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俺は東京都に本部を置く指定暴力団「怒理喑組」の若頭「瀬戸花房」だ。いや、「だった」と言うべきか。何故ならここは剣と魔法の異世界。俺の役職は「勇者」。そして「セト」と名乗っている。
それだけならまだしも、俺はついに魔王を名乗る者の居城までたどり着いていた。
「セト! もう少しね。私たちの悲願が叶うまで!」
この女は魔法使い「アルーシャ」。俺の身長が一九〇くらいだったから見た感じ一五〇くらいか。女のくせに上から下まで真っ直ぐの可哀想な体型をしている。今まで生きていくのにさぞかし苦労したことだろう。
実際、出会った瞬間から「私は女魔法使い!」などと叫んでいたから気にはしているのだろう。肉体には全く魅力を感じないがロングヘアーは結構好きだ。
「本当ですね、セトさん。もうすぐ魔王との戦いですよ」
この男は魔法戦士「フォトン」。俺より少し背が低いがまあまあ強いやつだ。
アルーシャと歩いていたら噛み付いてきたのでボコボコにぶん殴ったら懐かれた。きっとどMだろう。その後、勝手について来たが事あるごとにムカつく事を口走るので、その度に小突いて来たら今では俺の命令には絶対服従の素晴らしい人材へと成長した。この分なら小組を任せてやっても良いかも知れない。
「これもセト様のおかげです。さあ、いざ魔王の元へ」
金髪の女だ。名前は「イーズ」。正直よく分からん。「教会から派遣されて来ました。よろしくお願いします」と、言っていたが俺はそんなの頼んだ覚えはない。「帰れ」と言ったら、泣きながら自分は世界でも貴重な回復魔法のエキスパートだと言い張るので同行を許可した。だが魔物と戦って怪我をするのはフォトンだけなのであまり重宝していない。その上、最近はフォトンのやつとイチャイチャしているからちょっとイラっとする。身長は一六〇くらいか。アルーシャほど残念な体型ではないが足りないのは確かだ。まあ、アルーシャほどではないがな。金髪ショートも嫌いではない。
こいつらとパーティを組んで半年。ろくにテレビゲームもした事がないのに魔法だ、剣だという世界で生活を続けて来たが、俺は正直限界を感じていた。
魔物は問題ない。切れば死ぬ。銃が無いのは気に入らないがそこまで必要ないので問題はない。
人も問題ない。殴れば言うことを聞くし、普通に死ぬ。それにしても元の世界で俺が庇った組長は大丈夫だっただろうか。あれが原因で俺は死んだのだが、まあ、今生きているのだからさほどの問題ではない。
問題は食だ。
この世界のメシは不味い。どこに行っても油はギトギトで、味は辛いか甘いかのどちらか。それも丁度良い物など食べた事がない。魔物の肉を素焼きにして塩を振って食べた方がまだましだ。
俺は誰にも言ってないが多少料理を嗜む男だ。組の若頭が料理を趣味にしているなどと、組員や他の組のやつに知られては舐められてしまう。だから俺は料理の事は誰にも言わず、もちろん誰にも食べさせる事もなく今まで生きて来た。
それでも我慢できなくなる事はある。今この時点でも結構限界だからな。
街は結構栄えていた。
見た目大した差も無いのにいがみ合う人族と魔族がここでは気軽に挨拶を交わし、人族の世界には寄り付こうともしない亜人族が店を並べ、他の都市では厄介者扱いされている冒険者が街の清掃に協力したりしている。店で尋ねると他にも幽族や霊族、希少な石族やなんかもいるらしい。随分多国籍な国だなと感心した。パーティの連中も驚きで目を丸くしている。広大な領土を持つ人族も寛大な心を持てばもっと栄えるのだがな。
魔王の城にはすんなりたどり着いた。店で聞いたら普通に教えてくれたし。
トラップは無し。妨害も無かった。まあ、ここに住んでいるなら敵が来るとはいえ、わざわざ住みづらくする意味もないしな。
詳しくはないが、どうやら魔王はこの都市と周辺一体を不法占拠しているらしい。それも百数十年も前からだ。その間にも魔王討伐の軍隊や勇者一行があったらしいが全く相手にならなかったらしい。イーズが魔王憎しと罵詈雑言を繰り返していたが、正直どうでも良い。というか、百年以上ここにいてここまで栄えているんだからもうくれてやれよ、と思ったりもする。
