婚約 9
*たくさんある作品の中から見つけていただいて、お読みいただきありがとうございます*
私が精霊様の膝の上で意識を飛ばした頃、ちょうどその場を離れていたアシュリーが戻ってきた。おかげで私は精霊様から事情を聞いたアシュリーの手によって、ベッドへと運ばれることになった。
そんなことも知らないまま、目が覚めたのは翌朝だったのだから、以前の前世の記憶を思い出した時よりはマシだったと感じていた。
「お嬢様、具合はいかがですか? 突然頭痛になられたようですが、他にはどこか痛い場所や不快なところはございますか?」
目覚めてボーっとしていたせいか、心配させてしまったのだろうというのはすぐに理解出来た。私の傍に付き添ってくれていたのは精霊様だけでなく、ティナとアシュリーもだった。交代で私の様子を見ていてくれたようだ。今はティナが傍で心配そうにこちらを見ていてくれてる。
「おは、よ。頭痛は…うん、大丈夫。体も大丈夫みたい。心配かけてごめんね」
「いいえ、体調が急に悪くなることは誰でもありますから、仕方のないことですよ。でも、お元気になられたようで安心しました」
「うん、ありがとう。ティナがいてくれて助かったわ」
「まだ少し早い時間ですし、もう少しお休みなさいますか? それとももう起きますか?」
ティナとの会話からまだ起き出すには少し早い時間なのを知った。でもすっかり頭痛も治まった今では、横になっているのも退屈になるのが分かっていたから、早いけれど起きることにした。
「そうね、もう起きるわ。そうだ、庭園に行くわ。早朝に咲く花があるかもしれないし! そうするわ」
「分かりました。それでは、御仕度しましょうね。すぐに用意してきます」
「お願いね」
§
身支度をティナに手伝ってもらうと、庭園へと歩を進めた。体調が悪いわけではないけれど、どこか足元がふわふわした感覚がある。だから、あまり遠くへは行かないように屋敷近くを歩いていた。
しばらく歩いていくと、綺麗に整えられている花壇に目が行った。花壇の咲き誇る花々ではなく、花壇の淵に植えられている葉の形に見覚えがあったから。
「…これって」
私が葉をよく見るために、座り込み葉を指先で触ったり、眺めていると、一緒についてきてくれているティナが不思議そうな顔をして私に声を掛けた。
「お嬢様、どうかされましたか?」
「あ、ううん。この植物って何かな? ね、この植物の花って見たことある?」
「さあ、私はあまり気にしたことがないのですが…」
「ありがとう」
そろそろ戻るのにいい時間かも、と屋敷へと戻ることにした。
屋敷内に入った瞬間、エディお兄様にぎゅうぎゅう抱き締められる羽目になり、その後シトリンお兄様にも同様にされて、私はグッタリしてしまったのだった。
§
「アイリスは、何度も倒れてるんだから少しは自分の体を労わるってことを覚えたほうがいいと思う」
突然そんなことを言われたのは、ある意味仕方がないと私も思う。あやめさんの記憶を取り戻してから、幾度となく意識を飛ばしている。ある意味全て仕方ないと思ってはいるけれど……でもだからと言って、どうしてこうなった!? な状況には違いない。
なぜなら、庭園から戻ってからずっと私を膝の上に乗せてソファに陣取っているエディお兄様の腕から逃げ出せない状況にあるから。
エディお兄様は、私が生まれた時に『あいりすをおよめさんにするー』と言い張ったらしい。あくまでも伝聞でしかなく、ご本人から聞いたわけでもないからそれが事実か否かは私には分からない。
でも、シトリンお兄様が即座に『兄妹は結婚出来ない』と言って、現実を突き付けたというのはありそうな話だと思った。
シトリンお兄様は、まだ立太子はされていないけれど第一王子のアレクシス殿下の幼馴染みだ。側近ではなく、幼馴染みという立場でしかないらしい。今の国王陛下とお父様の関係と同じ。
そんなお兄様はとても現実的な物の見方をすることが多くて、だからエディお兄様のこともバッサリ切り捨てるような言い方をしたとしても、おかしくはないと思ってしまうのだった。それに対してエディお兄様は、一つのことに集中して物事を見極めようとする傾向があって、シトリンお兄様の俯瞰して物事を広く見るような感覚はないようだ。学者肌…のような気がする。実際にエディお兄様は、前世の夏休みにあった自由研究のような地道な研究をしている。気になったこと全てに手を出そうとするから、そこはお父様やお母様が方向性を考えて、研究対象を考えさせているようだ。そんなお兄様が気になっているのが、魔法具と呼ばれる魔石を利用した便利な生活用道具だ。
何をどうすれば、これが作れるのかな? が最初だったとお兄様は仰っていたけれど、気になりだしたら止まらないようで、いつもならすぐに別のものへ関心も移っていくけれど、魔法具に関しては全くそんな様子もない。だから、現時点でも魔法具をいつも触っている。そうは言っても将来は騎士になりたいらしいけど。まるで違う分野よね?
そんなエディお兄様にとって、魔法具と並んで関心が移り変わらないのが私、アイリスらしい。うん、家族だから、兄妹だから別にいいのだけれど。そうではなかったら、何か勘違いされそうな感じも…するわね?
エディお兄様の膝の上からはしばらく逃げられそうもない、と私はもう諦めている。
ソファの前に置かれているローテーブルには、紅茶の入ったカップと果実水の入ったグラス、それから焼き菓子が並べられたお皿がのせられている。
私にグラスを渡すお兄様は、私がグラスを口に付け飲んだことを確認すると、お菓子に手を伸ばし渡そうとする。
グラスをどうしようかと考えていると、お兄様は渡すのをやめてお菓子を私の口に軽く突くようにして当ててきた。
…これは、もしや口を開けなさいってことかしら? と思ってエディお兄様を見ると
「あーん」
たった一言エディお兄様が言ったそれは、私に食べさせたいということだった…。なんとなく、分かってたからそれほどダメージはないけれど、でも、あやめさんが私の背後でジタバタしているような気がした。
あやめさんにとって随分年下の少年から、「あーん」っていうのはかなりダメージがあるらしい。私にはよく分からないけれど、嫌な感情ではないようだけれど…かなり気恥ずかしい? のかしら。
期待しているような目でこちらを見ているお兄様を放置しても、あまり良い事がないのはなんとなく分かるから、仕方ないと口を開けて、お兄様の運んでくれるお菓子を齧った。口の中に広がる柔らかな甘みと、ホロホロと崩れていく食感が優しい感じがして、思わず続けて口に入れてしまった。
「気に入った? 口溶けのいいクッキーなんだって。軽い後味だし最近人気のクッキーらしいんだ」
「…そうなんですか? これ…美味しいです。好きです!」
「良かった。アイリスが気に入ってくれて嬉しいな」
「もしかして、エディお兄様がこれを?」
「うん、街に行って選んできたんだ。アイリスが好きそうなものや、食べたことがないもの、他にも色々考えてね」
「ありがとうございます!」
私はエディお兄様に満面の笑みでお礼を言うだけに留めたのは、手に持ったグラスのせいだった。
多分、グラスが手になければ、ついお兄様に抱き着いてしまっただろうし、お兄様がもっと私に食べさせようとするのも目に見えたし、これはこれで良かったのかも、と思ったのだった。
まぁ、実際にはグラスに関係なく食べさせようとするエディお兄様から助けてくれたのはシトリンお兄様で、最終的にはシトリンお兄様がエディお兄様の膝の上から私を救出してくれることになって、そのまま私はシトリンお兄様の膝の上にいるわけで、あまり大差ないのかも、と思っているところなのだった。




