冬の花 3
*たくさんある作品の中から見つけていただいて、お読みいただきありがとうございます*
今日はエディお兄様と王立図書館に行って、植物図鑑を手当たり次第見た結果。クリスマスローズにそっくりな葉の精霊草に関する記載はあまりなかった。
仕方ないから、植物図鑑からではなく『精霊』に関する本から調べてみるのが手かも、と思うに至った。
何故かと言えば、庭師のジャックから聞いた「精霊様を見ることが出来る人だと稀に精霊様が傍にいるのを見る」という逸話がとても気になったから。
これが良く知られている逸話なら、絶対精霊に関する研究書に記載されているはずだから、植物図鑑よりも別方向のヒントがあるかもしれない。
花が咲かない理由とか…。
というわけで、後日また図書館に行くことを決めて、帰って来たのだった。
その日の夜。アシュリーに精霊草を調べていることと、王立図書館には植物図鑑から調べられなかったことを話している時だった。
「アイリスお嬢様、王立学園の図書館もかなりの蔵書があります。私もそちらで調べてみますね。まずは植物図鑑を、それでなければ精霊に関する物から精霊草に関するものがあるか、調べてきます。他にも何かあれば調べてみます」
「アシュリー、ありがとう! でも、学園のお勉強もあるのでしょう? 時間が出来た時だけで大丈夫よ。私の王子妃教育も以前よりも自由が増えたし、私だけでも多分大丈夫だから」
「分かりました。でも、図書館で調べ物をすることも多いですから、時間のある範囲で調べますね」
「ええ、そうして頂戴。お願いね」
こんなふうに、アシュリーが精霊草を調べる助けを言ってくれるから、私はアシュリーが無理のない程度に頼ることにした。アシュリーもお兄様達のようにどこかしら過保護なところがあるから。
「それにしても、精霊草はどうやれば花を咲かせてくれるのかしら? 本当何も分からないから、水とお日様と栄養くらいしか与えられないのよ。きっとそれだけじゃ足りないと思うのだけれど…」
「そうですね。何が足りないのか知りたいですね」
「それを調べてるところだけれどね、ふふ」
「ええ、そうでしたね」
私達はお互いに顔を合わせると微笑み合った。私は日記を書くことにした。眠るにはまだ早いけれど、三十分もすればベッドの中に入ったほうがいい時間になる。
「それでは私は退室いたしますね。何かありましたら、お呼びください」
「分かったわ。日記を書いたらもう横になるつもりよ」
「はい、それではおやすみなさいませ」
「ええ、おやすみなさい」
アシュリーが部屋から出ていくのを見送って、私は文机に向かい、引き出しから日記帳を取り出した。
今日あったこと、感じた事、それから精霊草が部屋に届けられた日から、精霊草の育て方のことも書き記している。
今日も色々動いたな、なんて思いながら日記を書き終えたタイミングだった。
部屋の空気が揺らいだのが分かった。窓は開いていない。カーテンだって動いていない。でも、空気が揺らいだ。
「トワ様、いらっしゃいませ」
どこに現れるのか分からないのはいつものことで、だから日記帳を引き出しに仕舞いながら言葉を発していたのだけれど、精霊様はそんな私に少し驚いたようだった。ちなみに、どうでもいい情報だけど以前は精霊様とお呼びしてたんだけど、今はトワ様とお呼びしてる。
いや、単純に名前呼びしてくれないとトワ様が拗ねたからなんだけども!
「わお、アイリスったら僕が来るの分かったの?」
「はい、いつもトワ様がいらっしゃる時には部屋の空気が動くんですよ。だから分かるんです」
「へぇ、自分じゃそういうの分からないんだよね。だって、僕が姿を見せる前の部屋の状態なわけでしょ? 僕がいない場所のことは流石に分からないよね」
「…そうですね、トワ様が現れる直前のことですからね。で、今日の御用件は何でしょうか?」
「あはは、直球! 今日はねアイリスにお土産持ってきたんだぁ。これなんだけどね、見て見て!」
精霊様はどこから取り出したのか、透明な石を手にしていた。思わず石英? と思ったけれど、そんな普通の石をお土産にするわけないか、とすぐに頭から追い出した。だったら水晶?
「…これ、は?」
「ふふーん、今までに見たことないでしょう?」
「うぅ? ……あれ、でもこれ…もしかして、ガーデンクオーツかしら」
「見たことあるの? おかしいな、滅多に見られるものじゃないんだけど…」
自慢気な様子で精霊様が見せてくれたものは、水晶の小さな結晶だった。とは言っても大人の女性の小指くらいには大きい物だったけれど。
よくよく見ると、その水晶には小さな緑色の結晶が含まれていて水晶の中に小さな木々が育っているように見えた。ちょうど精霊様の指で水晶の中の緑色の結晶が見えていなかっただけだったようだ。
「もしかして、アイリスじゃなくてアヤメの記憶に見た事でもあった?」
「いいえ。あやめさんも見たことはなくて。誰かから教えてもらったんだと思います。誰だったのかは…ちょっと思い出せないんですけど」
「ふぅん、そっか。でもまぁ前の世界じゃ魔法はなかったわけだし、関係ないか! この水晶はすっごーく魔力と相性がいいんだ。だから、アイリスにプレゼントしたくって持ってきたんだ」
水晶を私に手渡し、声高にこの水晶はとてもいいものなのだと訴える精霊様が目の前にいた。うん、これをどうしろと?
