婚約 5
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アイリス達が去った後。
国王とアイリスの父親であるラロック伯爵が、第二王子と令嬢の婚約について話をしていた。
「アーネストは、多分この婚約の件は反対なのだろう?」
「いや、そこは…アイリス次第だと思ってるから、反対とか賛成とかそういう感情はないよ。ただ、精霊様の加護を授かった時点で、厄介なことに巻き込まれそうだな、とは思ってるけど」
「…そうだな。とにかく、王家の後ろ盾があることを示したい。アイリス嬢のことは、秋…赤の月が見えるようになる前までには公表したいと考えているんだが、もし可能であればジェイドとの婚約も同時期に、と考えている」
国王がそう伯爵に語りかける様子は、友とのもの。砕けた話し方は双方共だ。二人が実は幼い頃からの友であるという証でもあるし、ラロック伯爵という特異点とでもいうべき、異質な立ち位置にいる貴族だからに他ならない。しかし今はそのことは問題ではなく、幼い二人のことが重要案件だ。
精霊の加護を与えられた少女と、この国の第二王子との婚約。これが命題とも言わんばかりの国王に対し、少女の父親である伯爵は明言を避けている。
「…秋の前まで。という事は、二つある月が天空に揃う前に…か」
この世界には月が二つある。大きな月と小さな月。大きな月は青の月と呼ばれており、淡い青色である。小さな月は赤の月と呼ばれており、ピンクとも言えそうな色合いだ。この世界の月は地球の月と比べるとどちらも小さい。赤の月はもっと小さい、ということになる。青の月の三分の一程の大きさだからだ。
そんな月の動きで季節の移り変わりが分かるのがこの世界。
地球とほぼ同じくらいの公転周期と自転周期のこの世界のこの星は、多少のんびりかもしれないが、地球と似た時間軸で生活することが出来る為、あやめさんの記憶のあるアイリスにとっては違和感なく生活出来ているのだろう。
「アイリスがそれまでに答えを出すならば私はそれを尊重したいと思ってるよ。ジェイド殿下はどうなんだい?」
「今日の様子だと、多分アイリス嬢を気に入ったんじゃないか、と思う」
「…そう、か。アレクシス殿下は非常に優秀だし、今のままであればアイリスが表に立たされることもないだろうな。ジェイド殿下もアレクシス殿下程ではないが、やはり優秀だし…もしアレクシス殿下がいなくとも王になれるほどの器だろうと思うし。だからこそ、なんだがな」
「実際にそのことは正直…貴族派の一部が何を考えているのか手に取る様に分かるから、頭が痛いところだな」
二人の父親は、それぞれの子供の親としても、またそれぞれの公の立場としても、頭を悩ませることが多々あるようだ。今は二人の婚約が決まることでの弊害に対策するべきことが多そうだ、というところだろうか。
「精霊様の加護を授かったのが平民ではなく貴族令嬢だったわけだ。しかも、王家に嫁ぐことになるとしても問題のない家格でもある。そして、第二王子でもあるジェイドは…決して愚か者でもなさそうだ」
「ジェイド殿下は愚かな方ではないさ。間違いなく優秀だし、人の上に立つことになっても問題はないと思う」
「ありがとう。そう言われれば、親としてはありがたいよ。問題はそのジェイドの優秀さか、それともアイリス嬢が婚約者になることか、というところだろうな」
「ああ、第二王子を王に擁立したい、という意見は出るだろうな。アレクシス殿下と近々婚約がまとまるだろうガリカ皇国の第二皇女殿下という誰も文句の言えない二人が立たれたとしても」
この国の第一王子の優秀さは、誰も否定出来ない。魔法学院での成績だけを問うのなら誰も追い付けない程の能力を、才能を徹底的に示したと言っても差し支えない結果を残しているし、剣術も同様だった。また魔法に関しても膨大な魔力を持つことから、魔法の実習は学生相手では練習相手に不足ということで、実践さながら騎士団での訓練が主になっているらしい。
またそれらの成果を本人は易々と熟すため、天才と呼ばれるのに時間はかからなかった。ただ、性格はあまりに移り気なところがあり、常に興味の惹くものを追いかけるという幼少期を過ごしていた為、世話をする侍女達が常に走り回っている状況だった。
そして、当然ながら周囲の人間は第一王子に振り回され続けているわけで、いくら優秀で素晴らしいと思える王子であっても、彼が将来もこのような状況であるなら王に据えるには問題があるのでは? という意見がかなりあったのは事実だった。
第二王子が生まれ、成長していく中で第一王子とは違い、それなりの優秀さを見せ、本人の努力で更に成長して結果を見せる状況は、きっと第一王子とは違って安心して見ていられるものだったのだろう。
決して第一王子が王になることを反対することのない貴族の中でも、第二王子でも大丈夫…という思いはあったようだ。
そんな二人の王子だが、兄弟仲は非常に良く、二人揃って仲良く学ぶこともあるし、剣術を学ぶ姿もよく見られている。二人が一緒にいる時は第一王子が兄らしく弟を可愛がりながらも、助けたり、時には叱ったりしながら、ごく普通の兄弟のように見えるのだ。
