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贖罪

 会場はざわついてまとまりがなくなっている。

 新井がお開きの宣言をしようとマイクに向かおうとして、見知らぬ男が藤木のパソコンの側に立っているのを見た。

「あんた、誰?」

「藤木さん、もう終わりですか」

 藤木は振り向いて、我が眼を疑った。

「黒木、何でここが分かった」

「済みません。藤木さんの後を付いて来ました」

「部外者の君が入って来られる場所じゃないんだ」

「入って来るつもりはありませんでしたけどね。私達の課題が果たされないのに同窓会が終わりそうになったんで、実行してもらおうと思って入って来ました」

「何で終わりそうになるって分かったんだ」

「今一、藤木さんが信用出来なくて、パソコンに盗聴器を仕掛けておいたんです。案の定、自分の気分で俺のことを忘れましたね」

「盗聴器かよ。黒木君、忘れた訳じゃない。そのことで相談しようと思っていたんだ。二人で話そう」

 新井と新藤は何が起きたか分からず、黒木と藤木へ交互に視線を向けた。他の者達も黒木に気付き、不審の眼を向けていた。

 高松が強引に二人の会話に割って入った。

「話中に悪い。黒ちゃんだよな」

「高松さん、ご無沙汰しています」

「黒ちゃん、あれから藤木と付き合ってたの?」

「今は事務所やめて、藤木さんの会社の社員です」

「そうなの。で、よく分からないんだけど、何で君がここに来てるの。私達の課題って何?」

「私達の共通の恨みです」

「君の恨み? まさか木村か? 君は木村を恨んでいたよね。でも藤木も木村を恨んでいるとは思えないけど、藤木も木村を恨んでいたってこと?」

「さすが、高松さん。察しがいい。今日、木村さんの話もあったんですよ。それを藤木さんが俺との約束を破ってやめちゃったみたいで。それってずるいですよね」

 藤木は突然の黒木の出現に動揺していた。

「ちょっと待ってよ。黒木君、そのことは俺達の問題だから、これからどっかで相談しよう」

「そうは行きません。藤木さんがやらないなら、俺がやります」

「ちょっと待て」

 藤木が動くより早く、黒木は映像をスクリーンに映し出した。

 

 木村と、皆の知らない男がソファに座り、男がテーブルに置かれた物で何かやっていた。

「葉っぱをこの紙巻き機で巻いてね、ほら出来た。あわてずゆっくり吸ってみて」

 木村がくわえた紙巻に男が火を付け、ゆっくり吸った。

「すぐにはどうってことないけど、アーティストには最高だよ」

 男は自分の分も作り、吸いながら言った。

「これ全部、りゅうさんに上げるから、気に入ったら使って」

 少量の刻みタバコのような物と、男が言っていた紙巻き機、巻き紙を小さな袋に入れ木村に渡した。木村はポケットに入れた。


 ここで映像は終わった。

「みなさん、私は藤木さんの部下です。同窓会に無関係の私がしゃしゃり出て来て申し訳ありません。これは私が隠し撮りしました。この場でみなさんに見せて、木村の犯罪を暴露することになっていました。私は酷い仕打ちを受け、木村を憎んでいて、藤木さんも同じです。それなのに藤木さんはやめてしまった。だから私が暴露しました。思い上がった芸能人の大麻所持です。犯罪です」

 皆は、まだ出し物があったのかと興味を持つ反面、部外者まで絡んで来た展開に、同窓会がまともに終わりそうもないような、いやな予感を持った。

 藤木は、黒木が暴露してしまった今、何らかのアクションを起こさなければならなくなった。

 犯罪が暴露されても驚いた様子もなく、顔色も変えず薄笑いすら浮かべている木村を見て、度外れて軽薄なのか、精神的にタフなのか、藤木は判断に苦しんだ。

「俺の遺恨から、みんなの同窓会を滅茶苦茶にしてしまったかも知れなかったのに、みんなは俺みたいな男を受け入れてくれた。木村もその一人だ。だからこの場では木村のことは何も言わないで、後で友達として木村に忠告しようと思った。それじゃ黒ちゃんも納得出来ないよな。木村、黒ちゃんがここまで思い詰められるまでの酷い仕打ちをしたのを覚えていないだろう。このままでは黒ちゃんが警察にリークしちゃうから、まず黒ちゃんに謝ってくれ」

 木村は藤木の話を聞きたくもないように、あらぬ方向を見て藤木を無視した。

「木村、穏かに話してやってるんだ。こっちを見ろ」

 黒木が苛立つように言った。

「藤木さん。あなたの気持ちの変化は私には関係ありません。私が警察にリークしようとしたら、芸能人はクスリをやってもすぐに復帰しちゃうから同窓会で罵倒して、自分が他人にした仕打ちを反省させて、性根を叩き直さなければ駄目だって言いましたよね。違いますか」

「……」

「それが、穏かにですって。話が違うでしょう」

 それまで黙って藤木を無視していた木村が、口を開いた。

「黒ちゃん、その辺でいいよ。藤木ちゃん、急に優しくなっちゃって、俺を責めるのやめちゃうんだもん焦ったよ。せっかく苦労して作った、大麻を初めてやる俺の名演技が無駄になると思ったよ。黒ちゃんがうまくやってくれた」

 藤木は、木村の言う意味がすぐには理解できなかった。

 高松は納得した顔をした。 

 仕事柄、芸能人の薬物汚染に詳しい高松は映像に違和感を持っていた。

 映像が短すぎる。初めて大麻を吸ったのなら、吸った気分とか感想を言い合うだろう。大麻を吸った、大麻をポケットに入れて所持した。意図的にこの二つの事実を撮影しようとしたのではないか。張本人の木村は騒がず、ニヤニヤして黒木を見ていた。何か作為を感じた。

