第四話 命のやり取り
森の賢者様、なかなか出ませんね(他人事)
逃げ出した二人から話しを聞いた冒険者達がやってきたのは、日がすっかり落ちてからだった。
日が落ちた状態でゴブリンを探すのは余計なリスクがあると言うことで、捜索は翌日になった。
村に帰ると大騒ぎだった。
リーダーはすぐさま神殿に運ばれ治療される。
リーダーは重症だったが、傷口の消毒と治療呪文で持ち直した。
レイは大分疲れていたが、大した傷は無かった。
手当の後、レイ達はこっぴどく叱られた。
そもそも、子供達だけで村を出ること自体危険なことなのだ。
それが魔物と取っ組み合いである。
子供達が生きて帰ったことが奇跡だった。
お説教が終わったのは、普段ならもう寝る時間。
今夜は罰としてご飯抜きになり、レイは大層へこんだ。
翌朝、ダコタを出て二日目。
今朝は濃い霧だった。
霧の中ギルモア一行は出発した。
話し合いの結果、ゴブリンの捜索は村で行うことになったのだ。
村中が慌ただしい雰囲気の中、馬車は村を出て街道を行く。
「日に余裕があればよ、手伝っても良かったんだが。メ、いや賢者様の方も急ぎだったようだからな」
ギルモアは朝の打ち合わせでそう言っていた。
霧の中、馬車は進む。
赤い街道のいわれ、赤い石が光っていた。
午前中、レイは大人しくしていた。
お昼の休憩を過ぎた頃、セレスはレイに声をかけた。
「レイちゃん、昨日、なんで神殿に行こうとしたんだい?」
「お祈り、しようと思って」
「何か、願い事かい?」
「強い冒険者になれますように、いつか神様になれますようにって」
ギルモアが御者台から振り向いた。
今日も商人二人は御者台だ。
「神ときたか! まぁ男なら一度はあこがれる奴だ!」
「ギルモア! 男ばかりじゃ無いさ! 女だって女神様にあこがれるもんだよ」
とセレス。
「おい、レイ! このやんちゃ小僧。おめぇ、神ってのを何だと思ってるんだ?」
ギルモアが酒臭い息を吐きながら、レイをぎろりとにらむ。
「凄く強くて。なんでもできて。悪魔をどんどん倒しちゃうんだ!」
「結局つえぇってだけじゃねぇか。そーじゃねぇだろ」
「そうなの?」
「そうだ。神ってのはな。理だ。ただ居るだけで、人も物も空気さえも従えるもんだ」
「…」
「昔話を良く見て見ろ。神ってのは、つえぇのもいるが、大して強くないのもいる。だけど、自分の司るものならなんでも有りだ。レイ、おめぇは何になりたいんだ?」
「ぼくは魔法の神様になって、みんなを助けたい」
「ならデミゴッドって奴だ。所謂亜神。色んな所を巡り巡ってみんなを助ける。このシーバ王国を作った王様も、剣のデミゴッドだったって話だ」
「デミゴッド……」
「それにしたって、この百年、新たな神が生まれたって話しは無いけどな」
話はそれで終わりだった。
それからレイはまた修行をはじめた。
二つだった魔力の球は、夕方には四つになって、セレスを真っ青にした。
七歳の子供が、あっという間に自分に追いついてきたのだから。
これで呪文を覚えたらどうなるか。
セレスは興味を持った。
本来、呪文は師弟関係を結んだ魔法使いが弟子に教える物だ。
だが、他の人間が教えちゃ駄目だという法は無い。
さすがに歩きながら呪文は教えられない。セレスは夜を待つことにした。
二日目は野営になった。
廃村の跡地に、馬車を乗り入れる。
手早く野営の準備を終え、神官が簡易の結界を張る。
夕食を終えれば、自由時間だ。
セレスは自分の見張りの順番を確認すると、レイを呼んだ。
「レイちゃん、お姉さんが良い事教えて上げよう」
「なんですか?」
「呪文だよ。呪文。セレスお姉さんが炎の呪文を教えて上げる」
「いいんですか?」
「まぁレイちゃんなら、そんな難しい事も無いさ」
セレスは、魔力球を左の手のひらに一つ出した。
「一個、出してご覧」
「はい」
レイも即座に右手に魔力球を出す。
「体の中央、胃の後ろ。太陽神経叢」
「火のチャクラ」
「そのエネルギーの質を合わせる。最初は管が繋がってるイメージでも良いかもね」
するとセレスの魔力球が変質した。熱を帯びはじめ、炎のように揺らめきはじめたのだ。
「後はこれに呪文のイメージを重ねる。炎弾なら、的に向かってぶち当て弾けさせるんだ。炎弾!」
セレスの手のひらから飛び出た炎の魔力球は、手近の岩に当たってはじけ飛んだ。
一瞬の接触で、岩は赤く変色していた。