第一王子は、己一人であれば暴走気味なのに対し、誰かが傍にいればいたって普通に振舞える。が、そこに使用人達への配慮はないようで、身近にいる護衛騎士や侍女が犠牲者になっているようではあるが。
「アレクシスと皇女殿下の婚約はほぼ決定だから、それはいい。ただ、アイリス嬢が精霊様の加護を授かったことで確実にアレクシスよりもジェイドを王に推すものは現れるだろうし、例え婚約者にならなくともアイリス嬢と婚約をさせようと囲い込むだろう。
もしそうなってしまえば、それに加担していた貴族達がジェイドを王にするのが正しいと言い出しそうだ」
「それだけならまだ対策出来るだろう。アイリスは実際問題王子妃なんて立場は興味もなさそうだし」
「そうであれば、アイリス嬢の意思を尊重すべき案件でもあるから、拒否は出来る…か」
一つはなんとかなりそうだと判断したところで、次の問題になりそうな案件に触れる国王。
「精霊様の加護を理由に、アレクシス殿下とアイリスを婚約させようとする者も…可能性としてはいる、のだろうか」
「まぁそれも可能性だけならあるだろう。だが、先程と同じ理由で蹴ることが出来るだろうから、大丈夫だ」
「未来の国母をアイリスが望んだら、状況は変わるんだろうがな。でも、それはないだろうから…」
可能性の話を挙げながら、真っ先にその可能性がないことを確認していく父親達。
第一王子と第二王子のどちらかを国王にするのがいいのか、そんなことを周囲が王子達の意思とは無関係に論じることが増えていくのが分かっている中で、精霊の加護という特典を持つアイリスの立場が第二王子の立場を押し上げる可能性もあることを見落とすような国王ではなかった。
また、ラロック伯爵も同様であり、愛娘の将来にも関わるかもしれない事態に、避けられるものは全て先手を打とうと考えているようだ。
「でも…アイリスが殿下との婚約を嫌だと言えば、この問題は考えなくていい事だから…」
「………嫌がらせをしようとしているのか?」
伯爵が悪い顔をさせながら呟くように言えば、国王は眉間に皺を寄せながら伯爵に訴えている。親しい間柄でなければ見せない態度なのだろう。
「いやぁ、さすがに嫌がらせなんて…。まさかまさか! 国王陛下に対してそんなこと!」
「……そういう言い方をする時は、やる気満々な時だろう…」
国王に返事をすることなく、ただにこにこ…というよりはニヤニヤ、という笑いに見える笑顔を見せている伯爵だった。
「それよりも…だ。ジェイド殿下を担ぎ上げたいのは第二王子を純粋に支持している輩だけではないだろう?」
「…そうだな」
「あの輩は、ジェイド殿下を傀儡にしたいのだろうが…言ってしまえばジェイド殿下は傀儡に向かない方だと判っていないのだろうな。アレクシス殿下が優秀過ぎるだけで、ジェイド殿下が別の国の王族に生まれていたとしたら、間違いなく王太子に選ばれるような方なのに…」
「…あやつらが動いてくれなければこちらも動けぬからな。今は静観だ。それに今のところは大丈夫だろう」
どうやら他にも問題はあるようだが、気にすることでもないのだろう。二人はそれだけで会話を終えた。
この後はジェイドとアイリスが戻ってくるまで、ただひたすらアイリスのことを話していたようだ。親バカ一人と未来の義娘になるかもしれないアイリスを愛でたいらしい一人が。
§
「だーかーらー! フランシスがアイリスを語るな! しかも今日初めて会ったっていうのに、何で自分の娘みたいに言ってるんだ!」
「別にいいじゃないか! ガーネットに生き写しで、しかもお前と同じ色もあって、もし自分に娘がいたらこんな子が理想って思えるものを体現してるんだぞ! 可愛いに決まってるじゃないか!!」
「それは! 否定しない、というか否定出来ないけど!! でもあの子の父親は俺だ!! そこは絶対に譲れないし、天地が引っ繰り返ったって変えようのない事実だからな!」
「そんな…当たり前……のことわざわざ言わなくともいいじゃないか!」
「そこまで言わないとフランシスは我儘言うだろうが。アイリスを絶対に殿下の嫁にしろ、ってさ。アイリスの気持ちが第一じゃないのか?」
「…すまん、そこは否定出来なかった。いやだって…あんな可愛い子が嫁に来てくれるってなったら、孫に期待するだろ!? それが女の子だったら…とか夢膨らむじゃないかー!」
なーんて会話がほんの少し開いた扉の向こう側から漏れ聞こえている状況で、ジェイドとリリーの二人は揃って苦笑するしかないのだが…親バカ二人はそれに気付くはずもなく。
「…アイリス嬢、この扉の向こうから聞こえてくる会話は、聞いてない振りをしたほうが懸命…だよね?」
「はい、殿下。私もそう思います」
大きなため息を付いた二人は、どうしたものか、と思いながら互いに見つめ合い、意を決したジェイドがノックをした。そして、ノックの音に返事があり、困ったなぁ…と内心項垂れる子供達は名前を告げて、扉を開けたのだった。
その後の父親二人がアイリスを見て、デレデレしたかどうかは御想像にお任せ致します。




