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第六話 決め手は過失


 妖猫を倒してから、およそ七日が過ぎた頃。

 私は近くの町で、束の間の安逸を貪っていた。


 いくら多少強くなれたとはいえ、命を賭ける戦いを何度も続けるのは正直怖い。

 加えて、あの妖猫から受けた傷もまだ完全には癒えていなかった。


 そんなわけで私は宿に籠もり、怠惰な日々を満喫していたのである。



 ──が、いつまでもそうしているわけにもいかない。



 戦いの勘は鈍るし、先週の一戦で自分の欠点もはっきり見えた。


 それは――基礎が、あまりにも疎かだということ。


 これまでは“茜刺し”のおかげで、どうにか切り抜けてきた。しかし、体力も技術も未熟なまま。一応、我流で身体は鍛えてきたつもりだったが……どうにも、噛み合っていない感覚が拭えない。


 本来なら、真っ先に向き合うべき問題だった。

 低級の妖怪相手なら能力だけで十分だと驕り、技というものを軽視してきた。


 ──そのツケが、今になって回ってきたのだ。


 ……まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。


 私は意を決し、師事できる相手を探すため町へと繰り出した。




 …………


 ………


 …




 そして──。



 「此処……ですよね。他に建物はありませんし」



 私は山麓にひっそりと建つ道場を見上げた。

 看板には辛うじて『無槍流道場』と読める文字。

 石造りの建物は、元は寺院だったものを改装したのだろうか。趣があると言えば聞こえはいいが、壁の染みや軒下の蜘蛛の巣を見るに、手入れが行き届いていないのは明白だ。

 もっと立派な道場は幾つかあった。だが、それらは全て私のお眼鏡には叶わなかった。

 理由は単純。師範代ですら、私より弱かったからだ。

 巫女になってから、自分の身体が人間離れしていることは嫌というほど自覚している。それでも、自分より圧倒的に強い存在──妖猫のような化け物を殺すための武術なのだ。私を屈服させられない人間に、教えを乞う意味などない。


 ……少々、意固地になっている自覚はあるが。やっぱり大事なことだ。


 私は意を決し、重たい門戸を開いた。


 

 「た、たのもー」



 中は外観と同じく寂れていた。建物が古い事を抜きにしても、何処か陰気で暗鬱とした空気が澱んでいる。

 だが、人の気配はした。



 「ごめんくださーい」



 返事はない。しかし、奥に確実に気配がある。

 少し悩み、私は土足で板張りの床へと踏み入った。



 「お、おじゃましまーす」



 道場の中央。そこに、座禅を組む一人の男性の姿があった。

 彼が此処の師範だろうか。

 歳は三十代ほど。黒髪を荒々しく波うたせ、無精髭を生やすその姿は、求道者というよりは単に無頓着に見える。体格も武術家にしては線が細く、優男という印象だ。


 ——なのに、呼吸だけは妙に静かだった。



 「あのー……瞑想中すいません。ちょっとお話が……って、あ?」



 ──すぴー……すぴー……。



 微動だにしないその男は、背筋を定規のように伸ばしたまま、器用に寝息を立てていた。

 私は無性にイラッとした。

 無言でその頭へ手刀を振り下ろす。勿論、能力は使わず手加減はした。それでも、怠惰な青年に喝を入れるには十分な速度だったはずだ。



 しかし──バチンッ!



 「「……!?」」



 乾いた音が響いた。

 見もしないまま動いた彼の右腕が、私の手首を寸分違わず叩き落としていた。

 私は驚愕に目を見開く。



 「……えっ、何?知らない人……だよね? 何で初対面で手刀入れてるの?怖いんだけど」



 「あ、はい、すいません。ちょっと、こう、喝を入れてやろうと思いまして」



 男は眠そうな目をこすりながら私を見た。



 「あ、私、秋風葵と言います。貴方にちょっと用があってこちらまで伺いました」



 「用? ……あぁ、もしかして道場破りだったりとか?」



 「はい、一応そのつもりで来ました」



 男はぎょっと私の顔を見つめると、はぁ~と深くため息をついた。



 「……マジか……。年下の少女に看板奪われるなんて、人生ままならないもんだね。……まともに運営してたつもりは無かったけど」



 「あぁ、別に看板はいりません。一度、試合したいだけなので」


 

 そんな事を言うと、彼は先ほどまでのひどく憂鬱そうな顔は鳴りを潜め、眉を顰める。ポリポリと頭を掻くと、よっこらせと立ち上がった。

 そして壁まで行くと、かけられた二本の稽古槍をとる。



 「はぁ……。うん、まぁいいや。……他に目的とか聞きたいことあったけど、君のお望み通り試合してあげる。そしてボコってあげるよ。顔面を入念にね」


 

 「え、あ、はい。お願いします」



 (……なんか怒らせちゃいましたかね?)



