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僕の「せい」と言うべきか  作者: 北村 陽
第一章 第二節【透明な僕は、怨霊のよう】
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第10話 僕のことを勘違いしていた男子に

「ははっ、甘楽って意外とピュアなんだな。意外と」


「うっ、うるさいっ!このっ、最低!ほんとにいつもいつも……。あぁもう!どうして僕はこんなことで……」


 恥ずかしさと悔しさのあまり僕は手で顔を覆ってないと立っていられなかった。

 よくよく考えなくとも、今の今まで超常現象に遭遇してこなかったのなら、そういったことは起こりえない。例外がほとんど存在しない絶対的な物理法則について学校で学んでいるのに、先生からちょっと現実味のない噂話を聞いたからって、すぐ自分をそういう世界の存在と重ねてしまう。僕のおかしなところのせいで、僕は秀樹に醜態を晒すことになってしまった。


「まぁまぁ。今回に関しても、オレの演技力が高すぎただけだから。誰にだって勘違いはある」


「……ちょっと黙ってて」


「へへ、はいはい」


 訴えを強く込めた視線で秀樹の発言を遮った。

 今はこれ以上秀樹に喋らせていると、いつまでたっても冷静さを取り戻せない気がしていた。

 ――これはよくない偶然が重なっただけの、不慮の出来事なんだ。本当に、たまたま、僕がおかしな思い込みをしてしまう出来事が重なっただけなんだ。

 そう、僕が秀樹の立場だったら、ここまで僕が引っかかるとは思いもしなかったはず。思いもしなかったから、面白おかしくってここまで笑ってるんだ。

 状況を整理していくと、少しずつだけど力を入れて立つことができるようになってきた。だけど、今起きたよくないことの全てを秀樹のせいにしないと頭がどうにかなりそうだった。


「……全部、秀樹と出会ってからおかしくなり始めた」


「なにが?」


「全部だよ!なにもかも、うまくいってると思ったのに。ひとりで静かに過ごせてたのに……」


 人から気にも留められない存在にようやくなれて、面白いと思える人を見つけることができて、その人と二人きりになれる環境を整えて、不安定なこの状態を続ける意味がやっと見出せたと思ったのに。他者によって余計に振り回され続けたら、いつか僕は人前に放り出されることになるかもしれない。

 そう考えると、今の状況をうまくいっていないと言わざるを得なかった。


「それじゃあ有佐と連絡先を交換する仲になったのは、うまくいかなかったことだったのか?」


「それは違う。あれは僕が望んだことだから。でも、秀樹に声をかけられたのは僕にとってイレギュラーもいいところ。本当に、イレギュラーばっかり」


 秀樹に声をかけられたことから始まり、先生から聞いた怨霊との偶然の一致。異常事態ばっかりで、こんなにも気を激しく揺さぶられた思いをしたことがなかったため、気疲れから僕は秀樹のせいだと八つ当たりしている。半分秀樹のせいだから、正当な行動なはずだと。

 ――あぁ、僕は何しにここに来たんだっけ?

 秀樹から余計なことをされたせいで、もうすべてが滅茶苦茶になってしまっていた。


「ねぇ。どうして秀樹は僕をここに呼んだの?」


 なんとなく頭に思い浮かんだことをぶつけてみる。すると秀樹は考え込む仕草をとりながら答えた。


「うーん、なんと言うべきだろうか……」


「えっ、まさか用もなしに僕をここに呼んだってわけ?」


「いやいや、そんなことはない。ただ、言葉を考えてるんだ」


 視線を外して言葉をはぐらかしている秀樹にじれったさを覚えつつ、僕は秀樹の言葉を促した。


「なんでもいいから、はやく言って」


「よし、わかった。けど、怒るなよ?」


「もう怒ってる」


「ハハッ、違いねぇや。そんじゃ、甘楽――」


 秀樹は僕の方を真っ直ぐ向いた。それがまるで、これから僕に対して言う言葉に真剣さが込められていると言わんばかりに。ほんの一瞬だけ、頭の片隅に『告白』という言葉が思い浮かんだ。


「……うん」


 じっと、秀樹の目を見た。


「どうかオレを、甘楽が実行している面白そーな計画の一員として加えてほしい」


「……………………――は?」


 ――僕が、実行している、面白そうな計画?それに加えてほしい?

