婚約 4
*たくさんある作品の中から見つけていただいて、お読みいただきありがとうございます*
陛下から精霊様の加護を授かった人がどういう立場で、どういう扱われ方をするのかをたくさん教えていただいた後、やっと陛下と妃殿下から解放された、と思ったのも束の間。むしろこの後が本題だったというのを悟るのに時間はかからなかった。
「陛下のおかげで、多くの事を知ることが出来ました。たくさんご教授くださり、ありがとうございます」
「いや、これは大事なことだから当然だ。で…。ここからが本題なんだが、精霊様の加護を授かった者の保護と後ろ盾として王家は存在する、と言ってもいい。
ちょうどアイリス嬢とジェイドの年齢は同じ。結婚を考えた時に問題になるような家格に関しても、問題はない。何より、精霊様の加護を授かった者は、王族よりも尊い」
「…?」
「もし、王家の明確な後ろ盾が迷惑でなければ、ということになるが。ジェイドとの婚約を考えては貰えないだろうか?」
「え? ジェイド殿下と、ですか?」
「そうだ」
「……」
私は思わずジェイド殿下の顔をまじまじと眺めてから、俯いて、暫く考えて、お父様の顔を見て、また俯いて、というのを数回繰り返してから、あやめさんがいつもなら遠くから訴えてくる感覚なのだけれど、これ間違いなく背後霊的に本当すぐ近くで怒鳴られたような、そんな感覚を覚えてしまう案件だった。
もちろんあやめさんが訴えてるのは
『そんなの有り得ないでしょ!? アイリスちゃんまだ九歳だよー!!!!』
である。
ただ、私自身は貴族として生きてきた。あやめさんの記憶があったとしても、間違いなくあやめさんの感覚は理解出来ても、自身が貴族だというのは確かだったから、政略結婚とかが当たり前の世界に自分がいることを理解していたし、実際そういうものだとも思ってきた。ついでに言うなら、結婚をする相手に恋なんてものはなくても成立することは知っている。けれど、相手に寄り添うことで恋情はなくとも家族として、友人として、そういう穏やかな愛情は持てるのも理解出来てる。そこは、あやめさんの記憶も大きい。だから、殿下のこちらに見せてくれる態度に対して、決して私に嫌々この場にいるというようなものを感じられなくて、考えてしまったのかもしれない。
「陛下、お時間をいただけないでしょうか? ジェイド殿下のことを全く私は知りません。このような状態では殿下にも失礼なのでは、と思います。ですので、ジェイド殿下とお話しをさせていただいて、お互いに婚約を結んでもいいと思えたら、その時お返事をさせていただく、というのではいけないでしょうか?」
私が言えるのはそれくらいだった。即答出来るわけないじゃん!! っていうあやめさんの言葉を私がやんわりと別の言葉に変換した恰好だろうか。
陛下は頷きながら、それで構わないと了承してくれた。
「いくら九歳と言えども、心に想う相手がいたとなっては精霊様に逆らうことになるから、確認をしたかったのだ。それでは、これからジェイドと会って話す機会を作っていこう。それから友人となってから婚約については二人で考えていけばいい。あくまでも王家はアイリス嬢の後ろ盾というのを示すのに分かり易い方法として、婚約と言う形を伝えただけだ。いくらでも別の方法はあるのだから、断ることになっても気にしなくていい」
「お心遣いに感謝いたします」
陛下も妃殿下も私に優しく微笑んでくださっている。本当に私の意思を尊重してくださるんだな、と感じたのだった。
会話の一区切りが付いた時、ジェイド殿下が席から立つと、私の方へとやって来て、私の手を取って立たせてくれた。
「アイリス嬢、良ければ庭園にある迷路と薔薇園を案内させてくれませんか?」
そんな誘い文句を投げられた私は、お父様をつい見てしまう。お父様は小さく頷いていた。
私はジェイド殿下のほうへと視線を戻して、返事をする。
「ぜひお願いいたします」
この後は大人達が婚約のことで話し合うのだろうというのは容易に想像出来た。だから、殿下が私を外へ誘い出してくれたのかもしれない。
