精霊様の加護 9
*たくさんある作品の中から見つけていただいて、お読みいただきありがとうございます*
精霊様に元の場所に戻してもらって、さぁ言い訳はどうしよう? と考えていた矢先のことだった。
私は突然腕を引かれ、体ごと大きな強い腕に抱き込まれていた。
身動き出来ないくらい強く、しかも押し当てられるようなその胸に…私は、正直言えば息苦しくてぐったりし始めていた。まだ九歳女児の、しかも貴族令嬢の体力のなさ舐めんなよ、とあやめさんが騒いでいる気がした。
こういう時に、いつもあやめさんの記憶が私のことを労わってくれて、なんだかほっこりするけれど、現在進行形で息苦しいからいい加減暴れようなかなぁなんて思い始めているところだった。
「おい、いい加減放してやれ」
普段からあまり聞かない声が私の耳に届いた。そして、私を抱え込んでいた腕から引き離された。思わず、ぷはぁってなるよね。そこで初めて私を抱き込んでいたのが、アシュリーだと気付いた。
引き離してくれたのは、護衛騎士だ。確かリバー卿。
「お嬢様申し訳ございません!! やっとお嬢様が見つかったと思ったら、つい…。本当に申し訳ございません!!」
私は一瞬「?」となったけれど、アシュリーが謝っているのは私をずっと圧し潰すように抱き締めていたこと、かな?
私が頭をゆるゆると横に振ると、少し安堵したような表情を見せたけれど、隣にいるリバー卿の手前すぐに表情を引き締めていた。
「ううん、気にしないでアシュリー」
「いいえ、先程の事は咄嗟の事とは言え、主に対して失礼なことですから…」
「あー、うん。そうね、これからは注意してもらえれば大丈夫よ。それでね。えっと…すごく心配かけちゃったと思うんだけど…」
アシュリーに気にするな、と言ってもやっぱりそれは受け入れられないようで、私が謝罪を受け入れることでこの話は終わりにした。正直言い辛いことを今から言わなくてはいけない、と思うと口が重くなるのを感じながら、精霊様に連れて行かれたことをどう話すか迷いながら、話し始めたところだった。
「あの…精霊様に、呼ばれたのではありませんか?」
「!!」
私の言葉を遮るようにアシュリーが私の耳元で声を潜めてそう告げた。
正直言って『精霊様』という言葉に私は驚きを隠せないでいた。今アシュリーとリバー卿以外にも人が何人もいる。そんな中で、精霊様のことを話すことが良いことなのか私では判断できなかったから。
精霊様に元の場所に帰してもらって気付いたことだけれど、私を探すために屋敷にいる使用人達や護衛騎士も動いてくれていたようで、アシュリーが私を掴まえたところでみんなが集まってきた。
だから、精霊様のことをどう話すべきか、そしてどこまで話すべきかが分からなくて、言い淀んでしまったのは仕方なのないことだと私は思う。そんな状況だったから、アシュリーの言葉には驚くしかなかったわけで。
だから、私もそれに頷きで返した。アシュリーはそんな私に微笑んでくれた。少し私もホッとしていた。
「もうお嬢様も戻られたので屋敷のほうへ戻りましょう。お疲れではありませんか? もしお疲れならお抱きしてお連れ致しますが…」
「体は疲れてはないけれど、気持ちの方が…少し疲れてるかしら」
「そうですか」
それでは、やはりお抱きしますね、と私に近付いてくるアシュリー。でも、その前にリバー卿に止められた。
「いやいや、君も充分疲れてるだろ? ずっと魔法の痕跡を辿ったり色々していたから、君の方が体も疲れがあるはずだ。そういう力仕事は私達がすればいい。とりあえず一緒に戻ろう」
「…卿、お気遣いありがとうございます。ですが、私はお嬢様の護衛兼従者ですから」
「うーん、引く気はないか。それなら仕方ないな。君がどうしようもないと判断したら、勝手にこちらで対応させてもらうからな」
「分かりました」
なんだかアシュリーとリバー卿の間で軽く見えない何かやり合うような感じがあったけれど、私では理解が及ばなくて、口を挟むのをやめた。
§
私はアシュリーに横抱きにされてしまい、慌ててしがみ付く形で領館まで戻ることになった。護衛騎士や使用人達も一緒に戻ってきた。途中アシュリーが私を抱きかかえるのに疲れる様子も見せることはなかった。
