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第七話 「猩々って結構頭良くない?」「そういう問題じゃない」


 大きく息を吸い、吐く。


 ――ハァーー……


 それだけで空気は白く濁る。

 私は左足を大きく前に出し、腰を落として半身で構えた。

 構えの基本は脱力だ。武器に振り回されない程度で手は軽く握り、槍は自分の腕と一体化させる。武器と身体の一体感によって無駄な力が入らないようにする。

 …目の前の師匠にそう教わった。



 「…じゃあ準備は良いかい?」



 「……」



 もう一度大きく息を吸い、吐く。


 緊張で僅かに強ばっていた筋肉が解され、狭まっていた視界が広くなった。


 同時にあることが頭を過る。



 ――そもそも、何でこんなことになったんだっけ。







 ……キッカケは……そう、師匠と共に町へ買い出しに行った帰りのことだ。



 「……よく、そんなに持てるね。僕の体重の倍はあるんじゃない?体幹どうなってんの?」



 「そりゃまあ、毎日鍛えてますし。むしろ師匠は何でそんな少ないんですか?」



 「僕は技量で補ってんの。ゴリ押しで戦う猩々みたいな葵ちゃんとは違うんですー」



 「はぁ!?それは聞き捨てならないです。誰が猩々ですか!誰が!!」



 そう問い詰めたら、師匠は呆けた顔で、

 


 「え、葵ちゃん」



 と指さして宣いやがった。


 私はキレた。勝也の野郎が、ふと私の腹を掴んで「ふ、柔らかっ!」と笑った時と同じくらいキレた。

 だから、



 「……早く家に帰りましょう。そして、道場で待っていて下さい。あなたの顔面をぶん殴ってやる」



 「え、あ、うん」



 私の勢いに気圧されたのか、師匠は素直に頷いた。


 私はそんな師匠を置いてずんずん進む。


 ふと、後ろを見ると師匠は妙に生温かい目をしていた。

 それが余計に癪に障った。










 ――そして今に至る。


 うん、思い返したら益々腹が立ってきた。

 何が猩々だ。あんな毛深くって筋骨隆々の猿と私を一緒にするな!


 「ふぅー……」


 ……落ち着け。これで冷静さを無くし愚直に突っ込みでもすれば、"猪女"やら何やらといった渾名を付けられて煽られる。

 確証は無いけどそんな気がする。


 …まぁ、師匠の手の平に乗せられて既に手遅れの気がしないでもないけど……






 正面に立つ師匠は私と鏡合わせのように左足を前に、右足を軽く引いた半身で槍を構えている。

 しかし、その構えには隙が無い。下手に隙でも見せれば、あっという間に間合いを詰めて急所を一突きにされる。そんな雰囲気を漂わせていた。



 「…はい大丈夫です。いつでもどうぞ」



 「ほい」



 私の返答を合図に、師匠は右足で地面を蹴り一気に距離を詰めて来た。



 「――ッ!」



 なんの脈絡もないその動きにちょっとだけ面食らったが、この一戦が正々堂々のものではないことは最初から分かっていた。

 師匠による足元狙いの一突きを飛び退きで回避する。

 紙一重でそれを躱した私に対して、師匠は続けざまに正中線へと三連突き。



 「――ぐっ!?」



 最初の二発は槍を盾にして防ぐことができた。しかしそれは本命を通すための囮。左右に揺さぶられながら、上体を狙った突きによってがら空きになった胴体。それもよりにもよって鳩尾へと、本命の一突きは深々と突き刺さっていた。

 猛烈な吐き気と、身体の中を冷たい手でまさぐられるような悪寒が走る。

 互いの得物が穂先が布で保護された練習用の物でなければ、今頃は私の臓腑は、師匠の一突きによって掻き回され、血と腸で満ちていたことだろう。

 なんとか膝をつくことは無かったが、それでも槍を支えに立っているのが精一杯。


 ――戦闘続行、不可能だ。


 

 「まず一回」



 師匠はそう呟くと共に、ポンッと眉間に軽く槍の穂先を当てた。

 まずは私の一敗。これが実戦であれば私は一回死んでいた。 

 


