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仕掛けられた陥穽Ⅰ 木村

       [一]



 別段の努力もせずに有名俳優になった木村。演劇に天賦の才能と、運があったのだろうか。物事を深く考えない、お気楽者の苦労なし。藤木は探偵社からの報告資料を見ながら、軽薄を絵に描いたような、こんな男が成功したと信じられない思いがしたが、藤木はこの性格を利用することを考えた。

 服装、言動に表れる浅薄で表面的な芸能人意識。おしゃれでシックなファッションの本物芸能人と程遠い、高価だがセンスのない、格好だけの空疎な服装。高価で派手な外車のスポーツカー。ベイエリアに建つ高層マンション上階の部屋。三ツ星レストランでの食事。常に芸能界以外の人間を一般人と言う物言い。

 これら全ては、木村が抱く芸能人のイメージを、自らの生活に具現化したのではないのか。猿真似だから奥深さがないことに気付いていないが、これで自分は芸能人になったと思っている。

 有名芸能人であり続ける為には、技能から内面にまでに及ぶ、弛まない精進が必要であることなどまるで分かっていない、形だけで満足する浅はかさだ。

 だが、芸能人のイメージを持ち、自分の生活をイメージ通りにしたと言うことは、芸能人への憧れと、自分は芸能人でありたいと思う願望の表われではないか。藤木は木村の意識を結論付けた。そして、木村を落とすキーワードは芸能人だと確信した。

 藤木は高松を食事に誘い、渋谷の焼肉店で会った。高松の酔いが回った頃を見計らい、高松と会った目的を気取られないように、話題をさりげなく木村の話に誘導し、情報を引き出そうとした。

「そう言えば、駒添翔って木村なんだってな。木村って印象薄くて余り覚えていないんだけど、酒井から聞いてびっくりしたよ」

「知ってたか。そうだろう。木村ってクラスじゃ余り目立たなかったよな。だから気が付かなかったんだけど、あいつの所属する事務所の社員と懇意でな。飲んだ時に、俺の出た高校が駒添翔と同じだって分かって、歳も同じで、本名が木村隆司って聞いて、あの木村かって、びっくりさせられたよ」

「会ったのか」

「いや、仲良かった訳でもねえしな。そいつの話だと、上の人間には気を遣っているようだけど、それ以外の人間には適当で、約束を忘れるても平気な顔をしているとか、自分より下と思う奴には返事もしねえとか、周りからはかなり嫌われているみたいだな。そんな奴に会いたいとも思わねえよ」

「そんなんで、芸能界でよくやって行けるな」

「演技力が凄いらしんだな、これが。演技に入ると役の人物に成り切っちゃうんだと。天才って言われているらしいぜ。上に気に入られてりゃ、他は関係ないだろう。何処の世界も同じじゃねえの」

「連む奴もいないだろう」

「力のある奴に擦り寄る阿呆が何処にでもいるだろう」

「高校の時は、木村ってそんなにいやな奴じゃなかったよな」

「さっきも言ったけど、俺は余り木村の印象が残ってねえんだ。これ迄の人生が性格を変えたのか、本性が出てきたのか分からねえがな」

「でもこんだけいやな奴だったら、嫌いを越して恨んでる奴もいるんだろうな」

「そこ迄は聞いてないが、話を聞いた社員な、えらく木村を恨んでいるみたいだったぜ。そいつは元、木村のマネージャーだったらしくてな、何度も好き勝手やられて、仕舞いにゃ木村が遅れて、ロケの穴をあけたのをそいつのせいにされて、ろくに調べもせず、社長に面罵されて、地方の支店に飛ばされて、半年前本社に戻れたそうだ。懇意になったのはそいつが本社に戻った後なんだけどな、馬が合ってな。そん時、俺は木村なんかと会いたくねえって言ったら、それがきっかけで、酔ってたからな、余程悔しかったんだろうな、泣きながら愚痴られたよ」

「慰めてやったのか」

「そんな事いつ迄も引きずってんじゃねって、説教してやったよ」

「お前は理知派だから、感情的な奴は嫌いだからな。繊細な心の傷を分かってやれよ。そうだ、そいつここに呼べよ。俺が痛みを慰めてやる」

 酔いの勢いもあり、高松は電話でそいつを焼肉店へ誘った。今まで、高松から食事に誘ったことはなかったせいか、即答でOKだった。この店は個室タイプであった為、高松は店員を呼び連れが来るのでこの部屋に案内するよう依頼した。

 店員が去ると、藤木は次に知りたい情報を口にした。

「高松はアトリプロモーションのナンバーツーなんだろう」

「いや、まだそこ迄いっちゃいねえよ。現場監督みたいなもんだ」

「でも社長、随分とお前の事を評価しているみたいじゃないか。高松は我が社のエースだって親父に言ってたぜ」

「うちみたいな中くらいの事務所はいろいろ大変なんだよ。あの社長、仕事しねえからな。事務所の戦略、交渉事、営業、企画、みんな社員任せ。古い人に聞くと、事務所作った頃は全部自分でやってたみたいだけどな。そんなの自分の会社なら当たり前だろ。そんな社長の下で、自分で言うのは何だけど、俺も良く頑張ってるよ」

「だから社長も高松を評価してるんじゃないの?」

「まあ、この歳で好き勝手やらしてもらえるだけでも、ラッキーだけどな」

「タレント管理もやってるのか。そういうのはマネージャーの仕事か」

「俺はマネージャーの仕事はやってない」

「相も変わらず、芸能界の薬物汚染のニュース多いけど、そんなの出たら大変だろ。お前んとこ大丈夫か?」

「今んとこな。でも神経使うよ」

「大麻とか、やっている奴の噂は流れて来るのか?」

「まあ同じ業界だからな。あっ、知りたそうな顔してるな。言えねえんだよ。業界秘密情報だからな。特に犯罪防止キャンペーンをやってる議員の秘書なんかに言えるわけねえだろう」

 この所の付き合いで高松の性格が分かって来た藤木は、高松から情報を引き出すのを諦めた。二人は他愛もない雑談をしていたが、三,四十分後にそいつはやって来た。

「どうも遅くなりました」

 二人は立ち上がって黒木を迎えた。個性は感じないが、小柄な優しそうな印象を与える男だった。

「黒ちゃん、突然呼び出してごめん。黒ちゃんの話しをしたら、こいつがどうしても会ってみたいって言うんでね。俺の高校の同級生で藤木。議員秘書をやっていて、将来は国会議員様だって」

