眠りの国。④
「僕、ここで眠るのが好きなんだ。」
「そう、なの?」
ごろんと寝転がり、【王子】は目を閉じる。
長いまつげが少しぴくりと動いて、麻未の目を引き付けた。
「ここは滅多に誰も来ないから。
来ても、此処じゃ気付かれない。
だから……。」
まつけがふわりと浮いて、優しげな目が姿を表す。
「内緒話、しても誰も気づかないよ。」
その言葉は魔法のようで。
麻未は【王子】から目を逸らし、似ても似つかぬ【元】彼氏の事を思い出した。
拓真…。
――…
江島 拓真。
その男は真美にとっては知らなくて当然の男だった。
三年間、一度もクラスが一緒になったこともなく、友達をどう辿ってもたどり着かない存在。
そんな二人が何故付き合ったのかというと、単純に言えば【拓真のノリ】なのだろう。
ある日、ふらりと現れては連絡先の交換を手慣れた手つきでされて、毎日連絡を取りあい、遊んでいる内に…。
今考えると、飛んでもなく馬鹿げた恋愛の始まりで、夢見た物とは程遠い。
それでも、恋愛を楽しもうと拓真に着いていったが、趣味も何も合わない二人はいつしか離れるようになって、登下校中も話すことは大して無かった。
「何で好きなの?」
「…。」
「何処が、好きなの?」
「…。」
「…聞いてる?」
「うん。」
何処が好き、そう聞かれると困る。
麻未の中では【他人に迷惑をかけてはいけない】という基盤の常識のような物と【自分は拓真が好きである】という気持ちが同じところにあるからだ。
つまり、麻未の中で拓真という存在は大事でありながら、半ば風景と同じく接触せずとも見えれば良いものでもあった。
「…それ、好きじゃないよ。」
一刀両断され、麻未はまた視線を下に向ける。
でもね、拓真はそれでも構ってくれたんだよ。
私が寂しいとき、ずっと構ってくれてたんだよ。
「暇だったからじゃない?
……ね、彼女は飾り物じゃないんだよ。」
「飾り、もの。」
「そう。
いて当たり前、とか気まぐれで引っ付かんで良いものじゃないんだよ。」
【王子】はそれ以上言わなかった。
彼氏、彼女という飾り。
真美と拓真はお互いにそう思って生きてきたのかもしれない。
男も女も恋人が出来れば、少なからず自分に自信が持てる。
……全ては子供のような思考回路が生んだ、結末のわかりきった恋愛だったのだ。
それでも、飾りだとしても。
心に穴は空いたのは事実で。
麻未は熱くなった目頭を抑えて、歯を食い縛った。
「……。」
【王子】は無防備になったその頭に手を置いて、泣き顔が見えないようにと自分の肩に抱き寄せた。