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短編集

メモ帳に篭った想い

作者: 小豆色

 memo 

 おっちょこちょいのあなたへこのメモ帳を贈ります。

 大切に使ってね?

 その1:何かに失敗したら原因を必ず書くこと

 その2:大事なことは必ず日時とともに書いておくこと

 その3:毎朝ちゃんとこのメモ帳を見ること

 じゃ、仕事頑張ってね。あなたを愛する人より


 ***


 4月6日

  書類はしっかりとファイリングしておく。

  少なくとも一ヶ月は保存しておく。

 

 4月8日

  明日9日は朝8時に集合。

  各自で工具持参。


 4月11日

  必要なソフトを明後日までにそろえておく。


 4月12日

  明日は会社内のpcのチェックがあるので工具持参。

  また予備のUSBメモリも用意しておく。

  必要なソフトにノートン追加。


 4月15日

  日曜は研修会。PM1:00~

  場所は市の研修センター三階。


 4月16日

  初めてのミス。プログラムがフリーズした。

  ベータ用プログラムはアルファ版ソフトとは互換性がない。

  気をつけよう。

  

 4月17日_______


***


「おろ、なに書いてんだ」

「あ、ばか見るな」

 ひょいと隣から腕が伸びてきて書きかけのメモ帳が持ち上げられる。

 腕が伸びてきた方見ると同僚が俺のメモ帳をパラパラとめくって見ていた。

「ほう…。なんで女物使ってるのかと思ってたんだがそうか、貰い物だったのか」

 その同僚は立ち上がるとメモ帳を俺の手の届かないくらいに高く掲げて

 ニヤニヤしながら見つめる。俺が取り返そうとするのを持ち前の身長で軽く

 あしらいながら、ひとしきり見終えるとぽんと投げてよこした。

 そして二や付いた顔を戻さずにそのまま話しかけてくる。

「コイツ、ただの生真面目なやつかと思ってたらいっちょまえに色気づきやがって」

「ほっとけ、別に良いだろうが」

 そう吐き捨てて、ふっと奴から視線を背ける。

 窓の外は真っ暗。辺りもしんと静まり返っている。

 今は奴と二人で残業中。小さな会社だから、唯一の同期だ。

 まあ、見た通りお互いの性格のせいでこの有様だが。

「で、どんな奴なんだ」

「…何でお前に教えないといけないんだよ」

「同期のよしみということで。大体、今日の残業だって結局のところ

 お前の尻拭いしてるんだから、さ」

 またそうやって嘘をつく…。

 こうしている今も止めどなく奴の口からは無意味な言葉が流れ続ける。

 さながらガトリングの如く押し寄せる奴の言葉に流されながらも反論する。

「すこしは黙れ。あと嘘をつくな。お前と俺で7:3だろうが。

 シータ版計画書のデータをバックアップごと吹っ飛ばしたのを忘れたとは言わせんぞ」

 まったくここまで性格が正反対なのも珍しい。

 コイツは河鹿。性格は見たまんまだ。はっきり言って腹が立つ。

 ただこの性格で頭は切れるわ腕はいいわで愛され憎まれな奴だ。

 かなり面倒な奴だが、いままで知り合ったほかの人とは違って自分を飾らないで

 すむのは結構ありがたかった。彼女以外にはなかなかそういう奴はいなかったしな。

「げ、お前知ってたのかよ」

 俺の言葉を聞いた河鹿は表情を歪め、苦しげな声を絞り出す。

 本気で意外そうにしていたので思わずため息が漏れそうになる。

 というか漏れた。コイツといるとため息の回数が増える。

「寧ろ何で知ってないと思ってんだよ。席隣なんだぞ」

「む、それもそうか」

 頭の回転が速い割にはアホの子なんだよな。

 河鹿は少しだけ唸って腕を組み、顔を伏せて考える。

 しかしすぐに何かを思いついたようにがばっと顔を上げる。その嬉々とした顔を。

 すごいな、嫌な予感しかしない。

「じゃあ俺のことも教えるからさ、お前のことも教えてくれよ

 これでちょうど貸し借り無しになるだろ」

 本当にしょうもない事ばかり思いつく。俺の事がそんなに気になるのだろうか。

 見せ物じゃあるまいし、面白い事なんて何も無いんだけどな。

「いや、お前のことなんて特に聞きたくないんだが」

 思わず本音が漏れた。一応会社だからな、ここ。気をつけないと。

「とりあえずまずはお前からだな。明日は俺な」

 相変わらず俺には拒否権無しか。そうか、世界はお前中心に回っているんだな。

 とはいえ、もうこうなったら止まらないのは分かっている。

 さっさと話してしまうか。

「はあ、その代わりちゃんと仕事をしながら聞けよ」

「分かってるさ」

 へらへらと笑いながら席に座る。俺も再び席に付くが…。

 嘘だ。絶対に分かってないな。

 だってコイツ目が変な方向向いてるし。体も若干ずれてるし。

 まあ、気持ちは分からなくもない。

 目の前には何十ものソフトが立ち上がった、見るだけで気持ち悪くなる画面。

 心から技術屋ではなくてよかったと思った瞬間だ。

「ま・え・み・ろ・よっ!話さんぞ?」

 そんな河鹿の背中をぶっ叩き、形だけだが励まそうとする。

 河鹿はその視線を画面とこちらの間でふらふらさせるが、やがて観念したように

 気持ち悪い画面へと向き直った。

「ちぇー。勘弁してくれよ。今画面が気持ち悪いことになってるんだから」