「初めまして、藤木です」

「初めまして、高松さんに懇意にしていただいてます黒木です。そんな凄い方とお会いできて光栄です」

「凄い人間だなんてとんでもない。国会議員になれるかどうかなんて、分かりやしませんよ」

 藤木が黒木に言葉を返し、お互いの名刺を交換した。

「黒木さんは、オフィスAIDAっていう芸能事務所の社員でな、俺の業界友達、業友って言う奴よ」

「何でも略せば好いってもんじゃないだろう。俺達は高友か」

 藤木が茶化して三人は座り、ひとしきり藤木、黒木双方のプロフィールの話をした後、藤木がしんみりとした口調で、黒木に話し掛けた。

「今、黒木さんの仕事の話をお伺いしましたが、一人のタレントの為に随分といやな思いをされたそうですね」

「高ちゃん、誰にも言わないでって言ったじゃない」

 黒木が抗議の眼を高松に向けた。

「悪い、黒ちゃん。俺も木村のやったことは、どうにも腹に据えかねていてね。俺ら三人同級生で藤木も木村のこと知ってるもんで、言わずにいられなかったんだ。ごめん」

 藤木は困惑気味の黒木を見て言った。

「黒木さん、俺は話を聞いて良かったと思ってますよ。木村がそんな男とは思ってもいなかった。知らなかったら同級生の木村が駒添翔だって喜んで、応援していたかも知れない。そう思うとぞっとする。木村のやったことは人間失格ですよ。黒木さん、そんな奴のマネージャになったってことは、災害に遭ったみたいなもんと割り切りましょうよ。黒木さんには何の落ち度もない。自分の力では避けることの出来なかったことです。でもその災害は、交通事故に遭うのと、地震災害に遭うのと、どっちに近いと思います。交通事故は加害者と言う憎む対象がいます。地震は憤懣をぶつける対象がない。自然を憎んでも詮ないことですよね。諦めるしかない。俺が思うに、憎む対象がいると言う点では、交通事故に近いと思います。木村と、事実をろくに調べず罵倒し支店に飛ばした社長と幹部連中。人身交通事故は加害者に罰が下りますが、今回の黒木さんに降り掛かった災害では加害者に罰は下りません。被害者の泣き寝入りです。でも会社と言う強い力にあらがえない。諦めるしかない。そうなると地震に近いことになる。地震と違うのは、会社を辞めることだけど、大きなリスクですよね」

 高松が苛々して言った。

「長えんだよ。何が言いたいんだ」

「最後迄聞けって。黒木さん分かりますよね」

 藤木が黒木の眼を見詰めて言った。黒木は怪訝な表情でうなずいた。藤木は話を続けた。

「俺が言いたいのは、避けられぬ災害でも、交通事故には憎むべき加害者にペナルテイが与えられる。それにより被害者は有る程度の納得が得られる。だが木村、社長と幹部連中には何の罰も与えられない。地震のように諦めるしかない。だが地震には自然が相手じゃどうしようもないと言う消極的な納得性がある。会社を辞めたって奴等は痛くも痒くもない。自分の手で奴等に罰を与えたらそれは犯罪になる。我慢するしかない。ここに黒木さんの葛藤と悔しさがあったんでしょう、災害より酷い。だから、さっき割り切れと言ったけど、災害に遭ったと割り切れないですよね。実際に経験していない他人が何言ったって癒されませんよね。奴等と顔を合わしていたら、忘れられる物も忘れられない。世の中、こんなこと沢山あるんでしょうかね。みんな耐えてるんですよ。耐えてるだけでなく、憎い奴等を見返すエネルギーにしているんですよ、きっと。憎しみをパワーにしましょうよ、黒木さん」

「初対面の私の為に、真剣に考えてもらって済みません」

「俺はあなたじゃないから、的外れなことを言っていたら、済みません」

「いえ」

「最初何を言いたいのか分からなかったが、藤木いい事言うよ」

 高松は笑顔で藤木の肩を叩き、黒木のグラスにビールを満たした。



       [二]



 翌日、藤木は議員事務所で、黒木からもらった名刺を手に持ち眺めていた。

 (こいつは天からの贈り物だ)とつぶやき、スマートフォンを取り出すと、決意を込めるように番号の一つずつを声に出しながら数字キーを押し、黒木の携帯電話番号をアドレス帳に登録した。

 藤木はいつもの探偵社に、黒木のプロフィール調査を依頼し、調査結果を確認してから黒木に電話をして、所用でオフィスAIDAの近くに行くことを理由にして食事に誘い了解を得た。

 インターネットで調べた赤坂の高級中華料理店の個室を予約し、店で待ち合わせた。

 早めに着いた藤木は、予約時に注文しておいたコース料理の確認と、連れが着いたらすぐに料理とビール持ってくるよう頼み、部屋で黒木を待った。藤木が待ち合わせに遅れるはずがない。黒木と会う以外に赤坂に用はないのだから。

黒木は時間通りに店に来た。

「いや~黒木さん、お忙しいところ済みません。先日、初対面なのに好き勝手言ってしまって申し訳なくて、お詫びしたいと思っていたんですが、丁度赤坂へ来る用が出来たもんですから。私の我儘に付き合って下さって有り難うございます」

「とんでもありません。お誘いいただいて喜んでいます。それに先日のことはお気になさらず、忘れてください」

「失礼いたします」

 ウエイターが前菜とビールを部屋に運び入れ、テーブルに置き退室した。

「勝手にコース料理を注文しました。お嫌いなものがあれば私がいただきますので」

 藤木はテーブルに置かれたコース料理のお品書きを見せて言った。

「私も好き嫌いはないんで、お気遣いは無用にして下さい」

 二人はビールで乾杯した後、次々と運ばれて来る料理を楽しみ、世間話をしていた。藤木は適度にアルコールも入り、場の雰囲気も打ち解けて来た頃合を見計らい、本題を切り出した。

「黒木さん、今日無理言って会ってもらったのは、お詫びがしたかっただけじゃないんです。先日、木村が卑劣な奴だって知らなかったと言いましたが、実は俺も高校時代に木村から酷い仕打ちを受けていたんです。クラス全員の前で、いじめの張本人の悪党にされて。事実無根なんですよ、木村に乗せられたみんなから責められ、俺はパニックになって、一番声の大きかった奴を鋏で刺してしまった。そのせいで学校を追い出され、親から無理矢理アメリカに留学させられましたよ。彼女とも引き裂かれてね。人を刺した俺は悪いが、その原因を作った木村が許せなかった」

 ここ迄話して、藤木は悔しそうな表情でビールを飲み干し下を向いた。黒木は驚愕の面持ちで、真剣な眼差しを藤木を向けていた。藤木は話を続けた。

「時の経過が痛みを癒すと言いますが、俺もアメリカから日本に帰って来た頃には恨み心も薄れて、木村を思い出すことも少なくなっていたんです。でも先日高松から木村の話を聞かされて、俺と同じように木村に酷い仕打ちを受けた人がいると知って、その時のあなたの心はどうだったのか、怒りと悔しさに心が悲鳴を上げていたんではないかと思った時、記憶に埋まっていたあの時の感情が、怒り、憎悪が生々しく、ありありと甦って来たんです。黒木さんの心の痛みと同じ痛みが。木村をこのままに放っといていいんですか。先日俺は憎しみを憎い奴を見返すパワーにしようと言いましたが、あれは高松がいたから常識的な慰めを言っただけです。我慢する必要はない。それに木村をこのままに放って置いたら、俺達みたいな被害者が、第三、第四の被害者が出るかも知れない。そのままにしたら俺達みたいな人間が増えるだけなんです。俺達みたいな痛い思いをする人を増やしたくないですよね。黒木さん、俺一人では無理だけど、木村を良く知っている黒木さんとなら出来る。一緒に木村を潰しましょう」

 黒木は藤木の言ったことの大きさに、正誤の判断が出来ず、感情の表出に至らず無表情であった。

 気弱な自分は逆らうことも出来ず、理不尽な木村や事務所の仕打ちにも耐えて来た。納得できず悔しかったが、止むを得なかった。仕返しなど思ってもいなかった。それなのに木村を潰そうと言っている。藤木の言うことは分かるが自分の思い、行動とは掛け離れていて現実感がなかった。黒木は言った。

