婚約 8
*たくさんある作品の中から見つけていただいて、お読みいただきありがとうございます*
「精霊様…私、殿下のこと嫌いとかではないです。友達として…一緒にいて楽しいって思えます。話も合うし…絶対に嫌いになれない相手だって…思ってます」
「うん」
「だけど、結婚を前提に…と考えると、貴族のアイリスではなくて…あやめさんの記憶が邪魔をします。こんな風に結婚の約束をするのが嫌だって…」
「うん」
「だから…困ってます。貴族の私だったら…政略結婚の意味も、そのことで受ける大きな利益だって理解しているし、迷う理由もないんだって。でも、あやめさんが全部邪魔をするんです…。どうすればいいのか、本当困ってて……」
「そっか…。それは大変だ」
「うー、もう…どうしよう…」
「やっぱり、全部王子に話しちゃえばいいよ。多分、そのほうが解決策は早く出ると思うよ」
「…でも、私の意思を尊重してくださると仰ってくださってるから、私の意思がどうなのかが問題、というか…」
「うん。だからこそ、伝えるべきだよ」
「……私が年上のオジサマがいいと思ってることもですか?」
「そうだね」
「……もしかして、前世の記憶がある、ことも…ですか?」
「うーん、状況によるかなぁ。王子もなんかちょっと引っ掛るところがある子だったし」
しばらく精霊様は殿下のことを思案するような様子を見せたけれど、それは長く続かなかった。精霊様を見る私に視線を寄越すと、私に言いたいことを言えというように促してくる。
「前世の記憶のことを伝えずに話すなら、殿下に対して親愛の情はあってもあくまでも友情だから、恋にはならない…のかも、と伝えないといけない…ですよね」
「あー…。そうだね。多分、王子はショック受けるだろうけど、それでも多分婚約をしようって言うんじゃないのかなぁ。それがアイリスを守ることになるし、何より将来的にアイリスが王子を好きになる可能性は否定できないでしょ?」
「…うぅ。可能性だけであれば…否定は、出来ないですね」
「うん。だから、そこはちゃんと話し合うべきだと思うよ。王子はアイリスのこと、ちゃんと見てくれる相手だと感じるし、政略結婚という考えで婚約をするとしても、悪い相手ではないと思うな」
「そう……なんです、よね。決して、悪い相手では…」
「まだ九歳だ。あ、王子はもう十歳になってたっけ。どちらにしても、二人はまだまだ幼いんだからさ、未来は明るいんだって信じて、進むだけで大丈夫だよ」
「でも、私は十七歳くらいで死んじゃうんですよね。まぁ…そこは、諦めてますけど」
「……そうならない為にも、出来るなら王子との婚約、考えてほしい。僕が今言えることはそれくらい。まだ不確定なことが多すぎて、こうするほうがいいよって具体的なことを言えないんだ…。ごめんね」
精霊様が私に謝ってくれるけれど、もし加護を頂いていなければ自分自身の残りの時間を知らないまま生きていくことになったのだし、それ以上に私を助けようとしてくださってるのも分かったし、だからこそ精霊様のことを恨むような気持ちは持てなかった。
きっと、そういう感情はあやめさんの記憶のおかげだと思っている。あやめさんは、残り時間が区切られているとしても決して投げやりになる理由なんてないじゃない? と笑う人だから。
前世で残り時間を示された時には、泣いて暴れて、足掻いて、でも無理だと分かって、無気力になって…。それから入院中に小児がんを患いながらも健気に笑う子供達に出会って、そんな子供達に救われて、力を貰って、どうせどんなふうに生きてたって、ある日突然事故で死んじゃうことだってあるじゃない! だったら、区切られてても後悔なく生きていけるきっかけを貰ったと考えれば、全然悪い話じゃない! 後悔のない自分でいられる!!
そんな風に考えられるようになってから、あやめさんは以前よりも何事にも前向きに生きていく人になった。
ただ、あやめさんにとっては悔いなく生きることを選ぶしかなかっただけなのだけれど。
「…? あ、れ? そう言えば…どうして、私は年上のオジサマが好きなのかしら? あやめさんの記憶のせいだって分かってるけど…。え? あやめさんの……、ぁ…たま、が…痛っ…」
「アイリス!? 大丈夫?」
私はあやめさんが短い余命の中で、どうして前向きでいられたのかを思い出していたところで、肝心なことに気付いた。精霊様と色々話をしていた中で、殿下に対し恋愛感情を向けられない理由が、あやめさんの記憶のせいだというのは理解していたけれど、その原因がハッキリしないことを。
私はどうして年上の、それもかなり年齢の離れた男性にだけ関心が向くのか。そして、それはあやめさんにとってどういう相手だったのか。
少し考えれば、きっと誰でも想像つくようなことだったと思う。けれど、私はあやめさんの記憶のせいで、そのことを思い出すことを拒絶していることに気付けなかった。
私は精霊様の膝の上に座らせられたまま、考え込んで、酷い頭痛が始まってしまった。
私を心配した精霊様の腕の中で、痛む頭を押さえながら、痛みで思考が鈍りながらも考えるのを止めなかった。でも、幼い体はそれに耐え切れず、意識を容易に手放してしまった。
その後、私が目覚めるまで精霊様も付き添ってくださっていたらしい。でも、私が意識を取り戻したのを確認すると、何も言わずに去って行かれたようだ。
精霊様の姿を見ることが出来るのは、精霊様が認めた者だけ。魔力量の大きい者は基本的に精霊様に好まれる傾向がある為、気付けるらしい。気付いてしまえば、あとは精霊様の姿を見るのは難しくない。
だから、精霊様のことに気付いていたアシュリーは、魔力量も当然多い。そして、時の精霊様に認められた者…になった、ということだろうか。精霊様が去って行かれる様子をアシュリーはただ見ていたのだと、伝えてくれたことで、その事に気付いたのだった。




