王子。⑤
「…?」
中に入ろうとしたとき、コツンと目の前に小石が落ちてきた。
それは跳ね返り、麻未の足に当たって。
思わず三年棟の上を見上げると、人影が見えた。
―――屋上は立ち入り禁止なのに。
そう思いつつも、後ろを通り過ぎる短く剃り上げた金髪の男を横目で見て、「不良がたまってるだけか」と気に求めずに棟に入った。
「麻未ー、おはよう!」
「梨絵、おはよう。」
2-A、クラスの自分の席につくと、入学当初から友達の水原 梨絵が声を掛けてくれた。
彼女も麻未とは対照的にお洒落に機敏で、髪の色や服装などもその日の気分で完璧にしてくる。
今はオレンジの髪をしていて、清楚な雰囲気の明るめな制服風のコーディネートをしており、浮いた彼女の髪色でも存分に生徒っぽさを演出していた。
「今日一人なの?」
「んー?」
梨絵は小首をかしげる。
それもそうだ、麻未はいつも彼氏と一緒に登校してくる。
麻未はAクラスで、彼氏はBクラスだったから梨絵はいつも彼氏を見送る麻未を見て、麻未に話し掛けていたのだから。
日常が変わったことを梨絵に正直に話すと、梨絵は「そっかー。」と短く相づちを打つ。
だが、暗くなった顔をすぐに笑顔にして麻未の頭をぽんぽんと撫でた。
「麻未、次だよ!
大丈夫、麻未は良い子だから!」
「親かなにかでしたっけ、梨絵さん。」
「保護者!」
「保護者は私のほうだよ。」
ふふん、と自慢げに言った梨絵の胸元の取れ掛かったネクタイをきゅっと締める。
そして、母親のようにシャツの裾をぴっと引っ張った。
それが妙に保護者らしく、梨絵はむっとする。
「梨絵は世話かけられてる方でしょ。」
「…ちぇ。」
梨絵は反論できず、口をへの字に曲げる。
その様子がまた子供らしくて、麻未はあははと笑ってその雰囲気を歓迎した。