 黒木は大麻をやったとは言わず、所持と言った。大麻取締法は吸引だけでは立証が困難で、所持が必要だと聞いたことがある。黒木も所属タレントの薬物汚染には神経を使っただろう。だから、そのことを知っていて、所持の場面まで作ってしまったのではないか。だが何故わざわざこんな映像を作ったのか。高松にはそこまでは推測出来ないでいた。

 高松が藤木に言った。 

「あれはやらせだってことだ」

「そんなことないだろう。木村、開き直って自分の犯罪をごまかすつもりか」

「あ~あ、信じてくれないの? 藤木ちゃんがこの映像をみんなに見せて、俺を犯罪者ってめちゃくちゃ責めて、そこで黒ちゃんが登場してメーキングを見せたら、藤木ちゃんの立場ないよね、格好悪いよね。それで、一発逆転って予定だったんだけど、あんたのお陰でストーリーが狂っちゃたよ。あっ、そうだ。黒ちゃんはあんたの後を付けたり、盗聴したり、あんたみたいな汚いことしていないから。俺が携帯で呼んでおいたの。部屋に入ってもらうのがちょっと早かったけどね。黒ちゃんの名誉の為に言っておかないとね。黒ちゃん、見せてあげて」

 黒木は映像をスクリーンに映し出した。

 

 皆の知らない男が、刻みタバコの銘柄を見せ、箱から刻んだタバコを取り出し紙の上に置いた。

「これと、紙巻機と巻紙と袋。これで準備OKだ。ジョイントって言うんだっけ。黒ちゃん、やり方よく調べたね。俺に聞いたけど、俺本当にやってないから知らないんだよ」

「ネットで調べれば一発だよ。それと余計なこと言わなくていい」

「俺、演技ってやったことないんだよね。緊張しちゃうな」

 木村がしゃべる。

「俊、カメラ意識しないで、自然にやればいいんだよ」

 黒木がしゃべる。

「これ、隠し撮りなんだから、演技なんかしないでよ。わざとらしいとばれちゃうよ。俺の言った通りやってよね。さあ始めるよ。二人とも座って」

 男と木村がソファに座った。

「さあ、行くよ。ゴー」

 後は、黒木が初めに映した映像だった。

 最後に木村の嫌味な映像で終わった。

「藤木ちゃん、見た? あんたも大したことないね。簡単に引っ掛かっちゃって」


 藤木は考えもしなかった事実を突き付けられて頭が混乱した。木村をあんなに憎んでいた黒木が自分を裏切るとはとても信じられない。黒木に何があった。

「黒木、木村とぐるになって俺を騙したのか。何で俺を裏切った」

 木村が答えた。

「ぐるなんて人聞きが悪い。藤木ちゃんの悪だくみを暴く同志だよ。藤木ちゃんも黒ちゃんに言ったんだって? 木村をやっつける同志だって。黒ちゃんには俺の方が正義だったんだね、きっと。だって、俺は黒ちゃんを大事な友達と思っているけど、あんたに取って黒ちゃんは友達じゃなくて、好きに動かせる将棋の駒程度の存在でしょ。黒ちゃん、そう言っていたよ」

「出しゃばるな。俺は黒木に聞いている」

「でかい面してんじゃないよ、藤木。裏切ったかどうかなんてお前等二人の問題だろ。ここにいるみんなが知るべき真実は、お前が俺を犯罪者に仕立て上げようとしたことなんだよ。俺みたいな善良な市民をな。黒ちゃん、みんなに説明してあげて」

 藤木は鋭い眼で黒木を睨んだ。

「藤木さん、俺はあなたを裏切ったとは思っていません。人を犯罪者にするなんて、してはいけない行為ですから」 

 藤木は黒木の白々しい言い方に感情が高ぶり、思わず口走った。

「何善人ぶっているんだ。その気になって積極的に動いたのはお前だろ。それとも初めから俺を騙していたのか」

 木村が口を挟んだ。

「あ~あ、藤木ちゃん自白しちゃったよ。面白くないな。もう説明の必要ないよ、黒ちゃん」

 藤木は、木村の指摘に一瞬自分の愚かさを恨んだが、悔やみはなかった。むしろ潔いと思った。黒木が木村に付いた以上、いずれ皆に知られる。

「りゅうちゃん、このまま理由も知られず藤木さんに裏切り者って思われているのいやなんで、話します」

「あっそう、いいよ」

「みなさん、裏切りとか、何が何だか分からないでしょう。済みません。さっき奇麗事を言いましたが、藤木さんから言えば俺は裏切り者です。一度は藤木さんの話に乗って木村さんを犯罪者にしようと思ったのですから。その為に仲良くなれと藤木さんから言われて木村さんに接触しました。思惑通り仲良くなれました。何度も会ううちに、傲慢で人を人とも思わないと思っていた木村さんの、違う一面が見えて来たのです。権力者にへつらわず、言いたいことを言う。見ているだけですっきりしますよ。何の欲得も虚飾もなく、自分をさらけ出して接すれば、素直に受け入れてくれる。俺もただ仲良くなりたい一心で接したので受け入れてくれたのでしょう。受け入れた人間にはとことん思いやってくれます。人間が大きい。俺の恨みなんかちっぽけな物でした。それに才能が凄い。半端じゃありません。俺は木村さんの側にいて、自分の出来る範囲でいいからサポートしたいと思った。こんな人を犯罪者に出来ますか?」