「火、火、火。火のチャクラ……」
レイが自分の魔力球を見つめると、徐々に熱量を帯びはじめる。
程なく、魔力球が真っ赤になった。
「炎弾!」
レイの手から魔力球が飛び出て、別の岩にぶち当たった。
「ほんとに初めてかい?」
セレスは驚きを隠しきれない。
「はい。でも、なかなか難しいですね」
「そうさ。そう簡単にできるようになられたら、こっちも商売あがったりだよ」
「ちょっと練習してから寝て良いですか?」
「教えて置いて何だが、怒られない程度にしなよ」
三日目はレイが寝不足だったほかは特に何事も無く進み、大きめの開拓村で休むことが出来た。
四日目の朝、護衛のリーダーのゴングが言った。
「ここから赤の街道を外れて、森だ。全員気をつけろ」
レイを除く全員の顔に緊張が走った。
ギルモアがレイに告げる。
「こっからは魔物が多く出る場所だ。護衛が守ってくれるが、いざというときは自分で身を守れ。何か武器はあるか?」
ギルモアの鼻は赤くない。昨夜から酒を飲んでないのだ。
レイは荷物から短剣を取り出した。
誕生日プレゼントに貰った短剣だ。
「これがあるよ」
「お、良さそうな短剣だな。ちょっと見せてみな」
ギルモアは短剣を受け取ると、ふんふんと頷きながら見ている。
鞘から抜いて刀身を見たり、柄を叩いたり。
「こりゃ、あれだ。魔剣だな」
ギルモアはあっさり言った。
短剣をレイに返しながら、
「柄に仕込みがある。レイ、剣を抜いて構えてみろ」
レイが短剣を抜き、両手で構える。
護衛の四人が、レイとギルモアのやり取りを見つめる。
レイに何が出来るのかによって、護衛の難易度は変わる。
レイの炎弾は、この二日で初級の術者並みになっていた。
剣はどうか?
「魔力出して見ろ」
レイは体全体に魔力をまとう。
すると短剣の刃が、ブーンと低い音を発する。だが、それだけだ。
「ギルモアさん、この音何?」
「……ふん。属性剣かと思ったんだがな。よし、レイ、その辺の木に切りつけてみろ」
森の入り口とはいえ、生えている木は太い。
レイは、自分の胴体より太い木に思い切り切りつけた。
「えいっ!」
ざくりと音がして、短剣は振り抜かれた。
切りつけられた幹から、薄い煙が立ち上る。
その場に居た全員が驚いた。
「うわ」
「おい、これはなんだ?」
「子供の力であっけなく?」
「すげー切れ味だ!」
精々、木の表面に切りつける程度と思ったのが、振り抜いたのだ。
魔力をまとっているとはいえ、子供の力で出来る事では無い。
短剣の効果が強力なのだ。
「分からんなー。なんだこりゃ」
ギルモアには短剣の正体が良く分からなかった。
ギルモアはこういった魔剣や魔道具の収集も趣味にしていて、それなりの目も持っているつもりだった。
しかし、この短剣は分からない。
分からないなりに役立つことは分かった。
「まぁ良いか。レイ、そりゃー業物だ。大事にしろよ」
短剣についてはそれっきりだった。
レイも深くは聞いてこない。
不思議な雰囲気のまま、出発することになった。
森の道は、これまでより狭い。
もし道の向こうから馬車が来たら、すれ違うのは大変だろう。
整備する者も居ない道は、歩きにくかった。
馬車もこれまで以上に揺れるし、速度も出せない。
重苦しい雰囲気を感じながら、レイは一人楽しく魔力の訓練をしていた。
他にすることも無い。
木々の香り、腐葉土の匂い、鳥の鳴き声、悪い道。
始めは興味津々だったが、しばらくすると代わり映えの無い景色に飽きてしまった。
今やっているのは、炎弾を即座に呼び出す訓練と、炎弾に強い力を込める訓練だ。
呼び出しては消し、呼び出しては消し。
ギルモアが時々、心配そうに振り返る。荷物に火を付けないかと心配なのだ。
最初、ギルモアは止めさせようとしたのだが、セレスが大丈夫だと請け負った。
レイはこの道中を楽しんでいた。
不安も有ったが、魔力の新しい使い方はそれ以上にレイを魅了した。
ゴブリンとの戦いは、レイに傷跡を残さなかった。
魔力球の練習は、自分でも驚くほどにスムーズだったし、セレスは褒め上手だった。
マーティンが十歳になってからと言っていた呪文を教わったこともある。
今ならゴブリンが現れてもあっという間に倒してみせる、そんな自信さえ芽生えていた。
この間は拳だったが、今度は魔剣がある。炎弾もある。
ズバッとやっつけてやる!
