第一話 旅立ち
翌朝。空は綺麗に晴れ渡り、雲一つ無かった。
時間は午前6時頃だろうか。レイ達のアパートの周辺には朝日が差し込み、狭い路地には鳥が鳴いている。
日が昇りはじめたばかりの空気は非常に心地よい。
周辺の住民が動く様子は無いが、路地を出て綺麗な舗装がされた大通りに出れば、何かを配達する人が居たり、巡回をする兵士が居たりする。
街の中央の方を見れば、道ばたには早くも朝食用の屋台が開かれ、人々が何か麺をすすっている様子が見られた。
シーバ王国第三の都市ダコタ。それがこの街の名前だ。
放射状の街路が街の中央から広がり、郊外まで延びている。
郊外には畑や水田があり、さらにその外には高い壁が囲んでいた。
材質は良く分からないが、灰色で、厚さは一メートルほど、高さは五メートルもある。
その壁の外側に張り付くようにまた人家が見られた。
人家の周辺には畑があり、放牧地が有り、役所とおぼしき建物が有り。
その外側にはまた壁があった。前の物と同じような材質、同じような高さの壁だ。
上空から見ると、壁は街の中央を大きく囲み、その外側に壁を六分割するように半円状の壁が有り、さらにその隙間を埋めるように壁が有り……。
つまり、街は壁によって囲まれていた。
一番外側、四層目とでも言うのだろうか、その外側にも建設中の壁がある。ちょっと不思議な光景であった。
壁の三層目の安アパートでレイは目覚めた。
眠い目をこすりながら窓のカーテンを開ける。
太陽は隣のアパートに遮られて見えないが、太陽の出ている方向は分かる。
レイは太陽の方向を見つめると、祈りを捧げた。
「この世におわす神々よ、私は祈りを捧げます。全ての命が太陽のように燃え上がり、成長できますように」
次に、レイは部屋の中央に立ち、目をつぶる。
しばらくすると、レイの体から淡い光が出てきた。
光はしばらく大きくなったり小さくなったりしていたが、レイが目を開けると共に、体にぴったりとくっつき、光量を増した。
「…次の段階」
レイが行っているのは魔力のコントロールだ。
魔力を体外に放出したり、身に纏ったりする練習である。魔法を使うための基本的な鍛錬で有り、戦闘中でも無意識に出来るようにならねばならない。
レイが細く長く息を吐くと、光が変化した。
光が体の所々で渦を巻き、電子回路のような模様を描いたのだ。
そのまま、しばらくすると、レイは体を動かしはじめる。
ゆっくりと。まるで武道の型を行っているような動きだ。
ゆっくりとした動きだがなかなかきついようで、レイは息を乱す。
そのまま十五分ほどすると光が明滅し、途切れた。
「あ」
レイは残念そうにため息をつく。
「あーあ、もうちょっと長持ちすると思ったんだけどな」
タイミングを見計らったかのようにサンドラの声が掛かった。
「レイ、朝ご飯よ」
レイが食堂に入ると、昨日のパーティの跡がちょっと残っていた。
マーティンが残った飾りを外しながら挨拶する。
「おはよう、レイ。今日はどれくらいできた?」
「第二の型を五回だよ、パパ」
「おお、パパの子供の頃は二回が精々だったからなぁ。レイはすごいよ」
「さ、パパ、片付けは後回しにしてご飯にしましょ」
食卓にサンドラが皿を並べる。
ホットドックに骨付きソーセージと牛乳だ。ちょっと朝からボリュームが有る気がする。
「ママ、サラダは無いの?」
とマーティン。
「今日は出発の日でしょ、屋台で買ってきたから無いわよ」
「そか。じゃぁ、ママ、レイ、食べようか」
「「「いただきます」」」
手早く朝食を片付けると、レイとサンドラは出かける準備を始めた。
マーティンは部屋の片付けだ。それが終わってからサンドラと合流する。
マーティンとサンドラは装備を確認している。食料と水に関してはありったけを亜空間バッグに詰めた。
亜空間バッグは、神殿や冒険者ギルドで貸し与えてくれる貴重な品だ。
見た目は三十センチ程度のバッグだが、中に荷物用コンテナ一つ分(奥行き三メートル、高さ二メートル、横幅二メートル)のアイテムを詰める事が出来る。
重量は中に何を入れても五キロほどで、鍛えている冒険者にとっては重量も大したことは無い。
