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スノーローズ  作者: ありや


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4/4

精霊様の加護 4

*たくさんある作品の中から見つけていただいて、お読みいただきありがとうございます*

 アシュリーが私付きの護衛兼従者になって、十日後にはラロック領へと皆揃って出発したのだった。

夏であっても、モンフレール王国の王都はとても涼しく過ごし易い土地ということもあり、避暑という言葉はあまり使う人もいないらしい。が、あやめさんの記憶の中にある「バカンス」というのは、この国の人々でも理解出来るものなので、きっと今回の領地へ戻るのはどちらかと言えば、バカンスに当たるものなんだろう。

 王都からラロック領へは馬車で三日程の距離らしい。あやめさんの世界の乗り物なら、どれくらいの距離だろうか。素朴な疑問として感じた事だ。でもその前に、道が舗装されてるかどうかでも変わりそうだから、考えるのはやめたのだった。


 馬車の中では、窓側に私は座ることを主張したのだけれど、これは多分あやめさんの記憶が強く影響している気がする。あやめさんは乗り物に乗ると、必ず窓側に座り、窓の外の流れる景色を飽きることなく眺めていた記憶しかなかったからだ。家族との旅行でも、友人達との旅行でもだ。どれだけ窓の外が好きなのか、と思うのだけれど…今の私はあやめさんの気持ちが分る、としか言えない。実際今私も窓の外の様子を眺め続けている。

 さすがにあやめさんの記憶のように流れていく景色…というわけではないのだけれど、それでも手前に広がる草原や畑などがあっという間に後方へと消えていくのは、なんだか心躍るものがあって、飽きることがないからだ。些細なことだけれど、あやめさんの記憶の影響なのか、それとも元来あったはずの私という人間の資質が表に出ているだけなのかは分からないけれど、なんとなくあやめさんの影響なのだろうと思っている。

 おかげで…途中、お兄様達から苦情が出てしまったのだけれど。


「アイリス、外ばかり見てないでこっちも見てほしいな」

「そうだよ、ちゃんと顔見て話しをしよう?」


 私達兄妹が一番奥の座席に私、その隣にエディお兄様、そしてシトリンお兄様と並んで座っているのだけれど、シトリンお兄様が私に声を掛けてきた。そして、間髪入れずにエディお兄様が窓に顔を向けている私の肩を、方向を変えるためにぐいっと引っ張りながら言葉を継いだのだった。


「え? でも前回領地に戻った時のことってあまり覚えてないから、外の様子が気になるんですけど」

「ずーっとアイリスを外の景色に盗られたままなんて嫌なんだけど」

「うん、だからお兄様達と一緒にお話ししよ?」


私が訴えたところで、二人掛かりでこられては結局私が折れるしかないのかな、と思う部分もある。あやめさんの記憶のせいで多分私は、妙に大人びた九歳だろうから。記憶の片隅にいるあやめさんが「お姉さんが折れてあげるよ」なんて言ってる気がする。

二十六歳で亡くなったあやめさんからすれば、お兄様達はきっと子供ということなんだろうな、と思う。私なんてもっともっと小さな子供なんだろうけれど。


「うー。分かりました。でも、外も見せてくださいね?」

「分かってるよ」

「ありがと、アイリス」


 そんな私達兄妹の様子を両親が穏やかに微笑みながら見ていたのは、気付かないふりをしていた。

なんだか、気恥ずかしいものがあったから、だろうか。とにかく、暫くはお兄様達とラロック領のことや、領館のこと、領都についても教えてもらっていたのだった。

 改めて、領地に行くことでラロック伯爵家という貴族という立場にある自身のことを振り返ることが出来る気がしている。あやめさんの記憶のおかげで、生活は貴族そのものではあるけれど、気持ちはどちらかと言えば、平民の感覚があるという自覚があるから。

 なかなか庶民感覚が抜けない、もしくは根底にあるというのは、この貴族という立場にいると複雑な気持ちにさせられてしまうので、早く慣れるべきなのか、それとも感覚は忘れてはいけないのかは…難しいところだけれど。兎に角! 今は記憶から抜け落ちている湖を含めて、領地を楽しめたらいいな。


 今世初の家族旅行だー! わーい!(あやめさん視点だけど)


……なんて思っていたのは最初の二日間だけだった。本当、場所が変わっただけで、基本的に王都にいるのと変わらないなんて…知らなかった。ちょっとだけガッカリしたなんてことは、内緒だ。