「木村のことはもういいですよ。ここ迄耐えて来たんだから、これからも耐えればいいんです」

 藤木は心の中で舌打ちした。黒木の木村に対する憎悪の深さを見誤っていたのか。いや性格のせいか。状況に流され、愚痴を言ってただ耐えているだけの現状を見ると、困難を打開しようとする前向きな強い意志は感じられない。その気にさせなくてはならないと思い言った。

「黒木さん、何を言っているんです。涙が出る程の悔しい、痛い思いをしたんじゃないですか。もう傷は癒えたんですか? 癒える訳ないですよね。耐えるっていつ迄耐えるんですか。これからも木村が眼の前にちらつくんですよ。その度に痛い思いをするんですよ。口を利かなくてもね。そんなこともう慣れましたか。慣れることなんて出来ませんよね、絶対。今の仕事を続けて行くなら、木村を潰さない限り黒木さんの心の平穏は訪れないんですよ」

「藤木さん、社長に怒鳴られ、支店に飛ばされた時は木村をぶん殴ってやろうとか思いましたよ。そうしないと気が治まらない。実行は出来ませんでしたがね。でも私は執着心が弱いんですかね。時間が経ったら、耐えるのはそんなに辛くなくなったんですよ」

 (この負け犬が)藤木は黒木を抱き込み、利用しようとしていたことも忘れ、ただこの情けない男に腹が立っていた。だがこれがこの男の生きる術だ。何とか気持ちを変えさせることが出来るのか。藤木は感情的になった自分を戒め言った。

「今はいいでしょう。だけど又、木村の担当マネージャーさせられたらどうします」

「そんなこと有り得ないでしょう。支店に飛ばした私なんかを」

「木村は以前の木村ではない。益々人気が出て、タレントの価値も高くなって、事務所での位置もVIP並でしょう。だからマネージャも責任者クラスのベテランが担当してるんじゃないですか」

「まあそうですけど」

「事務所のドル箱のVIPには誰も逆らえない。浅はかな男だから、超傲慢になっているんでしょうね。木村は上の人間に気を遣うって言っても、マネージャーにはどうですかね。その人も大変でしょう。担当代わりたいでしょうね。黒木さんのような、元担当マネージャーで事務所に忠実な社員に眼が行きますよね。俺は芸能界のことはよく分かりませんが、こういうことは何処の社会でも同じじゃないんですか? いつ又、木村の担当マネージャーをやらされるか分からないんですよ。あんな仕打ちをした幹部連中じゃないですか。あなたの気持ちなんか何も考えやしませんよ。自分達の都合でどうにでもなると思ってる。そうなったらどうするんですか。黒木さんは耐えるのが辛くなくなったと思っているから、事務所を辞めようと思わない。でも、もっと酷いことが起きるかも知りませんよ。黒木さん、お子さんもいるんでしょう。家族を巻き込むようなことが起きたらどうします?」

「家族を巻き込むとはどういうことですか」

 不安そうな表情を見せ黒木は言った。

「又、そんな男の担当にさせられたら、想像が付くでしょう。滅茶苦茶やられて、逆らうことも出来ず、事務所を辞めようかと思い悩み、失礼ですが、あなたのような真面目な性格の人はうつ病になってしまうかも知れない。そうなったら家族も心配しますよね。使えなくなった人間はごみ屑のように捨てられてしまうかも知れない。あの事務所ならやりかねない。そんな状態で職を失ったら、家族は苦しみますよね」

「幾ら何でもそこ迄非道い事務所じゃないですよ。社員に優しい所もある」

「優しい事務所が、あなたにあんな非道い仕打ちをしますか」

「そこ迄されたら俺だって黙っていませんよ。闘いますよ」

「そうでしょう。でも闘って何が得られます。事務所に残れて居心地が好いですか。事務所に逆らった社員として白い眼で見られるだけじゃないんですか。日本の会社なんてまだそんなレベルですよ。個人の権利なんて確立されてない」

 黒木は考えるように押し黙った。

「そうなる前に木村を潰すんですよ。降り掛かる火の粉は払わねばならぬって言うでしょう。抹殺するわけじゃない。おとなしくさせるだけですよ」

「どうするんですか」

「木村がVIPである、今の位置に存在することが害悪になるんです。だから今の位置から引きずり下ろす。俺もいろいろ考えました。芸能人の弱点は何か、木村のような人気者の。俺達のような一般人は、芸能人に限らず有名人の表面づらしか知りません。それが好ましかったり、魅力的であったりして支持します。裏の顔が醜悪であったら一般人の支持を失い、人気は地に落ちます。人気が有れば有る程、落差が大きい。これが弱点です。醜悪な裏の顔を暴くんです。真実の姿として。木村の真の顔は傲慢だ、だけでは不十分です。世間が皆非難する犯罪が良い。芸能人の犯罪を調べて見ましたが、薬物関係が多い。薬物犯罪が違和感ない。クスリをやるよう仕向けるんです。そして逮捕させる。覚せい剤はきついので大麻所持くらいがいいですね」

 木村を犯罪者に落とし入れるおぞましい話を淡々と話す藤木に、黒木は言いようのない怖さを感じて言った。

「そこ迄しなければならないんですか。木村の傲慢さを暴くのでは駄目なんですか」

「木村の裏の顔の傲慢さは俺達から見れば醜悪です。俺達が醜悪と思うことは、世間から見ても醜悪でしょう。だけどそれは本人が傲慢さを世間に晒して、人々が実際にそれを見て、木村の傲慢さを知った場合です。木村は軽薄な男ですが、利には聡い。自分から損することはしない。俺達がネットとかいろんな手段を使って暴露しても、世間が信じますか? 文章による告発だけで何も具体的証拠がない。マスコミが騒ぐかも知れないが、逆に俺達が木村を誹謗中傷した輩として断罪されるかも知れない。あるいは名誉毀損で訴えられるかも知れない」

「木村の傲慢な振る舞いを隠し撮りして、ネットか何かで暴露すればいいでしょう」

「本人の承諾もなく個人の行動をネットで流したら、プライバシー侵害になるんじゃないんですか。黒木さん、どうもあなたは木村を犯罪者にするのがいやのようですね。そりゃそうですよね。黒木さんみたいな好い人が、他人を犯罪者するなんてことしたくはないですよね。分かりますよ。でも否応ないんですよ。木村を潰さなければ、あなたが潰される」

 黒木は常々、自分の言動が他人を傷付けていないか過剰に恐れる性格であったが為、自分のせいで木村が罪を犯したら罪悪感に耐えられないと思った。

 木村を潰しても、潰さなくても同じように苦しみがあるのなら、辞めるしかない。

「藤木さん、あなたの洞察力は凄い。確かにあなたの推測通りになるでしょう。でも俺は小心者なんで、人を落とし入れて犯罪者にすることは出来ません。事務所を辞めます。あなたのお蔭で苦しみに家族を巻き込まずに済みました。お礼を言います」

 藤木は、自分の意に添わないことはやらないと、はっきりと結論を出した黒木の、思ってもいなかった意外な芯の強い性格に驚き、黒木と言う人間を見直す思いがした。だがそんなことに感心している場合ではない。

