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僕の「せい」と言うべきか  作者: 北村 陽
第一章 第二節【透明な僕は、怨霊のよう】
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第8話 僕と似た実体のない存在がいるらしい

 ほとんど誰もいない放課後の図書室。僕は白い日記帳を開きながら、人を待っていた。室内には、昨日僕がアリステア先生と話していた時に入室してきた背の高い無気力そうな男子生徒がいた。秀樹よりも背の高い人だ。

 五月に突入した今日も、誰とも日常的な会話をすることなく授業を終えることができた。昨日あれほど話をした有佐ですら、僕に声をかけてきた秀樹ですら、僕に声をかけることはなかった。それもそのはず、僕が話しかけないでと二人に伝えたのだから。

 昨日、帰宅後すぐに僕は秀樹の連絡先にメッセージを送った。伝えたのは二つのこと。一つは、誰もいないところ以外では僕に話しかけないでほしいということ。そしてもう一つは、僕のことが気になるなら放課後の図書室に来ること。

 僕のメッセージに対して、秀樹はサムズアップのスタンプを張り付けたきり何も送ってこなかった。秀樹は僕のことが気になったから声をかけてきたのに、どうして僕の方から接触すると無関心そうな態度になるのだろう。これじゃあ僕が一方的に秀樹のことを考えているみたいで嫌な気分になる。

 有佐とはいくつかのメッセージのやり取りをし合った。内容については、秀樹の観察記録をこの二人の個人チャットに送るというもの。そして、僕たちはそれぞれ個人で秀樹と接触し、観察をするということ。

 僕のその場の思い付きで有佐と秀樹の観察をしてみることになったが、今の僕では教室にいる秀樹を見ても普段の秀樹が目に映るだけ。

 もしかしたら、秀樹は僕たちが観察しようとしていることに気付いているかもしれない。あれだけ勘が鋭ければ、僕と有佐の視線を察知できているかもしれない。でも、それでいい。昨日の仕返しとしては十分だろう。誰だって、他人から観察されるのは嫌なことなのだから。


「……はぁ」


 放課後になってから、もうすぐ一時間が経つくらい。けど、待てども待てども秀樹は来ない。この学校の文化部は、音楽系の部活以外は基本的に人のたまり場のようなゆるい集まりに過ぎない。多分そのはず。秀樹がいる漫画研究部が一番いい例かもしれない。だから用事があればいつだって抜け出せるはず。

 何度も日記帳に書かれた文字を眺めては、時計の針を見るの繰り返し。次第にやり場のない苛立ちにも似たモヤモヤが存在感を増してきた。

 結局、秀樹が僕に声をかけてきたのは気まぐれで、本当は大して興味なんてなくて――


「――おや、誰かを待っているのかね」


「ひぅっ!?」


 驚きのあまり、また発したことのない鳴き声が飛び出てしまった。

 振り返るまでもなく、声だけで誰が来たのかがわかった。昨日に続き、気配の一切をさとらせないで僕に声をかけたのは司書のアリステア先生だった。動揺を隠せなくて取り乱している僕を見ても、先生は表情一つ変えることなく淡々と僕を見ていた。


「えっ、えーと、いつ来たんですか?」


「つい先ほどだ。漫画研究部の打ち合わせに出向いていたのでね」


 あぁそういえば、先生は漫画研究部の顧問だったんだっけ。もしかしたら、先生なら秀樹がどうしているのかわかるはず。


「そうだったんですね。……あっ、その。秀樹ってもう帰っちゃいましたか?」


「ん、秀樹君かね?彼だったらまだ学校内にいるはずだが。用があるのなら特別棟の二階の物理講義室に行けばいるはずだ」


「あ、はい。ありがとうございます」


 僕が頭を軽く下げると、先生は室内の机の上を布巾で拭き始めた。

 秀樹に用事があるように言ったものの、僕から秀樹を探すようなことはしたくない。秀樹の近くに誰かがいることは確定しているし、なにより僕が秀樹に会いたがっているみたいで嫌だ。でも、このまま無意味に時間をつぶすのも嫌だ。