 でも、王都では毎日のように勉強をしていたけれど、領地では休みの日が多かった。おかげで、すっかり記憶から抜け落ちた湖へも行くことが出来ることになった。


「お母様、明日は家族揃って一緒に過ごせるんですよね?」

「そうね。どこか出かけるのもいいと思ってるのよ。ただね…」

「お母様何かあるんですか?」

「お父様のお仕事がね、ちょっと問題があったようなのよ。だから、あまり領館から離れられないみたいなのよ。王宮からの連絡がいつ入ってもいいようにって…」

「お仕事の都合なら仕方ないですね。大事ですもの」

「本当ごめんなさいね。せっかくアイリスにとっては領地で家族水入らずゆっくりできると思ってたのに」

「いいえ、だったら庭園から続く森に散歩にでも行ってきます。えっと、アシュリーだけじゃなくて、お兄様達にも一緒に来てもらおうと思ってるんですけど」

「そうね、シトリンとエディも一緒なら大丈夫でしょう。場所もウサギやリスくらいしか出ない場所だけど、大人の護衛も付けるわ」

「ありがとうございます!」


なんて会話をお母様としたのだった。


「湖も森の奥にあるのよ。今のあなたなら間違って落ちるようなこともないでしょうし、行っても構わないわ。でもね、決して一人で何処かへ行くなんてことは止めてね?」

「はい、勿論です! 湖もあまり近付かないようにしますね」

「ええ、お願いねアイリス。もうあんな心が潰れるような思いはしたくないもの」

「気を付けます!」


そういう話もして、明日のことをお兄様達やアシュリーと話すために、その場を離れたのだった。


 §


 お母様のいたサロンからお兄様達のいるサンルームへと足を向ける。アシュリーが私の後を付いてくる。

サンルームに到着すると、扉をノックして部屋にお兄様達がいるかを確認する。お兄様達はまだサンルームにいたようで、シトリンお兄様は三人掛けのソファで寛いでいた。でも片手には本がある辺り、生真面目な兄だという印象は変わりない。だからかな、普段は掛けていない細い銀縁眼鏡が異様に似合うんですけど。

 エディお兄様と言えば、シトリンお兄様と対面するようにもう一つの三人掛けのソファに座って、お茶を飲んでいるところだった。でもいつもと違って襟を緩めていてリラックスしてるのがよく分かる。


「アイリス、どうしたの?」


真っ先に私に声を掛けてくれたのはエディお兄様。


「シトリンお兄様とエディお兄様にお願いがあって来たんです」

「お願いってどういうものかな?」


次に声を掛けてくれたのはシトリンお兄様。


「明日はお兄様達もお勉強はお休みですよね。森の奥の方へ行ってみたいんですけど、御一緒してもらっていいですか? お母様が護衛を一人付けてくれるって言ってくださいました」


私がそう伝えれば、お兄様達は互いに顔を見合わせてから、私の方へと顔を向けた。それぞれが満面の笑みだった。


「分かった。一緒に行こう。アイリスが誘ってくれたんだから応じなくちゃ兄失格だ」

「そうだね、シトリン兄様。アイリス、誘ってくれてありがとう!」

「お兄様達、ありがとうございます。お母様が湖も行っていいって仰ってました。でも、私はちょっと怖いから湖は遠くから見るだけにしようと思ってて…」


お兄様達の返事に笑顔で感謝を伝えたところまでは問題なかったけれど、湖という言葉が出た瞬間二人の視線が鋭くなった。私自身は記憶にないから実は怖くもなんともない。正直なところ、あやめさんが見たことのある日本で一番大きな湖はまるで海みたいだったという記憶しかなくて、だから砂浜だったり波打ち際だったりのイメージだけど、庭園から続く森にある湖がどういうものなのかは知らない。だったら、心配を掛けた過去があるのだから、出来る限り遠くから眺めているのが家族を安心させることになる。そう思って、遠くから…と話したのに。

 二人の過保護なお兄様は、私のほうへやって来て二人掛かりで抱き締めてきた。うん、九歳だけどね。私九歳だけどね。お兄様は十三歳と十一歳だ。しかもお兄様達は顔立ちは整い過ぎて綺麗でまるっきり美少女になれるけど、体格だけは間違いなく男子だった。私まだ九歳のちびっ子で女子だから! お兄様、私潰れる!! 苦しいからー!! って思ったタイミングで、私からお兄様達を引き剥がしてくれたのはアシュリーだった。

私の背後に立っていたアシュリーのおかげで、窒息死から免れた…と思った瞬間だった。


「シトリン様、エドモンド様、お二人の御力ではアイリスお嬢様が窒息してしまいます」


アシュリーがそう言った頃には、私はお兄様達から簡単に引き離され、アシュリーの背後に隠されていた。

淡々と話すアシュリーとは対照的に、お兄様達はバツが悪そうな顔をしたけれど、二人には悪意はないことも分かっているし、ただ心配してくれただけなのも分かるから、私がアシュリーの袖を引っ張って意識を私の方へ向けさせた。


「アシュリー、ありがとう。アシュリーなら分かってると思うけど、お兄様達は私のこと心配してくれただけなの。だから…責めないでね?」

「分かっております。ですが、もう少しだけ力加減をしてただけないと、お嬢様が苦しい思いをされてしまうので…」

「うん、いつも私のこと考えてくれてありがとう。でも、もう大丈夫だから」

「分かりました」


袖を引かれ、私に顔を向けたアシュリーに声を掛け、お兄様達を追い込まないようお願いをした。

それからお兄様達のほうへ近付いて、私から二人をぎゅっとする。すると、強張ったように表情を堅くしていた二人はするりと表情を解き、いつもの優しい顔に戻っていた。


「アイリス、ごめんね。つい…心配になってしまって…」

「エディお兄様は私が湖に落ちた時に一緒にいたんですもの、仕方ないと思ってます。だから気にしないでくださいね」

「ごめん、アイリス。また三年前みたいな思いはしたくないって、そう思ったら…。苦しかったろ? 次はもうしないからね」

「はい、シトリンお兄様。心配してくださってありがとうございます」


二人に笑顔を向けて、改めて伝える。


「私は湖には近付きません。また落ちるなんてことはもう嫌ですから。だから、お兄様達も安心してくださいね」

「分ったよ」


安心したのか二人は安堵した様子で、笑ってくれた。それからアシュリーも、二人の様子を見てまた壁際へと戻っていった。


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