 黒木を抱きこむのに、こんなに梃子摺るとは思ってもいなかった藤木は 焦った。黒木との意識のズレに気付かずに言った。

「黒木さん、最初に言いましたよね。俺が木村に酷い目に遭ったことを。黒木さんも同じように酷い目に遭わされたと知って、愕然としたんです。あいつは、他人の心をずたずたに傷付ける凶悪犯ですよ。法律で裁くことの出来ない犯罪者です。それを法律で裁ける犯罪者にするだけです。人を傷付けたものは罰を受け、償わなくてはならない。木村を落とし入れるのは悪じゃないんですよ。善人を犯罪者にする訳じゃない。人を欺くようなことはしないと言うあなたの思いは分かりますが、欺くことが木村を断罪する手段なんです。正しいことをするんです。あなたの思いに全然反していない。それにさっきも言いましたが、木村がこのままでいたら、これからも間違いなく俺達みたいな被害者が出る。放っといていいんですか。俺達にはそれを防ぐ義務がある。木村をのさばらしておいて、第三の被害者が出たらどうします。後悔しますよ。何もしないのは木村の悪を容認していることになる。傷付けられた人を見て、何も感じませんかね。きっと傷が深ければ深いほど、罪悪感に苛まれるじゃないですか。やりましょうよ、黒木さん」

 黒木は困惑した表情になり、見詰める藤木から眼を逸らし、うつむいた。

 黒木は第三の被害者と言われて、思い当たることがあった。

 自分が支店に飛ばされて、木村を担当したマネージャーが3ヶ月で事務所を辞めたと転勤先で聞いた。辞めた理由は分からなかったが、若手だったから木村の担当は辛抱できなかったんだろうと当時は同情しただけだった。

 今思えば、その時既に第三の被害者がそこにいたのかも知れない。自分が何もしない為に、木村に苦しめられる人を出したくない。苦しむ人を見たら自分が辛い。そう思い至った黒木は、うなずくように二、三度首を縦に振り、藤木に顔を向け言った。説得されたと言う意識もなく。

「木村を潰しましょう。俺も被害者を出したくありません。俺は何をしたらいいんです」

 これでこいつを使える。黒木を使えば必ず木村は大麻所持の犯罪者になる。藤木は笑みが浮かびそうになるのを必死にこらえ、ことさら引き締めた表情で言った。

「黒木さん、分かってくれましたか。俺達は木村の悪を正す同志です。だけどそんな悪党の為に俺達が犯罪者になるような馬鹿はしません。俺もいろいろ考えました。木村の軽薄な性格を利用するんです。俺達が直接大麻を吸わせたり、持たせたりはしない。芸能界にいる黒木さんなら芸能人とか、ミュージシャンとか、大麻をやっている奴の情報を集められますよね。怪しい奴でもいい。分かったらそいつ等の身辺調査をして、真偽を確かめます。大麻をやっていると確認出来た奴等から適切な奴を選び、木村と接触させます」

「大麻をやっている奴が見付からなかったらどうします?」

「それはその時考えましょう」

「もう一つ、どうやって木村と接触させます?」

「これは黒木さんにもう一度汗をかいてもらわなければなりません。黒木さんが木村と大麻をやってる奴との接着剤になるんです。筋書きはこうです。黒木さんが木村とそいつ、Xとしときますか。両方と親しくなり、二人を引き合わせる。木村程の有名俳優ならXも飛び付くでしょう。そして二人が親密になるように仕向ける。親密になったら、Xが木村を大麻に引きずり込むのは、時間の問題でしょう」

「そんなふうに思うように行きますかね。それに今更あの木村とどうやったら親しくなれるんです。俺には無理ですよ」

 黒木は不安そうな表情で上目遣いに言った。

 藤木は、木村を潰そうと言った舌の根も乾かぬうちに、腰が引けている黒木に苛立ちを覚えた。

 無理と言う前になぜ方法を考えようとしないのか。所詮この程度の男だと藤木は思ったが、せっかくその気にさせたのに逃してはならぬ、なんとか抱きこんだ黒木を意のままに操らなければならぬと思い、熟考を重ねたシナリオを変え、ことさら優しい視線を黒木に向け言った。

「大丈夫です。黒木さんなら出来ますよ。いい考えが浮かびました。俺の親父がオーナーで兄が社長をしている会社があります。横浜では名の知られた会社です。黒木さん、唐突で済みませんが、この会社に転職して貰えませんか。親父の秘書がメインなので余り仕事はしていませんが、俺の肩書きはその会社の専務です。会社では企画部を発展的解消をして、従来の企画部門に新たに経営情報収集を強化した経営戦略企画部、社内コンピューターシステム、広告、広報部門を統合した情報企画部を立ち上げたばかりです。情報収集、コンピューター、広告・広報は社内に人材がいないので、外部からヘッドハンティングでエキスパートを採用しました。大麻をやっている奴等の調査は情報収集部門に能力テストの名目でやらせます。まだ広告・広報部門の人材は十分ではありません。この業界に明るい黒木さんにサブチーフをやって貰います。黒木さんに転職してもらうのは部門の強化もありますが、これが木村を動かすポイントになるからです。黒木さんに辛い思いをさせますが、事務所を辞めることを理由にして木村に会い、うまく取り入って木村が黒木さんを友人と思う関係になって下さい。有名芸能人であるプライドを刺激するとか、とにかくよいしょして。俺が懇意にしている国会議員との会食とか、プライドを刺激する方法は考えます。転職の目的は木村を潰すことですが、黒木さんはこれからも業界に関わりを持って、安定した会社で張り合いのある仕事が出来る。俺も同志のあなたを悪いようにはしませんよ」

「妻と相談しないと。今返事は出来ません」

「きつい芸能事務所で働くより家族も喜びますよ。それに木村を潰すのをやめても事務所を辞めなくてはならないんですよね。明日返事を下さい。それとXをどうするか話しておきましょう。今、会社の広告を広告代理店に依頼しています。俺が責任者で全てを任されています。広告代理店へCM出演タレントにXと、他何人かを指定し、イメージ通りかどうか直接会って確かめたいと要求し、代理店にセッティングさせてXと会います。黒木さんに実務責任者として同席してもらいます。後は芸能界に精通している黒木さんの腕の見せ所です。そいつと親しくなって下さい。親しくなって、木村と引き合わせるんです。後はさっき言った通りです。もう木村犯罪被害者発生防止対策会議は終わらせて、さあ飲み直しましょう」

 藤木は黒木のグラスに燗が冷めた紹興酒をなみなみと注いだ。黒木は琥珀色のグラスを見詰めながら、子供の頃見た、蜘蛛の糸に絡め取られている蝶の情景が浮かんだ。俺も絡め取られてしまったのか。だが、木村を潰さない限り自分の心の平安もないと黒木は思った。



       [三]



 黒木は半ば強制的に転職を決意させられた。人として麗しい、繊細で優し過ぎる性格が、皮肉にも藤木に付け込まれる要因となってしまった。

 翌日、黒木は藤木に転職を了承する連絡をして、マネージャーに木村とのアポを取った。薬物汚染の情報収集も、長年培って来た芸能界の人脈をどう利用したら良いか熟考し、答えは親しみのコミュニケーションと結論し行動を始めた。

