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第十一話 半妖の少女

 

 「どうしようかな……」



 机に突っ伏しながら、おもむろに呟く。


 私は困っていた。

 最近やってきた同居人――水鏡澪花ちゃんのこと。

 初対面の印象的には人見知りってわけじゃないと思う。ただ、どういう立場で話せばいいのか分からないって感じかな。



 「大変そうだね」



 「師匠……えぇ、はい……」



 振り返ると、師匠が襖を開けて入り口に立っていた。


 いや――



 「勝手に部屋に入らないで下さい。引っ叩きますよ?」



 「それはごめん。でももう昼過ぎだし、メシ作ったから呼びに来たんだけど?」  

 


 ……昼メシ?


 ハッと外を見ると、太陽が見えない。恐らく完全に真上に上がっている。それどころか西に傾いてる気がする。

 


 「えっ、ごめんなさい!作り忘れてました!」



 「いいよいいよ。それだけ真剣に考えてたって事でしょ?だから、澪花ちゃんも呼んできて」



 「はい」



 部屋を出て、隣の襖を開け……る前に、立ち止まる。

 さっき師匠に注意した手前、私が破る訳にはいかないもんね。  

 小さく深呼吸をすると、襖の骨組みをコンコンと叩く。



 「澪花ちゃんいます?入るよ」



 いた。

 彼女は、部屋の隅に入り込むかのように三角座りになっていた。



 「澪花ちゃん、師匠がお昼ご飯を作ってくれたみたいだから、一緒に食べよう?」



 「……。」



 ……うぅ、あんまり反応良くない。

 今朝もそうだけど、軽く頷くだけ。まぁ、反応を示してくれるだけマシなのかな……?

 彼女の過去は知らないけれど、気持ちは何となく分かる。彼女は今、何をして良いのか分からないんだろう。無気力な日々を過ごした私と一緒だ。

 だから、誰かが光となって引っ張り上げていかないとね。


 ――私の場合は、同じ化け物だったけど……。


 軽く苦笑いをしながら、澪花の手を引っ張り上げる。

 一緒に食堂へと向かった。



 「はい。今日の昼メシは酢だこだよ」



 「酒飲みました?」



 出されたのは白飯、味噌汁、酢だこ一本。白飯と味噌汁は朝の残りだから、師匠が用意したのは酢だこだけだ。

 いや、ホントに何で酢だこ?まぁ、ご飯に合わなくは無い……か?それでも主菜にするには絶望的かなって思うけど。


 そんな事を考えていると、師匠は壺のような容器を取り出し机に置いた。

 嫌な予感がする。背筋にゾワゾワとした感覚が走ると同時に、彼はその中に手を突っ込んだ。



 ――ベチョ



 「ふぇ――っ!!?」



 頬にヌメッとした感覚。

 咄嗟に平手ではたき落とすが、またも気色悪い感覚に見舞われた。



 「な、何ですか!それ!」



 「あれ?もしかして知らないの、たこ。……いや、脚だけ知ってて全身を見たことない感じか」



 師匠はそう言って、赤いブヨブヨとした妖魔に似た何かと顔を見合わせる。

 気持ち悪い。純粋にすべての要素がそれに集約する。

 これが、あのたこ?いや、元々ナニコレって思ってたけど、町に出た時に切り身だけはよく見たから、特に考えたことなかった。

 変異した妖獣を料理したって言われても信じられる。それだけの異形。


 ……味は、美味しいのになー。まぁ、とりあえず――



 「一発、殴らせて下さい」



 「ふん、僕のたこ防御を貫け――」



 「食べ物で遊ばない!」



 「あ、うん」



 師匠は素直に頷くと、たこを壺に戻す。

 

 よし!


 正拳突きが師匠の腹部へと突き刺さる。

 嗚咽を漏らしながらフルフルと蹲る師匠を尻目に、今度は澪花ちゃんへと向き直る。



 「じゃあ師匠なんて置いてご飯食べよっか?」



 「え、あ、はい」



 あっ、口から返事を聞けた。

 予想外のことで脳が混乱して、思わず出ちゃったって感じだけど、とりあえず一歩前進かな。

 箸を渡しながら、そんな事を思った。



 「あっ、師匠。いつまでもそんな所で蹲ってないで台所から包丁持ってきて下さい。酢だこ、これじゃ食べられません」



 一切の切れ目のない蛸足を箸で揺らす。

 すると、



 「はいよ」



 師匠はそう言って、あっさり立ち上がった。

 流石に手加減したとはいえ、ちょっと悔しい。もうちょっと深く抉るべきだっただろうか?でも、昼食前に吐かれても汚くなるだけだしなぁ。

 別に前みたいに完全に避けた訳じゃないし、これくらいで許してあげよう。



 「「いただきます」」 「いただきます……」



 うん。あいかわらずモニュモニュとした変な感触。でもその弾力と、時々当たる吸盤の感触が噛みつぶす時に楽しい歯ごたえとなる。二杯酢の強くさっぱりとしながらもコクのある味が広がる。

