石の王子の静かな狂気
ギャグのつもりで書いたのですが、そんな雰囲気になりませんでした
静かな夜だった。わずかな月明かりのみが石畳を照らし、風の音すら遠くに聞こえた。
静寂を裂くように闇から染み出た影が屋敷へと忍び寄る。侯爵が敵対勢力である第三皇子を暗殺するために放った刺客である。
懐から短剣を抜き、息を殺しながら刺客は皇子が滞在する離れへと踏み込んだ。だが、扉を開けたと同時に床に叩きつけられた。何者かによって力任せに倒された。何の前触れもなかったことに刺客は戦慄した。後ろから腕を捕縛されたのか身動き一つ取れない。舌をかみ切ろうとしたのだが、それより早く口の中に布を詰め込まれていた。
まるでこういった手合いがどのような動きをするのか心得ているような反応だった。
音もなく刺客を制圧したのは一人のメイドだった。銀色の長い髪が印象的な美しい顔立ちの少女だった。だが、その顔は人形のようだった。石像のように美しく整ったその顔は人間の表情の機微が全く読み取れなかった。
「そのぐらいにしておけ、壊してしまっては元も子もないからな」
部屋の奥で長椅子に座っている金髪の青年が声をかけるとメイドは無言で頷いた。
この青年こそ刺客が暗殺しようとしていたターゲットの第三皇子のリチャードである。美しく光る碧眼の瞳で皇子は興味深く刺客を観察していた。しばし眺め終えた後にふいに立ち上がり、倒れた刺客に近づき、しゃがみ込んだ。
「ふむ……実にしなやかな良い動きだ。山猫を思わせるような、実に美しい躍動感だった」
そういって皇子は両手を伸ばすと刺客の両頬を抱え込むようにして無造作に触れ始めた。人間に対する尊厳や配慮などは欠けた、言ってみれば物の造形を確認するような手の動きだった。
「この角度のポーズはいいな、光の入り方が美しい。それに美しい顔をしている、いいな、実にいいな、お前」
まるで宝物を見つけた子供のように目を輝かせている。どう考えても異常な状況なのだが、メイドは顔色一つ変えることなく皇子の行動を黙認している。
触れられることに生理的な嫌悪を覚え、刺客は見悶えて抗おうとしたが、メイドの力は予想外に強くて身動きをすることが不可能だった。
「この腕の筋肉も、この足の筋肉の張りも、鍛えているからなのか、背中も肩も普通の人間とは違う肉の付き方をしているのだな」
(こいつは……私を人間と見ていない……)
刺客の意思などお構いなしの振る舞いだ。その無遠慮さが皇子をさらに不気味なものに映し出していた。一通り、刺客の体に触れて確認し終えた後に皇子は嗜虐的な笑みを浮かべた。
「実にいいぞ、貴様!気に入った!……私の石像のコレクションにしてやろう!」
何を言っているのだ、この皇子は。石像とは何だ、こいつ、どう考えても普通じゃない。刺客は焦り始めた。だが、身動き一つ取れず抵抗すら満足にできない。この異常な状況の中で皇子は笑いながら何かをし始めた。口に詰め物をされたまま、刺客の声にならない悲鳴が響き渡った後、不気味なほどの静寂が辺りを包み込んでいった。
■
翌朝、侯爵邸に巨大な木箱が届けられた。侯爵は不審に思いながら蓋を開けて、腰を抜かして絶句した。
箱の中には昨夜送り込んだ刺客そっくりの石像が、苦悶の表情で収まっていたからだ。
「こ、これは……!」
家臣たちが震える声で囁く。無理もない。人間と見紛うほど、今にも動き出しそうな石像だったからだ。何かの呪いを受けたのではないかという苦悶の表情を浮かべている点も見る者の恐怖を煽った。
「侯爵様……これは禁呪の……石化魔法では……」
「そ、そんな魔法……聞いたことが……」
「当然だ。帝国では禁呪として封印されている…」
