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仕掛けられた陥穽Ⅱ 新井 

そこそこ仕事はあるが、アルバイトをしないと食っていけない新井。三十歳になる今年に賭けているだろう。何でもしようと思っているはずだ。売れたいと願う強烈な欲望を利用する。

 新井のライブを見た。個性がない。ネタが面白くない。売れないのは当然だ。売れる為にはどうするか新井も散々悩んだだろう。

 新井の応援者を装い、芸人としてのキャラはあるが個性が弱い、ピン芸人として強烈な個性をつける必要があると助言し、個性的なネタまで考え提供すれば本気だと思い信じるだろう。そして新井を釣る。

 藤木はにわか演芸作家になった。

 藤木議員事務所との連絡窓口として、高松が大阪へ転勤した後、アトリプロモーションに秘書の速水を不定期で常駐させ、社長とコミュニケーションを持たせ、事務所とも親密な関係にさせた。速水は小柄だがフットワークの良い情熱系の男だ。

 その後速水に、旧友の新井が芸人をしているがなかなか売れない。それでバックアップをしたいが、新井の面子もあり自分が前面に出れない。新井と親しくなり、自分に代わって売れる為の提言を新井にしてもらえないかと協力を頼んだ。

 速水は、新井のライブを何度も見に行き、新井のファンと称し都度差し入れをし、食事に誘い、友人と言える関係になった。新井と接するうちに、頼まれ事でなく自ら新井を応援したくなって行った。

 ネタの内容を聞いていた速水は、新井に提言をしますと藤木に報告し、新井を食事に誘った。

 居酒屋で酒を飲みながらしばし雑談をした後、速水は話を切り出した。

「新井さん、あんた自分の芸人としての今後どう思ってるの? 怒らないで聞いてよね。今のままではあんたは鳴かず飛ばずで芸人人生を終わってしまう。あんたには才能がある。俺がファンなのがその証明だよ。このままではもったいない。俺が言うのはおこがましいけど、あんたに足らないもの、それは個性だよ。これはある人が書いたネタなんだけど」

 藤木が書いたネタを新井に見せた。


 武田信玄のズラ、髭で登場。

「私は誰でしょう。はげ坊主? 違いますよ」

 武田信玄らしい表情、声に変える。

「わしは武田信玄じゃ。良く知っておろう。甲斐、その方らは山梨と言うのかの、山梨県一の有名人、武田信玄じゃ。何、知らぬ者がおる? 武田鉄矢は知っているが信玄は知らぬと。情けない。歴史を良く勉強せい。

わしの家来に阿呆な者がおっての。武田の軍旗 風林火山 を作った時に、お館様、風林火山とはどのような意味でございましょうかと聞いて来たのじゃ。

きこと風の如く、しずかなること林の如し、侵掠しんりゃくすること火の如く、動かざること山の如し、孫子の兵法の言葉じゃ。疾風と言う言葉を知っておろう。軍が移動する時は風のように速くすると言うことじゃ。林も火も山も同じじゃ。分かったか」

 後ろ手に隠した、少し大き目の家来用のズラを、素早く信玄のズラの上に被り、表情、声音も家来に変える。ズラと表情が一瞬で家来に変わる面白さを出す。

「分かりました。それがしが美しい女人に恋をしましたら、このように言うのでございましょうか。恋すること醜女の厚化粧が如し」

 信玄に一瞬早変わり。

「ん? その意は」

 家来に一瞬早変わり。

「それがしのような醜男が美しい女人に恋しましても、うまくいきませぬ。無駄、無理でございます。醜女もいくら化粧して飾っても、美しくなりませぬ。無駄、無理でございます」