 あまり市場に出ないことと、見た目がやばい以外は欠点がない。癖になりそうだ。

 ふと、澪花ちゃんを見ると、なんか口をへの字にして固まっていた。

 視線を下に移すと、蛸足が一口だけ齧られているる。

 なんとなく察した。


 多分あれだ。口に含んでみたはいいものの、想像外のゲテモノに吐くに吐けず飲み込むこともできない。そんな顔だ。

 見れば、目尻に雫が一つ浮かんで今にも零れ落ちそう。



 「えっ……と、手洗い行く?」



 聞いてみると首を横に振った。

 無理しないでって言いたいけど。そりゃ、いただいたご飯を無下には出来ないか。

 湯飲みにお茶を注いで手渡す。

 澪花ちゃんは、ゴクゴクと大きく喉を鳴らした。



 「……ぁ、ありがとうございます……」



 「大丈夫。結構、酢だこって好き嫌い分かれるもんね。代わりに、漬物とかあるから貰っちゃって。残った酢だこは、私たちが食べるから」



 彼女は目を右往左往させると、ゆっくり頷いた。

 

 その後は、何事もなく食事を終えた。

 食べられないのは酢だこだけらしい。やっぱり今後のことを考えると、好き嫌いも含めて色々聞いておかないとダメだよね……。



 「ねぇ、澪花ちゃん。また、隣いいかな?」



 「……はい」



 澪花ちゃんは、部屋に戻ると先程と同じく三角座りになった。

 私は、その横に腰を下ろす。


 だけどそれまで。部屋の中に静寂な空気が広がる。

 うぅ……どちらかと言うと、私も受動型だからなぁ……。どうしても尻込みしちゃう。

 でも私は、だからといって逃げないって決めたんだ。

 


 「「あの……ぇ」」



 か、被った……じゃなくって!



 「えっと、葵さんから――」



 「いいよいいよ。澪花ちゃんから話して。私のは、くだらない世間話だからさっ!」



 こうなったら話は別。せっかく澪花ちゃん自身から話しかけてくれたこの好機、逃すわけには行かない。少し強引にでも持っていく。

 再び静寂が広がる。

 空気から私からは話さないと分かったのか、彼女は小さく息を吐く。



 「何で、私を生かしたんですか?」



 ボソリと、そんな事を言った。



 「私は妖魔に似て醜い姿で、誰かに言われないと何にもできなくって、まともにお金を稼ぐこともままならない。そんな役立たずな存在です」



 「……でも、貴方たちは寝床をくれた。ご飯もくれた。私が嫌だと示せば別の道を考える。何でそんなに優しくしてくれるんですか?」



 「こんな化け物の私に」



 きっと、この道場に来るまで心の底からの疑問だったのだろう。あまりの気迫に圧倒されてしまう。

 だけど、その答えを出すのは簡単だった。



 「それは、貴方と会った時に大体言ったと思うけど?」



 「……『私と同じ目をしている』って奴ですか?」



 ……まぁ、そうだね。違ってはいないけど、それは過程であって結果じゃない。別に自分と重ね合わせたからだけじゃない。

 彼女を引き取ろうと思ったのは、守ろうとした決定的理由は――



 「貴方を人間だと思ったからだよ」



 澪花ちゃんは目を細め、俯いた。



 「それも、聞きました。でも」



 「肌が鱗で覆われた人間が、岩を壊せる人間が、他にいますか?私は、人とは違うんですよ……」



 彼女は自分自身が人間だと信じられないんだ。

 でもさ、

 


