gâteau Le Couple
コンコン、ガラッ
「どうもー」
自分の部屋で本を読んでると、いきなりベランダのドアが開く
この突拍子のないのは…
「楓かよ、いつも言ってんだろ、玄関から来いって」
「だって面倒くさいんだもーん」
俺は読んでいた本を閉じながら立ち上がる
この女…桜井楓は、いわゆる腐れ縁
小学4年の時、隣に引っ越してきてから今の高校2年に至る
もちろん、最初の頃は玄関から来てたんだけど、この女、無駄に身体能力が高かった
陸上部も顔負けで、現に3メートルの家と家の間を越えてきた
いつか落ちるんじゃないかって、こっちは気が気じゃない
「あれ?…楓、ちょっと後ろ向いてみ」
「ん?」
まだ制服姿のこの女
どこで汚してきたんだか
パンッパンッ
「…ちょちょ、ちょっと!!」
「なんだよ」
叩かれた尻を両手で押さえながら顔を赤くする
「なんだよって、今JKのお尻触ったでしょうが!」
「自分でJKって…汚なかったから払ってあげたんだろ?」
「普通一言先にあるでしょ?」
「断る仲かよ」
「あのねぇ、いつまでも子ども扱いしないでよね!」
そう言いながら自分のスカートを確認し、綺麗になったのかいつも通りビーズクッションに体を沈める
それ、買ってから俺自身で使ったの1、2回だけだなぁ…
「春樹はなに読んでたのぉ?」
「ん?妹に借りたやつ」
「うわっ、ケーキ作り?春樹がぁ?きもぉ」
「うっせぇな、暇だったから読んでみただけだよ、ってか、お前だったら食いつくとこじゃないのか?」
そう、この女の夢は、何を血迷ったかパティシエなのだ
しかも、体育会系なら苦手分野ってのが相場なのに、なかなかにうまい
前にいつも通りからかってやろうと食べたら、言葉が出なかった
「だってその本持ってるし、見すぎてうちのはボロボロになってるもん」
「へいへい、努力家だねぇ」
「当たり前でしょ?絶対パティシエになるんだから」
こう言いだした時の楓は…なかなかにカッコいいんだよなぁ
夢にまっすぐって感じで…言葉にはしないけど
「そんで、今日はどうした?」
「えっと…」
「あ、プロレス技の実験はなしだかんな」
「いつの話よ!」
つい先月だろうが!
たまたま見た女子プロレスに興奮して、勢いそのままやってきたかと思えば、4の字固めやら腕ひしぎやらで…
シャイニングウィザード食らったときなんかマジで記憶飛んだんだからな
まぁいつの間にか膝枕されてたのはよかったけど…やっぱ女なんだなって…柔らかさとか…っておい!
「なに?」
「なんでもねぇよ…で、どうした?」
そう言うと、どこか言いにくそうにキョロキョロし始める
いつもズバズバ言ってくるだけに…珍しいじゃん
「春樹、今日の面接で進路なんて答えたの?」
「んぁ?」
「やっぱ進学?春樹なら、6大学どこでも行けるんでしょ?無駄に頭いいんだから」
…こいつは褒めてんのかけなしてんのか
面接…そういや今日あったな
「進路ねぇ…」
「まさかまだ決めてないの?」
「いやそうじゃないけど…楓はどうなんだよ?」
「私?私は専門学校に決まってるじゃん。県外だけど、製菓技術専門学校に行って、パティシエ目指すんだから」
「んで、専門出たら留学か?」
「できたらしたいよね…やっぱ本場での修行は不可欠だし、その後日本にお店出しても遅くないし」
「ふ〜ん」
やっぱ…かっけぇな、こいつ
昔から変わらず、ずっとまっすぐで、目キラキラさせて…ここだけは叶わねぇな
「俺も…頑張んなきゃなぁ」
「そうだよ、いくら春樹でも、6大学は簡単に受かるほど甘くないんだから」
「そりゃそうだ…楓に負けてらんねぇしな」
「そうだよ…そう…やっぱ…だよね」
急に楓の声が小さくなる
「…どうした?」
「どうも…しないよ…」
ビーズクッションに背中を預け、俯き、前髪のせいで表情は読み取れない
心なしか、震えているように見えるのは…気のせいなんかじゃない
腐れ縁の勘が、そう告げている
「………」
「そ、それだけ確認したかっただけだから、じゃ」
急に立ち上がり、顔を伏せたまま、入ってきたベランダの方へと歩き出す
俺は…
「わわっ!?…ちょ、ちょっと!!」
「いいか、1度しか言わないからな」
楓の存在が、肌から感じる温もり、鼻腔をくすぐる甘い香りから感じられる
こんなにもかというくらい、華奢で、壊れそうで、それでいて愛おしい
「俺は、高校出たら進学する。でも、6大学に興味はない」
「え?…」
いつからだっけな
気づけば…そうなってたか
「かといって、海外ってわけでもない」
こいつは相変わらずで
人の気も知らず…
まったく…精神疲れが半端なかったぜ
「楓の…サポートをさせてくれないか?」
妹に借りた本…暇で料理本なんて男が読むかよ
「それも、一生な」
ははっ…我ながら、もうちょっとマシなセリフがあったかもな
「お前と一緒に店を出す」
俺の腕から解放され、ゆっくりと振り返る
…なんで泣いてんだよ
「楓の頭じゃ、海外行ったって喋れないって帰ってくんのがオチだろ?」
「ぅ…」
「楓とだったら、世界一のスイーツ目指せる…絶対」
「うん…」
「これからも、よろしくな」
「うん!!」
「わわっ!」
差し出した俺の手を無視して、文字通り飛び込んでくる
ベッドがいいクッションになったぜ
「これからも、ずっと、ずーっと、よろしくね、春樹!」
「お…んん!?」
楓の存在が、先ほど以上に、強く、柔らかく感じられる
ったく…馬鹿かこいつは…
gâteau Le Couple
今日も、定刻通り、オープンです




