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僕の「せい」と言うべきか  作者: 北村 陽
第一章 第一節【透明な僕と、出会い】
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第3話 僕のおかしなところのせい

 できることなら、僕は秀樹と透明な関係を続けて様子を見てみたい。ふと、そう考える自分がいた。きっと、秀樹は僕が面白いと思える人を他にも知っているはずだ。だって、僕みたいな変わり者に声をかけてくるような人だから。

 僕が面白いと思える人の大半は変わり者だった。でも、それは決して普通じゃないことに面白さを感じているわけじゃない。その人の思いや考えといった心の内側に触れたとき、いつも味わったことのない新たな視点や気付きを得られるからだった。例えるのなら、食べ慣れた料理に、普段であれば組み合わせることのないトッピングを付け加えるようなものなのかな。その組み合わせは斬新で、でも味わい深さや奥深さがちゃんと感じられる。

 人の感性は、人それぞれ。ある程度平均はあるし、大抵の人は平均からそれないように意識している。でも、ある条件を満たすと、面白い人というのは僕にその面白さを包み隠さず見せてくれる。――それは、二人きりであることだった。


「――君は新入生なのかね?」


「ひぅっ!?」


 刹那、僕は驚きのあまり出たことのない鳴き声を発して席を立った。背後から突如とんできたしゃがれた重厚感のある声を、僕の神経は脳みそが判断するよりも先に殺意と勝手に判断して僕を飛び上がらせた。

 一瞬で高鳴りの最高潮に達した心臓に手を当てながら、僕は声がした方を振り向く。振り向くと同時に、僕は上を見上げることとなった。


「突然声をかけてすまない、君を驚かせてしまったようだ」


 そう言ったのは、まるで物語に出てくる老騎士のような顔立ちの人だった。ヨーロッパ系の人なのかな、瞳が青くて、彫りが深くて、後ろで結ばれたきれいな銀髪。そして何より背が高くて大柄だった。でも、びっくりするほど自然に日本語を話している。


「新学期が始まって以来、君の姿をここで度々見かけたものだから声をかけた次第だ。図書室の利用について、不明点はないか?」


 と、口ぶりから判断して多分この人は図書室の司書なのだろう。でも、入学してからひと月くらいが経ちそうなのに、僕はこの人の姿をまだ一度も見たことがなかった。


「あ、いえ。大丈夫です。すみません、本も借りずに居座ってしまって」


「構わない。飲食と騒ぎさえしなければ、ここを自由に使ってくれていい」


 そう言ってこの人は利用者のいない図書室内を広く見た。人がいないから自由にしていいと、そのようなことを言いたいのだろう。


「はい、わかりました。……あの、お名前を聞いても?」


「あぁ、私の名前は『アリステア・フィッツジェラルド』だ。この図書室の司書、そして漫画研究部の顧問を務めている」


 胸に片手を添えながら、アリステア先生(司書を先生と言うべきなのだろうか?)は自己紹介をしてくれた。それにしても、聞き馴染みのない名前。「アリステア」。けど、響きがなんだかカッコいい。

 せっかくアリステア先生が名乗ってくれたんだ、こちらも名乗らねば無作法になってしまう。


「その、僕は甘楽このはと言います。よろしくお願いします」


「あぁ、こちらこそ。このは君」


 凛とした印象があった先生の表情と声音に、柔らかさがこもっていた。ついさっきまで、性別のことについてあれこれ考えていたのに、僕の心は乙女側へと振り切ろうとしていた。これが本場のイケおじの魅力というやつなんだろうかな。同級生から感じることのない芯のある安心感に、つい心を許してしまいそう。

 大人というだけで、どうしてこんなにも安心するのだろう。でも、その答えはわかりきったものだった。だって、先生と僕では年の差があるから、恋愛対象にならない。だから僕は透明になる必要がないし、その分気楽でいられる。


「……あの、アリステア先生」


「ん、なんだ?」


 僕は細い声で先生の名を呼んだ。もしかしたら、先生であれば僕の心が抱えているおかしなところをどうにかできる策を、きれいに導き出してくれるかもしれない。そんな淡い期待が今の僕の胸の中に渦巻いている。


「その、先生に一つ、聞きたいことが――」


 そう言いかけた瞬間、出入り口の扉がガラリと開いた。視線を向けると、視線を落とした背の高い男子生徒が姿を現した。――誰も来ないと思っていた僕と先生だけの空間に、人が入ってきてしまった。

 すると、途端に僕の中で渦巻いていたものが消えていく。厄介なことに、僕の心はどうしても二人きりという状況に固執したがる。


「……やっぱり、何でもないです。あの、すみません、失礼します」


「おや、そうか。ではまた」


 そう言って僕はバッグを手にして、逃げるようにその場を立ち去ってしまった。ほんの一瞬、先生の方を振り向いて頭を小さく下げた。先生は僕の奇行を気にする素振りを見せず、ただ落ち着きのある声で僕を見送ってくれた。それが唯一の救いだった。

 図書室を出た僕は誰とも視線を合わさぬよう、下を向きながら足早に昇降口へと向かっていく。今はただ、自分のおかしさが自分でも受け止められなくて、吐き気を催す嫌悪感に突き動かされるまま動いていた。

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