精霊様の加護 7
*たくさんある作品の中から見つけていただいて、お読みいただきありがとうございます*
side:トワ
僕は時の精霊として、この世界に生み落とされた。
普通の精霊は自然に発生する。魔力溜りと呼ばれる魔力が一か所に集まる場所に、精霊の赤ん坊のような”精”というものが存在している。
その”精”が魔力を体に貯めていき、やがて精霊としての力を持つようになる。それが普通の精霊達だ。
それに比べて、僕の場合は精霊王と精霊妃の間に生まれた存在だ。人間が子を生すようなものと考えれば理解し易いかもしれない。
そんな僕だから、普通の精霊とは少し…いや、かなり? 能力的に違うらしいということは、理解するのに時間はかからなかった。だって、僕が初めて会って、一目惚れ(?)した相手がアイリスだったんだから。
普通の精霊は、祝福を与えるだけの能力を得るだけで数年以上の時間を必要とする。加護ともなれば数十年以上とも。それだけの時間と同等の力を人間に与えることになる。本当なら加護なんて簡単には与えられるものじゃない。でも、僕はアイリスに加護を与えることが簡単に出来てしまったし、特に問題もない。改めて言うと、特別な生まれだから可能なことだった。精霊王と精霊妃の子供だから、だ。
父の精霊王は人間だった母に助けられた過去があって、母が他の人間達から危害を加えられようとしてる場面で救い出し、精霊の国へと連れてきたと聞いている。そして母は精霊の国で滞在するに値するほどの魔力の質も綺麗で、心の清らかな人だったこともあり、精霊王と婚姻を結ぶことで精霊妃となり精霊の特質を人間の身でありながら持ち合わせるという存在になったとも聞いている。そして、その精霊妃はアイリスと同じで前世の記憶を持つ招き人だった。
そんな両親を持つ僕は、ある意味自由気ままに振舞いながら、人間達や精霊達の様子を幼い頃からずっと見続けてきた。
そんなある時だ。精霊王の住まう宮殿の一角にいた時だった。どうしてなのか、あの日とても気になる香りが漂ってきたことに気付いた。浮足立つような、心が自然と浮上してくるような感覚が今でも忘れられない。
そう、その香りに誘われるように宮殿から抜け出し人間達の住む国へとやってくると、一層香りが強くなったことに気付いた。
その香りが強くなる場所を探しながら空を進んでいくと、森の中の湖畔に辿り着いた。そこにはまだ幼い子供がいるのが見えた。
兄と妹らしい二人は、湖の淵にいて水の中を覗き込んでいるようだった。香りは二人の辺りが強い。だから、どちらかが精霊が好む香りを放つ者だというのは明らかだった。
二人に気付かれないように少し離れた木の上から様子を見ていると、妹が手を地面に付きより湖を見ようとし始めた。
「危ないな…。ちょっと下に行って様子を見ようかな」
そう呟いた直後だった。妹の方が手を滑らせてしまった。そのまま湖の中に体全て落ちてしまう。兄のほうはまだ幼く、助けられるだけの力もないのは明らかだった。咄嗟に妹に手を差し出したものの、妹は着ているドレスが水を吸って重くなってしまっているのだろう、必死に藻掻いて兄へと手を伸ばしていたが…呆気ない程簡単に沈んでいった。
慌てた兄が彼らの住む家に向かって走っていったのだろう。周りに大人は誰もいなかった。二人だけでこっそりと抜け出してきた、そんなところだろうか。
僕も気付いた時点で湖への落下は防げなかった。だから、今これ以上ないというくらいの速さで湖に飛び込み、妹の腕を掴み、そのまま体を引き上げ抱き寄せて湖から出た。
湖から出ると、すぐに妹の方が咳込むようにして水を吐き出していた。そのまま横抱きにした状態で、寝かせても大丈夫だろう、柔らかな下草が生えている辺りまで連れて行く。そして、兄のほうが戻ってくるまでの間に体調を崩してしまうことがないように、小さな祝福を与えた。
幼い少女の耳朶に小さく囁く。
「時の精霊が祝福を与える。この力により汝は常に正しく清く導かれる。また、暫くの間汝の体も守られる」
これで体が濡れた状態でも風邪をひくことはないはずだ。時の精霊では濡れた体も服も乾かしてはあげられない。だから、仕方なくの処置ではあったが、これで少女を害するものはなくなった。
それと同時に、あの香りはこの少女のものだということもハッキリと分かった。こんな身近にいれば、分かってしまう。もしこの少女と一緒にいたあの少年であるなら、香りが今も強く届くわけがない。少女を助ける手を求めて、遠くへと移動しているのだから。
横になっている少女の意識は戻らない。水を飲み込み過ぎたかもしれないが、祝福もあるし心配することはないはずだ。何より今少女の周囲にはまだ精霊になる前の小さな光を集めたような精がたくさん集まってきている。そして、少女の服や髪、体を乾かしている。またこれ以上冷えないようにと温めている精もいる。