 「ほら、さっさと立って。せめて三回やるよ」



 額に脂汗を滲ませて、今にも倒れそうな私に対して師匠は無情にそう告げた。

 怒りによる戦意などちょっと痛い目を見れば簡単に砕ける。今回私は、それを身を持って知った。



 「ま、待って下さい。少し休憩を……」



 「残念だけどそんな時間は無いよ。妖怪相手に『腹痛が酷いから見逃して下さい』とでもお願いするつもり?葵ちゃんが今まで戦ってきた妖魔どもはそんなに手ぬるい存在だったのかな?」



 「それは……」



 「ならさっさと構えて。10秒待つけど、それ以上は待たせるようだったら、もう一度鳩尾を殴ってゲロ吐かせるから」



 師匠はそう言うと、人差し指を立てながら秒読みを開始した。



 「……」



 師匠の言い分は正しい。これはただの稽古ではあるが、妖魔との実戦を想定している。この程度の試練を乗り越えずして、妖魔と戦おうなどとは思い上がりもいいところだ。


 ――どうせ死なないんだから、死ぬ気で食い下がって見せろ。


 無言の圧力でそう訴える師匠の姿に、私は覚悟を決めた。

 


 「……っ」

 


 痛みがまだ残る腹部に右手を添える。痛覚を刺激しないよう軽く撫でさすり、その鈍痛に耐えるように歯を食いしばって立ち上がる。

 だけど、やはり足元がおぼつかずに身体がぐらついてしまう。



 「準備は良いみたいだね」



 私の様子を見ていた師匠が呟くと、その姿が視界なら消える。しかし、今度は呆けることはない。

 下を見やれば身体を低空で滑るように移動している師匠の姿が確認できた。


 ――縮地?


 私は、師匠が消える直前に瞬きをした。その些細な隙で目前まで移動していた。見事な技術に感嘆するが、いま気にするのはそんな事ではない。

 顔面狙いの突きが迫る。



 「ぎっ…」



 顔を横に逸らしてそれをどうにか回避する。


 ――お返しです。


 胸部の中心、正中線へと突き返す。

 しかし、狙いが分かりやす過ぎたのか、師匠は左手のみで軽くいなされ、槍の穂先は空を切る。それどころか脇で挟み込むように固定されてしまった。

 これでは得物を振り回すことも出来ない。


 ――でも、これくらいは想定の範囲内。


 なんてったって槍の弱点は穂先を抑えられること。踏みつけでも槍の切先でも、今回のように躰で挟み込んで止めるなり、やり用はいくらでもある。

 だから私は対して動揺せず、冷静に脚に力を込めて大地を蹴る。

 狙いは、がら空きの胸部。



 「おっ…!?」



 いわゆる鉄山靠――全体重を背中で叩きつける体当たりだ。

 ドンッと肉がぶつかり合う音が響き、師匠の身体がぐらりと揺れた。

 そのまま一尺分、後ろに押し戻す。


 ……そう、たった一尺。無防備に食らえば、数歩分は吹っ飛ばしていただろう、巫女の馬鹿力を活用した体当たり。それを難なく堪えた師匠に驚きを隠せないが、呆けてる暇はない。


