婚約 6 side:ジェイド
*たくさんある作品の中から見つけていただいて、お読みいただきありがとうございます*
父上である国王陛下から婚約者候補の話題が出るのは、初めてだった。兄上の婚約が調う目処がついたこともあってのことだろう。でも、何となく解っていたような気がする。
何故なら、彼女…アイリス・ラロック伯爵令嬢を見た瞬間に、自分の中でストンと腑に落ちるものがあったからだ。どう言えば自分のこの感情をうまく伝えられるのか分からない、初めての感情でもあった。
確かに彼女のことは夢で何度も見ていた。でもあくまでもそれは夢のことだ。
実際に彼女に会ったことがあるわけでもない。とくに年齢的なものもあって、いくら貴族の令嬢と言えど、社交的な場も限られている。
まだ成人してもいない子供である僕自身も、また彼女も、だ。
父上がラロック伯爵とアイリス嬢を招待し、近しい者だけが利用できる王家の応接間で二人と対面した。
その時にハッキリと理解出来た。
夢の中の〈アイリス〉と、今目の前にいるアイリス嬢は同じ人間なんだと。そして、僕が夢の中の〈アイリス〉に抱いていた感情は、そのまま目の前のアイリス嬢にも間違いなく向ける感情だと。
自分自身が夢で先の時間がどういうものなのかを知ることが出来る”夢見”であることを家族に伝えた時に、アイリス嬢のことも伝えた。
もしかしたら、夢と同じように〈アイリス〉と過ごしていくのかもしれないという予想と、今回の婚約者候補として彼女の名前を聞いた時に、それは予想ではなく現実になるのでは、という期待と…、何より〈アイリス〉に感じたあの言葉に出来ない感情と同じ物をアイリス嬢にも感じるのではないか、と言う確信めいたものを知りたいと思っていたのだろう。
初めて見たはずのアイリス嬢は、夢の中の〈アイリス〉とは違って、少し幼かった。でも、間違いなく〈アイリス〉だった。そして、夢でも感じたことだったけど、アイリス嬢を見ていると懐かしさが感じられて仕方なかった。
どこかで会ったはずだ、と感じて仕方がなかった。絶対にそんなことなんてないのに、だ。
そして、僕は間違いなくアイリス嬢を一目見て落ちた、と感じた。いや、落とされた、と言うのが正解かもしれない。アイリス嬢の触れたら柔らかいだろう髪も、透き通るように白い陶器のような肌も、水色と紫の淡いグラデ―ジョンを描く瞳も、ふっくらとした、けれど小さ目な可愛らしい唇も、ほのかに赤く染まる頬も、淡い色合いで構成された全てに僕は「彼女しか考えられない」と、一瞬で悟った。
そして、やはり夢で見た以外で一度だって会ったことのない彼女を、どこかで会ったことがある人だと、確信している自分がいることに驚きもしていた。懐かしさと同時に、焦燥感にも似たどこか焦れる自分がいたからだ。
その焦燥が一体なんなのかは、判らないままだけど。
今現在、父上と母上がアイリス嬢に精霊様のことをお聞きしていることもあって、僕はただラロック伯爵同様見守っているだけだったが、おかげで自分のことに集中出来て助かった。
アイリス嬢への自身の感じている気持ちのことを考えることが出来るからだ。
僕の気持ちは彼女に対して、好意的なものだというのは分かる。
だったら、これはただ友達になりたいというような好ましいという感情だろうか? 一生ものの友情、そういう意味で感じたのだろうか?
なんとなくだけど、それは違うように感じる。だったら何だろう?
彼女の事はとても好ましい。それは間違いない。でも、友情という枠の気持ちではないように感じる。だったら何だ? 考えられること…は。
彼女は婚約者候補だ。いや、精霊様の加護を授けられたのは彼女で、僕よりも彼女の方が立場的に上だ。だったら選ぶ立場は彼女だ。つまり、僕が彼女の婚約者候補…か。
彼女が僕を選んでくれたらいいのに、と思っている僕がいる。それなら、この気持ちは友情なんかじゃない。もっと違うもの。
そんなことを考えながら、アイリス嬢の話を聞いている。容姿から想像出来る声よりもはるかに透明感のある優しい声音だな、と思いながら話を聞いている。
話を聞きながらも、聞き覚えのある言葉使いがあるのを感じている。どうしてだろう。こんなに切ないくらいの懐かしさを感じるのは。
彼女への気持ちもそう。この懐かしさもそう。
夢で見ることが出来るだろうか? そして知ることが出来るだろうか?
僕はただ、アイリス嬢をもうずっと昔から知っているのだと、初めて会ったというのに迷いなく感じている理由を知りたいと思い始めているのだった。