その間に私はアシュリーに、精霊様に連れられていったこと、簡単に行った先でどういうことがあったかを話した。私付きの従者なのだから、隠し通せるとも思えなかったというのが一番の理由だけど。
森を抜け、庭園が見えてくると領館のサンルームも見えてくる。よく見ればサンルームの外に両親がいるのが遠目でも確認出来た。お兄様達もいるようだ。心配かけちゃったな、と反省…するのは私じゃないけど、と思いながら家族を見つめていた。
しばらくするとお母様が私のほうへと急いで来ていることに気付いた。お父様達も少し遅れて来ている。アシュリーが少し早く歩き始めた。
私はアシュリーの顔を見ると、アシュリーもこちらを見た。
「早くお顔を見せてあげてください。皆様、随分心配されていましたから」
「アシュリー、疲れたでしょう? もういいわ。私自分で歩けるし」
「大丈夫ですよ、後少しですから。急ぎますからしっかり掴まっていてくださいね」
「え? あ、きゃっ!」
アシュリーの言葉に、家族に心配かけたことを改めて感じながら、自分で歩いていけると伝えたけれど、やっぱり下ろしてはもらえなかった。余計にしっかり掴まるよう言われてしまった。そこからは風魔法を利用して、移動速度を早めたようだった。あっという間にお母様のいる所まで辿り着き、やっと下ろしてもらった。
「アシュリー、ありがとう」
私が腕を離す時にそれだけ言うと、アシュリーは私に笑みを見せてくれた。そして、お母様の元へ急ぐようにと背中を押してくれた。私はアシュリーに振り返ることなくお母様へと駆け寄った。
「お母様!」
「アイリス! 良かった……!」
お母様は私を抱き締めると、そのまま地面に膝を着き私の体をもう二度と離さないと言わんばかりに、強くその腕を私の背中に回した。私も自身の小さな手をお母様の背中に回す。
お母様は私の肩に顔を埋めるように泣き崩れた。安堵したせいなのか、三年前のことがあるからか、それとも両方か。
やがて追い付いたお父様も、私を挟むようにしてお母様と一緒に抱きしめる。後に続くようにお兄様達も抱き締めた。
私を中心にしてお母様お父様、お兄様達にぎゅっとされている。もしかしたら、三年前もこんな風に私を囲んで抱き締めた時間があったかもしれない。あの時はベッドの上だったから、叶わなかっただけで。
「アイリス、怪我はないかい? どこか痛いところもないかい?」
「お父様、怪我はないです。心配かけて本当にごめんなさい」
お父様に問い掛けられ、即答したけれど、後に続く言葉は私には言えなかった。アシュリーに目を向ければ、顔を横に振っていた。やっぱり精霊様のことは簡単に話すことではないのだと理解した。
「旦那様、発言してもよろしいでしょうか?」
「許す」
「詳細は私も知りませんが、ここでは話せない状況のようです。ですので人払いをした上で、お嬢様からお話をお聞きすべき案件かと思います」
「…それは、貴族として生きていけないというような、そういう事か?」
「いえ、お嬢様からそのような、身の危険というものはなかったと…少しお聞きした範囲では分かっております。少しお耳をお貸しください」
アシュリーがお父様に精霊様のことを伝えようとしたのは、理解した。私がここで口を開けば、言ってはいけないことまで話してしまうかもしれない可能性があることを、アシュリーは把握してるのだと思う。流石私の従者だ。
耳打ちされたお父様の表情が強張るのが分かった。私がここで話したら、多くの使用人達にも聞かせてしまうことになるだろうし、それが後々噂で流れ出てしまう…と、厄介なのかしら? と、少し想像してみたけれど…まだ私は子供なのだろうと、思うには充分だった。その後の、他の影響をまるで想像出来なかったからだ。実際、領地から王都に戻ってからが大変になるのだけれど、まだこの時点では知る由はない。
「アイリス、話を聞かせてくれるかい? さ、とりあえず応接間へ行こう」
「応接間…?」
「あなた?」
ラロック家では、大事な話や重要な案件を家族で話し合ったり、情報共有する時には一番小さな応接間で家族揃って話し合うというのが慣例だった。
家族会議は応接間で。それがラロック家である。
『あー…つまり精霊のことは、家族会議にかけられるほどの重要案件…ですよねー。そうですよねー』
遠くであやめさんが何か言ってる気がしたのだった。