 信玄に一瞬早変わり。

「恋すること火の如しじゃが、ちと違うが面白い。わしが美しい女人に恋したらどうなる」

 家来に一瞬早変わり。

「恋することお館様の戦が如しとなります」

 信玄に一瞬早変わり。

「して、その意は」

 家来に一瞬早変わり。

「お館様の戦は百戦百勝、必ず恋は叶えられます。お館様以外の者の場合はこうなります。お館様は戦に懐柔策などいろいろな手を打たれます。恋もいろんな手を打てと」

 信玄に一瞬早変わり。どこかで、早変わりを忘れて慌てるのも面白い。

「その方、ただの阿呆ではないようじゃのう」

 信玄のずらをとり、柔和な表情で言う。

「皆さん、如し面白いでしょ。何日も夜寝ないで、昼寝して考えたんですから。もう一つ行きましょうか。

芸人の私がR―1ぐらんぷりで優勝すると宣言しましたら、優勝すること日本のGDPが如しとなります。GDPって何だか解りますか。国内総生産のことですね。一定期間内に新しく生み出された生産物やサービスの付加価値の合計額ですね。国の経済力の目安に使われますね。私のバカ話は聞いてるだけで勉強になるんです。付加価値ってなんだって、えっ、余計な質問は受けません。

如しの意味は、日本は中国に抜かれて三位に落ちましたね。私が予選で落ちるのは目に見えてます。でも政府の経済政策がうまくいけば復活もあるかも、私の優勝も。ないないって。厳しいな~。

あ、それから阿呆の家来との話は私の作り話。そこの笑いもなく真剣に聞いてくれた人。本当のことじゃないから。違う、話が面白くなかった。これからは、作り話は顔を右に向いて、お客様からは左、本当の話はお客様から右に向いて話します。歴史は正しく覚えましょう」

 又、信玄のずらをかぶり

「阿呆の家来の話はこのくらいにしてじゃ、わしの方が有名じゃが、わしの仇敵に上杉謙信と言う者がおっての。よくわしと比較されるが、この評判が気に入らぬのじゃ。謙信は義に厚く、戦に強い、イケメン武将。わしは謀略が得意で強欲なハゲ武将。イメージが違い過ぎるじゃろう。映画もドラマも謙信役はかっこいい俳優、信玄役は性格俳優がやりおる。これではわしを好いてくれる女子もおらぬわ。

違うのじゃ。わしがハゲなのは出家したせいじゃ。アートナチュラーのかつらもいらんのじゃ。坊主は髪の毛を剃るじゃろう。信玄は出家後の法名じゃ。その前の名は晴信、晴れて信ずると書く。好い名じゃろ。晴信の頃は渋い二枚目で、もてたものよ。

謙信は武田が困っておるから敵のわしに塩を送っただと。これもそうじゃな。謙信ばかりイメージアップしようとしおって。謙信は好い奴で、信玄は領土欲の強い奴。親を追放したり、甥を攻め滅ぼしたり、わしのイメージは良くないが、わしの欲はただ民の為。欲のない人間がこの世におるか。わしは人よりも人間臭いと言うことよ。人間臭いから、屁も人より臭いがの。わしは家臣からも民からも慕われておる。わしはめちゃ好い人なんだから、分かってね」

 顔の右左の動きで客を笑わせる(顔の動きのテクニック)


 ネタを読んだ新井は顔を上げ言った。

「このネタ、誰が書いたの?」

「それは言えない。書いた人との約束だから。新井さんを陰ながら応援しているそうだ」

「へえ~、そんな人がいるんだ。こんな俺をね。でも、何で陰ながらなのよ。直接応援してくれた方が嬉しいのにね。俺に会えない事情があるのかね」

「事情とか関係ないよ。表に出たくない人だっているだろう。応援してくれてるんだから、有難く受け取ればいいんだよ」

「そうだな。有難く受け取るか。でもその人、素人だろ。このネタ素人っぽいんだよな」

「そうだけど、一生懸命考えてくれたんだからさ」

「素人っぽいけど、視点は面白いよ。俺なりにアレンジすれば使えると思う」

「その人が言うには、あんたが売れる為には芸風を変えなきゃだめだそうだ。このネタを使って思いっきり個性的に。それと、心機一転環境を変えろって。俺もサポート出来るからアトリプロモーションへ移籍してもらう」

「アトリって芸人いるの? それに君は事務所の社員じゃないんだろう。移籍なんか出来る訳がない」

「その人が力を貸してくれる」

「分かった、考えてみるよ」

 新井は即答しなかったが、後日承諾した。

 移籍させるのは藤木の指示で、社長の了承は得ていた。

 移籍させる藤木の狙いは、新井を事務所所属の女性タレントと恋愛させ、恋心が盛り上がった時に二人の間を引き裂く。女をあきらめ切れない新井がストーカ的行為をするように仕向ける。そしてそのストーカー行為を暴露する。