 どうしようかと思い、ふとスマホを取り出して画面を確認する。


「あっ」


 画面にはメッセージが届いていると、秀樹の味気ない初期のアイコンが添えられて表示されていた。すぐに僕は画面をタップしてメッセージを確認した。


「えーとどれどれ……」


 メッセージに目を通してみる。


 ――『わりぃ。諸事情で図書室には行けないから、神社まで来てくれないか?5時くらいに』


 そう書かれたメッセージが、一時間ほど前に送られていた。急いで僕は時計を確認した。時間にして今は4時40分過ぎ。今からここを出れば、少し時間を持て余すことになる。

 とりあえず僕は秀樹に『わかった』と返信をした。


「秀樹君から、連絡があったのかね?」


 すると先生は視線を机に落として拭き作業を続けながら僕に声をかけてきた。


「あぁ、はい。神社の方まで来てほしいってメッセージが……」


「神社?」


 僕がメッセージの内容を伝えた瞬間、先生は手を止めて顔を上げた。思わず僕も口が止まり、視線を僕から外した先生の目を見つめてしまった。


「……えーと、どうかしましたか?」


「ふむ、神社か」


 先生は僕が尋ねても、一人で何かを考え込んで独り言のようにつぶやくだけだった。


「神社に、なにかあるんですか?」


「あぁ、大したことではない。ただ、この学校にあるちょっとした噂を思い出しただけだ」


「……それって、どんな噂なんですか?」


 先生は表情と声音を一切変えないため、その噂の内容が僕にとって良いものなのか悪いものなのかの見当がまるでつかなかった。


「うむ。このは君はおよそ10年前まで、この学校が男子校だったことは知っているかね?」


「あぁ、はい。知ってます。それが噂と関係あるのですか?」


 僕が尋ねると、先生は椅子を引いて腰を掛けた。


「あぁ。あれは丁度、この学校が共学になる一年前の話だ。当時の男子生徒らの大半は、来年度から女子と共に学校生活を送れる後輩たちに対して、酷い嫉妬を抱いていた。――俺たちは男臭い環境で生活をしてきたというのに、お前らは女子がいて羨ましすぎる、と」


「は、はぁ」


 嫉妬を抱くって、それじゃあどうして男子校だったこの学校を選んだのだろうか。頭がいい人でなければ入れない学校なのに、こういうところがばかばかしくて呆れてしまう。


「そこでだ。嫉妬に頭をやられた生徒らは、一体どのようなことをしたと思うかね?」


「えっ、どのようなことって言われても……。うーん」


 すぐには思いつきもしないが、一応考えを巡らしてみる。

 嫉妬しているということは、よくない噂を広めるのが当然だろう。例えば、彼女ができた生徒に不幸が訪れるとか、そういった感じな気がする。


「今までの話が噂に関係してるってことは、やっぱり恋愛関係についてよくない噂を流したってことですかね?」


 正誤を確かめるべく、僕は先生の目を見る。すると先生は首を小さく縦に振った。


「あぁ、そうだ。最初の段階では、女子なんかいなくても俺達にはこんなにもたくさんの男子がいるんだと言って、男子生徒らは互いを妙な方法で慰め合っていた」


「うげぇ……」


 なんだろうか、気の保ち方が妙に気持ち悪いというか、男子校特有のノリのような何かを感じる。パンがなければケーキを食べればいいじゃないかという言葉と同じく、何の解決にもなっていない。


「しかし当然ながら、そんなことを言ったところで羨ましさが消えるわけもない。そこで彼らは自分らが抱えた妬ましさを後世にも伝え残すべく、とある噂を作ることにした」


「あはは、なんとも意地汚い。それで、その噂とはどういうものなんですか?」


「その噂とは、こういうものだ。――この学校の敷地内で告白をして結ばれた者には、生涯女性と恋愛関係を持つことができなかった卒業生の怨霊に呪われる、と」


「……は、はぁ」


 先生は怪談を披露するようにおどろおどろしく語ったが、内容があまりにも子供じみていたためうまくリアクションをすることができない。

 本当に、これが頭のいい人間の集団がやることなのだろうか。後輩が羨ましいからバカみたいな噂を作って流してやるという発想が幼稚というか、頭の良さと為すことにはあまり関係がないことがよくわかった。


「月日は流れ、とうとうこの学校は共学校となった。そして、部活動での多学年の交流によって、噂は少しずつだが全校に流れるようになった。――そんなある日、六月に控える学園祭の準備期間中にとある出来事が起きたのだ」


「とある、出来事……。それってまさか」


「あぁ。――本当に出たのだよ、怨霊が」


「怨霊……」


 門外不出の情報を密かに伝授するように、先生は低く小さな声でそう言った。最初はくだらないと思っていた噂話も、先生の巧みな語り方によって気付かぬうちに聞き入ってしまっていた。


「でも、それだって誰かが流した噂なんじゃないんですか?」


「いや、違う。複数の生徒が怨霊を見ただけでなく、私自身もこの目で見たのだから」


「………………――――――えっ?」


 一瞬、先生が冗談を言って僕をからかっているだけなのか、本当のことを言っているのか、わからなかった。先生のしゃがれた重厚感のある声と、誠実さを感じさせる表情がそうさせている。


「やつは人型で、透明だった。そして、こう言っていた。――【憎い。性別が、憎い】と」


「……」


 息が詰まる。この言葉を聞いて、声が出なかった。

 透明で、性別が憎い。――僕だ。怨霊は、いや、僕は限りなく怨霊に近い存在だった。

 ここまで僕と怨霊に一致するものがあると、さすがに無視することはできなくなってくる。ついさっきまで平常を保っていた鼓動が、体を突き動かすようにばくばくと動きを速めている。

