王子。⑦
その声が途切れた瞬間、チャイムが鳴って授業が始まる合図がする。
裕貴との約束破っちゃったなー、と思いながらも麻未は後ろを振り向いた。
そこには、クリーム色の綿菓子のような髪を掻きながら近寄ってくる、男子生徒がいた。
麻未よりも小柄で、慎重も少し低い。
眠たそうな目は伏せられ、表情が伺えない。
「…貴方、朝もいた人?」
「…朝?今も朝だよ。」
「いや、登校時間に。」
「ああ……そうかも。」
話を逸らすように適当に話を振ると、思いの外すぐに乗ってきてくれて緩い口調で返してくれた。
誰なんだ、一体。
その男子生徒の顔は三年間通った麻未でさえ、見たことがなく何年生なのかもわからない。
怪訝そうにしている麻未の表情を察したのか、麻未の立つ場所の隣に落ちるようにすとんと腰を下ろすと、その男子生徒はポケットからなにかを取り出して麻未に差し出した。
「……いる?」
「えっ…。」
その手には煙草の箱とカラフルな紙に包まれたキャンディと思わしきもの。
いきなりのプレゼントに戸惑っていると、「いらないの?」とでも言いたげに、その生徒は首をかくんと傾げた。
「…いただきます……。」
その様子が何だか親に構って欲しい子供のようで、麻未は素直にキャンディを受け取った。
男子生徒はあはは、と笑う。
「不良じゃないんだ?」
「不良は貴方でしょ。
煙草なんて吸ってるの?」
「これ、僕のじゃないよ。
此処に来る連中がたまに欲しがるから。」
「……でも、高校生は喫煙しちゃ駄目だよ。」
「わー、真面目。」
ポケットに煙草を仕舞いながら言われたその台詞は、今まで表情のなかった彼からの初めて受け取った【嫌み】で。
キッとその生徒を睨み付けた。
「未成年は駄目、なんて法律はあるけど実際この学校の中じゃ吸ってる奴はごまんといる。
教師もそれを知ってる。
でも、誰も止められない。
だって、その教師も二十歳を過ぎる前に酒や煙草を覚えた連中ばかりなんだから。」
「……何が言いたいの?」
淡々と語る彼はロボットのようで。
少しの狂気を感じた。
次に来る言葉がなんなのか、と麻未はごくりと生唾を飲み込む。
「この世に正直者なんていないってことだよ。」
眠気に満ちた目がこちらを向き、薄く開かれた間から覗く漆黒の目が麻未を見据えた。
その目は機会を待ち、隙あらば食らい付こうとするような野性味を帯びた目で、ふわふわとした外見に不釣り合いなそれは酷く【恐怖】を麻未に感じさせた。