怨念のよみがえり
藤木はアメリカから帰国後、国会議員を目指すことを決め、県会議長の父親の秘書をしていた。
父親が政策活動の一環として、犯罪防止キャンペーンを実施するに当たり、県・警察との検討の結果、イメージキャンぺーンガールをタレントの石田あかねに決め、秘書である藤木が石田あかねの所属事務所にアポを取り、担当者の来訪を依頼した。
芸能プロダクション、アトリプロモーションでは、藤木県会議長が中央政界とも深い関係を持つことから、政界に食い込むチャンスと捉え、経営戦略企画担当チーフである高松が藤木議員事務所を訪問した。
そこで藤木と高松は十数年来の再会をする。
二人は再会に驚き、偶然の悪戯か運命の皮肉かと思ったが、懐かしさに満ちた笑顔の再会ではなく、二人にとって封印したい過去の忌わしき記憶を否応もなく甦らせる、陰湿な再会であった。
他の担当者が同席している中、二人は感情の表出を抑え、仕事と割り切り、契約、費用などの調整を終えた。
高松側の要望により、藤木議長、アトリプロモーション社長を同席させ、会食を兼ね契約の最終会合を横浜の高級ホテルで実施する事を決め、打ち合わせを終了した。
藤木は過去 の恨みは別にして、高松が芸能関係の仕事をしているのが意外で、現在の高松が過去と比較してどう変わったのか興味を覚えた。そこで打ち合わせ終了後高松を食事に誘った。高松は事件に対する感覚の鮮度はかなり落ちており又、藤木の今の状況も知りたいと思い承諾した。
高校時代、二人はお互いを悪く思ってはいなかった。
藤木は高松の日頃の分かりやすいワルぶりを好ましく思い、本質的には誠実な高松が好きだった。事件の時、成り行きで言い合いはしたが、それは日頃の高松の習性のままであると感じ、他の偽善に満ちた連中に対する程の憎悪感は持っていなかった。
二人は横浜で飲み語り合ったが、現況と仕事に対する思いの話が中心で、事件の事は語られなかった。久し振りの会食で、過去のわだかまりが払拭された訳ではないが、二人は旧友レベルの親密感を持った。
キャンペーンは終わったが、プロダクッション社長は、ゴルフ、酒席など頻繁にセッティングし、藤木議員との親交を深める事に力を注いだ。藤木議員を介して政界要人からの知遇を得る為であったが、これは政界要人に知人を多く持ち、又彼等から認められると言う、社長個人が自己の高いステータスを求める自尊の欲求によるものであり、経営上の果実を求める一面もあるが、多くは、いわば自分は凄い人間だと他人に認めさせたい、幼稚な欲求であった。この折衝窓口は必然的に高松と藤木になった。
公的権力保持者の接待であるから、双方に禍根を残さぬよう、費用は折半とし、それでは接待にならない為、例えば、一般人が憧れるステータスの高いゴルフ場とか、一年予約がいっぱいで宿泊が難しい温泉とか、藤木側が垂涎するような、付加価値、質で誘った。
このような環境的側面が、二人の交友が継続的になった起因であり、交友は続いた。
藤木が酒井から同窓会実施の話を聞いたのは、そんな時だった。
酒井は寂しがり屋の性格からか人付き合いにまめで、藤木と事件当時連んでいたこともあり、藤木がアメリカに行ってもアメリカに遊びに行ったりした、藤木にとって事件のあったクラスで唯一交流を続けていた友人であった。
新井が作成した同窓会の名簿と、〔名前は記しません。誰だか分かるかな。会場で逢いましょう〕と書かれて送られてきた数人の笑顔の写真を見た瞬間に、十二年前の映像が生々しく脳裏に甦り、湧き上がる怒りの感情の噴出に藤木は戸惑った。
同窓会に使う写真を笑顔で撮るのは当たり前だと理性で分かっても、俺にあんな思いをさせた奴らが、こんな嬉しそうな顔をしている、許せないと思う感情の噴出は抑えようがなかった。
自分に案内が来る訳がないし出たくもないと言って、酒井に気取られないよう、すぐに酒井と別れた。
事件の事は忘れられなくとも、十二年の時の経過が屈辱と怒りの感情の濃度を希薄なものにした。心がのたうち回る程の思いをしたのに、自分でも執念のなさに情けないとも思っていた。だから高松と再会した時の気持ちに違和感は感じていなかった。
だがこの腹の底から突き上げてくるような怒りは何なのか。眠っていた魔物が覚醒したように、荒々しく甦った感情の奔流にあらがう術はなかった。
奴等の、理不尽な偽善者どもの仮面を引っ剥がす為には、感情に任せていては何も出来ない。
藤木は思いを文章にしたため、声に出して読み、屈辱、無念、怒りの感情を執念のエネルギーに変換し、知力、人脈、財力、自分の持てる力の全てを搾り出し、奴等の仮面を暴き理不尽を正してやると心に誓った。
そしてその実行日を三ヶ月後の同窓会当日と決め、実行への綿密なシナリオを作成した。
深夜、自分の部屋に籠もり、一心不乱に思索する藤木は、自身も経験したことがないであろう、集中の極に達し、頭脳は唯一つの目的〈理不尽を正す〉為の思考だけに機能していた。
負の感情による陰湿な目的による集中でなければ誰にも誇れる姿なのだが、普通の人間がこのような域に達せられるのは、激烈な感情の振幅が生み出すエネルギーのみが可能にするのかも知れない。
〈理不尽を正す〉べきターゲットの醜聞を探り出す。その醜聞が真実である確証を掴み、事実を同窓会の場で暴く。そんなことをした人間が正義面して俺を裁いた。偽善者の証明が藤木が考えた〈理不尽を正す〉ことだった。
藤木は自分の正当性を保つ為、実行は〈理不尽を正す〉行為だと思い込もうとしているが、実質は、自分が奴等に受けた仕打ちへの復讐的行為であり、シナリオも謀略そのものだった。
何も醜聞がなかったらどうするか。事実を作る。落とし入れる。
藤木はターゲットを憎しみが強い奴、新井慎二、遠藤美咲、木村隆司の三人に決めた。
傍観者の体で、目の前いる藤井のことを他人事のようにけなした上田、谷、久保田や他の奴等は除外した。多すぎると散漫になる。
適切な探偵社を探し、高額な報酬を払い、ターゲットの徹底した身辺調査をした。
人は様々な欲望に支配されて生きている。その欲望を充足させようとした結果として、大小取り混ぜて、何かしら他人に知られたくない事実があると藤木は考えていた。
調査の結果は期待を裏切った。新井、木村に醜聞らしき物は何も出なかった。だが遠藤美咲はきな臭い感触があり、確証が掴めないので継続調査にしたいとの要請があった。
藤木は考えた。事実を作るしかない。芸人の新井、俳優である木村、芸能界の高松を利用出来る。藤木は二人への策謀を同時進行させた。