 問題は新井と高松を会わせないようにすることだった。新井と高松を会わせれば必ず藤木の名前が出て、頭の良い高松に勘ぐられる。

 兼ねてより社長から、大阪支店の強化を名目としての人脈作りで大阪府議を紹介して欲しいとの依頼があり、藤木はここに目を付けた。

 父親が全国の議長会で面識のある、大阪府議会議長を紹介する旨を話し、藤木議員事務所として紹介した以上、今後の窓口として大阪支店に有能な社員をしばらくの期間置いてもらう必要があると要請した。適任なのは高松以外にはいないと強く推し、社長は高松の派遣を決めた。

 藤木は迅速に大阪府議会議長との会合を設定し、高松は大阪へ去った。高松が去った後、応援する芸人を一人移籍させたいと社長に了承を取った。自分の存在を誰にもに明かさないで欲しいと付け加えて。このタイミングでの藤木の依頼を社長は拒めない。

 新井は芸人として売れることに専心しており、付き合っている女がいないことと、好みの女のタイプは調査済みであった。

 ルックスの適合する女性タレントを数人ピックアップし、それぞれの性格と、男性の好みをに探偵社に調査させ、条件により多く適合する水島留美を新井の恋愛させる相手に決めた。  

 藤木は速水を使って新井の移籍歓迎会を実施させ、水島留美を参加させた。

 だが思惑は外れた。新井は水島留美に興味を示さず、ノーマークであった篠原れいに強い好意を持ったようだと速水から聞き出した。

 篠原れいを調べ直した。水島留美とタイプが違い、藤木は意外に思ったが、軽そうな性格の篠原れいの方が今回の企みに適している。

 藤木は速水に、女に持てない可哀想な新井の恋のバックアップをしてやってくれと頼み、速水も応援せざるを得なくなった。

 初めの内は、無名の芸人は相手にもされなかった。

 速水は篠原れいを新井のライブに誘った。

 元々お笑いが好きであった篠原れいは抵抗もなくライブに来た。恋の力が男を鼓舞する。ただ篠原れいにだけ受ければ良い。新井は藤木のネタをアレンジし、渾身の力を振り絞った芸を披露した。

 新井は篠原れいだけを見て芸をした。他の観客にはそれ程受けなかったが、篠原れいには笑いのツボにはまったのか大いに受けた。篠原れいは新井のファンになった。それから二人は急接近した。

 紆余曲折はあったようだが、一ヶ月程で二人が恋愛関係になったと速水から聞いた。後は恋愛の盛り上がりを待つ。

 藤木は速水に事務所に新井がいないこと、篠原れいがいることを確認して、用件を作りアトリプロモーションを訪れた。目的は篠原れいの表情を見ること。恋する女が華やいでいないはずがない。

 藤木は篠原れいと話して、二人の恋の盛り上がりを確信した。

 その夜から藤木は篠原れいのマンションを部屋の明かりが消える迄車の中から見張った。篠原れいの住まい、行動スケジュールは以前の探偵社調査で分かっている。

 恋し合う同士が体を求め合わないはずがない。昼間は常にマネージャーが側にいて会えない。夜に必ず会う。藤木はそう思った。

 そしてついにⅩデイが来た。

 篠原れいが眼鏡と目深にかぶった帽子の変装で、目立たぬように、心なしかいそいそとした足取りでエントランスから出て来て、駅の方へ向かって歩いて行った。

 変装していても有名アイドルタレントだ。眼鏡をしていてもそれと分かる。人の目に晒される駅には行くまいと判断し、ゆっくりと車で跡をつけた。

 道路の左側にある、大きな公園の入口手前に立つ街灯の陰に男がたたずんでいた。篠原れいは男に走り寄ると男に抱き付いた。男もサングラスを掛け帽子をかぶっているが、新井に間違いない。藤木は思わず〈ビンゴ〉とつぶやき、助手席に置いてあった、デジタル一眼レフ望遠ズームレンズ装着のカメラを手に取り、 抱き合う二人にフォーカスして何度もシャッターボタンを押した。