 すぐさま距離を取ろうとするが、師匠はそれを許してはくれなかった。



 「遅いよ」



 太腿へ強烈な下段回し蹴りが突き刺さる。



 「しまっ――」



 膝が折れ、強引に体勢が崩される。

 同時に、師匠の腕が頭の裏へと回され、そのまま抱きつかれるようにして懐に潜り込まれる。

 身体を捩って逃れようとするが、それが許される前に私の鳩尾を何かが強烈に打ちつけた。



 「~~~ッ!!!」



 灼熱のような激痛が腹部を中心に全身に駆け巡る。攻撃の正体は膝蹴り。あまりの痛みに視界が明滅する。

 だけどそれだけでは終わらない。

 二度、三度……と、執拗に膝蹴りが打ち込まれた。その度に私の口から声にならない悲鳴が漏れる。



 「~~ッ!!ぐっ……や、やめ……」



 言葉が上手く紡げない。

 ようやく口から出た言葉は情けなさを感じるくらいに弱々しくて、一言一言を発するのにも苦痛を感じてしまう。

 しかしそれが功を奏したのか、頭を固めていた右腕の力が弱まった。すぐさま師匠の右脇腹を殴りつけ拘束を完全に解く。


 そして、小さく仰け反ると振り子のように勢いをつけて、師匠の顔面に頭突きを食らわせ――


 ――ガンッ! 


 星が飛び散り、チカチカと視界が明滅する。続いて顎へと横殴りの衝撃が奔る。

 


 「あ、へ…?」



 一瞬の浮遊感。痺れるような感覚が顎から顔全体に広がる。頭突きなんて生易しいものじゃない。あまりの衝撃で顎が外れてしまったのかと思った。それほどに強烈な一撃だった。

 思わずよろけるも、すぐさま構えをとる。……が、どうにも手足に力が籠らず、時折膝から崩れ落ちそうになる。


 ――一体、何をされた?



 「……これで、二回目」



 私が混乱していると、側頭部にペシっとと軽い衝撃。

 気付けば師匠の槍が私の頭を軽く叩いていた。



 「大丈夫?結構綺麗に決まったとは思ったけど」



 「え……あ、はい。痛みとかは無いです。しばらくは力が入らないと思いますけど」



 私は額をさすりながら答える。

 さっき私は顎へと二連続の衝撃を感じて、そのまま脳が揺さぶられた。

 状況と師匠の構えから推測するに、一撃目は拳骨でのかち上げ、二撃目は肘による横殴り。

 最後の決め手が素手による攻撃だということに対して、初めて師匠との手合わせで敗北を喫した時の事を思い出してしまう。

 だけどあの時と異なり、今回は油断も慢心もしていない。それでもこの有様だ。

 こちらも万全ではないとはいえ、師匠との力の差が、経験の密度の違いをまざまざと見せつけられる。


 とはいえ……



 「葵ちゃん」



 「はい」



 「……まだやる?」



 師匠の問いかけに対し、私は小さく頷いた。


 ……実力がかけ離れているからといって、それが諦める理由にはならない。

 技量の差は埋められない。

 だからこそ、身体能力と発想で叩き潰す。

 いつものように……格上相手にそうやって戦って来たんだ。


 そして、そのすました顔に一発当ててやる!



 「今度は葵ちゃんからで良いよ」


 

 「……」



 軽く頷きながら、構えを正す……と見せかけて、私は投げた。

 何を?なんて分かりきった事。当然、槍をだ。

 虚を突くような私の動きに対して、師匠は驚いた様子も無く、ただ目を細めると首を傾けて躱して見せる。

 避けられた槍は師匠の後方、稽古場の壁を強かに打ちつけ地面に転がった。


 でもそれは想定内。当たるに越したことはないけど、猿真似が通用しないことは分かりきっていた。



 だから私はそのまま前に踏み出し、足払いで師匠の足を刈る。



 「おっと……」



 しかし、それも軽く跳ぶようにして回避された。

 今の足払いに力はそれほど籠めていないが、それでも師匠からすれば予備動作が見え見えだったのかも知れない。

 