むしろ戦いを楽しみにさえしていた。
お昼前、ギルモアとゴングがそろそろ休憩の場所を決めよう。そう話してた所だった。
「……魔反応。前方、六。うち術者一」
先頭で警戒していた弓使いが鋭く声をかけた。同時に弓を構える。
レイには何も無い道が続いているようにしか見えない。
しかし、レイを除く全員が戦闘態勢に移る。
弓使いが下がり、ゴングが大きな戦鎚を構えて前に出る。
「出てこい!ウラァ!」
ゴングが吠えると、驚くことに近くの木々が揺れ、葉が落ちた。
その声に追い立てられるように、二十メートルほど先に人影がばらばらと現れる。
人影は五つ。
鎧が四つ、軽装が一つ。どれもゴブリンだった。だが、大きい。レイが遭遇したはぐれと同じ大きさ。
突然、鎧姿の一つが倒れた。矢が三本刺さっている。
レイには弓使いがいつ矢を放ったのか分からなかった。早業だ。
軽装ゴブリンが手から子供の頭ほどの魔力球を放つ。
ゴングが受け止めるが、受け止めた腕からボタボタと血が流れる。レジストに失敗したのだ。
「ゴブリン風情がぁ!」
ゴングが吠え、挑発する。ゴングはタンクだ。攻撃を受け止め前線を維持する。
続いてセレスが炎弾を三つ、鎧姿の一つにたたき込む。だが、鎧姿は倒れない。
「ワォ! ゴブリンがレジスト!」
鎧姿の三匹はたちまちゴングを取り囲む。
神官はちょっと離れてゴングを治癒する。ゴングの腕に簡素な魔方陣が描かれた。
神官が使う結界術の魔方陣だ。
その魔方陣が脈動するように光ると血が止まる。
始め、冒険者達は予想外に手強いゴブリンに苦戦していたが、徐々に押し返していた。
鎧姿は残り一つ。軽装の術者は手負いだ。
その時、レイはふと馬車の後ろを見た。
目に映るのは魔力球。
一体の軽装ゴブリンが一抱えもある魔力球を放とうとしている。
レイは反射的に短剣を抜くと、ゴブリンに向かって馬車を飛び降りた。
レイは軽装ゴブリンの魔力球に向かって、思い切り力を込めた炎弾を打ち出す。
大きな赤い球に向かう、小さな青い炎弾。
爆音が鳴り響く。爆風が吹き付けるが、レイは何とか耐えた。
「アギャ!」
軽装ゴブリンは悲鳴を上げた。至る所が痛い。初めての感覚。
目の前の人間が、短剣を持って迫ってくる。
レイは全身に魔力を流すと、そのまま軽装ゴブリンに迫り、短剣を振り下ろした。
短剣はゴブリンの頭頂から胸元までまっすぐな線を描いた。
ゴブリンは倒れ、血が流れる。
レイはそれを呆然とみていた。
「良くやったな」
気がつけば、ギルモアや冒険者達が、レイの側に来ていた。
戦闘は終わったのだ。