眠りの国。①
その日はそれから授業を真面目に受けて、そのまま下校時間へ。
[From 裕貴
今日、部活で遅くなる。
一人で帰れるか?]
携帯を開くと裕貴からのメールが来ていた。
気遣いの行き届いた弟だ。
どちらが年上なのか、たまにわからなくなる。
麻未は大丈夫だと言う旨の返信を送り、梨絵と教室で別れた。
彼女も部活に入っているので、一緒には帰れないのだ。
朝は裕貴と歩いた所を一人で歩くと、少し寂しく感じた。
そこへ不意に走り寄ってくる足音が耳に入り、麻未は振り替える。
「裕貴?」
「…弟じゃねえよ。」
「えっ、拓真…!」
そこには【元】彼氏、拓真がいた。
意外な人物の登場に思わず歩いていた足が止まる。
拓真も止まって、私の顔を見下ろした。
焼けた肌、煙草の臭い、それを消すための香水の香り。
その全てが懐かしくて、麻未は一瞬その胸へとダイブしたくなる。
「お前、何で連絡返してこねえんだよ。」
そんな想像さえも吹き飛ばしてしまう、拓真の声。
大好きだった声もこの時ばかりは耳障りだ。
いつだってそうだった。
拓真は女の人の喜ばせ方を知っていて、麻未のような恋愛経験の少ない子には少し刺激が強く、現実的な恋愛を強要してきた。
少女漫画のように素敵な恋はさせてくれなかった。
「……そっちだって、してこないじゃん。」
「はあ?普通、連絡途切れたら誰だって連絡しづらいだろうが。」
連絡しづらい。
それはそうだ。
だけど、でも……。
言い様のない不満が溢れ出す。
言葉に出来ない歯痒さに、唇を噛み締めた。
「……もう少し優しくしてあげたら?」
その時、拓真とは対照的な風のような声がきこえてきた。
この声には聞き覚えがある。
そうだ、この声は屋上であった……。
気が付けば、拓真と麻未の間に【王子】の姿があった。