取りましょう。ところでお土産ですか? 随分配るんですね」
「む……。まあ、そうだな。たまには家内やその友人にも土産を買ってやらんとな。ハッハッハッ--」
ほぼわしが食うとは言えん。そういう事にしておこう。
「お優しいんですね」
「ま、まあ。たまにはな」
わしはその晩、年甲斐もなくスキップしながら家に帰った。明日が待ち遠しい。




