プロローグ01
「お誕生日おめでとう!」
時刻は夜。空には月が二つ並んでいた。
木造アパートメントの一室で、クラッカーの音が鳴り響く。
余り広いとは言えないその部屋は、様々な色の飾り付けがされ、テーブルには様々な料理が並んでいた。
クラッカーを鳴らしたのは二十代始めの男女。
男は身長165センチ程度、栗色の癖毛。瞳の色も茶色。スラッとしているが、所作には鍛えられた戦士のものがある。
女は身長175センチ程度で黒髪だ。それを清潔感のあるショートカットにしている。瞳も黒だ。
男女はニコニコと笑っている。とても幸せそうだ。
その子供であろう幼い男の子が、クラッカーの音にびっくりしていた。
男の子はまだ幼い。細い体だ。栗色の癖毛なのは、男性と男の子が親子で無いかと思わせる。良く見れば目元が似ているような気もする。
「……パパ、ママありがとう」
クラッカーの音にびっくりしたのか、ちょっと涙目の男の子がようやくそういうと、
「うんうん。レイ、お前何歳になった?」
と父親が言う。
「んーとね、ろ、七歳だよ」
「よしよし、良い子だ。お前も大きくなったなぁ。あんなに小さかったレイが……」
腕を組み、天井を見上げる父親。うっすらと涙ぐんでるようにも見える。
そこに母親が、
「ねぇマーティン、それよりプレゼント」
「あぁ、そうだなサンドラ」
マーティンと呼ばれた父親は、食器棚の上から長さ五十センチほどの細長い箱を取り出してレイに渡す。
「レイも七歳になった。もうそろそろ良いだろう。これはパパ、ママからのプレゼントだ」
レイはうれしさに顔をくしゃっとさせた。ちょっとお猿さんみたいだ。
「ねぇ、あけていい?」
「あぁもちろん」
とマーティン。
中から出てきたのは長さ四十センチの無骨な短剣とベルトであった。柄にも鞘にもあまり飾り気は無い。
財産としての価値もある短剣は、装飾も華美になりがちだ。しかし、この短剣にはそれがない。
使い込まれた様子も見える。実戦で使われてきた物なのだろう。
華奢な体格をした七歳のレイには、いささか不似合いでもある。
しかし、短剣を両手に持ったレイは満面の笑みだ。
「これでぼくも冒険者だね!」
「あぁ、まぁそうだな」
とマーティンは苦笑いをし、サンドラはさわやかに笑みを浮かべる。
「さて、料理が冷めちゃわないうちに食べましょうか」
「うん」
「マーティンには、大好きな白ワインもありますからね」
食事の合間に、親子の会話が始まる。
近所の子供達とのたわいない話、近所の奥さん方との噂話。
近隣の衛星村でモンスターが出て対処に追われている、などなど。
一時間も経つと、まだ幼いレイは、場に飽きてきたみたいだった。
たった三人のパーティでは話題にも限界がある。
会話が止まったタイミングでマーティンは一つ質問をした。
「そうだレイ。お前は将来何になりたい?」
「ん? ええと……。僕は冒険者になってみんなを助けて。そしたら神様になって、みんなを幸せにしたいです」
「そうか、前からそんな事言ってたね。その答えに間違えは無いね?」
「はい、パパ!」
「そうかぁ」
マーティンとサンドラは目を合わせうなずき合った。
「明日からパパ達が旅に出ることは話してたね」
「うん。その間、ラーズおじさんとこに泊まるんだよね」
「その予定だったんだが、別の所に行くことになった」
レイはきょとんとした顔をした。
「行商人のギルモアさん」
「ひげもじゃドワーフの?」
「そうそう。そのギルモアさん」
「ぼくも行商にいくの?」
「いや、ギルモアさんにパパの師匠の所に連れて行ってもらうことにした」
「ししょう?」
「そう。パパの魔法の先生だ」
「ええと、フラップスの森の?」
「そうだ。良く覚えてたね」
「すごい!魔法教えてもらえるんだね!」
「そうだぞ。頑張れよレイ。ちょっと遠いけど、ちゃんと勉強するんだぞ」
「うん分かった!」
「うんうん。パパ達帰ったら、まっすぐ迎えに行くからな」
「パパママ、いつ帰ってくるの?」
「んー。どうだろうなぁ。すぐ終わらせて帰るつもりだけど、ちょっと掛かるかも知れないな」
「そうなんだねー」
「でもな、今度の依頼が終わったら、神殿に認められて正式な認識票も貰える事になってるし、たくさんお金も入るんだ」
「すごーい!」
「そしたら家を買おう。アパートじゃなくてちゃんとした家を買うんだ。芝生の庭になんかペットでも飼って」
「いぬが欲しい!」
「そうだな! 犬いいな!」
「あら、二人は犬派なの?私は猫がいいけど……。そういえば、近所のバーディさんがオウムを飼い始めたって言ってたわ」
「おーむってなに?」
「鳥さんよ。結構大きいのよ。家の中で飛び回ってるのを見たけどちょっとびっくりしたわ」
「とりさん!とりさんもカッコイイね!」
「そうね、もふもふしてて良い匂いもしたわねぇ」
「ん、あー、話が逸れたな。とにかく、レイはしばらく修行だ。頑張れよ」
「うん! わかった!」
「さて、そろそろレイは寝なさい」
「はーい」
「いつもの練習してからだよ」
「はーい」
レイが寝室に移ると、マーティンとサンドラはお互いのグラスにワインを注いだ。
「冒険者は良いとして、神様か……。まぁレイは小さいからな」
「そうね。世の中だんだん人間の住めるところは減るばかりだから……。冒険者になる人が増えるのは嬉しいけど……」
「…神か」
「昔、神魔大戦の前は沢山の人が神になったと言うけど」
「…ただ、希望だけは忘れないようにしないとな」
「…そうね」