「それで、この水晶はどういう物なのですか?」
「さっきも言ったけど、魔力と相性がいいんだ。元々水晶そのものが魔力を高めてくれたり、魔法の発動を助けてくれたりするくらいには、貴重だったりするんだけどね。
それ以上にこのガーデンクオーツは相性がいい。中に含まれてる緑が水晶そのものの力を底上げしてくれるみたい。だから、この水晶に魔力を込めておけば色々役に立つと思うよ」
「…魔力を込める?」
私が水晶の説明を求めれば、精霊様は丁寧に教えてくれた。そして魔力を込めることを問えば、口角を上げて私を見る。
なんだろう? そう思いながら精霊様を見つめ返せば、頭を撫でられた。私は頭の上に「?」をいくつも飛ばしながら精霊様を見つめていると、軽く首を横に振った精霊様が笑っていた。
「魔力はこうやって込めるんだよ、見ててね」
そう言うや否や私の手にしている物とは別のガーデンクオーツを左手に持ち、右手からは精霊様の持つ魔力が左手のそれに注ぎ込まれるのが分かった。
今まで精霊様が現れるたびに感じてきた空気の揺らぎと同じものが精霊様の右手から溢れ出ているのが分かったからだ。
(自分の魔力を直接水晶に流し込むようにする…のかな?)
そう考えながら見ていると、ガーデンクオーツが一瞬淡く輝いたように見えた。その瞬間精霊様が右手を下ろした。そうして左手のガーデンクオーツを私に手渡すから、つい受け取ってしまった。
受け取って気付いた。水晶がとても熱くなっていることに。
「トワ様、これ…熱いです」
「うん、そうだね。魔力を込めると大抵熱くなるかな。そのうち熱も治まるから大丈夫だよ」
「魔力を込めると熱を持つんですね…面白いです」
私の感想が気に入ったわけでもなかっただろうけれど、精霊様はにこにこと笑っていた。
それからまた新たなガーデンクオーツを取り出した精霊様は、私にまた差し出してくる。だから困ったような顔で精霊様を見てしまったのだと思う。
「えっと、もう二つも頂いているので、さすがにそれは…受け取れないです」
「えー? まだまだたくさん持ってきてるから遠慮しないでよ!」
そう遠慮した私に精霊様は有無を言わさずといった笑顔で、でーんと文机の上に麻袋を置いた。
袋の大きさは、見た目だけで考えれば小さい。精霊様の掌よりははるかに小さい。私の掌くらいの大きさだから、それほどの大きさでもない。そこは十二歳女児の掌なので小さいのは察してほしい。
でも、精霊様の口にしたことを思い返せば、「ちょっとこの精霊なんとかして!」と口を滑らしそうにもなると言うものだ。
だって、その袋の中にはガーデンクオーツがたくさん詰め込まれていたから。
「…これ、もしかして全部……」
「そ! アイリスへのお土産だよ!」
嫌な予感というか、あまりに貴重なものであると予想出来る品に対して、あっさりと精霊様はいい笑顔で仰られる。
「もしかしなくてもですが。この水晶って……」
「うん、とっても珍しいよねぇ。多分、これ一個で普通の水晶の五十個分くらいには価値があるかも。あ、それ以上かな?」
盛大な溜息を吐いてしまったことを申し訳ないだなんて思わない。私は絶対に悪くない。だって、こんな小娘にお土産と称して渡してしまっていいと思えるようなものではないからだ。
そんな私の様子に全く意に介さないという様子の精霊様は、にこにこと満面の笑みしかこちらに向けてこない。精霊様の加護を貰った人間というのは、精霊から見て、とても清い存在だと本で読んだことがある。
だけど…私はそんな清い人間だとは思っていない。バカなことも考えるし、愚かなことだって…してきてるはずだから。
それでも精霊様には私は清いのだろう。加護を取り上げられることもなく今に至っている。もしかしたら、現在進行形で楽しませる対象として見られているだけなのでは? と思わないでもない。が、そこはもういいや、と諦め気味な私しかいない。
だって、相手がトワ様だから。
なんとなくだけれど、他の精霊様はトワ様のような感じじゃない気がするからだ。…トワ様と同じような感じだったら、泣くしかないけれど。
こうして私は精霊様にガーデンクオーツという大変貴重なお土産をたくさん頂いたのだった。




