婚約 7
*たくさんある作品の中から見つけていただいて、お読みいただきありがとうございます*
モンフレール王国の第二王子、ジェイド殿下との婚約という話が出たのが夏の半ばだった。ちょうどラロック領に戻っていたこともあって、夏らしい季節を楽しんでいた…はずだったのだけれど、ラロック領はモンフレール王国の中でも南にあるおかげで王都よりも温暖な気候だ。つまり、冬は暖かいものの、夏は暑い。王都の方が避暑に適している気候ということになる。
その事は仕方ないにしても、まだあやめさんの育った「二ホン」よりは湿度がない分、然程辛くもない。そういう事情もあり、領地に戻ることについては「暑いから嫌」というようなことはない。
話を戻そう。夏の始まりから領地にいたものの、私が精霊様の加護を授かったために、王都へすぐに戻ることになった。それから登城して詳細を報告し、国王陛下からは精霊様の加護について説明をしていただき、その後ジェイド殿下との婚約を考えてほしいと伝えられた。
あの日、ジェイド殿下からも私との婚約を前向きに考えているから、私にも出来るなら前向きに考えて欲しい、と言われた。
さて。殿下との婚約の件だけれど…結局王都に戻って来てから、週に一度から二度は王宮だったり、ラロック邸だったりと場所は変わりはしたけれど、ジェイド殿下と頻繁に会って、話をする時間が設けられた。
ジェイド殿下は私に対して、非常に好意的であり(実際にそう言われたけれど)友人として会って話をすることについて苦痛はなかった。
だから、互いに親しくなるのに時間もかからなかったと思う。
私にとっては同じ年頃の友達は、はっきり言っていない。だから、そういう意味では非常にありがたい存在となったのは間違いない。あくまでも、友人という括りでしかないのだけれど。
そんな中でも殿下は常に私に対し、婚約のこと、また将来のことなどを強要するようなことがないよう、言葉を選んでいるように感じた。そういう気遣いが有難かったのは事実だ。
でも、それと同時に私には一つの悩みが出来てしまうのだけれど、それを殿下に伝えてしまえば…婚約は成立しないという結果になりそうだし、それはそれで…大丈夫なんだろうか? と考え込んでしまうことにもなった。
私自身の気持ちが一番大切だと言われているけれど、それだけで成立するわけもないのはよく理解している…つもりだ。
殿下から前向きに考えてほしいと言われていて、それでも私の気持ちを優先していいと言われていて、結果を想像してしまえば、そう簡単に私の気持ちを伝えていいとは思えなかった。
「前向きに、って言われてもて…」
そんなふうに呟いてしまっても仕方ないと思う。ただ、あやめさんの記憶から婚約という言葉だったり、まだ子供なのに、とか色々感じてしまうだけであって、私自身は貴族として政略結婚だって理解しているし、そういう未来もあるだろうな、くらいには思ってきたから否はない。この気持ちは、あくまでもあやめさんの記憶のせいだ。
あやめさんのことは同じ魂を持ち、記憶も有しているけれど、全くの別人格であり他人でしかない、というのが私の感覚だから、どうしても彼女の記憶のことは自分のことのようには感じられない。
けれど、あやめさんの記憶の中にある感情と私の感情が近いものがあったり、何かしらあやめさんにとって私の置かれた状況に否を唱えたいことがあれば、あやめさんがまるで私に意見するような感覚で私の頭の中に別の言葉や意見や…気持ちを示してくる…ような気がする。
(※要するに一人突っ込みである)
色々考えてもどうしようもない事だから、殿下には友達という形で、互いを知るところから始めましょう、と伝えて、了承を得て、今に至っている。
あの日からもう夏も終わりの時期で、秋目前というところなのだけれど。
私は婚約について今一つピンと来ることもないまま、今に至っている。
一体どうすればいいのだろう? そんな自問自答を毎日繰り返しているところだ。
私はどうやら好きな男性のタイプというものが、あやめさんの好みに引っ張られている気がする。というか、絶対そう。だって、絶対に年上の男性だというのが譲れないでいる。しかも、その男性というのが…十五歳近く年上でないと! という、そういう理想のようなものがあるのを最近気付いた。