 まさかと思って、僕は自分の手を見てみる。だが幸いなことに、僕は一度だって死んでいないため実体がちゃんとあった。こんな当たり前なことに安堵を覚えるだなんて、今の僕はそうとう動揺してるんだろう。


「怨霊の出現には共通点があった。そのどれもが、告白の現場付近で目撃されていた。私が目撃したのも、男子生徒が女子生徒に告白をしている現場の近くだった」


「……そうなんですね」


 確かに僕は性別が嫌いだ、憎いくらいに。けど、誰かが誰かを好きになる感情が嫌いというわけではない。しかし怨霊の出現条件を考えると、恋愛関係そのものに対して憎しみをもっている気がする。

 同じ『性別が嫌い(憎い)』なのに、何かが違う気がする。


「次第に作り物の噂は現実味を帯び始め、学校の敷地内で告白をするのはよくないのではという認識が形作られ始めた。その結果、生徒らはこの学校の裏手にある神社で告白をするようになったのだ」


「あぁ、なるほど。学校の敷地外かつ、神聖な場所であれば怨霊も来れないと」


「そうだ。だが噂というものは形が変わりやすい。今では告白をするなら神社の参道を登り切った場所がいいという認識だけが残っている」


 ということは、僕が秀樹に神社に呼び出されたと言った時に先生が反応を示したのは、僕が秀樹から告白をされるのではと考えたからなのだろう。

 噂の今の姿のことだけを考えれば、一見ただのありがちな内容に過ぎない。だが、それ以外の要素があまりにも僕に引っ掛かり過ぎる。


「先生は、僕が秀樹に告白をされるって、そう思ったんですね」


「あぁ。そうだと考えていなくとも、噂が脳裏に過ってしまってね。何か特別な事情がなければ普通、人をあの神社に呼び出すことはないというのもあってだ」


 なるほど、それなら先生がそのようなことを考えるのも頷ける。だけども、秀樹から告白されるようなことはおそらくないだろう。昨日の時点で秀樹は別の人から告白をされていたし、僕のことは新しいおもちゃを見つけたとしか思っていないはず。――だけども、妙な胸騒ぎがして気が気でない。

 もし仮に、僕が秀樹から告白をされたらどうしよう。断る前提として、どのような理由を示せばよいのだろうか。


「……なにか思い悩むことがあるのかね?」


 すると先生は僕の様子を見て声をかけてきた。


「あぁ、いや、大したことじゃないんですけど。ただ、もし仮に秀樹が僕に告白をしてきたとして、どういう理由で断ればいいのかなぁって、そう思ってただけです」


 自分自身が誰かと付き合うことに対して、僕はあまり良い印象をもっていなかった。僕は肉体的なことを相手に求めることはないし、一人の異性に縛られるのはごめんだからだ。

 告白を断るのは自分のためでもあって、同時に相手のためでもあった。いくら相手が秀樹とはいえ、自分の正直な気持ちに嘘をついて「はい」と答えるような真似はしたくない。相手が僕のおかしな感性に無理に合わせるようなことをさせたくない。

 僕の心の中で様々な考えが渦巻く中、先生は「なるほど」と言って話を続けた。


「もし仮にそのような状況になったとして、君のノーと答えるのだね」


「はい。僕は秀樹のことが恋愛的な意味で好きではないですし、嘘をつきたくないので」


 吐き捨てるように僕はそう言った。正直今は秀樹のことについてあまり考えることができていない。先生から聞いた怨霊の噂話が頭から離れず、ずっと僕の思考の片隅に居座っているせいだ。

 もっと、詳しい話を先生から聞いてみたい。だが時計を見ると秀樹に呼び出された時間に近づいてきている。


「まぁ、君がどのような答えを示すのかは君の自由だ。だがもし相談事があれば、私でよければ話を聞こう」


 先生は立ち上がって、拭き掃除を再び始めようとした。


「ありがとうございます。では、僕はもう行きますので。さようなら」


「あぁ、さようなら。また来週」


 僕も先生に続くように立ち上がって、バックを抱えて図書室を後にした。先生は昨日と同じく、僕が図書室を出るまで遠くから見送ってくれていたため、僕は退室する際に頭を軽く下げた。


「……」


 廊下に出た途端、いつもと似ているようで違った感覚を覚える。誰かに見られているのではないかという感覚。でも、その誰かというのは人間ではなく、実体のない透明な何かに見られているような気味悪さだった。

 まさか、この学校で不気味さに襲われるとは思いもしなかった。性別に対してよくない印象を持っている存在として、怨霊がいただなんて。

 廊下をいつもよりも目を凝らして見渡してみるも、当然何もいない。いるのは、数人の普通の生徒だけ。当たり前だ。ここは精霊や魔法といった超常現象のない普通の世界なのだから。そう自分を納得させて、心の平静を保っていた。

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