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僕の「せい」と言うべきか  作者: 北村 陽
第一章 第一節【透明な僕と、出会い】
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第7話 僕と有佐は透明な関係で結ばれている

「生態観察記録。古谷くんの、観察記録……!しようよ、甘楽さんっ」


 噛みしめるように何度も言葉を繰り返し、そのたびに有佐の目には活力と輝きが満ちるように見えた。尻尾があればきっと、風を生み出すほどには振られていただろう。有佐のオコジョを思わせる丸顔を見ていると余計にそう思ってしまう。


「へへっ、どうしたの有佐。そんなに気に入ったの?」


「うんっ。だってわたし、ちょうど古谷くんを観察してたところだったから」


「あーそうなんだ。それならちょうど……えっ、ちょっと待って?」


 何事もなく流れかけた会話に一度ストップをかける。たった今、確かに聞き捨てならない言葉を有佐から聞いたような気がした。


「ん、どうしたの?」


「いやいや、今さっき秀樹の観察をしてるって言ってたよね?その、えーと、つまり、……どういうこと?」


 有佐は人の観察をさも一般的な趣味であるかのように言うものだから、余計に受け入れることができなかった。

 変人のクラス代表である僕が言うのもなんだが、言ったことが事実であるならば有佐は有佐でなかなかの変わり者になる。この一瞬で有佐に対する認識が変わってしまったせいか、張り替わった空気に適応できずにいる。


「あっ!その、観察といってもストーカーみたいなことをしてるわけじゃないよ!」


 すると僕の戸惑いが混じった視線を感じたからか、有佐は両手を使って否定した。


「あぁ、うん。わかってるよ」


「えーとね。ただ、どうしたら古谷くんみたいに誰とでも話すことができるのかなぁって思ってたから。えへへ」


 確かに、このクラスで秀樹は一番顔が広い人物で間違いないだろう。秀樹はいつも自由に漂うように行動しているが、周りには男女関係なくいつも誰かがいる。


「そっか。でも、有佐には秀樹を見習ってほしくないっていうか、今のままがいいと思うけどなぁ」


「そ、そうかなぁ?」


「うん」


 ぼんやりと、あのヘラヘラした顔が思い浮かぶ。有佐が秀樹のようにチャラチャラした性格になれるとは思えないが、変な要素を見習って迷走しないでほしいことは確か。あれは秀樹だからこその性格であって、有佐が宿してもから回るだけな気がする。


「多分、秀樹のことを観察したところで、有佐が秀樹になることはできないから。……あっ、べつに有佐は変われないとか、そういうことを言ってるんじゃないからね」


「うん。でも、やっぱりそうだよね……」


 すると有佐はわかりやすく気を落とすように肩をすくめた。

 こういうとき、一体どのような言葉をかけてあげるべきなのだろうか。他者が今のままでもいいと言ったって、本人が納得していなければ意味がない。僕は人見知りをしたことがないから、有佐の悩みに対する解決策が余計にわからなかった。

 また、風音が余計に大きく聞こえる。


「あ、そうだ。甘楽さん」


「ん」


「ずっと、聞いてみたかったことがあるんだった」


 有佐の言葉を聞いて、僕の頭の中にはいくつかの質問の候補が浮かび上がった。もう一度、僕に性別が嫌いな理由を説明してほしいのか。何故自分にだけ声をかけたのか。あるいは。


「甘楽さんは、どうしていつもひとりでいようとしてるの?こうやって、わたしに話しかけてくれたのに、どうしてひとりでいるのかが不思議で」


 ――あぁ、そのことについてか。どうしよう、どこまで話そうかな。

 理解不能を表にした様子で、有佐は僕にそう尋ねた。

 過去の出来事を話したところで、僕が今の状態から何かを大きく変えることはない。だけど、せっかく僕と同じような人を偶然見つけることができたのだから、少しくらい話してみるのもいいかもしれない。もともと、僕が有佐に散歩しようと言ったのは話をするためでもあるのだから。

 僕は一度有佐から視線を外して上を見上げ、考え込むようなしぐさをとって口を開く。


「実はね、僕はひとりでいる方が好きってわけじゃないんだ」


「えっ、そうだったの?」


「うん。僕だって普通の人間なんだから、ひとりだと寂しいし、何よりつまらない」


「それじゃあ、どうして……」


 まるで自己犠牲を買って出る人間を憐れむような視線を、有佐は僕に向けていた。

 甘楽このはという人間は理解不能だと、だけど有佐は僕のことを理解しようと心をすり合わせようとしてくれている。ならばこちらも、相応の理由を示すのが道理だ。


「僕はね、今みたいに誰にも干渉されない場所で、二人きりでゆっくりと話をするのが好きなんだ。男子も女子も関係なく、ね」


 僕は過去の出来事には触れず、過去の出来事によって生まれたおかしい感性を言葉にした。すると有佐は僕という理解不能な存在の手がかりを手に入れたからか、少し納得したように顔をあげた。


「あぁ、そうだったんだ。男子も女子も関係なく……。だから甘楽さんは性別が嫌いなんだね」


「――つまり?」


「つまり、もしこうして二人きりで話している相手がわたしじゃなくて、秀樹くんみたいな男子だったら。誰かに見られてたら余計な勘違いをされちゃうもんね。それが嫌なんでしょ?」


「……」


 この瞬間、有佐のふわふわとした印象に亀裂が入った。僕が全てを説明するまでもなく、有佐は僕が性別を嫌う理由を見事に言い当ててみせた。正直、有佐が得ている少ない情報からここまでたどり着けるのは予想外だった。