 私は放られた稽古槍を受け取る。

 彼もまた、もう一本の槍を手に取り、私と対峙した。


 

 「……そういえば、自己紹介がまだでしたね。私は秋風葵です。貴方の名前は?」



 「ん?ああ、僕かい?僕は山茶花八折(さざんか やおり)だよ。……気軽に山茶花さんとでも呼ぶと良いさ」



 「そうですか……では山茶花さん。決着の方法はどうしますか?」



 「うん、そうだねー。相手により先に有効打を一撃入れるで良いんじゃない?審判もいないし、それが一番分かり易いでしょ」



 「えっ……? いや、先端を布で覆っているとはいえ、コレがまともに当たったら無事では済みませんよ?」



 「大丈夫大丈夫。僕強いし。君に負ける気が一切しないしね。手加減してあげても良いよ?」



 「むっ……さっき弱音吐いてた人の発言とは思いませんね。……その余裕、後悔させてあげますよ」



 カチンときた。

 私は腰を落とし、切っ先を相手の喉元へ向ける。


 対する彼は──



 「何ですか? 右足を出しただけで殆ど棒立ちじゃないですか。浅学ですが、槍は両手で持ったほうが良いと思いますよ?」



 「僕はこれで良いの。それに君も大概じゃない?見様見真似で中段で構えてるけど腰が上げすぎ、もうちょっと重心下げないと安定しないんじゃない?」



 「……うるさいですね。私はこの方がやりやすいんです」



 そう言いつつも、試しに足を広げ腰を落としてみると、驚くほどしっくりくる。

 その事実に、私は僅かに目を細めた。



 「ふーん? ま、どうでもいいけどさ……開始の合図は僕がこの槍を手放したらで良いよね」



 「はい。……はい?」



 流れで返事をしてしまってから、違和感に気づく。


 槍を、手放したら?


 その疑問を口にするより早く、彼の手から槍が消えた。

 私が一度、瞬きをした。

 ぱちくりと、ほんの一瞬の暗転。

 目を開けた時には、眼前へ槍の穂先が迫っていた。


 ――投擲。



 「ッ!!」


 私は咄嗟に槍を跳ね上げる。カンッ!と高い音が響き、相手の槍は宙を舞った。

 いっそ背筋が寒くなるほど呆気ない。だが、防いだ。

 そう確信した瞬間、視界から山茶花さんの姿が消えていた。



 ――いない!?



 数瞬前の記憶を手繰り寄せ、左だと判断する。

 しかし、私が反応するより早く、視界が真っ暗闇に染まった。

 彼の掌で、顔を塞がれている。そのまま、万力のような力で頭を固定された。


 唐突な事態に身体が硬直する。

 後ろへと向く力の流れから、大まかに意図を察した。

 


 ――投げられる!



 瞬時に、足腰に力を入れて抵抗しようとする。

 だが。



 「……はい、僕の勝ち」



 耳元で囁かれた直後、足元を刈られ、天地が反転した。

 受け身を取る隙すらない。

 後頭部に衝撃が走り──いともたやすく、私の意識は途絶えた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 「ん、う……」