禁呪は悪用される危険性があるため、帝国の禁書庫に封印されている。だが、これはどう考えても石化の魔法を使われたようにしか見えない。
(皇子は……禁呪を使う術師を従えている……刺客を返り討ちにし、石化させ、芸術品として送り返す……これは警告だ!奴は刺客が私の手のものだとすでに把握している)
侯爵の顔から一気に血の気が引いた。侯爵は震えながら叫んだ。
「まずい……第三皇子を敵に回したのは……間違いだった……!」
「旦那さま、大変ですっ」
「騒がしいぞ、いったい何事だ」
「それが、第三皇子のリチャード様がお見えになっています」
「なんだと」
ギョッとなった侯爵は部屋の窓から外を見た。確かに屋敷の敷地の門の前には豪奢な馬車が止まっていた。こうしておれぬと部屋から飛び出すと一階のバルコニーに向かった。そこには護衛の騎士たちとメイドを連れた第三皇子リチャードの姿があった。皇子は侯爵の姿を見つけると笑みを浮かべた。その笑みが侯爵にはひたすらに怖かった。
「やあ、侯爵、久しぶりだな」
「り、リチャード様、ご無沙汰しております、いったいどうしてこのようなところに」
「なあに、先ほど届けた贈り物の感想が聞きたくなったものでな」
「贈り物ですか」
「そうだ」
侯爵は冷や汗をかきながら、それでも冷静に振る舞おうと努めようとした。だが、第三皇子はそんな侯爵の心の中を見透かすかのように侯爵に近づくと耳元で囁いた。
「あれは、お前のものだろう」
(終わった……私の人生はここで石になる……)
侯爵は震え上がった。刺客を送った者が自分であることが発覚しているからだ。後ろ盾にしている第二皇子の邪魔になるだろうからと第三皇子を亡き者にしようとしたことをこの男は把握している。あれとは間違いなく石化した刺客のことだ。
「あはは、いったいなんのことでしょうか」
「誤魔化すな、俺は全て知っているぞ、お前が何を考えてアレを送ってくれたかということも」
「えっと、皇子」
「アレは美しかった!造形が芸術だ!だからこそ永遠に朽ちることのない芸術にしてやったのだ!感謝するがいい!それともあれか、お前もアレと同じようにしてやろうか」
皇子の機嫌のよさに対して侯爵はすでに精神的に虫の息だった。この人に逆らっては駄目だということを心から理解していた。逆らえば自分も第三皇子によって石の像にされるだろう。
こうして侯爵は第三皇子に敵対するのを諦め、服従する道を選んだ。
侯爵の一件を耳にした人々は第三皇子が人間を石像にする力を持っていると恐れた。
■
第三皇子の住む離れにて何やら不可思議な音が聞こえていた。鋭い刃物を何か硬いものにぶつける音である。音の主は第三皇子リチャード、その手に握るのはノミとハンマーであった。彼は額に汗を流しながら集中した様子で石を削って石像を作っていた。
彼の周囲にはすでに出来上がった侯爵家の執事やメイドそっくりの石像が並べられていた。
そう、彼は人間を石にするわけではない。本物と見間違う石像を作る腕前を持った芸術家なのである。普段の言動などで誤解を受けて恐れられるのだが、何が一番恐ろしいのかというと本人がそれに全く気付かず、なおかつ全く気にしていない事である。
良い作品ができること、そしてそれに満足すること。彼が望むのはそれだけなのだ。
「待っていろ、侯爵、あのような者を送ってくれた感謝を込めて貴様の家中の者たちそっくりの作品をプレゼントしてやる」
こうして、ある日侯爵が目覚めると屋敷中に家中の人間そっくりの石像が配置され、すべての人間を石化されたと勘違いした侯爵の髪が真っ白になる侯爵家メデューサ事件が起きるのだが、それはまた別の話である。