 藤木は無表情で聞いていた。

「やめようと言ったって藤木さんは許さないでしょう。俺がやめると言ったって、ほっぽり出されて、藤木さんは他の方法を考えるでしょう。藤木さんを止められない。もう藤木さんの下を離れて木村さんに話すしかない。話したら今度は木村さんからほっぽり出されるでしょう。でも木村さんが犯罪者にさせられるよりはいいと思いました。俺は覚悟して話しました。そうしたら、よく話してくれたと言ってくれて、そんな卑劣な奴は、はめ返して報いを受けさせようってことになったのです」

 ここで木村が話を引き取って言った。

「黒ちゃんってこういう男なのよ。仕事も捨てて、俺に捨てられるのも覚悟して、俺の為に本当のことを話してくれた。こんな男いる? 俺、感動しっちゃったね。それに比べ藤木ちゃんの人間の小さいこと。十二年前の事件をまだ引きずってて。それより俺、何で藤木ちゃんに恨まれてるのか分かんないだよね。しゃべったことも覚えてないし。教えてよ」

 藤木は誇らしそうに木村を褒める黒木に、人間の愚かしさを感じ、腹を立てる気にもならず言った。

「木村が大きい人間だと。お前も木村の軽薄さがうつったか」

 高松が諭すように言った。

「黒ちゃん、褒め過ぎだよ。本当にそう思ってるの? 俺も同じ業界にいるから木村の話は良く聞くけど、そんな人間だなんて聞いたことがない。失礼なこと言うけど、木村に洗脳されっちゃたんじゃないの。木村って演技ではカリスマ的な所があるからね」

「高松さん、本当に失礼ですよ。木村さんと腹を割って話したことがあるのですか? 上辺だけで何も知らないで、勝手に決め付けないで下さい」

「黒ちゃん、いいよ。俺は人にどう思われようと気にもならないから」

「孤高の人を気取ってる訳か」

「高松さん、いい加減にして下さい」

 言っても無駄と思った高松は口を閉じた。

 それまで黙って推移を見ていた新藤が、疑問を口にした。

「木村、はめ返して報いを受けさせるってどういうことだ」

「さすが新藤ちゃん」

 新藤が苛々したように話を遮った。

「ここは同窓会だ。ちゃんちゃん言うのはやめろ」

「あっそう。それじゃあ新藤、そこが重要なんだよ。最初は映像を警察にリークすると思ったから、藤木に映像を見せて、その気にさせてから叩き潰してやろうと思ったんだけどね。同窓会で使うって聞いてね。やり方を変えたんだ。実はね、ここでのやり取りも撮ってるのよ。この映像をネットの動画サイトにアップしたら大騒ぎになるよね。俺ネームバリューあるからね。ああ、みんなの顔はモザイクを付けるから大丈夫。藤木は国会議員目指しているんだよね。陰謀をめぐらせて有名俳優を大麻犯罪者に仕立てようとした男が選挙に当選するはずがないよね。これで藤木の夢も終わり。卑劣な男への当然の報いだ。なあ藤木、お前が謝っても俺はやめないぞ」

 木村は勝ち誇ったように藤木を見下した。

 藤木は思考を停止した。何を考えても、どう足掻いても、もうどうともならない。藤木は瞑目した。

 そんな藤木を見て新藤が言った。

「そんなことしたら、有名人のお前のダメージになるだろう。お前に都合の悪い部分もある」

「そんなの、編集するのに決まってるじゃない。俺は被害者だからね、歪んだ同級生からの卑劣な罠にも屈しなかったクリーンな芸能人って思われて、好感度アップだ」

「藤木が名誉毀損で訴えたらどうする」

「何で俺が訴えられるのよ。藤木が俺を犯罪者にしようとしたのは事実だろう」

「俺は昔、弁護士志望でな、法律に少しは詳しいんだ。公然と、つまりネットで藤木は卑劣な行為をしたと公表した。それによって藤木は社会的な評価が害された。それで藤木は木村を訴えた。藤木のやったことが嘘だろうが真実だろうが関係ないんだよ。木村は名誉毀損になるんだよ」

「何だよ、それ。こいつは悪いことをやりましたって言えないの。そんなのおかしいよ。藤木が言ってたよね。善良な市民は犯罪を告発する義務があるって」

「それは、気持ちの持ち方の問題だろ。それに、お前がおとしめようとしている藤木の言葉を使うな。まあ、犯罪行為はそれが真実だったら名誉毀損で処罰されなかったように記憶してるが、藤木が木村を犯罪者にしようとしたことが犯罪になるのかは、俺には良く分からない。事務所の顧問弁護士にでも聞いて、うまく行くと思ったらやってみれば」

「ここまで言って、何突き放してるんだよ」

「裁判になったら有名芸能人は大変だよな。マスコミに騒がれて」

「新藤、俺を脅してるの? 人を犯罪者にするような奴の味方をするの? 新井だってストーカーにされたんじゃないか。お前、おかしいよ。人を操って、人を落とし入れようとする奴なんて最低な人間だ。芝居だって、映画だってそんな奴は憎まれて懲らしめられるんだよ。それが世間の常識だろ」

「お前、人間が大きいんだろ。常識にとわれるのか? 俺は藤木の味方をするとか、誰の味方をするとか言ってるんじゃない。俺の持論だけどな、全ての行為には原因が有り、行為には必ず結果が生まれる。藤木がお前を犯罪者にしようとした原因は、あの時のお前の言動だ。お前に取って覚えていないような言動でも、あの状況で藤木に大きな力を及ぼした。俺は覚えている。新井に、藤木が切れるきっかけになる言葉を言わせたのが木村、お前なんだよ」

