表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

甘い果実

作者: chloe


私の隣に寝ころんだ、華奢な体つきの黒髪の男。

今夜私は、この男と眠る。





『甘い果実』― Three Pieces ―





「で、最後にはヤっちゃうんでしょう?いつも」


そう切り込んでくるのは、同級生で無二の親友。

私と彼の関係を唯一知っている人物。


私は肩をすくめ、彼女を見る

しぐさから察するに、と彼女からはため息がもれた。


「もう、まさかまた…」


その矢先、ガラガラと音を立て担任の教師が入ってきて、この話は終わった。

彼女の言葉に続く意味が分かるのは、私だけだろう。

彼女にはすべてを話してきたから。そして耳タコといっていい程語り、聞いてきたそれは、もう私にとって“ 当たり前 ”や習慣に似た何かになりつつあった。


その男が話す、3つに切られたりんごの話。

食べられるのは2つまで、のまるでおとぎ話のような、偏屈な話。



彼が眠る前に語る話。

私は決まって夢を見る。






「りんごは禁断の果実でしょ?だから最後まで食べちゃいけないんだって」


そう教えられたんだよ、と彼は笑う。

目の前には赤く熟れたりんごがいくつか並び、彼はそのうちの1つをとる。


「必ず3つに切って、最後の1つは残すんだ」


ふわりと風が吹いて、それにまでかき消されてしまうようなほど細い声。

はじめて彼に会った時に聞かされたこの屁理屈を、当時の私は冗談と軽くあしらっていたが、彼はいたって真面目で、昔おばあさんに言われた話を今でも律儀に信じていた。


彼は近くにあった果物ナイフでするすると皮をむき、慣れた手つきでりんごを3等分にしていく。


「2つあるりんごは僕と、そして君のだよ。」


確か神話では一口かじるだけで禁忌とされたはずであったが。

私は普段食べるよりだいぶ大きめのりんごの欠片を頬張った。


「甘いかい?」


しゃりしゃりと音を立てて飲み込めば、さわやかで甘酸っぱい香りが口の中に広がる。

彼も食べ始めるが、口が小さいのか食べるスピードは遅い。しかし私にはその光景が一口一口味わっているように見えていた。


食べ終わるまで、私たちは一言も話さない。

しゃくしゃくしゃくしゃく、しゃくしゃくしゃくしゃく。


ごくりと最後に飲み込めば、そこには生暖かい感触と、甘酸っぱい香りをしたものが口内に入り込んでくる。彼が手を伸ばしてくるのが見え、そして私は瞳を閉じる。


完成したのは、禁忌に味を占めた、アダムとイヴ。






彼と私の関係がしばらく続いたある日、彼が突如連絡を絶った。

1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、半年、1年。

わたしは蟠りはあったものの、生活に支障をきたすことは何もなく、ましてや泣くこともなく日々を過ごしていた。親友は私から悪い虫がようやく去ったと喜んでいた。


「新しい、もっといい恋をしよう。」


彼女は私にそう言い、購買へと駆けて行った。

私は母が作ってくれたお弁当を取り出し、広げ始める。


いくつかに分かれたお弁当箱の蓋を一つ一つ開けていき、最後にあけた小さな箱からは、ウサギの耳をしたかわいらしいりんごが現れる。


小さくてかわいらしい。

そうなのだ、食べやすいし、私にはこれくらいが丁度いい。


そして私は、そのりんごをつまんで口元に運ぶ。



『甘いかい?』



彼の声が反芻される。

私は構わず、音を立てりんごを頬張った。


しゃくしゃくしゃくしゃく、しゃくしゃくしゃくしゃく。

しゃくしゃくしゃくしゃく、しゃくしゃくしゃくしゃく。


しゃくしゃくしゃくしゃく、しゃくしゃくしゃくしゃく。

しゃくしゃくしゃくしゃく、しゃくしゃくしゃくごくり。



過去に一度だけ聞いたことがあった。

最後の一つを食べたらどうなるのかと。


『それはわからないな。』


にこりと笑って見せたその顔がやけに印象的で、それ以上聞くのをやめた。

含みがあるように見えたのは気のせいかもしれないし、実際何もないわけだから気にしなくてもいい筈なのに。


なのに、聞くのをやめた。

気になったのは、彼がそのことについてどう感じているか。

たったそれだけだったのだ。


「あまいよ、りんごはあまい。」


今まで答えなかった問いを今返す。






そのとき、机の隅にあった携帯電話が激しく揺れた。

親友からだろうか、そっと持ち上げて見れば、知らない番号。


取るのをやめるボタンを押そうとして、その動きが止まる。

そして少し考えてから、通話ボタンに指をあてる。


「はい。」


一言目でわかる、懐かしい声。

わたしは少しだけ深呼吸をして、またすっと息を吸い込んだ。



「ねぇ、最後の1欠片まで、一緒にりんごを食べてみようよ」



クスクスと聞こえる笑い声に少しだけ緊張する。

彼は言った。いつか、と。

いつか言われる日が来るんじゃないかと思っていた、と。

それを恐れもしたし、楽しみにもしていたと。

しかし、


『口にしたらもう、離してあげられなくなるよ』


禁断の果実だからね、と。

彼は、またクスクスと笑っていた。






踏み込んでしまった世界。

これがどういうことになるのか、今の私にはわからない。


だけど、どんな味がするのだろうか。

彼の食べるりんごの味。

どんなふうに、感じているのだろうか。





Fin.


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