 もしかしたら、いつか僕は有佐に中身を見透かされてしまうのかもしれない。こんなくだらないことをやってないで、普通に生活すればいいじゃんと言われてしまうかもしれない。でも、それだけは嫌だ。僕を形作ってるものが薄っぺらだと言われているような気がして嫌だ。

 まだ有佐から何も言われていないのに、僕の中で有佐途乃香という人間の認識がどんどんと歪んでいく。気付けば僕の口から乾いた笑い声が小さく漏れ出ていた。


「はは、有佐って意外と頭の回転が速いんだね」


「あはは、みんなからよく言われるよ。勉強が出来なさそうとか、いつもぼんやりとしてそうって。もう、ほんと、ひどいよねっ」


「あぁっ、ごめんってごめんって」


 有佐はずいっと一歩踏み出して、わざとらしく機嫌を損ねたふりをしてみせた。こんなに愛嬌のあることができるのに、どうして誰とでも話せるようになりたいと悩んでいるのだろう。相手のことがよくわからないのは、どうやら僕も有佐も同じようだ。


「ふふっ。でも、嬉しい。甘楽さんと話すことができて」


「そう?でも、教室じゃ絶対に話しかけちゃだめだからね。これだけは約束」


「うん、わかったよ。秘密にしておくから、甘楽さんと話せたこと」


 その言葉を聞いて、僕は止めていた足を動かし始めた。傾斜のある参道を、有佐を隣に下っていく。その道中、僕は有佐と連絡先を交換することにした。こうすれば僕と直接会って話す必要もなくなる。

 普段の僕らは、透明な関係で結ばれている。僕たち以外には見えないけど、確かに繋がりがある。この特別な関係こそが、僕がおかしなことをしてまで手に入れたかったもの。誰にも邪魔されない、僕と相手だけの世界。

 そもそも今回の場合、相手である有佐が女子だからこんな回りくどいことはしなくていいのだけれど。でも、一つでも例外を作ってしまうと気が緩んでよくない気がする。男女というものは僕にとって関係ない。性別なんてなくなってしまえばいい。そう思っている以上、対応を変えない方がいいに決まっている。


「そうだ、有佐」


 僕は駐輪場にたどり着くと、有佐に声をかけた。


「秀樹に伝えておいてくれる?まわりに誰もいないときだけ、僕に話しかけていいって」


「あっ、それだったら古谷くんの連絡先を教えてあげるよ」


 すると有佐はスマホを取り出して、画面を何度かタップし始めた。


「えっ、連絡先持ってるの?」


「うん。実は結構、メッセージを送り合ったりしてるんだ。ほら」


「えっ、メッセージながっ」


 そう言って有佐は秀樹とのメッセージの送り合いの一部を見せてくれた。内容はよく見えなかったが、互いにレシートのような長文を送り合っていることはわかった。二人の性格を考えると意外というか、そもそも普通の人はこんなに長いメッセージを送り合わないので不思議だ。


「えへへ。お互いに書きたいことが多すぎて、いつもこんな感じになっちゃうんだ」


「へぇ。どんなことを送り合ってるの?」


「詩的なものばっかりだよ。日常でふと気づいたこととか、面白い発想とか。そういうものを一方的に送り合ってるだけ」


「ふーん。なるほどね…………――」


 ――えっ、なにそれ。すっごく羨ましいんだけど。

 思わず本音がこぼれそうになってしまったが、ぐっとこらえる。ポエムを送り合える仲なんて、普通は見つけようと思ってもなかなか見つけられないものだ。だって、ポエムというのは書いた人物が脳裏に浮かんでしまうと、途端に痛々しいと感じてしまうものなのだから。

 しかし、有佐と秀樹の間にはそういった認識がないのだろう。このことがどれだけ稀有なことなのか、二人にはぜひとも理解してほしい。

 有佐のことを羨ましいと思ったが、たった今有佐から秀樹の連絡先を送信されたので羨ましさは途端に消え失せた。


「あっ、でも古谷くんの許可なしに連絡先を送っちゃって大丈夫だったかな……」


「ん?いいよいいよ。どうせ秀樹のことなんだし」


「あはは……、甘楽さんって古谷くんに対する当たりがちょっと強いよね」


「ふん。僕のことを散々からかってきたんだから当然でしょ?明日から秀樹のことを観察して、絶対に本性を暴いてやるんだから」


 そもそも秀樹が神社での告白をどうするのかについて気になっているし、それ以上に秀樹という人間がどういうものなのかを知ってみたいという好奇心と探求心が疼いて仕方がなかった。

 僕が面白くないと思う人間は、内側に抱えるものが何もない。あるいは、ありきたりなものしか詰まっていない。

 社会で普通に生きていくのならこの方が難なく生きていけると思う。だけど、面白い人の内側は濁っていたり、普通じゃない色で鮮明に染まっていたりする。秀樹からは、その片鱗が見えている気がする。


「さて、それじゃあね。有佐」


「うん。今日は楽しかったよ、甘楽さん」


「またいつか」


 どうせ明日も教室で顔を見るのに、僕はそう言って自転車をこぎ始めた。あまりにもあっさりとした別れ際だったのは、有佐と話している姿を誰かに見られたくなかったから。

 いつ、どこで、何が原因で僕が築き上げた透明が濁るかわからない。少しでもその可能性を下げるために、僕はひたすら足を動かして有佐から距離をとろうとした。


「……へへ」


 さて、これから少しだけ、僕の学校生活が面白いものになるはずだ。誰も見ていないことをいいことに、僕は抑えきれない興奮を気味悪くにやけて静めようとした。

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