王子。⑧
がしゃん、と音をたてて閉じられた屋上への扉から蹴落とされるように、階段を下った。
周りに人がいないことを確認し、教室へと歩を進める。
先程一限目の終業のチャイムを聞いたところだ。
心底不思議な体験だった。
雲を連想させる髪に覗く、獣の目。
お伽噺に出てくる王子様のような外見に、魔王のような野心の目。
きっと、大成を成す人間はああやって出来ているんだろう。
周りを見透かす目と、周りを魅了する外見。
麻未はただ、不釣り合いなその二つを何度も何度も思い出しながら教室へと向かった。
―――名前は聞かなかった。
―――名前は言わなかった。
あの【王子】の短時間の話に圧倒されて、自分の素性を正直にバラすのが純粋に怖かった。
信用できない、とも言う。
それでも、網膜に焼き付いたあの姿。
彼氏の事などもう忘れていた。
ただ、ポケットに入ったキャンディを握り締めて麻未は心にできた爽快感を感じていた。
「あ、おかえり。」
「ごめん、いきなりぬけて……。
先生なんか言ってた?」
「ううん、適当に誤魔化してた。
……具合悪いの?」
「大丈夫、ちょっとサボりたかっただけ。」
こういう時の梨絵の気転に麻未は感謝する。
何だかんだで周りを見ている梨絵は、誰も不幸にしない嘘を度々ついては皆を助けてくれる。
だからこそ、彼女は人気者で友達で親友なのだ。
―――「この世に正直者なんていないってことだよ。」
【王子】の言葉がリフレインする。