 二人は他人を装うように離れて歩き、交通量の多い道路に出てタクシーを拾った。うつむき加減の篠原れいの顔は、広つば帽子の陰に隠れ見えなかった。

 二人は池袋でタクシーを降り、近くのラブホテルに入って行った。

 タクシーを尾行していた藤木は近くのネットカフェで、先刻撮った、二人がラブホテルへ入って行く写真をプリントして、あらかじめ調べておいた出版社へ、コビニから写真をFAX送信し、電話を入れた。

 写真週刊誌の担当を呼び出し、今、篠原れいが男とラブホテルに泊まっている、がせでない証拠に写真をFAXしたと、匿名で写真週刊誌の担当にリークし、密会写真を掲載させようと画策した。

 思惑通りになるか不明であったが、篠原れいの密会はかなりのスクープだ。写真週刊誌は動くと藤木は確信していた。タレント価値の高い篠原れいの密会写真記事への対応で、事務所は男と引き離そうとするだろう。

 そして二人がラブホテルから出て来る写真が掲載された。無名芸人の新井は、サングラスを掛けていたこともあり、出版社に素性はまったく知られていなかった。

 新井は内心自分の名前を売る大チャンスと考えたが、これで篠原れいが完全に自分のものになると思い、自分達は純粋に愛し合っているんだから熱愛宣言しようと、篠原れいに話を持ち掛けた。

 だが事前に出版社より掲載の通告を受けていた事務所から、清純派で売って来たイメージダウンになると軽率な行動を責められ、CM、テレビ出演他の影響でタレント生命の危機とプレッシャーを掛けられていた篠原れいは、無神経な新井の提案に怒りを覚え、と同時に新井に対する恋愛感情も薄れて行った。

 篠原れいはマネージャーに相手の男は高校時代の友達と偽り、新井の名前を出さなかった。これはかすかに残っていた新井に対する愛情がさせたことであろうが、これが後々新井を藤木の陥穽に落ち入らせる要因となる。

 篠原れいは新井と会いたくない為、メールで別れを告げた。今後一切会えないと宣告した。事務所内で顔を合わせても眼も合わさなかった。

 会って、篠原れいの言葉で別れたいと言われたら、新井も素直に別れていただろう。篠原れいは恋愛経験がなかった訳ではないが、男心に疎かった為に二人の関係を複雑にしてしまった。

 アトリプロモーションはこの事態を純愛ストーリーにすり替え、相手は一般人なので公表出来ない、二人の愛を優しく見守って下さいと訴え、沈静させるのに躍起となった。

 このストーリーは、相手の男がほとんど無名の新井なら真実になるのだが、時既に遅く、篠原れいの心は冷めてしまっていた。

 新井は写真掲載後の事務所の対応から、篠原れいの相手が自分だと知れればタレント価値の低い自分は問題を起こした張本人として事務所を首になると思うと、事務所内で篠原れいに接触することは出来ない。

 あんなに愛し合っていたのに、なぜ急に別れを告げて来たのか。写真週刊誌にスクープされたからか。別に不倫とか責められる行為ではない。れいは自身の意思で別れたいと思っているのではない。きっとアイドルでいたかったら男と別れろと事務所から強要されたんじゃないか。アイドルをやめる訳には行かない。だかられいは自分との別れを選択するしかなかった。れいは自分のことを嫌いになった訳ではない。何故なら名前を事務所に明かしていない。会いたい、会って話したい。新井は悶々としていた。

 藤木は速水に騒動の現在の状態を聞いた。

「事務所には相手の男が新井であることはばれていません。事務所内恋愛禁止の雰囲気があってか、二人とも関係を隠していたようです。今も篠原れいは新井のことを隠しています。新井に気持ちを聞きました。篠原れいから一方的に別れを告げられ、どうしても自分と会ってくれない。だが事務所に脅されているんだ、自分を嫌いになったんじゃないと辛そうな表情で話していました。彼女の気持ちがどうなのか分かりませんが、今も新井のことを言わないのは、新井の言うようにまだ好きなのかも知れません」