中は温度が一定だが、普通に物が腐るため、日持ちのしない食品は持って行けない。必然的に持って行くのは保存食となる。
食料を詰めると、次は消耗品。
それが終わるとそれぞれの得物を確認した。
レイも自分の荷物の確認に余念が無い。
両親が冒険に出る度、レイは様々な家に預けられてきた。行った先ではいろんな事があったが、レイは大抵上手くやっていた。
今度のフラップスの森には行ったことがない。預けられるのはいつもダコタの街の中だったからだ。
馬車で数日の所らしい。ダコタの街から離れたことの無いレイは、ワクワクしていた。
朝食からしばらく経ち、太陽がすっかり昇る頃、レイ達はアパートの外に出ていた。
アパートは長期間ほったらかしになるが、数ヶ月分の家賃は先払いしている。
三人は、サンドラ、レイ、マーティンの順に通りに出た。
通りを街の外の方に歩いて行くと、十数台の馬車が溜まっている広場があった。
「よー、サンドラにマーティン!あと、レイだったな!」
馬車の一団の一つから、男が出てきて声をかけた。
身長は百三十センチほど。しかし、筋骨隆々で緑のモヒカンにヒゲ面だ。声も野太い。
特徴的なのは、その鼻だ。かなりの大きさの鼻で、付け鼻だと言われても納得しそうだ。
早朝だが、その鼻先は赤い。
見れば片手には酒瓶が握られている。
「ギルモア! いくらドワーフだからって朝っぱらから酒は感心しないぞ」
「まぁそういうな」
酒臭い息を吐きながら、ギルモアと呼ばれた男はサンドラの前に立った。
「ドワーフにとっちゃ、これくらいの酒なんて事は無いし、それに今日は御者じゃ無いからな」
「御者を雇ったの?」
「あぁ、御者の他に護衛も雇ってるぞ」
「すごいねぇ」
「あぁ、今回はちょっと荷物が多くてな」
「そうなんだ。んじゃ、レイ、ご挨拶しなさい」
サンドラに促されて、レイは前に出る。
「ギルモアおじさんおはようございます!」
「おぉ、良い挨拶だ」
ギルモアは同じくらいの背丈のレイの頭をわしわしとなでる。
「荷物はそれだけか?」
「はい」
レイは体に似合わぬ大きなバッグを二つ持っていた。冒険者で無いレイは、亜空間バッグを使えない。
「よし、じゃぁ行くか」
「分かりました。パパママ、行ってきます!」
レイは振り返り、マーティンとサンドラに挨拶した。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「修行頑張れよ」
「はい! パパママも早く帰ってきてね!」
マーティンとサンドラと別れたレイとギルモアは、溜まってる馬車の所に近づいた。
二頭立ての馬車が一台待っていた。
馬車の前には身長二メートルほどのハゲの大男が立っていた。
部分部分を金属の鎧で覆った、いかにも戦士と言った風貌だ。
「レイ、今回の商隊だ。こっちが護衛隊長のゴングだ。ゴング! このちっこいのが話してたレイだ」
「レイ・ランドールです! よろしくお願いします!」
レイは威圧感たっぷりのゴングにも元気に挨拶する。
「……ゴングだ。坊主、元気だな」
「ありがとうございます!」
「ま、馬車の中では大人しくしてればそれでいい」
仏頂面のまま、ゴングは馬車の様子を見に行った。ゴングの周りに他に三名ほど武装した男女が居る。今回の護衛のようだ。
馬車の御者台に居たひょろっとした若い男が、御者台を降りてギルモアに近づいてきた。
「あ、おやっさん。この子がレイ君ですか?」
「あぁそうだ。レイ、この頼りないニキビ面がヨハン。一応弟子だな」
「一応ってひどいっすよ、おやっさん。レイ君よろしくな」
「レイ・ランドールです! ヨハンさんよろしくお願いします!」
「うんうん。じゃぁそろそろ出発するから、レイ君は前の馬車に乗ってくれ。おやっさん良いですかね?」
「よし、じゃぁ出発だ」
荷台には様々な箱が積まれていた。箱の他には冒険者の荷物やテントなども有る。
その隙間に入り込むようにレイは座った。ギルモアは、御者台のすぐ後ろに座り込んだ。
ヨハンは御者台。冒険者達は荷台に乗らず周辺を歩いて行くようだ。
街の出口では簡単な検問があったが、馬車は止められもせず出て行く。
街の外に出ると、風景が変わる。
レイの旅が始まった。




