婚約 2
*たくさんある作品の中から見つけていただいて、お読みいただきありがとうございます*
「つまり、領地へ戻ったから精霊様とお会い出来た、ということかな?」
「はい、三年前に精霊様に助けて頂いた時からずっと精霊様が私を守ってくださっていたようです」
「なるほどな。精霊様はどういう御方だったかな?」
「時の精霊様だそうです」
「時? これはまた…とても貴重な御方では…」
私に質問をしているのが国王陛下だ。今いる部屋の中央に置かれたソファセットのソファに座っている。
私達が案内された一室は、国王一家が親しい方々と歓談されるためにと準備されている比較的狭い一室のようだ。それでも置かれた調度品は、誰がどう見たって一級品だと分かるものばかり。落ち着いた栗色で統一されたそれらは使い込まれたことと、しっかりと手入れされていることが窺える艶もあって、ただただ見ているだけで楽しいと思えた。これも間違いなくあやめさんの記憶のおかげだ。彼女はどんな些細なことでも、興味を惹くものがあれば楽しんでしまう人だったのだと、改めて感じ入るものがある。
壁はベージュに近いクリーム色だろうか。細かなダマスク柄が淡い緑で刺繍されたような生地に覆われている。壁紙…ではないようで、またあやめさんの悪い癖が出そうになったので、壁から視線を外せば部屋の中央に置かれたソファセットには国王陛下と王妃殿下、それに私と年齢が同じくらいの少年、きっと彼が第二王子殿下だろうと予想出来た相手が三人座ってこちらを見て微笑んでいた。
お父様が挨拶をしたのだけれど、陛下と親しい間柄なのだろうか、少しだけお父様の砕けた雰囲気が感じ取れた。
「本日はご招待いただき、ありがとうございます。こちらにいるのが娘のアイリスです。先日お知らせしました通り、精霊様の加護を授かりましたこと、改めてご報告いたします」
「よく来てくれた。私達も今日を楽しみにしていたよ。君の大事な宝物にこうしてやっと会うことが出来たのも嬉しいが、まさにこの国の宝となったアイリス嬢だ。私達にとっても大事な存在だよ。
さぁ、座ってくれ」
「…ありがとうございます」
「まぁ、この場では口調はいつものように頼む。でないと私がつらい」
「分かりましたよ。それでは、ここからはいつも通りにさせていただくよ」
「うむ」
陛下とお父様のお話の後に、私も精一杯がんばってカーテシーをしてみせた。
「お初にお目にかかります。父から紹介されましたアイリス・ラロックでございます」
「よく来てくれたな。ガーネットにそっくりだ。瞳の色はガーネット譲りだが、髪はアーネスト譲りなのだな。将来が楽しみだ」
「ありがとうございます」
なんだかよく分からないけど、一方的に褒められた。うん、まぁ…そうね。あやめさんの記憶がなくてもアイリスとしての容姿はかなり綺麗で可愛いタイプなのは分ってた。でも、あやめさんの記憶がある今なら! アイリスが異様なほどに将来有望な美少女なのはわかる。でもだからと言って、私がこの容姿に対して特別優越感を持つ理由もないし、卑屈になるのも違うし、結局はあやめさんと同じで自分らしくあればいいんだ、という結論に至る。というわけで、私は自身の容姿を褒められればありがとうと返すし、それ以外の面で褒められれても同様に返す。
基本”ありがとう”で生きている、気がする。
そして、ここで王妃殿下が初めて口を開いた。
「アイリスちゃん、初めまして。あなたのお母様のガーネットとは小さな頃からのお友達なのよ。それにね、ガーネットとは従姉妹だからあなたにとっても親戚の叔母様だわ。だから王妃としてではなく、気軽に叔母様として接してほしいの。いいかしら?」
「お母様と王妃殿下が従姉妹なのですか? とても嬉しいです。叔母様!」
「まぁ! こちらこそ嬉しいわ。ありがとう」
お父様と私は陛下達に対面するようにソファに座った。
「で、フランシス。アイリスのことはいいから折角お待ちくださってる第二王子殿下のこと、忘れてないか?」
お父様の言葉に、まるきり頭から抜けてたと言わんばかりにハッとさせた顔をしたのは陛下だった。
(えー、陛下本気で忘れてたとか言わないわよね?)