「何よ、藤木がやったことを責めないで、原因を作った俺が悪いって言うのか。冗談じゃない。そんな滅茶苦茶な理屈聞いていられるか。もういい。お前の話なんか聞かない。ネットにアップ出来ないなら、匿名で週刊誌にリークしてやる」

「木村、聞いてくれ。お前が悪いなんて言っていない。あの時のお前の言動も、そうしてしまった事情があったんだろう? さっき、何にでもそうしてしまう事情があるって言ったろ。いろんな事情が原因になって、いろんな結果が生まれているんだ。俺達は赤の他人じゃない。同じクラスで短い時間だったけれど、一緒に過ごした仲間だ。同じ思い出も持っている。こうやっって、久し振りに会って、少しは仲間の絆を感じただろう? そんな仲間同士でいがみ合うのはもう終わりにして欲しいんだ。悪い結果を作って、又悪い原因を作って。世の中、そんなのばっかりだ。俺達の仲間の間でくらいはそんな悪い連鎖はやめにしないか?」 

 新藤は、座っている木村に近付き両肩に手を置き、真っ直ぐに眼を見て言った。

「俺の強い願いだ。木村、頼む」

 木村は藤木の手を振り払うにように立ち上がった。

「俺はお前等に仲間のように扱われた記憶はないけどね。演劇部にはいたけど、このクラスには連む奴もいなかった」

「それは、お前が演劇部に夢中で、誰とも付き合わなかったからじゃないのか?」

「新藤、俺が演劇部だって知ってた? 俺が演劇部に入っていたって言って、初めて知ったんじゃないの?」 

「演劇部とは知らなかったけど、授業終わってから誘おうと思っても、いつもすぐにいなくなっていたよな。部活に行ったんだと思っていたんだよ」

 黒木の携帯電話が鳴った。黒木はぼそぼそと何か話している。

「新藤だけは俺のことを気にしてくれてたんだ。でも何の部活かは知ろうともしなかった。お前みたいないい奴でもそんなもんさ。俺みたいに目立たない奴はお前等に取って影みたいな存在だったんじゃないの。それが仲間だって? 笑わせるなよ」

「じゃあ、何で同窓会に来た」

「さっき俺が登場したシーン覚えてるよね。みんなが無視した俺を、あんなにちやほやしてさ。浅はかさの確認だよ。人間なんてそんなもんさ。仲間って言うのはね、心がしっかりつながっている人間同士を言うんだよ。俺に取っての仲間は、黒ちゃんだけだ。俺はお前等を仲間とは思わない。これで話は終わりだ」

 木村の断言に、新藤は言葉が詰まった。

 会話が途切れたのを見て、黒木が木村の側に来て耳打ちした。

 木村は苦々しげな顔をした。

「本当か? 俊の奴」

 木村はスマートフォンを取り出し、ネットで情報検索した。

「藤木、命拾いしたね。今、俊のマネージャーから、家宅捜査されて俊が大麻所持で逮捕されたって連絡が入った。馬鹿な奴だ。まだニュースになっていないようだけど、俊が黙秘したっていずれ俺の名前が出て騒がしくなる。藤木に報いを受けさせられないのは悔しくてたまらないけど、週刊誌にリークなんか出来ない。藤木さあ、このタイミングで俊が逮捕されるなんておかしくない? 藤木が警察にリークしたんじゃないの?」

「知らないな」

 藤木は木村が開き直った時の保険として、情報提供の名目で上倉俊等の調査資料を知り合いの刑事に渡していた。

 映像の相手が大麻で逮捕されていれば木村も否定できない。上倉が逮捕されても木村が逮捕されないように映像は渡していなかった。交友関係から木村の存在が警察に知れても、黒木がうまくやると思っていた。この目論見の甘さに藤木は気付いていない。

 もし同窓会の前に上倉が逮捕されていれば、木村の藤木をはめ返す意図は崩れ、同窓会に出て来なかっただろう。自分の企みが黒木から木村に伝わっているなど思ってもいない藤木には、考えも及ばないことだった。

 上倉の逮捕が遅れ藤木の思惑は外れたが、結果的にこの保険が藤木の窮地を救った。

 黒木が強い口調で言った。

「藤木さんが調査させた俊の調査資料見せてもらいましたよね。俊はやっていないと否定しましたけど、調査資料を見て間違いなくやってると思ってましたから、木村さんに悪影響があったら困るので疑われるような行動は一切するなと言って厳しくチェックしていました。だから、何もなくて警察に目を付けられることは有り得ません。藤木さんが調査資料を警察に送りましたよね?」

「もういいじゃないか、そんなこと。俺は木村を恨むのはやめたんだ。悔しくてたまらないんなら謝る」

 藤木は立ち上がって頭を下げた。

 木村は藤木を睨んだ。

「恨むのをやめるのは、あんたの勝手。だから、やめたって言って謝ったって、こっちの気が済まないのよ。まあいいか。藤木の仕掛けにはまって、藤木を懲らしめられなくなっちゃたから、今日の所は土下座して謝ったら気を済ましてやるよ。何かで藤木を懲らしめてやらないと、お天道様が許しちゃくれめえ」

