椅子が何だか生温かい
夏の静けさを切り裂く、恐怖の物語へようこそ。
日常のすぐ隣に潜む非日常。何の変哲もない古びたベンチに腰掛けた瞬間、主人公を襲う異質な「温もり」と逃げられない恐怖を描いた短編ホラーです。
ゾクッとする背筋の凍る感覚を、どうぞご堪能ください。
陽射しの強い午後3時━━。
僕は、学校から帰るなり、リビングのソファに座り込んで鞄からスマホを取り出した。
━━親友の晴人から着信があったのどけれど、帰り道を急いでいたので出られなかったのだ。
僕は、スマホの画面を見た。
「折り返し、電話をかけてみよう――」
そう思い指を滑らせかけた瞬間、画面に表示された**「未読のメッセージ1件」**の通知が目に飛び込んできた。
晴人からのメッセージには、ただ一言こう書かれていた。
『今すぐ家を出られるか? 秘密基地で待ってる』
は?
僕は口を丸く開けた。何だろう 突然━━。
敷地に呼ぶなら 学校の帰り前に直接伝えてくれればいいのに……。
「おいハルト! 命がけの重大発表ってなんなんだよ!?」
息を切らせて秘密基地――近所の公園の裏手にある鬱蒼とした草むら――へ駆け込むと、そこには険しい顔でスマホを握りしめる晴人の姿があった。
「遅かったな……覚悟して聞け」
ゴクリと唾を飲み込む僕に、晴人は重々しくスマホの画面を突きつけてきた。
「俺たちのガチャの推し……今日から『同時ピックアップ』開始だ」
「……は?」
「爆死したら俺は明日からモヤシ生活になる。見届けてくれ」
「電話に出てまで呼ぶ理由がそれかよ!!」
僕の絶叫が、真夏の空に虚しく響き渡った。
「……あー、びびった。マジで何事かと思ったわ」
晴人のくだらない理由に胸を撫でおろし、僕は脱力して秘密基地の古びた木製ベンチへと腰を下ろした。
その瞬間、太ももの裏から背中に向けて、ぬっと嫌な感触が這い上がってきた。
真夏の陽気とは明らかに違う。誰かが直前まで座っていたかのような、あるいは生き物の体温を直接押し付けられているかのような、生々しく不快な温もり。
「……なぁ、晴人」
「ん? 待て、いま単発の一発目が――」
「ここ、誰か座ってたか?」
「は? 俺はずっと立って待ってたぞ。誰も来るわけないだろ」
ぞわりと、背筋に冷たい氷を押し当てられたような戦慄が走った。
それなら、僕のお尻を包み込んでいるこの湿り気のある温もりは、一体誰の体温なんだ?
立ち上がろうとした。けれど、体が動かない。
まるで、椅子そのものが粘着質のある生き物のように、僕の肉体をじっとりと吸い寄せて離さないのだ。
「晴人……助け――」
声を出そうとした瞬間、僕の耳元で、椅子の木目から染み出すような低い吐息が聞こえた。
『――やっと、座ってくれたね』
太ももの裏で、ぬくぬくと温かい「何か」が、ゆっくりと形を変えて蠢き始めていた。
【了】
本作をお手に取り、最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。
「日常のすぐ隣に潜む非日常」をテーマに、普段何気なく使っているベンチや、ふと感じる「温もり」といった身近な要素から広がる恐怖を描いてみました。真夏のふとした瞬間に、この物語のひんやりとした余韻を思い出していただけたら幸いです。
作品を読んでくださったすべての読者様へ、心からの感謝を込めて。