と私が思ったところで、第二王子殿下がさくっと口を開いて、陛下に塩を塗っていた。…これ、親子関係も家族関係も円満でないと無理な状況よね? と私が思うには充分だろうやり取りをこの後展開させていた。
「父上、また忘れてましたか。兄上のことは色々ありますから忘れないみたいですが、僕の事はとことん忘れますよね。いいんですけど」
「ああ、すまんな。アレクシスは優秀だが異様に手が掛かる。それに比べてジェイドは手が掛からないものだから放っておいて大丈夫というわけでもないが、つい…な。すまん」
「ジェイド、私も謝るわ。ごめんなさいね。今日はアイリスちゃんが来てくれたでしょう? 二人揃ってはしゃいじゃったのよ。本当ごめんなさいね」
「いいえ、いつものことですから気にしてませんよ。お二人が僕の事を決して蔑ろになさらないのも知ってますからね。ただ…今日は、僕にとっても大事な日なので忘れ去られると困るんですが?」
「そうだったな。その件は後で。とりあえずは、精霊様のことを聞いてからだ」
「判ってます。とにかく、アイリス嬢に話を聞きましょう。それでいいですか?」
「ああ」
何故かこの場をピシっと引き締めたのは、陛下でも妃殿下でもお父様でもなく、第二王子殿下だったことをここで報告しておこうと思う。うん、きっと彼は将来出来る大人の男になるんだろうな、と思った。つまり王子で将来有望で、超優良物件てやつなのだろうと思ったことは一応内緒である。人のことを物扱いしてはいけませんってあやめさんが訴えてるから。その優良物件という言葉もあやめさん経由で知ったんだけど。
「アイリス嬢、初めまして。僕はジェイド・メカドルニア・モンフレール。ジェイドと呼んでもらえたら嬉しい。よろしく」
私に向けて営業用の笑顔なんだろうと思う程の、いい笑顔を見せてくれたのがジェイド第二王子殿下。
とても印象的な色合いの人物だ。髪は銀だけれど、その銀の色に青がのせられていてまるで朝露に当たった日の光に混じる青のようでとてもキラキラしている。そしてその印象的な青は瞳にも現れていて、深い青が透き通った湖底を思わせた。その整った相貌から将来は陛下のような穏やかで、でもキリッとした美丈夫になるのが想像出来た。ジェイド殿下はどちらかと言えば陛下に似ている。第一王子のアレクシス殿下は妃殿下にそっくりらしい。
殿下は私と同い年で、だから殿下の婚約者や側近を狙ったかのような年齢の令息令嬢が確かたくさん生まれた年に私は生まれたんだったか。当然三歳離れたくらいの年齢の御令嬢達も同様で…。
私には縁遠い話だと思って聞いていた記憶があった。そう、歴史担当の家庭教師から勉強のさいに余談として教えてもらったものだ。まぁスルー案件だったから、気にも留めてなかったけれど。
まだ少年らしい佇まいの殿下は、華奢でまだまだ子供らしい。だから私と並んでいてもあまり違いは感じないけれど、それでも五年後は殿下の背も高くなっているだろうし、体付きも変わっていくんだろうな。子供の成長は早い。というのはあやめさんの記憶から分かっているから、殿下のことをあやめさんの甥を見るような目で見てしまったことは内緒だ。あやめさんが前世で成長を見届けられなかった甥っ子を懐かしんでいるせいだろうか…。
もし今あやめさんが私の近くにいるなら、ちょっと文句を言いたくなるくらいには、前世の記憶が頭を過るから困る状況ではある。
少し遠い目をさせてしまっていたかもしれない。それでも、ほんの数秒のことだ。
「ラロック伯爵が長女、アイリス・ラロックです。どうぞよろしくお願い申し上げます」
私は殿下にも改めて挨拶をした。そして殿下の視線を受けるように顔を上げれば、視線が絡む、まさにそういう感覚に陥った。
殿下が私を何か感じ入るような視線を向けていたせいだろうか。私はただ何かを思い出しそうになったけれど、それが分らなくてスッキリしないという状況になってしまったため、殿下から視線をそっと外した。
その後は冒頭のような会話をすることになるのだった。