 木村は時代劇のような言い回しで言った。

 藤木は土下座と言われ一瞬厳しい顔になったが、その後の言い方に、こんな張り詰めた空気の中で出来ることか、どこまで軽い奴なのかと失笑し、藤木自身や場の緊張が緩んだ。

 木村はおどけたつもりもなく、自分の気持ちをきつく言おうと思い芝居の言葉が浮かんでしまい、俳優の習性で思わず台詞っぽく言ってしまった。木村の天然さだ。  

 木村はかすかに聞こえる忍び笑いに動揺した。

 藤木は木村の前に行くと、威儀を正した。

「よろしゅうございます。それでお気が済むなら、そのようにいたしやしょう」

 藤木は木村に土下座して頭を下げた。

 藤木の言いようと、土下座する姿に会場は大爆笑となった。

 木村は動揺を抑えるのに必死になった。

「真面目な話をしているのに、藤木、ふざけるな」

 笑いが収まった頃を見計らい、新井が茶々を入れた。

「木村のボケ最高だよ」

 又、笑いが起きた。

「俺はボケてなんかいない」

「木村は天然か。お笑いの才能もあるぞ」

「うるさい、黙れ」

 木村は事態の収拾に躍起になったが、気分が良くもあった。シリアスだけでなく笑いを狙う舞台もある。こんなに受けたのは初めてだった。俳優としての本能的快感が体を走り、表情がゆるんだ。

 会場は明るい雰囲気に一転した。憎々しげに会場を睨む黒木を除いて。

 木村はゆるみに気付き、表情を引き締め、強いて厳しい顔をした。

「藤木、今日の所はお前の土下座に免じて許してやるけど、安心するなよ。いつかきちっと、けじめを付けさせてやるからさ」

 藤木はにやっとして木村を見て、何も言わなかった。

 高松が言った。

「木村、突っ張るなよ。お前は、もう十分俺達の仲間だ」

 一転してしまったこの雰囲気では、いくら厳しい顔をして、きついことを言っても何の迫力もないと悟った木村は、この場を去ろうと思った。何より、気持ちの焦点がぼけてしまった木村に迫力など有りようがない。

 新藤が一つの疑問を口にした。

「木村、俊って映像に映ってた奴だろ? どう見てもお前のだちだよな。さっきお前が言ったのは俊が逮捕されて黙秘したって、捜査すればすぐにだちのお前の名前が警察に知れるってことか?」

 いまさらそんなことを聞くなと思った木村は不愉快そうに答えた。

「そうだよ」

「本当にそうか? 俊がどんな男だか知らないが、それくらい分かるよな。クラブで一緒にいるところを見られているんだからな。お前の存在がすぐに警察に知られるって分かっていて黙秘なんかしようとするか? しないよ。お前が言った黙秘って、お前も大麻をやったのを黙秘するってことじゃないのか。木村、大麻やったんだろう」

 黒木が不安そうに口を挟んだ。

「りゅうちゃん、まさか」

「何、言葉尻を捕らえて言い掛かりを付けてんのよ。俊は律儀な奴でね、俺に迷惑を掛けたくないから俺の名前は絶対言わない。黒ちゃん、心配しなくていいよ。俺、これから事務所に行って対策を考えるわ。俺の名前が出る前に機先を制して警察に出頭してやろうかな。心証が良くなるかも」

「そんなことして大丈夫? 俺も一緒に行くよ。俺が証人になる」

「事務所と相談して決めるから。必要になったら頼むわ。俺はやってもいないし、持ってもいない。大丈夫だよ」

「名前が漏れっちゃたら」

「逮捕されないんだから名前は発表しないだろう。だけどマスコミは侮れないな。漏れたら、やってなくても、面白おかしく書かれるんだろうな。疑惑って字が付いてね。そうなったら一年くらい謹慎するよ。まあ、いい休養だ」

 木村は藤木を睨んで言った。

「藤木、地獄へ落ちろ」

 捨て台詞を残し、木村は会場を出て行った。

 黒木は心配そうに木村を見送った。木村の言う通り、マスコミに大麻疑惑で騒がれるだろう。

 木村はけじめを付けさせると言ったが木村の性格からすれば、明日には忘れているかも知れない。なによりも謹慎で、ふくらむ木村の才能を停滞させるのが悔しい。

 木村はマスコミに叩かれるのに、そうさせた元凶の藤木は平静な生活を送る。そう思うと、どうしても藤木をこのままにしておくのを許せないと黒木は思った。

 こうなった責任の一端は自分にある。黒木は意識を一点に集中させた。思い詰めた黒木に怖い物はなかった。

「黒木、心配するな。俺の知り合いの県警幹部に手を回して木村の名前が出ないようにしてやるよ」

 藤木が黒木を気に掛けて言った。

 この言葉が黒木に行動を起こさせるきっかけになった。

 黒木は憤怒の形相をして藤木に走り寄り胸倉を掴んだ。だが、黒木の心はさめていた。

「他人事みたいに言いやがって。木村さんがこうなったのは誰のせいだ。思い知らせてやる」

「何すんだ」

 藤木は黒木の突然の行動に驚き、胸倉の手を引き離そうとした。

 藤木より頭一つ背が低い黒木だが、必死に掴んだ手を離そうとせずグングンと藤木を押した。

 藤木はたまらず、黒木の脇に手を入れ斜に構え投げ飛ばした。柔道黒帯の藤木の投げは鋭い。黒木の体が飛んだ。藤木は物が何もない空間に投げたつもりだったが、着地しテーブルの角で額を打ち、血がしたたり落ちた。

 藤木は大変なことをしたと思ったが、投げた方向と飛んだ距離に違和感を感じた。そんなに強く投げていないのに、違う方向に大きく飛んだ。見ていた皆も、出来損ないのCGを見ているような感じがした。