「この状態なら僕がいなくても大丈夫かな。後は精に任せて人間達が来る前に隠れようっと。
でもその前に。これもしておかないとね…」
僕は意識のない少女の左手を取る。そして、その華奢な手首に人差し指で軽く突いた。すると、手首に小さな花のような形の痣が浮かび上がりすぐに消えた。
「これで良し。これ以上精霊に目を付けられないようにしておかないとねぇ。僕だけの大事な子にしたいからね」
僕がしたことは、他の精霊達がこの少女に気付かないように、香りが周囲に漏れないようにしたことと、少女が僕のモノだっていう印を付けたってだけだ。それが手首に付けた痣だ。もっとも人間には見えないし、わかるのは精霊だけなんだけど。
「じゃあ、またね。僕の可愛い子。次に会えたら、今度は加護をあげるね」
そうして僕は少女の傍から離れた。しばらくすると、兄らしいあの少年が大人数人と一緒に戻ってきた。かなり慌てた様子の彼は、湖が見えるよりも先に目に付くように横たえた少女が目に入ったことだろう。
彼女が落ちた場所ではなく、少女の元へ真っ先に向かっているのが見える。
これでもう大丈夫。僕は彼らが少女を抱き上げて戻っていくのを確認してから、その場を離れたのだった。
§
久しぶりに再会した少女は三年という時間が経って、随分綺麗になっていた。あの時でさえ、目を開けている状態ではなかったとは言え、かなりの美少女だとは思っていた。整い過ぎて人形じゃないだろうか、と思うくらいだったから。
でも、少女はあの時一緒だった兄と、それとは別の子供二人、それに大人一人にも付き添われて湖へとやってきた。この様子ならまた湖に落ちる心配はなさそうだ、と思ったことは内緒だ。きっと彼女に知られたら、気分を害するよね。
しばらく様子を見ていると、一番年上の子供は彼女と一緒に湖から離れた場所にいる。後の子供二人は湖を散策し始めた。大人は距離を取りながら周囲を警戒しているようだ。
「これなら、彼女を少しくらい借りても大丈夫かなぁ?」
僕は彼女の近くにいる子供が、ほぼ確実に招き人だろうと思いはしたけど、特に気にする程ではないと判断して、あっさりと彼女を僕の隠れ家に攫ってきた。
そして彼女に色々と話をして、無事精霊の加護も与えることが出来た。うん、とにかくそこは大満足だった。
別れ際だろうというタイミングだったけど、どうしても彼女のことでは気になることがあって、彼女を急に抱き締めてしまった。彼女はきっと何だろう? と戸惑ったに違いない。でも、どうしても言わなくちゃいけないような…そんな気がしてしまったから。それがどれだけ残酷なことなのかを分かった上で。
だって、アヤメは病気で亡くなってると言っていた。しかも若いからこそ早くに病気が悪化していくような、そんな病魔に侵されていたと…。
「アヤメ、ごめん。アイリスとしての今の生も…多分、長くは生きられないと思う。アヤメ自身も、きっと長くは生きてない、よね? こんなこと言うのは違うんだろうけど…今言わないとダメな気がしてね」
アヤメのままのアイリスは、僕の言葉に一瞬目を瞬かせたけど、次には笑っていた。
「今度は長生きして、結婚もして、子供も産むことが出来るのかと思ってたけど…またダメなのかぁ。残念。それで、どれくらい生きられるのか、トワは分かるの?」
「……な、んで…そんな落ち着いていられるの? いや、ううん。いいんだ。アヤメが一度人生をちゃんと終えてるから、そうやって言えるんだろうけど…。ごめん。僕のほうが…なんか…」
僕が彼女を自由にした後、アヤメだったはずのアイリスはもういなくなっていた。代わりに茫然とした表情のアイリスがいた。
ああ、そうか。アイリスも今までのやり取りを第三者的に見ていたのかもしれない、と感じた。
「さっきアヤメに伝えた通りだよ。君はあまり長く生きられない。僕が見えているのは十七歳くらいまでの君だ。もしかしたらもう少し長く生きられる可能性もあるけど、今の時点ではそれくらいかな。だから…少し、僕の方でも君が死ななくても済む方法を探すから、今まで通りに普通に生活していればいいよ」
少し蒼褪めた様子のアイリスは、ただ一度コクリと頷いた。ショックを受けないわけが、ないよね。早く死ぬだなんて宣言されたらさ。
軽率だったなぁ、アイリスはまだ幼気な少女なのに。
今度はアイリスの頭をそっと撫でた。柔らかく細いその髪は、触れるだけで擽ったいくらいに綺麗だった。そして彼女を…湖の木陰の…元の場所へと送り届け、それが彼女との別れたのだった。