 木村が事務所に来た日、マネージャーから会議室に来てくれとの連絡が入り、黒木は会議室へ向かった。ドアをノックして部屋に入ると、仏頂面をした木村が座っていた。

 その自分の感情を隠そうともしない表情から、何でこの俺がお前に会わなくちゃならないんだ、と言う不快感がありありと見てとれた。そんな木村は予想通りだと割り切り、黒木は木村の前に立った。

「黒ちゃん……」

 木村が言葉を発するのを制し、頭を下げ言った。

「木村さん、永い間お世話になりました」

 黒木の意外な言葉に木村はいぶかしげに言った。

「どういう意味よ」

「事務所を辞めます。俺が木村さんのマネージャーの時には、いろいろと多くのことを勉強させていただき、人間的にも成長することが出来ました。事務所を辞めるに当たって、木村さんにはどうしてもお礼が言いたくて、忙しいところ申し訳ないと思いましたが時間を空けてもらいました。実は事務所にもまだ辞めるって言っていません。人生の転機をお世話になった木村さんにまず知っていただきたくて」

 黒木は言外に嫌味を込めて言ったつもりであったが、木村の表情は仏頂面から軽い驚きの表情に変わっただけで、意に介している様子はない。

 自分にした仕打ちなど忘れてしまったのか。あるいは罪悪感も感じていなかったのか。あれだけ俺を苦しめた奴が何も感じていない。突き上げる悔しさに握った拳が震えたが、その悔しさが、何としても木村を潰してやると言う強い意志に変換して行った。

「そう、辞めるの。俺のマネージャーやってもらったの短かったから、あんたとのこと良く覚えてないんだけど、俺に世話になったと思っていてくれていたなんて意外だよな。あんたに何もしてないし。でもそんなこと今迄誰にも言われたことないから何か嬉しいよ」

「そう言っていただけると、俺も嬉しいです。大したことは出来ませんが、お礼に木村さんと食事をしたいんですが」

「俺に飯おごらなくてもいいよ。俺がご馳走するから。去る人に送別会するの当たり前でしょ。辞めるのいっとう初めに俺に言ってくれたんだから、送別会ぐらいしなくちゃね。それに黒ちゃん、もう敬語はいいよ。会社を辞めたら社員じゃないから、もう俺のしもべじゃないもんね。そのくらいの常識はあるよ。今マネージャーに空いている日聞くからさ」

 マネージャーに電話している姿を見ながら、社員をしもべと言う相変わらずの傲慢さはあるが、素直に喜びを表現したり、送別会をしようと言う木村に、黒木は今迄知らなかった木村を見た気がした。

「あさっての夜どう。社長と飯食う予定が入っていたんだけどキャンセルさせるよ。社長と飯食っても面白くないもんね」

「何か申し訳ありません。よろしくお願いします」

「場所はマネージャーから連絡させる。それと黒ちゃんが辞めるの誰にも言うなって言っといたから」

 そう言うと木村は会議室から出て行った。 

 黒木は恩着せがましい奴だと思ったが、社長と飯食っても面白くないのは本音だろうとも思った。

 こいつは、ほとんど本心を覆い隠さず生きて行ける数少ない人間の一人かも知れない。うらましくはあるが、逆にその為に大いなる嫌われ者になってしまっている。嫌われるのを厭わないのか、何も気にならないお気楽者なのか。黒木には良く分からなかった。

 二日後、黒木は木村と約束通りに食事をした。

 へつらってでも木村に取り入ってやると強い決意で食事に臨んだが、時折見せる木村のおごった言動への対応以外はへつらうことも多くなく、和気あいあいと時間を過ごした。   

 酒に酔った木村の機嫌はすこぶる良く、プライベート用の携帯電話番号とメールアドレスを黒木に教え再会を約束して別れた。

 木村の俳優としての才能、名前に群がる蝿のような人間は多いが、木村の性格故かほとんどが表面的な関係であり、去り行く者も少なくない。

 木村と深い関係を求め維持しようとする者がいるとすれば、それは木村が自分に何らかの利をもたらす、あるいは商品価値がある存在であると思っているからだ。そんな人間関係だと木村は認識していたが、気にもしていなかった。

 目立たぬ男が運にも助けられ、才能が開花し目立つ男になった。元々心が通じ合う友達もいなかった。自分の人間関係はそんなものだと木村は思っていた。

 そこに黒木が現れた。マネージャーの時は単に使用人くらいにしか思っていなかったが、何も利害がなくなるのに、にこやかに接近して来た黒木に興味を持った。

 他の接近して来る人間の追従とは違い、酒の席でも場を盛り上げようとする必死さがある。損得もないのにそんなことをする人間がいるか。自分に損得抜きで接する人間を知らない。俺を本当に好きなのかと木村は思った。そう思うと楽しくなった。気持ちよく飲めた。  

 人は欲で動いていると思う木村は、ネガティブな欲望があることを忘れていた。その後、木村は黒木を誘い何度か飲んだ。



       [四]



 黒木は精力的に薬物汚染の情報収集を行った。

 薬物汚染芸能人の噂情報をインターネットで調べて信憑性の目星を付け、知り合いの、他芸能事務所社員を食事に誘い、酔いが回って来た頃を見計らって、酒の肴の話題として芸能人薬物汚染の話を始め、多くの情報を引き出した。

 収集した情報を黒木なりに分析し、大麻汚染の可能性が高い芸能人をリストアップして藤木に渡し、木村との関係良化の首尾も話した。

 藤木は会社の情報収集部門に、情報収集能力テストと、会社の広告への薬物汚染等の起用適格度調査の名目で調査を開始させた。

 情報収集部門社員は探偵、企業信用調査等のエキスパート達であった。

プロフェッショナルの面子にかけて、徹底的な身辺調査、尾行、大麻使用現場と疑われる、調査対象者が頻繁に通うクラブでの情報収集など精力的に調査を行った。その結果、二人の大麻使用・所持・譲受けが確認され報告書が藤木に提出された。

 藤木は黒木に報告書を見せ、黒木の意見も聞き、調査対象者のプロフィールから木村への適合度が高かったミュージシャンを選び、あらかじめ決めていたタレント二人にミュージシャンを加えた三人との面接を、広告代理店の担当者に依頼した。数日後、担当者から面接の承諾と日程の連絡が入った。

 黒木は業務引継ぎと情報収集の為、芸能事務所をまだ辞めていなかったが、藤木からのミュージシャンと会う日程連絡と同席指示に対して、時間を空けて同席すると返答した。

 六本木のショットバー。黒と赤のコントラストが豪華さの中に落ち着いた雰囲気を醸し出す店内。ジャズのBGMが耳に心地よい。赤みがかったウッディなバーカウンターで黒木は上倉と飲んでいた。

 上倉はそこそこ売れているバンド ういずよう のヴォーカルだ。ヴィジュアル系バンドのヴォーカルだけあってそれなりのルックスをしている。大麻調査の結果選んだ、木村に大麻病を媒介する蚊の役に藤木達が選んだ男であった。

 黒木は上倉に関する調査報告書のプロフィールから上倉の性格を類推し、バンドに関すること、発表した楽曲全てを覚え、熱烈なファンの装いで藤木と伴に広告代理店がセッティングした面接で上倉と会った。