 藤木は黒木の胸倉の掴み方と押しから、柔道の素養があり、黒木に意識的に投げさせられたと思った。

 新藤がうずくまる黒木の肩を抱き、側にいる女子から渡されたハンカチで傷口を押さえた。

「黒木さん、大丈夫ですか」

 黒木は、新藤が押さえているハンカチを自分で押さえ直し、顔に苦痛の色を浮かべ立ち上がった。

「藤木さん。俺はこれから病院に行って診断書を取って警察に行きます。それから知り合いの芸能記者に会います。それがどういうことか分かりますよね」

 藤木は自分の推測が正しかったと思った。

「俺を傷害で告訴するのか。俺は意識して黒木を投げてはいない。はずみだ」

「故意か過失かなんてどうでもいい。賢いあなたならこれからどうなるか、良く分かるでしょう。あなたのせいで、これから木村さんは苦しまされる。あなたもたっぷり苦しんで下さい」

「黒木さん、あんたの投げられ方は不自然だった。俺は武道をやっていたから分かる。藤木に投げられるようにして、わざとテーブルに頭をぶつけたんでしょう。違いますか?」 

 新藤が迫った。

「俺にはそんな器用な真似出来ませんよ」

「いや、あなたは武道の心得があるはずだ」

「言い掛かりはやめて下さい」

「そうだ、木村が会場を撮ってるって言ってましたよね。見せて下さい。それを見れば分かる」

「あれは木村さんがやったことで、俺は何も知りません。傷が痛むんで病院に行きます。邪魔しないで下さい」

 黒木は、何か気が付いたように木村の座っていたテーブルに行き、置いてあった黒革のセカンドバッグを取り、身体を出口に向けた。

「待て、それは木村のバッグか。その中に」

 新藤がそこまで言って、藤木が言葉を遮った。

「新藤、もういい」

「だけど」

 黒木は新藤の言葉を無視して、そそくさと会場を出て行った。

 皆は人が落とし入れられる状況を目の当たりにして、驚きを隠せず、会場を出て行く黒木を言葉もなく見ていた。

 相談がしたいと言い、新藤が皆を近くに集めた。

 最初に藤木が発言した。

「みんなには、長い間付き合わせてしまって申し訳ない。全て俺のせいだ。謝る」

 藤木は皆に向かって頭を下げた。

「スリルとサスペンスで、映画を見るより面白かったよ。特に新井の皿投げが凄かったな」

 後ろに座る男子が言い、新井が苦笑した。

「藤木がいると凄いよな。いつもスリルとサスペンスだ。藤木が現れた時、何か起きそうでどきどきしたよ」

 他の男子が言った。藤木はすまなそうにうつむいた。

「お前等、現状が分かってるのか。藤木がやばい状況に追い込まれているんだぞ。不謹慎だ」

 高松が戒めた。

「いや、こんな俺の為に、帰らず相談に乗ってくれるだけで本当にありがたい。みんなに不愉快な思いをさせてしまったのに」

 新藤が深刻な顔をした。

「黒木は絶対映像を持っている。投げた所だけを写真にされたら、相当やばいぞ」

「分かってる。俺は傷害罪になるなら、逆らわずに受け入れようと思っている」

「藤木、あれは間違いなく黒木にはめられたんだ。あきらめるな」

「はめられたって言えば、俺も新井と木村をはめようとしたんだ。ちっぽけな俺のちっぽけな恨みで。新藤が言ったよな。因果応報って。俺も報いを受けなければならない」

「たっちゃん、俺の報いは受けたって新藤が言ったじゃん。俺もそう思ってる。今日の報いは皿投げだ。痛い思いをさせてごめん」

 新井が優しく言った。

「新井、ありがとう。だがな、木村への報いがまだなんだ。黒木ってあんな思い切ったことをする男じゃなかった。小心者だけど、人が良くて、人を傷つけるなんか絶対出来ない男だった。そこに付け込んだ俺は、どうしようもない悪党だったけどな。そんな黒木があれ程のことをした。余程、木村に惚れ込んだんだな。黒木の気持ちが分かるよ」

「だからって黒木の思い通りになる必要はない」

「新藤、これが報いなら素直に受けようと思っている」

「ちょっといいかな」

 皆は端に座る矢頭に視線を向けた。矢頭は高校の時のクラス担任だ。藤木が登場してから黙って様子をじっと見ていた。

「先生、まだいらして下さっていたんですか」

 めまぐるしく変わる濃厚な同窓会の展開に、矢頭の存在は忘れ去られていた。新井の正直な言葉に矢頭は苦笑した。

「俺は担任として、君達に何があったか何も知らなかったって実感させられたよ。今は君達の先生じゃないけど、教師らしいことを言わせてもらうよ。何かの講演で聴いた断片的な知識で済まないが、その話をしよう。ブッダって知ってるよな。お釈迦様のことだ。ブッダは、人は苦しみの中で生きている、生きることは苦であり、この苦を生む大きな要素の一つが、人間誰しも持っている恨みだと言っている。人を恨んで、わざわざ自分から苦しみを背負い込んでしまう。損なことだ。だが、俺もそうだが、中々恨みを捨てられない。藤木も新井も良く恨みを捨て去った。恨み合っていたって何もいいことはない。新藤が言った通り、恨みから生まれるのは恨みだけだ。そして素晴らしいと思ったのは、他のみんなが二人を仲間として受け入れたことだ」