そうなのだ。それで困っていると言っても過言じゃない。
殿下には婚約に対して前向きに、と言われている。でも、私の中で婚約者への希望が十五歳近く上の相手、というのが消えてくれない。必然ではあるけれど、殿下は対象外ということになる。
「…確かに、殿下は私よりも早くに誕生されているのだから、そういう意味では年上なのだけれど! でも私の望む年上ではないのよ…。はぁぁあああぁぁ」
ジェイド殿下は夏に誕生日を迎える。それに対し私は冬生まれだから、半年近くの差はある。でも、所詮同い年なのだ。だから私は、この婚約について前向き以前の気持ちなのだ。
「男性として見ることが出来るかどうか…無理。という結論しかないのだけれど」
そんなことを一人ぶつぶつと呟いているのだけれど、私を膝の上に乗せている精霊様がクスクスと笑っているのだった。そう、現在私は王都の屋敷にある自室ではなく庭園の奥、ひっそりと佇む、周囲を薔薇に囲まれたガゼボで独りで考え事をしていたところ、時の精霊様が現れて、私の悩み事を聞くからと言い出して、気付けば膝の上に乗せられるという状況に陥ったわけだ。
「笑い事ではないのです! 殿下の事は可もなく不可もなく、友人としてはとても頼りになる素晴らしい方だと思ってるのは事実ですし、きっと王族としても立派に勤めていかれるだろうと思ってます。ただ…将来私がその隣にいるというのは…想像出来ないだけなんです!」
「うんうん、分かるよ、分かってる。アイリスの理想像が前世の恋人のせいでオジサンじゃないと触手が動かないっていうのはね! でもさぁ、それを王子に伝えちゃえばいいんじゃないの? そうすれば、王子との婚約は成立しないでしょ?」
精霊様の膝の上で、私は眉間に皺を寄せて、尚且つ左腕で右腕の肘を支えながら、右手を顎の下に持っていき、唸るばかり。精霊様の言葉なんてほぼ聞き流しているから、否、聞いてないから。だから、何か大事なことを言われたことに私は気付いてない。
「そんなこと! 私の立場ではどう足掻いても王家の皆様の前では、いくら貴族の娘であっても、ただの小娘でしかないと感じてしまうのですよ!」
私が顔を上げて訴えるように精霊様に強く言えば、やはり精霊様はクスクスと笑うばかり。
「精霊の加護を与えられた人間は、国王よりも立場が上になるって知ってるんだよね?」
「……し、知ってます…ょ」
「だったら! アイリスが気にするようなことは一切考えなくていいってことも、分かってるんだよね?」
「…………ぅ、分かって…ます…」
「ふぅん? アイリスはそれでも遠慮しちゃうんだぁ?」
「だって! ずっと陛下がこの国で一番偉い方なんだって教えられてきて、実際そういう方なんだって…。精霊様の加護を頂いたからって、突然私が陛下よりも尊い立場になったよ! なんて言われても、全然実感ないですよー!」
精霊様が明らかに私を揶揄うように、質問を繰り出してくるのに、最低限の答えを返すばかりだったけれど結局は逆切れ気味に本音を大きな声で伝えてしまった。
「ごめんごめん。アイリスだって好き好んで今の立場になったわけじゃないよねぇ。僕のせいだからさ。でも、アイリスを守りたいから僕はここにいるんだよ。出来るなら、王子との婚約は受けて欲しい。いつでも僕がアイリスに付いていてあげられるわけじゃない。だったら、少しでもアイリスの盾になるものが多いほうがいいと思うんだ」
「…私の、盾、ですか」
「そ。今アイリスにはアシュリーがいるでしょ。それはアイリスのお父さんがアイリスを守る為に用意してくれたもの。僕からは加護。王家はアイリスの後ろ盾だというのを公表するだろうから、王家からも当然のようにある。そこに王子との婚約が加われば、アイリスを守ってくれる手が一つまた増えることになるんだ」
私は精霊様の言葉に、耳を傾け、一つ一つゆっくりと咀嚼するように意味を考えていく。
精霊様が私の周囲にある私の為の盾を教えてくれる。そう、確かにそうだ。お父様がアシュリーを護衛として与えてくれた。王家が後ろ盾として立つと陛下が仰ってくれた。そして精霊様が私に加護を授けてくださった……。
勿論、王家の後ろ盾は精霊様の加護が先にあってのことではあるけれど。