 準備の甲斐があってか、木村と同類の上倉の軽薄さも手伝って、上倉は黒木に親近感を持ち、今ここで二人は飲んでいる。黒木は上倉の好みそうな話題での会話に注力し、時間が経過するに連れて、気分の良さとアルコールが上倉の黒木への親密度を醸成して行った。

「黒木さん、チケット送るからライブ必ず来てよね」

「黒って呼んでいいよ」

「年上に呼び捨ては良くないから、黒さんだな。俺は名前が俊二だからみんなに 俊って呼ばれてんだ。だから黒さんも俊って呼んでよ」

「わかった。じゃあ俊、バンドのメンバーとクラブなんかに行くの?」

 黒木は核心に踏み込んだ。

「メンバー連中とは行かないね。一人で行ってナンパして遊んで。俺、顔知られちゃってるから芸能人様で待遇いいよ」

「俺、行ったことないんだよね。一度行ってみたかったんだけど、一人で行く度胸もないし。今度連れてってもらっていいかな」

「黒さんなら大歓迎だよ。楽しいよクラブ遊び。そうだ、これから行こうよ。時間も丁度いい」

 黒木は上倉の早過ぎる反応に戸惑ったが、クラブは目的の成否を左右する欠くべからざる重要な舞台だ。酔っている上倉の気が変わらないうちにと、戸惑った表情を隠さずに言った。

「いいけど、この格好で大丈夫かな」

「大丈夫、大丈夫、立派なもんだよ」

 タクシーで移動し、黒木は初めてのクラブ遊びを経験した。

 飲んで、踊って、ナンパして、VIPルームに連れて行って楽しむ。上倉はハイテンションで、黒木も欲しい玩具を与えられた子供のようにはしゃぎ楽しんでいた。黒木はそんな自分に気付き、こんな軽薄な遊びを楽しんでいる自分を嫌悪し、楽しむ為にここに来たのではないと強く自分を戒めた。と同時に、軽薄な木村なら、間違いなくこの快感にはまるとの確信を持った。

 二人はナンパした女の肩を抱きVIPルーム談笑していたが、女達が化粧直しに部屋を出て行った時に、すかさず黒木は上倉に言った。

「俊、駒添翔って知ってるよね」

「俳優の。勿論知ってるよ。誘われて舞台見に行ったことあるよ。演技すごいよな。感動したよ」

「俺のダチでね。今度クラブに誘ってもいいかな。ちょっと気難しいところがあるんだけど、知り合いになっといて損はないと思うよ」

「大歓迎だよ。天才って言われてんだろ。一度会ってみたかったんだ。でもどうして俺なんかと」

「俊ともダチになってもらいたくてね。違ったジャンルのアーティストとダチになるのも悪くないよ」

「黒さんも俺のダチだもんな」

 黒木は木村と飲む約束をしてあった日の予定を聞いた。

「来週の水曜、二十七日どうかな」

「OK、来週は東京にいるから大丈夫だ。今日来たぐらいの時間にナンパしないでこの部屋で待ってるよ」

「よろしくね」

 女達が部屋へ戻って来た。時間は深夜三時を回っていた。黒木は明日も仕事があると告げ、タクシーを呼びクラブを出た。朝迄飲むのか、女と何処かへ消えるのか、これから上倉がどうするのか黒木にはどうでも良かった。今日の満足な成果に口元をゆるめタクシーに乗った。

 約束の日の深夜、黒木は木村とタクシーでクラブに向かっていた。

夜8時頃から黒木が予約してあった銀座の寿司屋で、板長おまかせの刺身を肴に、希少価値のある酒を木村に飲ませた。軍資金は藤木から出る。

 酒談義に花を咲かせ、木村は今日も上機嫌であった。

 黒木はクラブの楽しさを身振り手振りで面白おかしく話し、これからクラブへ乗り込もうと木村を誘った。

 芸能人意識の強い木村はクラブに何度か行ったことはあったが、接待されたようなもので楽しいと思ったことは一度もなかった。だが木村に異存はなかった。なぜなら木村は、黒木なら何処へ行っても自分をしませてくれると思っていた。自分が好きだからと。

 クラブに着き、店員に案内させVIPルームに行く途中、黒木は音楽の喧騒に負けぬよう木村の耳元へ口を近付け言った。

「実は部屋で俺の友達が待ってるんだ。クラブの面白さを教えてくれた奴で、りゅうちゃんも楽しませてくれると思うんだ」

 黒木は見ず知らずの人間の同席が木村の意に沿わず、拒絶されることを避ける為に事前に上倉のことを話さなかった。

「あっそう」

 木村は楽しければ好いと意に介さなかった。

ノックして中に入った。約束通り一人で飲みながら待っていた上倉は立ち上がり、満面の笑みで二人を迎えた。

「遅くなってごめん」

 黒木が上倉に言った。

「そんなに待ってないよ」

 木村は無表情で単純な質問をした。

「この人が黒ちゃんの友達?」

「そう、上倉さん。ういずよう のボーカル。ミュージシャンだよ」

 上倉が木村に近付き、木村の顔を見ながら軽く頭を下げ会釈をした。

「駒添さんと会いたいと思ってたんだよ。よろしく。前に一度駒添さんの舞台見に行ったことがあるんだけど、表現力がすごい。さすが天才感動したよ」

 初対面でため口、同等の有名人に対するような上倉の言いように、黒木は舌打ちをした。これが上倉の素直な感情表現なのだろうが、これ程浅はかとは思っていなかった。

 咄嗟に木村の表情を窺った。強張った表情で上倉を見詰めている。ここで木村が不快感をあらわにしたら全て台なしになると思った黒木は、フォローしようとしたが、木村が口を開くのに遅れた。

「俺も会いたかったって言いたいんだけど、俺あんたのこと知らないんだよね。あんたのバンド有名なの。本当に芸能人。芸能人、一般人どっちでもいいけど、あんた一回見ただけで俺の芝居わかるの。そんな人に俺のパフォーマンス評価されたくないんだよね」

 上倉は一瞬、木村の言った言葉が理解できなかった。最高の褒め言葉で木村を賛美したつもりであったのに、返って来た言葉は最低な侮蔑。上倉は恥辱に耐える術も知らず、形相を一変させ、木村を睨んだ。

 黒木は想定外の事態に困惑したが、ここで絶対二人を反目させてはならないと後手に回ってしまったフォローに必死になり、上倉が怒りに任せ木村に何か言おうとするのを遮り、木村に言った。

「りゅうちゃん、ういずようって人気ある有名バンドなんだよ。俊も人気あってね。俊って上倉さんの愛称でね、俺も俊って呼んでんだけど、このクラブでも芸能人特別待遇されてんだよ。そのお陰で俺も楽しめたんだけどね。りゅうちゃんは日本のミュージシャンの曲聞かないから俊のこと知らないんだよね」

 木村は ういずよう も俊も知っていた。メジャーデビューした一曲目はヒットしたが以後ヒットは余りない、マイナーなバンドだと思っていた。

 木村の論理からすれば正当な芸能人の部類に属さない。えせ芸能人だ。それが自分と同等の芸能人であるかのような態度で接して来た。だから芸能人としては知らないと言った。芸能人と言う言葉を省略して。ここに木村が傲慢と思われる所以の一つがある。