 高松が皆を代表するように言った。

「新藤がいいことを言いましたよ。二人ともそうしてしまった仕方がない事情があるって。俺等、良く分かりましたから」

「そうか。俺も君達の他に、いくつものクラスの担任をしたが、こんなまとまったクラスは初めてだ。いや、もうクラスじゃないか。同窓生か」

「あの当時はバラバラなクラスでしたけどね。ある意味、藤木と新井がまとめてくれたんでしょうね」

 新藤が言うと、藤木が苦い顔をした。

「新藤、皮肉言うなよ」

「それで、藤木。いくら黒木さんの気持ちが分かるからと言って、報いを受けようなんて思うな。あれは黒木さんが仕組んだもので、明らかに自傷行為だ。傷害罪じゃないから絶対に曖昧にしてはならない」

「先生、でも木村はこれから大変な思いをするんです」

「報いを受けないとすっきりしないなら、こうしよう。これから警察へ出頭する。我々も全員が証人として藤木に同行する。これだけの人数だ。警察もおろそかには出来ない。藤木も丁重に扱われる。事情聴取を受けて、時間が時間だ。もしかして藤木は警察に留置されるかも知れない。犯人扱いで事情聴取されて、留置所に入れられて、これで藤木は報いを受ける。藤木、さっき県警幹部の知り合いって言ってたけど、どういう関係だ?」

「親父が県会議員で犯罪防止キャンペーンをやっていて。その関係で」

「親しいのか」

「それなりに」

「そうか。だったら聴取が終わった頃に、県警幹部の名前を出して会いたいと申し出る。これで我々の証言と、藤木の警察との関係で傷害罪の嫌疑は限りなく薄くなる」

「俺、そういうの余り好きじゃないんで」

「何言ってんだ。コネで犯罪を隠蔽するんじゃない。真実を明らかにする為に活用するんだ。それと、藤木、さっき言っていたろ。木村の名前が出ないようにするって」

 新藤は、教師の世界しか知らない矢頭の楽観的な話に疑念を持った。

「先生、そんなにうまく行きますかね。警察のこと良く知ってるんですか?」

「警察との付き合いはない。だけど、警察だってどこだって人間のやることだ。変わりゃしない」

 あっけらかんと矢頭は言った。

「あっ、それと、高松。君も芸能事務所にいるんだろ。黒木さんが言っていた記者、押さえられないか?」

「やって見ます」

 矢頭は担任に戻ったように指図して気分が高揚していた。矢頭は皆を指図出来る立場ではないのだが、確固たる組織でない集合体での意思決定には、矢頭のような存在が必要であり、皆もその識見を認めた。

 新藤は藤木の側に来てささやいた。

「やっとうの言う通りにするのか?」

 やっとうは、読みと剣道部の顧問であることから付いた矢頭のあだ名だ。

「俺もこれからどうしようか考えがまとまっていなかった。やっとうの言うようにやってみよう。言うようにならなかったら、それはそれでいい」

 藤木は控え室で待たしている恵子と美咲を帰そうと思い、新藤に告げ部屋に行った。二人は部屋にいなかった。テーブルにメモが残されていた。


 先に帰ります  恵子


 恵子に電話した。留守番電話サービスセンターのメッセージが流れた。

 ホテルから警察署はそう遠くない。酔い覚ましを兼ねて、同窓会の面々の団体は歩いて警察署に向かった。

 新藤は藤木の隣を歩いた。

 新藤は藤木の横顔を見た。心なしか、緊張感が漂って来る。

 覚悟を決め強い意志を感じさせた藤木であったが、これから警察へ出頭して罪を問われる不安もあるだろうと思った新藤は、藤木の気分をほぐそうと感慨深そうに言った。

「今日の同窓会は一生忘れられないだろうな」

「俺のせいですまない」

「高校三年の時に交わって離れた俺達の人生が、又交わった。気持ちを改めてな。ここにいるみんなに共通の思い出が出来た。この関係は深いぞ。お前が登場する前にいろんな奴と話した。懐かしかった。正直、お前には懐かしさは感じない。だけど、知ってて遠かった、いや本物を知らずに遠かった奴と、やっと友達になれたって感じだ。みんなもそう思っていると思うよ。これからは俺達みんな本当の友達だ」

「俺の為にみんなが一緒に警察に行ってくれる。俺、深い友達そんなにいなかったから、信じられないくらいだよ」

「俺だって同じさ。社会の枠にはめられて、利害に縛られて、人を嫌ったり、嫌われたり。本当の友達なんか中々出来ない。だから今日は凄く嬉しいんだ」

「俺は回り道をした。今日運良くみんなが俺を受け入れてくれて、俺を応援までしてくれている。俺も凄く嬉しい。何で高校の時にそう出来なかったのか。俺の思い上がった性格のせいだ。名家と言われる金持ちの家に生まれて、何不自由なく育って、それを当たり前だと思って、自意識ばかり強くて、最後に復讐みたいなことしてな。俺は駄目な男だ。今、つくづくそう思うよ。そんな俺をみんなは受け入れてくれた」

「駄目な男って言えば、俺の方が上だぜ。俺って、ああしよう、こうしようって考える頭はあるんだけど、執念が足らない、努力が出来ない、極度の無精者の性格なんだ。何やっても長続きしない。家庭環境で司法試験をあきらめたってみんなに言ってるが、実はな、勉強が苦痛で挫折したんだ。これ内緒な」

「本当か? 高校の成績は良かったじゃないか」

「俺って天才タイプ」

 藤木は笑いながら新藤の頭を小突いた。

「自分で天才って言うか」

「冗談だよ。嫌味じゃなくて、藤木の三人に対する執念凄いよな。俺、性格も生まれ持って与えられた才能だと思うんだ。俺も藤木みたいに執念の才能を与えられていたら、今頃は藤木より先に政治家になっていたかもな」