 師匠は殆ど音もなく着地すると、そのまま上段から槍の穂先を振り下ろしてくる。



 「……っ!」



 辛うじて肘先で受けとめるが、ピシッと嫌な音が鳴り響く。

 人体の中でも有数の硬度を誇るとはいえ、所詮は骨。

 上段からの打ち下しは、剣術の達人が振るう一撃となんら変わりはなかった。それ故に折れることは無くとも、鋭い痛みと痺れるような感覚が右腕に奔った。

 それでも私は、痛みと痺れを堪えて、槍の穂先を手の甲で真下へと打ち払う。


 そのまま槍先を踏みつけて押さえ込む。これで師匠の得物は完全に封じ、間合いも詰めた。

 ……だけどこれで終わりではない。悠長にやっていればさっきの二の舞なのは目に見えてる。


 槍を踏まれたことで、師匠は前のめりに態勢が崩れた。それによって、がら空きになった顔面。


 そこを目掛けて拳打を打ち込んだ。



 「ぐっ…」



 見事命中。師匠は苦しそうな顔で、鼻を押さえながら一歩後退った。


 だけどタダで攻撃を食らって退く師匠では無く、返す拳で私の横っ面を殴られる。



 「……っ」



 三度目の顔への打撃。僅かに意識が揺れるが、気合で耐える。

 そして、すかさず師匠の襟首を掴み身を引き寄せて、腹部に渾身の膝蹴りを叩き込んだ。



 「がっ……」



 一際苦しそうな声を上げながら、師匠は身体をくの字にして呻くようにその場に蹲った。

 膝が折れ、崩れ落ちる。そうなるといい所に師匠の頭が来てしまった。

 具体的に言うと、私の膝頭に師匠の鼻先当たる。



 「……あ」

 


 何を思ったのか、私はそんな間抜けな声を出していた。

 そして反射的に動きだしてしまっていた。


 師匠の身体は派手に背後へと吹き飛び、メ゙キョッと、何か水気を含んだ湿った物が砕けるような音が響いた。


 …だけど、足りない。


 手応えが軽かった。咄嗟に手のひらで防がれていた。後ろへと跳ぶことで衝撃を逃がしていた。

 でも、あの状態から完全な防御は流石の師匠もできなかったらしい。

 現に、師匠は今も立ち上がることが出来ていない。私との間には点々と血が滴り落ちており、先ほどの肉を潰す感覚を否応なく思い起こされる。


 だからといって、追撃の手を休める気は無い。

 油断してはこちらが危ない。何に化けるか分からないのが師匠なのだから。



 一歩一歩……慎重にすり足で歩を進め近付いていく。

 すると、師匠の指がピクリと動いたかと思えば酷く緩慢な動きで手で顔を覆う。そして鼻を押さえながら、片膝を立てて身体を起こした。



 「…っぅ…最後の膝蹴りは効いたよ。うまく防がなければ顔面が凹んでいてもおかしくなかった。妙に容赦無かったけど、そんなに鬱―溜まってたの?」



 「?……えぇ、はい」



 今、師匠の声が砂嵐のようにざらついて聞こえたような…?

 少し違和感を憶えたけれど、私は特にそれを口に出すことなく聞き流して、曖昧に頷いた。

 ふと、視線を落とせば、赤い液体が地面にぽつぽつと斑点を作っていた。

それが私の鼻血であることに気付き、私は懐から布切れを取り出して乱雑に拭う。



 「――まぁ、煽ったのは僕だから、これ以上何も言わ――どね。…と――――試合はこれでおしまい。顔面に一撃食らって最後は僕の負け。良かっ――、葵ちゃん。って、葵ちゃ――丈夫?」



 「えっと…はい。大丈夫、です」



 口ではそう言うものの、頭がグワングワンと揺れて気持ち悪さで潰れそう。

 とりあえず何処かの布団で横になって休みたい。師匠にそう伝えようと口を開く。

 


 「師匠、横になりたいのでちょっと休憩を――ぇ?」



 言葉が出てこない。息が上手くできない。……身体から力が抜ける。

 足がもつれて倒れ込む。世界が大きく動き地面が迫る。


 ――あ、まずい。


 そう思った時には既に手遅れで、せめて受け身を取ろうと身を捩るも間に合わない。衝撃に備えて固く目を閉じる。



 「あ、れ……?」



 だけど予想していた痛みは来ず、代わりに感じたのは布の肌触りと筋肉の確かな硬さ。



 「――…!」



 何も聞こえない。目も霞んでいる。だけど、

 師匠に、確かに抱きとめられた――それだけは分かった。

 せめて「ありがとう」と伝えようとするが、やはり口が動かない。


 その事を大変惜しく思いながら、私は意識を手放した。


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