 木村の思いを知らない黒木のフォローは的外れだった。

「あっそう、俊って人気芸能人なの。俺、レコード屋に行ったこともないし、聞きたい曲はダウンロードだし。あっ、そう言えば前に何かの雑誌で顔見たよ。思い出した。車のFMでデビュー曲流れてた。ごめん、俺知ってたわ。でも今、曲売れてるの? 顔知られて有名なら芸能人だって思っちゃう奴が多いんだよね。芸能人って気高いんだよ」

 上倉は眼をかっと見開き、射るような視線で睨み、両手で木村の胸倉つかんで怒声でまくし立てた。

「この野郎、好き勝手言いやがって。てめーは気高い芸能人か。駒添、てめー見たいな偉そうな芸能人になりたくもねえよ。言っておくがな、俺はミュージシャンだ。馬鹿見たいに人が書いた台詞を言ってるだけのてめーと違って、クリエーティブなアーティストなんだよ」

 二人は睨み合い、険悪な空気が一触即発の緊張を孕み場に満ちた。

「やめろ」

 黒木はあわてて二人の間に入り、胸倉をつかんでいる上倉の手を強引に引き離し、上倉をソファ迄押し込み、木村から遠ざけ座らせた。 

「二人とも初対面で、何いがみ合ってるんだ」

「こいつ、俺を知ってるのに、知らないって言って恥かかせやがって。曲売れてないバンドは芸能人じゃないって馬鹿にしやがって。我慢できないんだよ、黒さん」

「落ち着こうよ、俊。りゅうちゃんは誰にでもこんな感じなんだ。悪気はないんだ。事務所の社長にだって言いたいこと言うんだ。俊だからってことじゃない。相手が誰だって関係ないんだよ。それに自分より下と思った奴は無視なんだ。俊は認められてんだよ」

「ふざけんじゃないよ。こいつが好きにやるのは勝手だけど、そのせいで不愉快な思いさせられたんじゃたまったもんじゃない」

 認められていると言われたさりげない阿諛に、上倉は頭に上った血も下がり、険しい表情は幾分かやわらいで来ていた。

 木村は部屋から去るでもなく、睨み合った厳しい表情も消え、口元に微かな笑みを浮かべ二人のやり取りを見ながら、部屋の入口にたたずんでいた。

 上倉に胸倉をつかまれ罵声を浴びせられた時は、込み上げる憤怒と暴力への恐怖感を覚えた木村だったが、黒木に上倉が引き離された刹那、新たな思念が生まれ、情動的感情は去り木村は上倉に興味をそそられていた。

 これまで、俳優として名が売れてから、木村の言動に対して感情的、攻撃的反応をした人間はいなかった。反応があってもそれは、あからさまにいやな顔をしたり、嫌味を言う程度で、そんな態度を示す人間は確実に木村から遠ざかって行った。

 多くの、木村に何らかの価値を見出している人間は、憤懣を密かに胸の奥に仕舞い込み平静を装った。であったから上倉の行動は木村に取って、大いなる驚きであった。

 自分に利害を持たないからか。利害がないからと言って、いきなり初対面の人間の胸倉をつかむ暴挙に及ぶか。考えもなく感情に走ってしまう単純馬鹿なのか。少なくとも深く考える男ではない。

 いずれにしても、自分の周りを取り巻くうさん臭い人間共と違い、気持ちを隠さずストレートに自分を出す男だと木村は思った。

 そんな単純な上倉を好ましく思った。木村は自分の発した言葉が、上倉の怒りを沸騰させるのに十分なののしりであったことに考えが及ばない。又、今まで余り接点がなかったミュージシャンであることも忘れていた。

「上ちゃん、俊って呼んでいいかな。俺、何か悪いこと言っちゃったのかな。そうだったら謝るよ。ごめん。俺感じたことをストレートに口に出しちゃうんだよ。いつもこんなんだから人に嫌われちゃうんだよね。だけどそんなとこ俊と似てない。自分より上の奴にはうじうじしてなにも言えなくて、そういう奴等ばっかりだよね。俊はバンバン言いたいこと言うんじゃないの」

 一変した木村の態度に二人は戸惑った。黒木はとりあえず安堵し、上倉は好意的な眼で見詰められ、素直に謝罪され、尚且つ自分と似ていると言われどぎまぎしたが、何とか平静を装い

「あ、そうでもないです。俺も言いたいこと言っちゃって済みません」

 と答えるのが精一杯だった。元々駒添翔のファンだった上倉の感情が好転するのに時間は必要なかった。木村の傲慢と上倉の浅薄とが交錯することにより、その交じり合いによりお互いの心に触れたとの錯覚が、親密な意識を生じさせた。

 木村は上倉の横に座り、三人は飲んで、踊って、ナンパして、VIPルームに連れて行って楽しむ、いつものクラブ遊びを満喫した。特に木村は、ナンパした女達に憧れと悦びをない交ぜにしたような潤んだ眼で見詰められることに、芸能人意識が十分に満足させられた。

 黒木も満足した。これで木村と上倉は連んで頻繁にクラブ遊びをするだろう。後は時間の問題だと思った。

 


       [五]



 黒木は芸能事務所を辞め、正式に藤木の会社の社員になっていた。

だが会社の仕事は与えられず、木村への対応が仕事であり、行動は自由で出社の必要もなかった。

ただ、経緯は逐一報告しろと藤木より指示されており、この日の状況も電話で報告し、藤木の満足そうな声を聞いた。

 二週間後、黒木は藤木への報告の為、横浜の関内にある議員事務所そばの喫茶店にいた。

 テーブル、壁、天井、焦げ茶色に色づけされた古い木造で、木の温もりと多く置かれた観葉植物が心を癒し、絶え間なく流れるLPレコードのクラシック音楽と相まって、昭和の名曲喫茶の趣を残す落ち着ける喫茶店であった。

 藤木はここを議員秘書の密談場所として使っていた。疲れた時にリラックス出来る場所でもあった。クラシック音楽を聴きに来る客も多い為、単なるBGMでなく、音量もそれなりに大きく、話し声が他のテーブルに漏れることはない。

 遅れて来た藤木は黒木を見付け、前に座って言った。

「待たして済まない」

「この喫茶店いいですね。久し振りにクラシック聞いてくつろげましたよ」

「そうだろう。君もそう感じたか。俺にとっても癒しの場所なんだよ」

 会社を移った頃から、藤木の黒木に対する話し方は部下に対する上司の口調に変わっていた。これは当たり前のことなのだが、俺達は悪を正す同志だ、とまで言った藤木の変化に黒木は違和感を覚えた。少なくとも木村に対しては同列の仲間ではないのか。立場が変われば言葉が変わる。言葉が変わると言うことは。その時から、黒木の心に藤木の誠への疑念が生じていた。

 ウエイトレスにコーヒーを注文してから藤木が本題に入った。

「木村と上倉の関係良くやってくれた。あれから二週間経ってるが、会って報告出来るような進展はあったのか?」

 言葉に進展の遅さをなじるような刺々しさがあった。黒木は意に介さずバッグからノートパソコンを取り出して、映像を再生して藤木に見せた。

「これはクラブのVIPルームで隠し撮りした映像です」

木村と上倉が紙巻タバコ状の大麻を吸って、木村が乾燥大麻をポケットに入れた映像が映し出されていた。

 藤木は映像を凝視しながら、ひとり言のようにポツリと言った。

「これであいつは偽善者になった」

 黒木は言っている意味が分からず聞き直した。

「何ですか、偽善者って」

「何でもない。やったな。とうとうやったな。良くやってくれた。これで木村は大麻所持の犯罪者だ。俺達の目的が叶った。善人面した仮面を剥がしてやる。自分がしたことを悔やませてやる」