 予想外もいいところ。それに僕がやっていることを面白いことと言ってきた。怒らないでほしいという言葉は、秀樹が僕の行いが面白い事だと思っていることに対するものだったということがわかった。

 ほんの少し秀樹の言葉の意味について考えてみたが、すぐに真意を理解することは当然できなかった。

 僕自身が計画して実行していること。それはきっと、意図的に孤立して、自分のペースで気になる人と話をすることなんだろうけど。そうだとわかっていても、それに加えてほしいとは一体どういうことなのだろうか。

 秀樹から視線を外して考えてみるも、やはり意味がわからなかった。


「その、僕の計画の一員に加わりたいって、どういうこと?」


「なにかを計画してるから、わざと孤立しようとしてるんだろ?」


「まぁ、そうなんだけど……」


 僕の計画は実行する内容はあるものの、その先の達成目標が曖昧で存在していない気がした。それでもとりあえず僕は頷いた。


「でも、どうして秀樹が?だってほら、クラスじゃいつも誰かといるじゃん」


 僕のやっていることに加わる、すなわち意図的に孤立するところから始まるのだから、今の秀樹のクラス内の立ち位置じゃ難しいはず。そして、できることならば僕だって普通に学校生活を送っていきたい。

 秀樹はまるで、「俺も甘楽がやってる面白そうなことに混ぜてくれ」と言っているようにしか思えなかった。


「そうだな。ハッ、オレはクラスじゃ人気者だからな」


「はいはい、知ってるって。だから僕は秀樹に話しかけられたことが余計に心外だって思ってるんだから」


 得意げな表情と声音で、秀樹は自分で自分のことをためらいもなく人気者だと言い切った。その調子づいた様子が鼻につき、僕は虫けらを見つめるような視線を送った。


「まぁ、この際甘楽がオレに対してどう思っているかはどうでもいい」


「どうでもいいわけないでしょ。一員に加わりたいならそれ相応の態度とか、どう役に立つのかとか、そういったメリットを示して」


 すると秀樹は待ってましたと言わんばかりに口角をわずかに上げた。


「もし仮に甘楽が計画を実行していく中で、どうしても表立って何かをしなくちゃいけない時があるとする。その時に役立つ存在がいると便利だろ?」


「……まぁ、便利だけど」


 便利な存在が必要か不必要かはさておき、秀樹の提案の内容は僕にしかメリットがないように思える。初めて話しかけられた時からずっと、秀樹は何を考えているのかよくわからない人物だった。何を望んで僕に接触しているのか、そのことについての探りと観察も含めて僕はここに来ていたけど、未だ真意が不明。


「そもそもの話、秀樹は僕にどんなことがあって、何をしようとしているのかわかってるの?」


 僕の問いに対し、秀樹は知らないことをさも当然であるかのように首を横に振った。


「いいや」


「えっ、じゃあなんで?」


「オレの直感が甘楽に反応したから」


「……」


 まただ。また秀樹は曖昧な表現で僕に接触してきた真意を誤魔化した。

 一度溜め息を吐いて視線を秀樹から逸らす。一体オレのどんなものに反応するレーダーが反応したんだ。その全てを話すことができない理由があるのだろうが、その理由があるせいで僕がもどかしい気分になっている。


「その直感、ぶっ壊れてるから頼りにしない方がいいよ」


「そうか?ぶっ壊れてると思うほど感度悪いけど、何故か甘楽に反応したんだよなぁー」


 お前はおんぼろ機械かっ。と、頭をこんこんと叩く秀樹にそう言ってやりたかったが、喉元で留めておく。いちいち秀樹に反応しては僕の気疲れが進むだけ。


「そもそも、その直感ってなんなの?」


「それは言えねぇなぁ」


「なんで?」


「甘楽に自覚させたくないから」


「何を?」


「自分の存在について」


「どうして?」


「つまんなくなるから」


「はぁ、意味が分からない」


 本当に、意味が分からない。どうやら秀樹曰く、僕は何かを自覚してしまうとつまらない人間になってしまうらしい。ということは今の僕は、秀樹にとって面白い人。なんだか見世物にされているみたいで嫌だ。


「まぁとにかく、オレのことは好きに使ってくれて構わない。要は自分じゃ表でできないようなことをオレにやらせるってことだ」


「ちょっと待って、話を勝手に進めないで。その、多分秀樹は勘違いをしてると思うから」


 秀樹が僕について誤解していそうだったので、一度会話にストップをかける。何故か秀樹は僕のことを秘密組織の工作員と思っているような気がしたから。


「勘違いって?」


「自分の思い込みが正しいことを前提に、話を進めないでって言ってるの。その、僕がわざとひとりでいるのは、成し遂げたいことがあるからじゃないの」


「……」


 ほんの一瞬だけ、会話が途切れた。


「えっ、それじゃあ目標がないってことか?ほら、ひとりじゃないとできないことがあるとか、そういうのじゃねぇのか?」


 秀樹は珍しく驚いたように目を開いた。


「ない、とは言わないけど……」


「クラスを裏から操ろうとか、いろんな問題を秘密裏に解決していこうとか、そういうのじゃないの?」


「えっ、何を言ってるの?」


「え、違うのか?」


「「……」」


 互いに急激に失速するように言葉を失い、棒立ちの僕と秀樹の間に春風が場を取り持つように吹き抜ける。

 そんな中、秀樹が言ったことから一つだけ、おおよそわかったことがあった。今まで、秀樹はどうもつかみどころのない人間だと思っていたが、その理由がなんとなくわかった。――そう、秀樹はおそらく『中二病』を患っている。そのため、いろんな物語の登場人物の性格を自分自身に当てはめようとしているため、人間像がよくわからなくなっている。