 「半分人間。それで十分じゃないの?」



 口をポカンと開けた。

 それに構わず左手を掴み、両手で包み込む。

 ちょっと冷たい……。でも、それが絹肌のような柔らかさと合わさり、より人間らしいと感じた。



 「自分を卑下して悪い面を見るのもいいけどさ、たまには良いところも見てみよ?」



 ふと、近くにあった扇子が目に入った。

 師匠のものだろうか、床板の端に無造作に置かれている。

 私はそれをそっと手に取った。



 「……それにさ」



 そう言って、扇子を握りしめる。

 ぎゅ、と力を込めた瞬間――


 ぱきり。


 乾いた音とともに、扇子の骨が折れた。

 紙が歪み、形を保てなくなって掌の中で崩れる。



 「私も十分、化け物の仲間入りになっちゃうよ?」



 折れてしまった扇子を見下ろして、私は力なく笑った。



 「……あとで師匠に弁償しないとね」



 破片が、ぱらぱらと畳の上に落ちた。



 「貴方は、さっき自分のことを「役立たず」って言ったけどさ。できないなら、これからなればいいんじゃないかな」


 今度は、澪花ちゃんの右手に触る。

 ビクリと震えた。それでも構わず、私はその手を掴む。

 さっきと違ってゴツゴツとした硬い肌。鱗で覆われた人あらざる、その腕。下手に触れば傷ついてしまうかもしれない。

 でも、そこには確かな温かさがあった。



 「貴方は、妖魔の血を邪魔だと思ってるみたいだけど、それは少し惜しいなって私は思っちゃう」



 「多分、私より強くなるんじゃないかな。理由は、勘。……そんなの何にも根拠にならないって顔してるけど、私の勘は結構当たるんだよ?」



 だって、私が今まで生きていた理由の八割はこの勘のおかげだもん。恐らく巫女としての力を授かった副産物。それが、頭のなかでじんわりと恐怖が帯びていた。

 彼女はそう遠くない未来で、私より強くなる。


 でもそれ以上に感じたのは、その力は『誰かを守るため』に使ってくれるって確信。



 「最近ね、私は一人の妖魔と戦ったの。」



 「とっても強かった。私も化け物のなりかけとして、そこそこ良い線いってると思ってたんだけど、力も早さも技量も、すべての面で上回られて叩き潰された。」



 「嫉妬しちゃったね。私の完全上位互換だよ。」



 ――何で害するだけの存在が、これだけの力を持っているの?


 そうも思った。



 「だからさ、その力を制御できる澪花ちゃんはどれだけ素晴らしい存在になるんだろうって思うの」



 彼女の目を真正面から見つめ、私はそう言い切った。

 しばらくの間、見つめ合う。そうした後、澪花ちゃんは目を伏せた。



 ……説教じみた感じになっちゃったかな?

 まだ私は、人に色々言える高尚な人間じゃないから、ただ私の感じていた思いをすべて吐き出した。

 ……やっぱり、師匠みたいにいかないな。


 そんなことを思っていると、澪花ちゃんは顔を上げる。

 左右非対称のその瞳は確かな決意を帯びていた。



 「この道場は、基本的に何してお金を稼いでるんですか?」



 「えっ?、……まぁ、基本的に私が妖魔退治して、その分のお金を師匠に渡してるって感じだけど」



 門下生は私だけだからね。師匠もたまに妖魔退治やるけど、お金稼ぎならそんな感じ。

 でも、何でそんな事聞くんだろう?

 疑問に思っていると、澪花ちゃんは正座をとった。



 「なら、私も葵さんと同じことをさせて下さい。一緒に妖魔退治の仕事をさせて下さい。お願いします」



 そう言い頭を下げる。



 「……私は別にいいけど。その、澪花ちゃんは大丈夫なの?常に命の危険があるし、面白いところとか一つもない。……私が色々言った手前あれだけど、半分妖魔でもあるんでしょ?」



 「……構いません」

 


 心配の言葉を、彼女はきっぱりと拒絶した。



 「私は今、葵さんの役に立ちたい。それだけがしたいんです。稼いだお金は渡します。葵さんたちの邪魔にならないよう頑張ります。……それに、私ができることなんて限られてるんですよ?」



 「そうだね。ごめん、失念してた」



 何となく察してたけど……この子、思いきったら止まらないなぁ。



 「いいよ。一緒に頑張ろ」



 長い付き合いとかできないけど、私が生きている限り彼女を預かろう。私が知る生きる術を教えよう。一人前になれるように努力しよう。

 彼女を預かると告げたときから心に刻んだ決意。それが深まった――そんな確信があった。


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