 藤木は、話しながら感情が高ぶって行く自分を抑制出来なかった。言葉の途中から黒木を見ている眼の焦点はぼけ、黒木の顔は藤木の網膜には映っていなかった。黒木はいぶかしげに藤木を見ている。藤木はそんな自分に気付き、取り繕うように作り笑いをして言った。

「もう木村の被害者は出ない。良かった。ところでこの現場に君はいなかったんだろうな。君も同類にされたらまずい」

「俺はここにはいません。隠しカメラをセットして撮りました。大麻をやったことを俺が知ってると、二人は思っていません」

「そうか。でもよくこんなバッチリなのが撮れたな」

「苦労しましたけどね。怪しい雰囲気があったんで、早めにクラブへ行って超小型ビデオカメラをセットして、携帯を二つ持って、自分の携帯を鳴らし、急用を装って抜け出し、頃合を見計って上倉に電話して戻り、カメラを回収しました。映像を見てビックリでした。ラッキーでしたけどね」

「君にも上倉から大麻の誘いがなかったのか?」

「芸能事務所にいた頃、タレントがクスリをやらないよう苦労したって何度も言いましたからね。俺にはクスリの話はしませんよ。映像を記録したSDカード、匿名で警察に送っておきます」

 藤木の目的は木村の薬物犯罪を同窓会で暴き、奴等の面前で理不尽を正すことだ。今リークされて、同窓会の前に木村が逮捕されてはまずいと思った藤木は、暴露するのに必要不可欠でもあるSDカードを黒木から取り上げようとした。

「SDカードを俺に渡せ。俺がリークする」

「自分の手を汚すことはないでしょう。汚れ役は俺がやりますよ。今日にも送っておきます」

「待て。匿名で送って取り上げられない可能性もあるな。俺が確実な方法を考え実行する。とにかくSDカードを俺に渡せ」

「どっかの新聞社にも送っておきますよ。新聞社も裏を取る必要があり、警察へ話が行くでしょう。そうすれば警察は間違いなく動きます」

「これ以上君に面倒掛けるのは申し訳なくてな。こうまで上手く行ったのは君が働いてくれたお陰だ。君にばっかりいやな思いをさせて苦労を掛けた。済まない。後は俺がやる。ゆっくり休んでくれ」

 黒木は何かおかしいと思った。急に取って付けたようなねぎらいまで言って、何で藤木自身でリークすることにこだわるのか。自分を外したいのか。何で外したいのか。何かある。何としても自分がSDカードを送ることにしなければと思った黒木は、厳しい表情で語気を強め言った。

「そんなに自分でしたいんですか。俺は用済みですか。冗談じゃない。あなたの言っていた木村犯罪被害者発生防止対策を完結させるのは対策実行者の俺です。俺に完結させる権利があります。頭で考えただけのあなたじゃない。俺が送って完結させます」

 素直に言うことを聞くと思っていた藤木は、一変した黒木の強硬な態度にたじろいだ。

SDカードを取り上げられない。正直に同窓会で暴露するからSDカードを渡せと言ったら、黒木を説き伏せた木村を潰す大義が崩れ、自分の遺恨を晴らす為だけに黒木を利用したことに気付かれてしまう。

追い詰められ、藤木は必死で考えた。そして無意識に言葉遣いが変わった。

「そう熱くならないでよ。用済みなんてとんでもない。SDカードを送るなんて誰がしたっていい。ただ、優しい性格の君がリークするのはいい気持ちしないだろうと思ってさ。黒木君が思いも掛けないこんな凄い証拠を取って来てくれて、舞い上がってうっかり忘れていたけど、君の気迫が思い出させてくれた。最近気付いていたことがあってさ。木村は逮捕されて有名芸能人として社会的制裁を受け、大きなダメージを与えられるけど、これで完全に木村を潰せるかなってね。過去を調べてみると、クスリをやっても芸能人は復帰し易い。あの木村が反省して性格が良くなるはずないよね。こんなんじゃ、復帰したら元の木阿弥だよ。完結しないんだ。俺の思慮不足だった。それで今考えたんだけど、もう一つ罰を与えてやろうってね。リークする前に、公衆の面前で犯罪を暴露して、罵倒して、木村から今迄酷い目に遭わされた人達の気持ちを骨身に染みて分からせてやる。自分がどんな酷いことをしてきたか反省させるんだよ。そして、もうしませんと誓わせるんだ」

「確かに、大麻やって復帰している人いますね。なる程。それで公衆の面前ってどこするんですか。木村出て来ませんよ。私に連れて来させるのですか?」

「その通り。まず何処でやるかが問題で、木村が思う通りになるかだよね。開き直って否定するかも知れない。公衆を誰にするか。昔の木村を知っている奴等が良い」

 藤木はしばし考えるふりをした。

「そうだ、丁度うまい具合にそんな会合があるんだよ。高校の同窓会があるんだ。自分を良く知ってる、高校の時のクラスメートには少しは素直になるだろう。これは同窓会に出れる俺しか出来ない。俺に任せてくれ」

 黒木は話が出来過ぎているような感じがした。前から考えていたのではないか。

「俺も同窓会に出れませんかね。反省するか見極めたい」

「同窓生でもない君は出れないだろう。強引に出ても、君がその場にいれば木村をはめたことをばらすことになる。木村は俺以上に君を恨むだろう。頭に来て暴力を振るうかも知れない。君も大麻をやったって言うかも知れない。君をそんな危うい立場に置くわけにはいかない。分かるだろう?」

「あんな映像を撮れるのは俺しかいない。どの道疑われますよ」

「直接会ってばらすよりいいだろう」

 藤木の具体的やり方を知った黒木は、SDカードを渡すことにした。条件を付けて。

「分かりました。藤木さんにお任せします。だけど実際の成り行きが知りたい。ことが始まる前に俺の携帯に電話をして、切らずにやり取りを聞かせて下さい」

「分かった。そうしよう」

 藤木は了解せざるを得なかった。黒木の譲歩を逃したくなかった。

藤木は気が付いた。木村が黒木にしたことをいじめにしたら、より強い偽善者の証明になる。

「木村が君にしたことをマネージャーの証言としてレコーダーに録音しよう。木村に反省させる武器になる。君は正しいと言う木村へのメッセージにもなる」

「いいでしょう。録っておきます。それと、SDカードだと小さいのでなくす心配があるので、このノートパソコンに映像もセットして同窓会の前にお貸しします」

「決行の日まで覚られないようにうまく付き合っておいてくれ」

「うまくやりますよ」

 二人は次に会う日を決め喫茶店を出て別れた。

 平日の午後、大通りを外れた路を行き交う人の姿は多くない。今年の冬は寒い。皆、寒さに耐えるように肩をすぼめ歩いてる。藤木は寒さを感じていなかった。高級なカシミヤのコートを着ているからではない。目的に一歩近付いた高揚が体感を鈍くしていた。藤木は議員事務所に帰る道すがら思った。後は早く新井を偽善者にすることだと。






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