人族の街は活気がない。
教会主催の魔王討伐の為の軍勢に心血を注ぐあまり、民の生活が蔑ろにされている。王族や貴族も教会側の言いなりなのかそのことに触れようともしない。俺がイーズの加入をあっさりと断ったのもそのせいだ。信用出来ない。その一言に限る。
確かに今現状のこの都市を奪えば、とんでもない利益を手に入れる事ができるだろう。しかしそれが民の為に使われる可能性は少ないだろう。持つ者が肥え、持たざる者が痩せる。今と大して変わる事はないはずだ。戦争などやめてしまえば良いのに。まあ、武器売買は儲かるけどな。
遂にたどり着いた魔王の玉座。
そこには銀髪ロングの超美人が座っていた。肌は一度も外に出た事がないんじゃないかというくらい白く、目は宝石のような澄んだ青。思わず見惚れてしまった。
パーティの面々をチラッと見て溜息を吐いたらギャーギャー言いだした。
「今こそ魔王討伐の時ですよ! さあ、かの首を掲げ人族の世界に凱旋です!」
これだから中世は。魔王絡みになるとイーズは恐ろしい事をさらっと言う。
「女魔法使い参上! 正義の魔法を食らいなさい!」
アルーシャ、まだ気にしてるのか。残念な部分を強調するのはやめろ。
「セトさん、一言くだされば俺は盾にでも剣にでもなります。セトさんの一番弟子はこの俺ですから!」
何かっこいい事言ってるの? 後、俺がいつ誰を弟子にしたって?
「下がりなさい、下郎」
そう言って登場したのは悪の女幹部っぽい人だった。
豊満な胸と尻、くびれた腰、すらっとした足。それらを強調したコスチューム。素晴らしい。目の保養になる。アルーシャ、イーズ、魔王、どいつもこいつも残念な体型で、この世界には貧乳しか存在しないのかも知れないと思い始めていた俺にとって遂に希望が登場してくれた。
「この程度の輩、私一人で十分です。魔王様はごゆるりとおくつろぎください」
そう言うと女幹部っぽい人はこちらをきっと睨みつけ「私は魔王城の管理官『ウィザール』。腐龍の化身にして魔王配下の最強の盾なり!」と茶色のでかい龍に変身した。はい、俺の希望終了。
「な、腐龍ウィザールだと!? 闇の四龍が魔王の配下にいたなんて!」
「こんな化け物が相手なら確かに軍でも太刀打ち出来ない」
「しかし、ここで負ける訳には……」
パーティ連中がワーワー言ってるが俺は気にせず龍をぶん殴った。
がっかりしたよ。俺のがっかりを返せ! 本当返せよ!!
あーもう! あーもう! あーもー!!
「何なんだこの世界は! 野蛮人しかいないのか!? どいつもこいつも俺をがっかりさせやがって! 朝起きたらいきなり『魔王討伐に行ってください』って言われるし! 依頼料は金貨五枚だったし! 五枚って何だよ。魔王討伐だろ。もっと出せよ。子どものお使いかよ! しかも出会う女、出会う女、みんな貧乳!」
その瞬間魔王を含むその場にいた女性三人が同時に腕で胸を隠した。ちょっと面白かったが俺の怒りは収まらない。
「せっかく出てきた希望の光は龍になんかなりやがってしかも即退場だよ! ああ、もう本当何なんだよ! くっそ、もうこの世界滅ぼしてやろうか!」
「ちょっとセト様!?」
俺の言葉に過敏に反応したイーズが泣きそうな顔で声をかけてきたがもう知らん。俺はこのまま世界を滅ぼす邪神になっても構わない。そう思っていると不意に辺りの空気が動いた。
「セトとやら」
すぐ目の前に魔王がいた。彼女は龍を背に守るように立っていた。小さい。一四〇くらいか。子どもみたいだ。
「ここに来るまでに随分と怒りを溜めてきたようだが、今貴様は何に怒っておる? 私にか? 魔族にか?」
瞬間、俺の中の怒りが一気に冷めた。確かにここまでに怒りを溜め続けてきた。
いきなりの魔王討伐。報酬は金貨五枚。貧乳ワールド。希望が絶望に変わった事。いや、そんなことはどうでも良い。ずっと我慢し続けて、改善の余地が全くない事。それは……。
「メシが不味いんだよ!!!」