 まあそれには同感だが、仕事は仕事だ。

 その辺の区切りはしっかりさせておかないといけない。

「自業自得だ。ほらほら、さっさとデータ作り直せ」

 まったく。ガキじゃあるまいし、現実逃避するなっての。

 さて、さっさと話して帰ろうか。

「じゃあ手短に話すぞ」

「おう、始めてくれ」

 ようやく仕事モードになったのか真面目にキーボードをたたき始めた。

 これでも俺よりも頭が切れる奴だからなあ。

 単純に仕事の範囲は違うが、それでも優秀なのは分かる。

「これをくれたのは俺の彼女、岩倉美樹だ。苗字くらい聞いたことあるだろ」

「岩倉、…えっと、たしか取引先の社長にそんな苗字の人がいたっけ。

 ってことは、ソイツ、お嬢様か?」

「そういうこと。中学からの古い付き合いだ。告白したのはつい最近だけどな」

「あ!」

 急に声を上げると、ものすごい勢いでこちらを見た。心なしか目が輝いている。

「分かったぞ。それ、彼女の形見なんだろ!」

 喜々とした表情で、指まで差して大声で告げてくる。

 もはや呆れすぎてため息しか出てこなかった。

 いや、せめてもう少し抑えていえよ。ほんとに形見だったらどうするんだよ。

「勝手に殺すな阿呆が。今でも元気はつらつに決まってんだろうが。

 恋愛小説の読みすぎだこのゲーム脳。縁起でもないことを言うな大馬鹿者」

 つらつらと悪口を述べた後、人を指差すなと口早に付け加える。

 予想通り喜々とした表情を一瞬で歪めて反撃を開始する。

「馬鹿馬鹿言いすぎだろ!そこまで行くといっそ清々しいわ」

「否定はしないんだな。自覚があることはいい事だ」

「…もうさ、何も言わないから続けて」

 反撃終了。今回は自爆してくれたからさっさと終わったな。

 あきらめたように画面に向き直って仕事を再開する。

 カタカタカタカタ、とキーボードの音が再び鳴り響く。

「彼女はお前よりも頭が切れてな、いつになっても敵わないんだ。

 中学のレベルが低かったからかなりトップ近くにいたけど、何をやっても

 彼女に勝てなかったなあ。生徒会の選挙でも負けたし」

「選挙ぉ?お前そんなに社交的だったのか」

 …そんなに意外そうな顔をしますか。これでも人望はあるんだぞ。

 はあ、もう少し猫被った方がよかったかな。

「これでもちゃんと人前では取り繕っていたからな。お陰で成績はオール5だったぞ」

「想像できんなあ」

「まあ、あんまり素を出さないからな。出したのはお前と彼女くらいだ」

 さらりと褒めてみる。勘がいいせいなのか、それとも自分への評価に敏感なのか、

 すぐに驚いた表情でこちらに振り返った。

「…それって、信用されてるってこと?」

 うずうずとした、笑みともとれるなんか微妙な表情で聞いてくる。

 やっぱり評価には敏感なんだろうな。…おい、なにが「ツンデレのデレか」だよ。

 ぼそっと言うな。そしてそんな表情で見るな。殴りたくなるだろうが。

「まあな。これでも人を見る目はあるつもりだ。っと、話がずれたな。

 高校も大学も一緒で、たびたびクラスも一緒だったし、お互いに似た性格だからか

 とても馬が合ってすごく仲がよくて。で、大学の卒業式に告白して今に至るわけだ。

 はい、俺のターン終了。明日はお前の番だからな」

 もうコイツと一緒にいたくなかったので、話し終えるのと同じタイミングで

 パソコンをシャットダウンさせて席を立つ。

 荷物とコートを取られないうちに掴むと足早に出口へと向かう。

「え゛、もう帰るの!?手伝ってくれないわけ!?」

 河鹿はそんな俺を見て悲鳴を上げた。

 ちらっと見たが、あいつの画面さっきよりエラー警告が増えてたな。

 御愁傷様。きっと今日は帰れないだろう。

「勿論。じゃ、残業頑張れ~」

 ケータイで電話をかけながら振り返らずに手をひらひらと振る。

 背後から薄情者と罵られながら俺は会社を後にした。

 …ピッ。

『もしもし?』

「あ、美樹か?俺だ。灯矢だよ」

『え、珍しい。どうしたの』

「いや、声が聞きたくなってな」

『なにそれ、本当に変なの。あ、さては何かあったな。

 よし、今どこ?奢るから飲みに行こうよ』

「奢らなくて良いさ。じゃあ、いつもの店でな」

『了解。じゃあすぐに行くから』

 ピッ、とそこで電話が切れる。

 今年は春が過ぎてもまだまだ寒い。近年稀に見る異常気象らしい。

 口から漏れる吐息はまだ白い。昨日は雪も降った。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 心はとても温かいからな。

 寒さのせいでまだ桜が蕾のままの公園を横目で見つつも、

 足早にいつもの店へと向かった。

 っと、メモ帳の続きを書いておこうか。

 

 4月17日

  明日は河鹿の暴露大会。

(全体メモ)

  彼女は大切にする


 やっぱり、彼女は大切にしないといけないよな。正直言って、さっきの形見の

 話のあたりから怖くて仕方が無い。だから彼女とあった時には本当に安心した。

 でもその後メモ帳を見られて赤面されて、「消して!」と言われた。

 赤面した彼女なんて初めて見た。河鹿に感謝だな。


 …ちなみに、その河鹿はやっぱり徹夜になってたらしい。ドンマイだ。

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