 速水は自分の知り得る現状を心配そうに藤木に話した。

 藤木は思惑が当たった、パチンコの大当たりだと、ほくそ笑んだ。

 二人の間を引き裂いても、女の気持ちが変わらなければ火に油を注ぐように逆に燃え上がってしまう。事務所に脅迫的に別れを迫られれば迫られる程、新井に会おうとするはずだ。会わないということは……。新井が篠原れいに惚れてくれてラッキーだった。うまく行かなければ別の犯罪を考えなければならなかったと独りごちた。

 藤木は探偵社に新井のストーカー調査を依頼した。

 探偵社から調査報告があった。報告書には、篠原れいの住むマンションで待ち伏せる新井、言い争う二人、新井を振り払って逃げるようにマンションに入る篠原れい、マンションから出てきた篠原れいを追うようにつきまとう新井、ストーカー行為を実証する写真が添付されていた。

 議員事務所に戻っていた速水が藤木に相談に来た。

「藤木さん。新井の様子がおかしいんです。暗い顔をして、思い詰めたようで、篠原れいが会ってくれないのでマンションで待ち伏せしたりしているようなんです。やめろって言っても聞かないんです。このまま行ったらストーカーになってしまいます。彼女を引き合わせたのは俺なんで。どうしたらいいでしょうか」

 いずれ耐え切れなくなった篠原れいがマネージャーに相談するだろう。ことが表面化して問題になって新井が叱責されるが、事務所内部の問題として処理される。だが自分への手前、社長は新井を首に出来ない。そう考え藤木はストーカー行為を放置するつもりであった。だが、このままにして速水に責任を感じさせるのも可哀想だと思った。

「そうか。新井がそんななっちゃったか。俺にも責任があるな。速水、新井と喧嘩しろよ」

「なんですか、いきなり喧嘩しろって」

「勿論、憎しみ合いの喧嘩じゃないよ。友情が行き過ぎた喧嘩って良くあるだろ。新井とはそのくらいの友達になってるんだよな」

「はい」

「まず、冷静に理で諭す。理性の理だぞ。篠原れいがまだ新井を好きなんて有り得ない。会おうとしないのがその証拠だ。まだ好きだったとして、事務所に脅されて会わないのなら、篠原れいは新井でなくアイドルでいる方を選んだんだ。新井を捨てたんだ。恋より自分の損得が大事だってことだ。新井は反発するだろう。次に今度は情で諭す。情熱の情だぞ。新井がこれまで苦労して来たのは何の為か訴える。売れる芸人になりたい情熱だろう。このまま行ったらスクープの相手が新井ってばれて、事務所を首になるかも知れない。そうなったらもう終わりだ。今までの苦労を無駄にするのか。恋を芸のこやしにしろ。篠原れいみたいな薄情な女は忘れろ。ここまで言っても頭に血がのぼってる新井は聞きもしないだろう。そこで喧嘩だ」

「言うこと聞かないから喧嘩するんですか。喧嘩する程、頭に来ませんが」

「友情だよ、友情。その場になれば頭に来るさ。お前をここまで心配してるのにその態度は何だってな。頭に来なくても、頭に来させろ。それで顔でもぶん殴ってやれ」

「そんな青春ドラマみたいにうまく行きますかね」

「分からん。うまく行かなくても、そこまでやればあきらめがつくだろう。速水に責任はない。それからここも忙しくなりそうなので、新井のことが済んだらアトリプロモーションを撤収してくれ。社長には俺が話しておく」<KBR>

 速水はやってみますと言って自分の席に戻って行ったが、藤木は結果がどうなろうと気にもしなかった。

 藤木を屈辱の闇に叩き込んだ元凶の新井。新井は他のターゲットとは違い、偽善者の証明ではなく、下劣な品性の証明が新井への〈理不尽を正す〉ことだった。小汚い人間性を証明する事実が出来た。それだけが重要だった。

 新井のしたことはストーカー的行為であるが、新井本人からすればただ愛する女にすがっただけであり、自分がストーカーであるとは思っていない。藤木は意識していないが、いみじくも新井にいじめなどしていないのに、理不尽にいじめの張本人にされたしまったと思っている藤木と同じ状況を作ったこととなった。



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