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嘘つかれたので針千本飲ませます

掲載日:2026/03/21

「おれ、しょうらいお前とけっこんしてやるよ」


幼少期の私は幸せに満ちていた。

幼なじみの伯爵令息ドイルは、齢八歳にして社交界注目の的だった。艶立った金色の髪は周囲の視線を引きつけ、落ち着いた深青色の瞳は見る者を釘付けにした。将来は間違いなく国を代表する美男子になるとか、国を傾ける魔性の男になるとか、周囲では様々な予想が飛び交っていたほど。私の親もドイルのファンだ。


そんな自慢の幼なじみに告白を飛び越え結婚の約束をされたのだ。幸せじゃない方が不自然だ。


「いいの!?」

「ふあんならゆびきりしてやるよ」


私が嘘じゃないかと不安な表情を浮かべると、彼がずいと小指を突き出してくる。私は急いで自分の小指を取り出し、彼の指に絡める。

彼は気分屋だ。待たせてしまってはいつ気が変わるか分からない。


『『ゆ~びきりげんまん、うそ付いたらはり千本の~ます。ゆび切った!』』


響く二人の子供の不協和音。

二人はそうして結婚の約束をしたのだ。


それから私は彼の隣に立てるよう努力を重ねた。

彼が「女は手先が器用じゃないと」といったので手芸を毎日習った。手は傷だらけになったけど、毎年の誕生日に手作りのプレゼントをあげられることが嬉しかった。

彼が「女は料理ができないと」といったので厨房に入り浸った。初めはジャガイモの皮すらむけなかったが、今では桂剥きも出来るようになった。

彼の周りはいつでも綺麗な女性がいて、彼が私を構うことはなかったけど、それでも良かった。

昔交わした約束だけで幸せだった。

幸せだった……



*****



「ウルファ!お前との婚約を破棄する!」


ドイルの声が会場に響く。

今日はドイルの十八の誕生会。成人を迎えるということも相まって、会場には多くの招待された貴族が訪れている。そんな彼らがドイルの言葉で一斉にこちらを向く。


私は手に持っていた小さなポーチをギュッと握る。

ポーチに入っている、今日渡す予定だった刺繍を施したハンカチが、小さく丸まる。


「前からずっと思ってたんだ。お前と俺は住む世界が違うんじゃないかって。顔の華やかさもスタイルの良さも不釣り合いだろ?」


彼は自分の顔をうっとりとした表情で触りながらそう言う。

確かに彼に比べ私は地味だ。身長もそこまで高くなく、標準的な体型だ。


「それにさ、いつも思ってたんだけど、誕生日に毎回くれる手作りプレゼント。あれもダセーっつうか、センスねーっつうか。毎回ゴミ箱行きになって資源の無駄なんだよね」


何気ないように、胸をえぐる言葉紡ぐ。

彼はこういう人間だ。長年の付き合いで分かっていたはずだ。

でも心のどこかで、毎年プレゼントを喜んでくれてると思っていた自分が締め付けられる。

過去の美しい思い出がゆがんで、ゆっくりと潰れていく。


「お前ってさ、自分よがりなんだよね。なんか俺が喜ぶことに自分を見いだしてる感じがウザすぎ」


そうかもしれない。

自分が勝手にやっていたことだ。別に彼に強要されたことはない。彼が言っていることも一理あるのかもしれない。


……だが何故だろう。

フツフツと心の奥底から湧き上がってくるものがある。

後悔でも反省でもない。今まで心の奥底に抑えていた気持ちの蓋が、一気に解放されていく。


「とりあえずそういうことで婚約破棄する!」


あぁそうか。これは怒りだ。

この男に対する怒り、こんなのに人生注いでいた私に対する怒り、そんな奴らがごちゃ混ぜになって心を支配していく。


「わかりました。ただ婚約破棄する前に一点お願いがあります」

「なんだ?もしかして今日もまたダセェ手作りプレゼントでも持ってきたのか?いいぜ、一回ぐらいは使ってやるぜ?」


彼は飄々とした表情でそう言う。

可愛さ余って憎さ百倍とはこのことなのだろうか。そのすました顔が、上から目線が、いつもなら気にならないのに、むしろ格好いいとすら思っていたのに、心の底からムカムカが収まらない。


私は一つ大きく呼吸をすると、言葉を続けた。


「では、針千本お飲みください」

「は?何言ってんだ?」

「昔約束したではありませんか?『ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます』って」


私は子供の口調をまねるようにそう言う。

ドイルは困惑の表情を浮かべる。


「約束通り、()()()()()()()()()()。」

「おいおい、そんなの昔の約束だ。今この場に針なんてないだろ?しょうもないことを言うんじゃねえよ」

「針ならここにあります」


私は手持ちのポーチから裁縫道具を取り出す。


「あぁ、昨日の夜遅くまで誰かの為に刺繍をしていて、間違えてプレゼントだけでなく裁縫道具も一緒に持ってきた、とかではないのでお気になさらず」

「……いやいや、なに子供約束でムキになってんだよ。ガキの頃だぜ?お前も嘘ぐらいついた事あるだろ?なに?お前も嘘ついたら針飲むわけ?いいぜ、お前が飲んだら俺も針飲んでやるよ。ほら、貴族の皆様の前でしっかり宣言してやったんだから飲めよ!子供約束じゃないぜ?まさか自分が出来ないのに俺に強要するのか!?」