 次に意識を取り戻した時、私は布団に寝かされていた。知らない天井だ。辺りを見渡すも見慣れないものばかり。

 だが、徐々に過去の記憶が集まってくる。直前の記憶は――


 ――そっか、負けたんだ。


 起き上がろうとした途端、頭に鋭い痛みが走った。



 「っ、痛っ!?」



 「あっ、ダメダメ。頭から地面に叩きつけたから、まだ起き上がんない方が良いよ」



 山茶花さんがひょっこりと顔を出した。



 「……おはようございます」



 「おはよう。調子はどう?目眩とか吐き気は?」



 「……大丈夫です」



 「そう、それは良かった。じゃあ試合の結果だけど……僕の勝ちで良いかな?」



 「……はい。私の完敗です」



 素直に敗北を認めると、山茶花さんは意外そうに眉を上げた。



 「おや? もっとごねるかと思ってたよ」



 「ごねませんよ。……ただ、二つ三つ聞いても良いですか?」



 「良いよ良いよ。僕に答えられることならなんでも」



 「一つ目……あの最初の投擲は、私が瞬きする瞬間を狙いましたね?」



 山茶花さんは「ああ、バレた?」と軽く笑い、自分の目を指さした。



 「葵ちゃん、僕がこの部屋に入ってから君は何回瞬きしたか分かる?」



 「えっ? ……いえ、分かりませんが」



 「僕も数えてはいないよ。でも、規則性は見える。君は通常、大体七拍に一回くらいで瞬きをしている。そこを突いただけさ」



 生理現象すら隙にする。理屈は分かっても、実戦でやれる芸当ではない。



 「二つ目。……最後の投げ。あれは私を殺す気でしたか?」



 「……そうだね。あそこで落とさなければ、多分君は立ち上がってた。だから殺す気でやった」



 「……そうですか。ありがとうございます」



 「……感謝される覚えはないんだけど」



 私は一つ息を吐き、最後の疑問を投げかけた。



 「山茶花さん。貴方の流派は……何ですか?」



 「無槍流。槍術から派生した暗殺術だよ」



 「暗殺術……」



 「そう。槍使いが槍を投げて、暗器を使うなんて予想できないでしょ?初見殺しのお遊び流派さ」



 そう言って袖の下から手裏剣や縄鏢をジャラジャラと出して見せる彼を見て、私は確信した。

 この人だ。私が求めていたのは、この強さだ。



 「質問時間は終わり。僕はもう戻るから、君はもう少し寝てるといいよ。昼飯くらいなら出してあげる」



 「ちょっと待ってください!」



 部屋を出ようとする背中に、私は叫んだ。私は布団から転がり落ちるように這い出し、その場で深々と頭を下げる。



 「私を……貴方の、この道場の弟子にして下さい! お願いします!!」



 「……」



 「私は強くなりたい! ならなくちゃいけないんです! どんな苦行でも耐えてみせます! 雑用でも何でもしますから!」



 山茶花さんは困ったように頭を掻いた。



 「……君に何か複雑な事情があるのは分かる。その必死さも」



 「なら!」



 「でもね、僕は弟子は取らない主義なんだ。面倒だし、僕みたいな怠惰な人間が人に教えを説けるわけないし」



 「……そんな」



 「それに見ての通り、この道場は貧乏でね。君を養う余裕は……」



 「金なら、あります」



 「……えっ、ほんと?ちなみにどれくらい?」



 食いついた。

 私は懐からがま口を取り出し、中身を見せつけた。



 「今あるのが一貫。宿にはあと十貫ほど」



 「……妖怪退治の稼ぎ?」



 「はい。ほぼ一年掛けて貯めた全財産です。これで……私を弟子にしてくれますか?」



 「う、う〜ん。魅力的な提案だけど……それでも監督責任とか面倒だしなぁ……」



 まだ迷っている。あと一押しだ。

 私は先程の会話を思い出し、勝負に出た。



 「……そう言えば山茶花さん。さっき『殺す気でやった』と言いましたよね?」



 「ん、ああ」



 「先程の試合の勝利条件は、先に有効打を一撃当てること。それだけなら掌底なりなんなりで済むのに、"何で投げたんですか?"」



 「……。」



 何かを察したのか、山茶花さんは口を噤んだ。



 「あんな床で頭からいったらどうなるか、容易に想像出来ますよね?下手しなくても死にますよ」



 「……」



 彼はダラダラと冷や汗を流して明後日の方向を向いた。



 「やりすぎ、ですよね。貴方に責任がある」



 「……はい」



 「では、うら若き乙女を傷モノにした負い目があるなら……」



 私はにっこりと微笑んだ。



 「責任を取って、私を弟子にしてください」



 「……はい」



 こうして、私は紆余曲折ありながらも、

 山茶花さんの道場に入門する事になったのでした。






 「あっ、弟子になったからには、僕のことは師匠と呼ぶようにね?」



 「はい、師匠!!」


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