 意図的な孤立、そして有佐といった限られた人物との接触。やっぱり、秀樹には僕が裏で暗躍するスパイのように見えたのだろう。


「その、僕は秀樹が思ってるような人間じゃないから」


「……マジか」


 魂が抜け落ちたように、秀樹は声をこぼした。その様はなんとも不格好で、何だかいい気味がした。


「えっ、それじゃあ昨日僕に声をかけてきたのって、そういうのを期待してたから?」


「そう、なんだけど。それにほら、有佐の悩みについて話を聞いてくれたって、本人から昨晩聞いたんだけど……。ほんとに、違うのか?」


 僕の前には、おもちゃを取り上げられた子供のような目があった。とても哀れで、嗜虐心が駆り立てられてしまいそうな、可哀そうな可愛い顔だ。

 気付けば僕の心の底からじくじくと(うごめ)く高鳴りが、血流と共に全身を駆け巡っていた。


「……へっ、へへ」


 ――どうしよう、あぁどうしよう。これから秀樹になんて言ってやろう!

 今まで秀樹に握られていた主導権が、今は僕の手の中にある。突如得た愉悦と、この状況の面白おかしさから僕は笑い声を抑えられなかった。


「残念、ざんね~ん。ふふっ、勘違いさせてごめんねぇ。僕はそんな人間じゃありませーん。こっそり人助けをする暗躍者でも、裏からクラスを操ろうとする黒幕でもありませーん」


 今までやられてばかりだったので、ここぞとばかりに秀樹を盛大に嘲笑った。秀樹は僕の挑発が効かないほど呆然と立ち尽くし、半開きになった口と目を僕に向けていた。


「おやおや、どうしたの?さっきまで『オレも一員に加えてくれー』って言ってたのに。勘違いしてたとわかってから、声が聞こえないねぇ。まぁ、秀樹が勘違いしちゃったのは、僕の演技力が高すぎただけだからさ。ふふっ」


 秀樹に言われたことを返してみる。水を得た魚とは、まさに今の僕のことなのだろう。ものすごく、気分がいい。口がよく回る。散々僕のことを弄んだ仕返しだ。

 これからどのような言葉を秀樹にかけてやるかと考えていると、秀樹は大きく溜め息を吐いた。


「……はぁ」


「ねぇ、そんなに落ち込むことなの?」


「これから面白そうなことが始まると思ったのに……」


 すると秀樹は生気を失ったままとぼとぼと歩き出し、参道の方へと向かっていった。その後姿は面白さを覚えるほど惨めで、背が高いのに小さく見えた。


「甘楽さん。大変、お騒がせしました。オレのことは忘れてください。どうかよいおひとり様ライフを」


 少し距離が離れたところで、秀樹は振り返って頭を小さく下げた。肌つやだけやたら若い心が枯れ切った老人を見ているようだ。内側がカサカサでシワシワになっている。


「……」


 一歩、また一歩と、僕の日常に生じたイレギュラーが、自らその存在を遠のけようとしている。本来であれば喜ばしい事なのだけど、何故か僕は遠のく秀樹の姿をただ見送ることができなかった。

 それは何故だろうか。いや、考えるまでもない。秀樹はごく普通の人間として学校で生活しながら、心の内では小さな子供が憧れるような物語を現実に求めている。そしてそれを、僕だけに見せてくれた。

 ――そう。古谷秀樹という人間の内側が垣間見えたことで、僕は秀樹が面白い存在だと確かに認識することができた。そんな存在を、僕が手放すわけがなかった。


「待って、秀樹」


「……」


 僕の呼びかけに、秀樹は足を止めた。くるりと振り返ったその顔には、いつもの胡散臭さが見られなかった。


「どうした、甘楽」


「ねぇ、ちょっと待ってよ。面白いことしたいなら、僕も混ぜて」


「……えっ」


 予想外の出来事からか、秀樹は目を徐々に見開いた。次第に瞳は輝きを帯びたように、木々の隙間から差す橙の斜光を散らしていた。


「ちょっと試しに、噂を作ってみようよ」


 おかしな人間が言った、おかしな言葉。内容を相手に理解させるつもりもない言葉を、僕は秀樹を引き留める材料として提示した。

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