憎たらしい勝ち誇ったような顔。

この顔のどこを好きになってしまったのか、もう昔の自分がよく分からなくなってくる。


「確かに私も幼少期何度か嘘をついた事があります」

「じゃあ」

「なので、針飲みます。交互に一本ずつ飲みましょう」


そう言って私は針を一本手に取る。

鋭利に尖った先を見て一瞬躊躇する。が、その先に見える憎たらしい顔が視界に入るや否や、針を口に入れ近くにあったグラスを取り、水と一緒にゴクッと流し込む。


冷たい感覚が食道をつたっていく。

幸い食道で変に引っかかることはなく、針はストンと胃に落ちていった。


周りの群集の息を飲む声、ドイルの驚いたようなアホ面。

すぐに取り出さないと胃と腸がボロボロになるのは目に見えている。だが、そんなことは関係ない。


「では一本飲んでください」

「な、何なんだよお前!」


私がそう言って針を差し出すと、ドイルはおびえた表情をして後ずさる。

さっきまで余裕たっぷりの太った猫みたいな横柄さだったのに、今は親戚の子犬みたいに震えてる。


「ち、近づくんじゃねぇ。お前いかれてるぞ!」

「先ほど皆様の前で宣言されたじゃないですか。私は飲みましたよ?ほら子供約束じゃないんですよね?」

「く、くるなぁ!」


ドイルは私の前からドタドタと逃げようとするが、足がもつれて転んでしまう。

涙目でこちらを見上げ「人でなし!来るな!」と必死に叫んでいる。


「ハハッ!下らん誕生会に参加するのは億劫だったが、こんな面白い光景が見れるとは!」


突如群集の中から一人の男がドイルと私の間に入ってくる。

初めて見る顔立ちだった。

黒い髪に黒い目。視線を上げて見えた顔は、とても精悍で整っている。ドイルに勝るとも劣らない強烈な顔立ちだ。……こんな人この国にいたっけ?


「すみません。どいてくださいませんか?今からそこに転がっている男に針を飲んでいただく予定なので」

「ハハッ!そんなくだらない男の相手をするにはもったいない胆力だ。どうだ?俺と結婚しないか?」

「は!?結婚!?」


さすがの怒りも、これには驚きが勝る。

え?今この修羅場を見て?

針を持って男性を追い詰めている私が言うのもアレだけど、この人相当頭おかしいのでは……


「私と結婚なんてしない方が身のためだと思いますよ。針千本飲まされますし……」

「別に構わん。そうだな」


男は私が持っていた針をヒョイと取ると大きく口を開け、針を飲み込んでしまった。


「ほら、どうだ。そこの男とは違うだろ?俺と結婚しないか?」

「な、なにしてるんですか!早く出さないと胃腸がボロボロになっちゃいますよ!」

「ハハッ!俺の心配はするのか!変わった奴だ。ますます気に入った。針は後で直属の治癒師に取り除いてもらうとするよ。もちろん君のも一緒にね。――さて、君の名前は何と言うんだ?」


男は元気にそう言った。

針を飲む前と変わらない、いやむしろ針を飲んだ後の方が元気そうだ。


「ウルファ。ウルファ・キャンベルです」

「そうか。キャンベル伯爵家の者か。あぁ申し遅れた。俺は隣国のデブロイ帝国第三皇子、ラグド・デブロイだ。気軽にラグドでいい」


目の前の男がそう名乗ると、周囲の貴族がざわつく。

それもそうだ。デブロイ帝国と言えば、我がガロン王国数倍の国力を持つ大国だ。そんな第三皇子がなぜここに……というかなぜ求婚されているの!?


「地面に転がっているそこの男か、私か、それとも別の道か、好きな方を選んでくれ」


私は地面に転がっているドイルを見る。

昔はあんなに格好よく、威厳たっぷりに見えたのに、今ではその面影も見えない。

このまま実家に帰っても、ドイルのファンの両親になんて言われるかわかんない。

でも出会ってそうそう針を飲み込む男について行くのも……


「とりあえず針取り除きませんか?早いほど内臓のダメージ少ないと思いますし」

「む、それはそうだが、結婚の返事はいつするんだ?」

「針取り除いたら決断しますので」


男は少し不安そうな顔をする。

なんだかその顔が、昔の私に重なって見えた。


「そんなに不安なら『指切り』しますか?」


私はにっこりと笑ってそう言った。

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