§
ジェイド殿下が連れて行ってくれた先にあったのは、城内でも王族しか立ち入ることが出来ない庭園だった。綺麗に整えられた生垣が幾何学模様を描いている。
良く眺めてみれば、中央に配された噴水を中心にシンメトリーになっているのが分かる。でも、きっとこの庭は二階以上の高い場所から見た時にその美しさがはっきりとしそうだ。
整然と整えられた庭園は、低木を利用した生垣がとても綺麗だった。しばらくはその生垣の内側に植えられている芝生や背の低い花々を覗き込みながら歩いていく。暫く行くと、庭園の終わりかと思える背の高い生垣が見えてきた。
ジェイド殿下はずっと私をエスコートするべく、手を軽く支えながら歩いてくれている。うん、何気に穏やかで優しい印象だけれど、今のところ特に嫌だと思うようなことはない、というのが感想だろうか。
途中で庭のことも説明をしてくれる。正直、花が咲き乱れていればもっと話を聞いていたかもしれないけれど、庭の成り立ちとか木のことだとか…少し興味が持てなくて、あやめさんの特技だった『聞いている振りして全く聞いてないスキル』を発動してしまっていたようだった。無意識に。
とうとう背の高い生垣の所までくると、よく見れば煉瓦で作られた塀が生垣の向こう側にあるのが見えてきた。そして、その塀の向こう側に続く薔薇のアーチも。
薔薇のアーチは、トンネルのようになっていて、出口が少し先なのが分かった。
「ここから先は、兄上と僕が庭師に頼んで作ってもらった生垣を利用した迷路があるんだ。今日はもうあまり時間がないから、見るだけにしておこう。生垣の向こう側には母上の為に父上が作った薔薇園があるんだ。そこを少し見てみない?」
「迷路があるんですね! 次の機会には、是非中も見てみたいです。…薔薇園は、お父様からとても素晴らしいから機会があれば一度は見るべきだ、と聞いたことがあります。陛下が妃殿下の為に作られた物だったなんて…。素敵ですね!」
話を聞いていると、とても微笑ましくて素敵なエピソードだな、と感じる。陛下が妃殿下をとても大切になさっていて、深い愛情を注がれているのだとも感じられて、とても優しくて温かい気持ちになった。
だから、自然と笑顔になっていたと思う。
それから薔薇園に二人で行き、色ごとに分けられた薔薇を眺めながら、香りも楽しみながらそれぞれの薔薇を愛でたのだった。
§
庭園の奥にある薔薇園で、ベンチにジェイド殿下と隣り合って座っている。
殿下は穏やかに微笑んでいるけれど、殿下の色合いはその微笑みとは真逆で冷たい色合いだ。けれど、きっと人柄なのだと思う。色合いとは全く違う印象を与えるから。
優しい…感じがする。
きっと、声も…まだ声変わりする前の幼い少年の声だけれど、それでも優しい印象を与える。
…どこか、懐かしいような気がするのはどうしてなのだろう? でも、それがどういう懐かしさなのかは、全く思い出せないし、思い出せないのなら気のせい、ということなのだろうか?
「アイリス嬢、僕は婚約のことだけど…正直言うと、前向きに考えてる。君と会ったのは初めてなのに、初めて会った気がしないんだ。こうして並んで座ってるのも、しっくりくるし…君じゃないとダメって感じてる」
「え?」
「いきなりで混乱させてしまってる気がするけど、これが僕の本音だよ。だから…出来るなら君にも前向きに考えて欲しいな。勿論、どうしても無理って思うなら無理強いはしないから…そこは、安心して」
「…えっと、はい。まだ殿下のことを何も分からないので、これから色々知っていけたら、と思っています。とりあえずは、お友達からでいいですか?」
「ありがとう。全く興味を持たれなかったらどうしよう? って思ったよ」
ジェイド殿下は私との婚約について、率直に伝えてくれたのだと感じたから、私も今伝えられることを率直に返した。今後本当に婚約することになるのかは分からないけれど、今はこれが精一杯。
私達は、この後ゆっくりと元のお茶会をしていた王家の方々が家族として集まる部屋へと戻ったのだった。