「俺は執念深い性格じゃないよ。何かが心に取り付いて、それに支配されたって感じかな。俺の場合は何かが怨念だった。新藤が強い執念を持ちたいんだったら、俺みたいにマイナスじゃなくて、例えば好きな女を作って、その女の為に政治家になってやるとか、プラスの強い感情に取り付かれればいいんじゃないの。おっと、俺、心理学者じゃないから良く分からない。鵜呑みにするなよ」

 新藤は恋愛も悪くないと思った。

 米山が二人の前に歩み寄った。新藤の親友で、通信販売会社を経営している。

「藤木、米山覚えているよな」

「ああ、新藤と同じサッカー部の」

「藤木、話したいことがあるんだ。実はな俺、藤木が黒木を投げたビデオ撮っていたんだよ」

「よね、本当か? 何で早く言わなかった」

 新藤が驚いて言った。

「俺の会社の広告を兼ねて、こっそり同窓会のビデオ撮って、編集してからみんなに送ろうと思っていたんだ。みんなの前で言うとばれちゃってサプライズ効果がなくなると思って。すまん。これで撮っていたんだ」 

 米山はハンディタイプのデジタルビデオカメラをバッグから出した。

「映像を見せろよ」

 新藤がせかした。

 米山がモニターに、藤木が黒木を投げている映像を映し出した。

「よね、良くやった。今日の殊勲賞だ」

 新藤は米山の肩を何度も叩いた。

「藤木、これで黒木の不自然な投げられ方が証明できる。もう大丈夫だ。黒木の告訴なんて門前払いだ」

「米山、ありがとう」

「俺の商売熱心がこんな時に役に立つとはな。やっぱ、日頃の心掛けだな。なあ栄太」

 冗談めかして言い、今度は米山が新藤の肩を叩いた。

「そうだ、そうだ。ハッハッハ」

 新藤と米山は顔を見合わせ笑った。

 新藤も米山も、自分のことのように喜んでくれている。新藤の言うように、これで傷害罪に問われる可能性は低くなった。だが、木村と黒木には、会ってきちっと謝罪をしなければならないと藤木は思った。

 携帯メール着信音がした。藤木は歩きながらメールを見た。恵子からのメールだった。


 藤木さん。ごめんなさい。

 もうあなたには会えません。

 あなたの言うように元の美咲

 に戻ってくれたけど、美咲は

 深く傷つきました。

 すぐには癒せないほどに。

 あなたのことだけを思って、

 こうなることも考えられなかっ

 た愚かな私のせいです。

 美咲は恥かしくてもう二度と

 皆さんに会えない。

 美咲は藤木さんと私のことを

 何も聞きません。多分みんな

 分かっていると思います。

 そんな美咲に甘えられない。

 美咲は藤木さんと絶対会いた

 くないでしょう。

 だから私も藤木さんには絶対

 会えません。それが美咲への

 償いです。

 美咲が私にしてくれたように

 私もこれから美咲に寄り添っ

 て生きて行きます。


 来るなって言われていたのに

 ごめんなさい。

 みんなの前であんなの見せら

 れたら美咲どうなるか心配で

 同窓会の場所を聞いてホテル

 に来ちゃいました。

 見付からないように藤木さん

 を待ちました。

 みんなから嫌われるようなこ

 とって、みんなに復讐したい

 ようなことだったんですね。

 とても悔しくて辛かったんで

 しょうね。

 藤木さんに寄り添えないでご

 めんなさい。


 さようなら

           恵子


 藤木はメールを読みながら血の気が引いて行くのを感じた。

顔面蒼白になるくらいショッキングなメールだった。

 藤木はその場に立ち止まった。思いっきり喚き散らしたかった。

(何でだ。恵子は俺より美咲の方が大事だったのか。俺に心から惚れていたんじゃなかったのか。ちくしょう)

急に立ち止まって、辛そうな顔をしている藤木を訝しんだ新藤が戻って来た。

「どうした。メールか?」

 藤木は携帯電話をしまい言った。

「何でもない。行こうか」

 深刻な表情をしている藤木に、新藤はそれ以上話し掛けなかった。

 警察署にはもう少し道のりがある。藤木は、これから取り調べを受ける気分にはならなかったが、止むを得ない。

 藤木の頭の中を恵子への思いが駆け巡る。

 恵子に振られたのか。いや違う。寄り添えなくてごめんと言った。そうだ遠藤のせいだ。恵子は自分ではなくて遠藤を取った。自分より遠藤が大事。そうだ親で姉妹で親友。自分と恵子は三ヵ月。遠藤とは十数年。歴史が違う。かないっこない。そして自戒的で他人を大切に思う性格。

 藤木は少し冷静になった。今は何を言っても無理。恵子に電話しても留守番電話サービスセンターに繋がるだけ。あんなメールを寄越した恵子の決意は固いのだろう。

 新井とも、黒木とも、思いが食い違った。それぞれの思い込み、それぞれに取ってそれが真実。自分は独りよがり。今は自分の思い込みは独善だったと良く分かる。自分と恵子との思いは同じだと思いたい。今ではちっぽけと思える遺恨が邪魔をした。

悔やんでも仕方がない。遠藤に謝ろう。恵子に謝ろう。

 自分を躊躇させる物は何もない。恥をかいても良い、罵られても良い。真心を持って当たれば必ず通ずる。通じなかったら。それは受けるべき報い。贖罪。

 藤木は心にそう決めた。足取りが少し軽くなった気がして歩を早めた。今日は留置所に泊まるから、報いはそれで勘弁してと心の片隅で願いながら。




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